[立秋] 8/7 七夕と井戸替え

二十四節気シリーズです。

ここから秋になります。

【秋】
立秋   りっしゅう 暦の上で秋が始まる日   08月07日

秋なんですね、ビックリです。

おそらく二十四節気の中で一番違和感があるのがこの立秋でしょうね

ニュースや天気予報では必ず
「暦の上では」秋です
と、いかにも実際には夏真っ盛りと言わんばかり

二十四節気は気候とは関係無く
太陽の動きで一年を4つに分け
昼の長さが一番長い夏至が夏の真ん中と決めちゃうと
そうなっちゃうんですよね

昼の長さが一番長いからと言って
一番暑いわけではない。
それから2ヵ月近くかかってどんどん地球が暖まっていくピークのずれがあるんです。

でも、この立秋という日を、秋ととらえようと
昔からいろんな人がチャレンジしてきた。

古今集、藤原敏行朝臣
「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」

(立秋の日になっても)秋が来たと、はっきりと目にはみえないけれど、
風の音で(秋の到来に)はっと気づきました。

七夕
七夕です。
旧暦で7月7日

江戸時代には1/7(人日)、3/3(上巳)、5/5(端午)、7/7(七夕)、9/9(重陽)の五節句は公式行事の日

大々的にお祝いです。
江戸城に登城

いわれとか、祝い方も現代とさほど変わりません。
願い事を笹に吊るす習慣は江戸時代にできました。


七夕に素麺やウリ、果物を食べる習慣がありました。

井戸替え
七夕の日は節句で祝い事で大変なのに
江戸に関して言うと、
さらに重要な行事が一斉に行われます。

井戸替え
一斉にみんなで協力し合って井戸を掃除する
江戸中で同時に行われる。

江戸って基本的に埋め立て地が多いから
井戸を掘っても塩水が出てきちゃったりします。
だから、神田上水とか、玉川上水とか
水道を作った。

井戸は地下に張り巡らされている木で出来た水道管から
飲み水を汲み上げるためのもの
汚れちゃったら、その井戸だけじゃなく
全ての水道に迷惑がかかっちゃう。

深いところから水を酌む訳じゃないから
通常はつるべの滑車は無いんだけど
その日だけは滑車が井戸の上に組み立てられる。
まずは人がその綱に掴まって、井戸の中に入っていく。

もう片方の端を住民がみんなで引っ張って
そろりそろりと中に入れていく

中に降りた人はつるべの先の桶に水を満たし
またみんなで引っ張って水をかい出す。
元の栓を止めて、江戸中で一斉にやるから
いつもは水道に満たされている水が無くなるんですね

そこでひたすら掃除

この日を女性たちはずっと楽しみに待っています。

なぜなら
井戸を覗き込んだときにぽろっと落としちゃった櫛が見つかるから

普通に考えると大掃除だから大変で辛いことだけど
江戸の人たちはみんなで協力し合って同じことをする
楽しい行事の日なんですね

何でもかんでも楽しもうとする江戸の人たちの
象徴的な日かも知れません。

そして、終わったら、年長者が胴上げされる
これも良いですよね

そして、日が暮れてきて七夕です。
今年もみんなで笑顔で暮らせますように。

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ケイトウ

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[大暑] 7/23 富士山の山開き、嘉祥の儀

二十四節気シリーズです。

大暑
たいしょ 最も暑さの厳しい頃 07月23日

分かるなあ
今日も暑かったあ

大暑の時期に行われたのは、富士山の山開き、嘉祥の儀

富士山の山開き
富士山は太古の昔から、特別の山で多くの人々の崇敬を集めた
何故かは一目瞭然ですね

逆に言うと、富士山がたまたま日本にあったからこそ
日本で山が神様だという発想になったのかもしれない。
あの特別な美しさ
神様でなきゃ無理でしょ

江戸になると、富士講という互助会のようなものが発生し
富士塚という富士山のミニチュア版があちこちに出来る

富士講、富士塚については以前にも書いたので、そちらを見てね
富士講でありがたや

さらに、富士山は女人禁制だったんだけど
60年に一度、女人禁制が解かれる年の話や
女人禁制を解くきっかけになったパークスの奥さんの話はこちらを見てね
干支はここにもあそこにも

嘉祥の儀(かじょうのぎ)
嘉祥の儀は旧暦の六月十六日に行われた行事です。
一言で言うとお菓子を食べる日

不思議な日があったもんです。
しかも、国をあげて大々的に行われている。

江戸時代って不思議、って思ったらそうじゃなかった。

始まりはなんと、平安時代
承和十五年(848年)に、朝廷に白亀が献上されたことに始まります。
これを瑞祥として、仁明天皇がこの年を「嘉祥」と改元
群臣に十六種類の食物を賜りました。

室町時代以降となるとこの宮中行事が武家にも拡がり、
この日は16文で菓子を求めてこれを食するようになりました。

この16という数字が重要なようです。

さあ、江戸時代になりました。
江戸城ではこの日、将軍から諸大名や家臣に
十六種類の菓子盛りを与えています。

16×対象者全員ですから、その総数
1612膳
あれ?計算合わない?

いくらなんでも経費がかさむということで
十六の「十」って「一」の事だよね
1と6足して、7だから7種類だね
ああめでたい。七福神も七だし
という、無理矢理の納得のさせ方で
それ以降は七種類とはなりますが
お祝い自体は継続します。

それを聞いた庶民たち
参ったなあ
お城ではそんな風習が行われているらしいよ
我々も尊敬するお上のやることは、
うやうやしく真似させていただかないと

都合の良いものは、
お上を口実に広まっていく訳です。

そう
甘いお菓子を食べなきゃいけない日

江戸の初期は、
砂糖ってあるにはあるんだけど、とても高級品
調味料というより
薬という捉え方

江戸中期に、吉宗が砂糖の製造を奨励してから
値段もだんだん安くなっていく。

江戸も後期になると
白砂糖は無理でも
黒砂糖なら、庶民でも、何とかなるようになっていく。
黒砂糖で作った餡を使った饅頭、大福、羊羮、きんつば等が
普及していくことになります。

世界的に見ても
庶民が甘いお菓子を食べられているというのは
かなりまれなことらしいです。

十返舎一九の「餅菓子即席増補手製集」
オーブンがないので、大きな焼き釜でカステラを上下から炭火で焼いて作っています。

豊国 二十四好今様美人 甘い物好

しかし、何故今はやらないんでしょうね
それこそ、大手お菓子メーカーが大々的にキャンペーンを打てばいいのにね
旧暦6/16の嘉祥の儀をそのまま新暦でも6/16として「和菓子の日」
和菓子だけじゃなあ。

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トウガラシ ブラックパール

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[小暑] 7/7 山王祭のルートを辿ろう

二十四節気シリーズです

小暑
しょうしょ 暑さが本格的になっていく頃 07月07日

この表現は合ってますね
暑さが本格的です。

7/7は七夕でしょと思いますが
旧暦だと7/7じゃないんですね
七夕、旧暦の7月7日は立秋の時にお話ししますね

山王祭
江戸時代のこの時期には、日枝神社の山王祭が行われます。

江戸に祭は数々あれど、天下祭と呼ばれているのは
山王祭と神田祭だけです。

山車(だし)や神輿(みこし)が江戸城まで入ることが許され
将軍の上覧を受けることが出来る

一年おきで、山王祭の年と神田祭の年が入れ替わります。

ルート
それでは、江戸時代の山王祭のルートを辿ってみましょう

スタート地点の山王権現(日枝神社)は、明暦の大火の2年後、
万治2(1659)年に、4代将軍家綱が赤坂の溜池を望む松平忠房の島原藩邸地を
社地に定め、社殿を権現造で新しく造営しました。

山王権現が立地する場所は江戸城から見て裏鬼門に位置します。

将軍徳川家の産土神として定められたんですね。

山王権現に集結した山車や神輿は、武家屋敷地が一帯を占めるエリアを通り、
高低差のある道を左へ、右へと曲がって行き、
井伊家上屋敷の裏手に出ます。
今の国会議事堂に立派な庭園がありますが、ここが井伊家上屋敷です。

ここから永田町梨木坂を下り、桜田濠のダイナミックな風景を目の当たりにします。

桜田濠の先に見える半蔵御門から、山王祭の行列が江戸城にねり込んでいきます。
そのねり込みの様子を描いた広重の浮世絵です

江戸城内に入ります。
吹上の広い庭園内の脇を濠に沿うように進み、将軍が待つ御上覧所に向かいます。

おお
今年は一段と見事じゃのう
誉めてつかわす。

御上覧所から常磐橋御門までの祭ルートは神田祭と共通になります。

ここまでで、前半終了。
常磐橋御門で山車はお役御免となり
以降の後半戦は、神輿だけになります。

さあここからは町人ルート
いっそう盛り上がります。

不思議なことに、江戸名所図会の山王祭の日本橋の絵には
山車も書かれています。
おそらく理由は、
せっかくだし

象まで行列しちゃってます。
まあ、せっかくだし

越後屋を皮切りに
賑わいの街中を通り
熱狂の渦

行列は、西堀留川沿いの小舟町を通り、小網町の親父橋を渡り、
さらに小網町を東に進みます。

右に曲がり、湊橋を渡って霊岸島に入ります。
霊岸寺は埋め立てによってできた島に寛永元(1624)年に創建された広大な境内がありました
明暦の大火後には深川へ移転しました。

その境内跡には、豪商で建築·土木に長けた河村瑞賢の手によって
万治3(1660)年に開削されたといわれる新川が掘られます。

御旅所に着きます。
御旅所とは、日枝神社日本橋摂社
支店みたいなもんですね。
今もこの場所にあります。

この辺りでもう暗くなってきますが
その中をさらに進みます。
まだまだ、これからだいっ

さあ来ましたよ、日本橋
左に折れて、いよいよ銀座へ

銀座には、恵比寿屋という呉服の大店(おおだな)がございます。
祭の日は売上がガンガン上がるんでしょうけど
店員だって江戸っ子
てやんでいっ、商売なんてやってられっかい

再び、武家屋敷エリアに入って来たときはかなり暗くなっています。
広島藩浅野家だったり
福岡藩黒田家だったり

到着
長くエキサイティングな一日が終わります。

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コエビソウ(ペロペロネ)

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[夏至] 6/21 ひゅーどろどろで夏を乗りきる

二十四節気シリーズです

夏至
げし 一年で最も昼が長い日   06月21日

夏至ですね
一番昼の長い日

二十四節気は、太陰太陽暦の時代にありながら
完全な太陽暦として一年を24分割したので
正確な夏至と冬至が基準となります。

昼が一番長いからといって
一番暑い訳ではないのに
この日こそが夏の中心と、理屈で決めちゃったもので
季節感がどうも変になるんですね。

地球が暑くなるには、2ヵ月近くの時間差が必要なんです

怪談
暑い夏を乗りきるために怖い話
非科学的ではありますが
なぜだか冬に怪談はする気が起きませんね
習慣というのは不思議なものです。

小学校の時、夏のキャンプで肝試し
お墓の近くで先生が怖い話して
そのあとどうしたかまで覚えていませんが
楽しい思い出です。

江戸より前は、
菅原道真とか崇徳上皇のように
非業の死を遂げた人の怨霊が主だったので
怖い話は男性の幽霊。

江戸時代になりますと、
何故か幽霊は女性となります。

言われてみると
怨みはらさでおくものかぁ
で怖いのは、より女性の方が凄みがあるので
逆にそれまで居なかった方が不思議なくらい。

皿屋敷のお菊
私が生まれ育ったのは兵庫県
姫路城にはお菊井戸という井戸があります。

何の疑問も抱かず、お菊って姫路城に住んでいた人ね
と思っていたんですが
よくよく考えると、番町皿屋敷って言うなあ
何か変

調べてみました。

元々は「播州皿屋敷」だったんですね
お菊さんやっぱり姫路にいたんだ

でも、その話をアレンジして
播州と番町は音も近い事だし、江戸の話にしちゃいましょうと

兵庫県民としては
よろしいですよ。
お役に立てるのであれば、いかようにでも
でも、どこかに一言書いておいて欲しいなあ
「播州皿屋敷を流用いたしました。」

素人ラジオ劇
この前、久米宏さんのTBSラジオ「ラジオなんですけど」で
素人さん、すなわち10人ほどのリスナーが配役を決めて
皿屋敷のラジオ劇をやっていた。

中にはやたらにうまいひと、いかにも素人感丸出しの人混ざっていて
電話の音を切り替えながら
かなり楽しめました。

10枚揃わねば意味のないこの皿
ええい、いまいましい
こうしてくれるわ

ひーえーーー

蔵に閉じ込められ、さらに右手の中指を切られる

このくだりは、播州皿屋敷にはありません。
怖いですね
思いきり怖さがバージョンアップしています。

お菊は蔵を抜け出し、井戸に身を投げる

夜な夜な、井戸の中から、女性がすすり泣くような声
耳をすませてみると

いちまーい にーまーい さーんまーい

ひょーえー
こ こわいー

屋敷の奥方に子供が産まれた
その赤ちゃん、右手の拳をいつまでたっても開こうとしない
どうしたんだろう。

無理にこじ開けてみると
赤ちゃんが強く握り締めていたものは

中指の切れ端



日本三大怪談
皿屋敷に加えて
日本三大怪談に数えられるのが
四谷怪談、お岩さんですね

夫に裏切られ
超美人のお岩さん、顔が崩れる薬を飲まされます。
幽霊となったお岩さん
その復讐は

そして、牡丹灯籠
お露と新三郎の恋物語。

でも、お露は幽霊だった。
日に日にやつれていく、新三郎の運命やいかに

ああ怖い
このふたつは、機会を改めませんと
どうにも続けられそうにもありません。

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エレガンスリリー(ユリ)

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