[夏至] 6/21 ひゅーどろどろで夏を乗りきる

二十四節気シリーズです

夏至
げし 一年で最も昼が長い日   06月21日

夏至ですね
一番昼の長い日

二十四節気は、太陰太陽暦の時代にありながら
完全な太陽暦として一年を24分割したので
正確な夏至と冬至が基準となります。

昼が一番長いからといって
一番暑い訳ではないのに
この日こそが夏の中心と、理屈で決めちゃったもので
季節感がどうも変になるんですね。

地球が暑くなるには、2ヵ月近くの時間差が必要なんです

怪談
暑い夏を乗りきるために怖い話
非科学的ではありますが
なぜだか冬に怪談はする気が起きませんね
習慣というのは不思議なものです。

小学校の時、夏のキャンプで肝試し
お墓の近くで先生が怖い話して
そのあとどうしたかまで覚えていませんが
楽しい思い出です。

江戸より前は、
菅原道真とか崇徳上皇のように
非業の死を遂げた人の怨霊が主だったので
怖い話は男性の幽霊。

江戸時代になりますと、
何故か幽霊は女性となります。

言われてみると
怨みはらさでおくものかぁ
で怖いのは、より女性の方が凄みがあるので
逆にそれまで居なかった方が不思議なくらい。

皿屋敷のお菊
私が生まれ育ったのは兵庫県
姫路城にはお菊井戸という井戸があります。

何の疑問も抱かず、お菊って姫路城に住んでいた人ね
と思っていたんですが
よくよく考えると、番町皿屋敷って言うなあ
何か変

調べてみました。

元々は「播州皿屋敷」だったんですね
お菊さんやっぱり姫路にいたんだ

でも、その話をアレンジして
播州と番町は音も近い事だし、江戸の話にしちゃいましょうと

兵庫県民としては
よろしいですよ。
お役に立てるのであれば、いかようにでも
でも、どこかに一言書いておいて欲しいなあ
「播州皿屋敷を流用いたしました。」

素人ラジオ劇
この前、久米宏さんのTBSラジオ「ラジオなんですけど」で
素人さん、すなわち10人ほどのリスナーが配役を決めて
皿屋敷のラジオ劇をやっていた。

中にはやたらにうまいひと、いかにも素人感丸出しの人混ざっていて
電話の音を切り替えながら
かなり楽しめました。

10枚揃わねば意味のないこの皿
ええい、いまいましい
こうしてくれるわ

ひーえーーー

蔵に閉じ込められ、さらに右手の中指を切られる

このくだりは、播州皿屋敷にはありません。
怖いですね
思いきり怖さがバージョンアップしています。

お菊は蔵を抜け出し、井戸に身を投げる

夜な夜な、井戸の中から、女性がすすり泣くような声
耳をすませてみると

いちまーい にーまーい さーんまーい

ひょーえー
こ こわいー

屋敷の奥方に子供が産まれた
その赤ちゃん、右手の拳をいつまでたっても開こうとしない
どうしたんだろう。

無理にこじ開けてみると
赤ちゃんが強く握り締めていたものは

中指の切れ端



日本三大怪談
皿屋敷に加えて
日本三大怪談に数えられるのが
四谷怪談、お岩さんですね

夫に裏切られ
超美人のお岩さん、顔が崩れる薬を飲まされます。
幽霊となったお岩さん
その復讐は

そして、牡丹灯籠
お露と新三郎の恋物語。

でも、お露は幽霊だった。
日に日にやつれていく、新三郎の運命やいかに

ああ怖い
このふたつは、機会を改めませんと
どうにも続けられそうにもありません。

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エレガンスリリー(ユリ)

花カレンダー始めました

[芒種] 6/6 隅田川の川開き

二十四節気シリーズ

芒種
ぼうしゅ  穀物の種巻きをする頃   06月06日

芒(のぎ)、即ち穂、を持つ穀物の種まきの目安となる時期
稲については、現代では品種改良が進んだので、もっと早いですね

芒種に先立ち、旧暦5月28日に江戸で実施されるのが、隅田川の川開き

川開きって何かというと、水難事故の防止と、犠牲者の鎮魂を祈る催しで、全国で行われています。

隅田川の花火
享保17年(1732)年
江戸でコレラが大流行します。

元々死者の慰霊と言う意味での行事に
その年の死者が非常に多かったので、何かもうちょっとやりたいね

当時の将軍吉宗に

上様、
花火を行うというのはいいがでございましょう。

ええよ

鍵屋という花火屋さんが
手軽な花火を開発して大当たり。

当時7代目と言う老舗だったんですが
度重なる大火にたまらず
花火禁止令が出ていたんです

鍵屋と玉屋の詳しい話は、こちらを読んでね
花火で「たーまやー」

さらに補足しましょう。

最初に花火を始めた鍵屋の名前の由来は
信奉しているお稲荷さんの狐の一方がくわえているのが鍵だから。

玉屋は
鍵屋から暖簾分けしてもらうときに、
もう一方の狐が持っている玉を名前としてもらいます。

残念ながら事故を起こした玉屋は
営業停止になり
鍵屋、玉屋が分け合ったのは
35年間だけです。

でも、その後も
「たーまやー」のかけ声は残ります。
むしろ「たーまやー」の方が多い。

こんな狂歌があります。

『橋の上 玉屋玉屋の声ばかり なぜに鍵屋と いわぬ情なし』

これは、実力があったのにたった一代で花火のように消えた「玉屋」への愛情を示したもの。
「情」に「錠」をかけており、
「鍵屋の声がねぇのもしかたあるめぇ。錠がねぇんで口が開かねぇ」

当時は一色しかありませんでしたが
その後も鍵屋は研鑽と、海外からの技術導入を重ね
色とりどりの花火で、形も様々なものが開発されました。

かーぎやー、と言ってあげなきゃ可哀想ですね

いつまでも、たーまやーじゃないでしょ
って言わない鍵屋も偉いですね

現在は15代の女性当主が活躍中です。

曽我祭
当時の歌舞伎の新春興行は曽我兄弟の仇討ちものと決まっていた。

もし入りが良ければ、どんどんロングランを続けるが
いまいちかなという年は、違う演目にチェンジ

隅田川の川開きの5/28は曽我兄弟の仇討ちの日でもあるんですが
もし、ロングランがずっと続いて、5/28までずっと続けば
今年は良かったねえ、と
身内でお祝いをし
その後は、人気役者は夏休みに入って、
替わりに若手たちが担当するという節目

その身内だけだった筈のお祝いが
年々盛大になり
町内練り歩き等が行われるようになります。

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オオキンケイギク

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[小満] 5/21 端午の節句と蛍狩り

二十四節気シリーズです

小満
しょうまん 木々が青々しく万物の成長する頃 05月21日

面白い言葉ですね
初夏に生命力が満ち溢れるという、意味らしい

show man みたいで楽しいです。

端午の節句
この頃の行事で代表的なのが、端午の節句

色々外国人から見た日本、の資料を見ていると
結構共通しているのが
子供を大切にする民族、子供がいつも笑っている、という評価
何だか嬉しいね
外国の子供はいつもしかめっ面しているんだろうか

おそらく、端午の節句もみんなが大切にしていたんでしょうね

そもそも、端午っていうのは最初の午という意味
午の月(5月)の最初の午の日。
江戸時代になって、午が五のゴという音と一緒なので5月5日に固定化された。

端午の節句が中国から伝わった奈良時代から
武人にゆかりの深い行事

端午の節句の頃にちょうど、菖蒲の花盛りであり
「尚武」の音に通じることから菖蒲の節句とも呼ばれる

菖蒲湯も楽しみのひとつ
この菖蒲って、綺麗な花の花菖蒲とは違うんですってね
葉っぱが薬用の効果を持っているから
季節の変わり目で体調を壊しやすいときの庶民の知恵

菖蒲の葉を棒状に編んだ「菖蒲刀」で地面を叩き
音の大きさを競う「菖蒲打ち」はこの日ならではの男の子の遊び

良いですね。音の大きい方が勝ちって、まあ素朴な。
昔から、子供は
それがなんなの、と思えるような素朴な遊びがやたらに楽しい筈
ただただ柱の回りを
わぁーって言いながら回ってたって楽しかった。

以前、仙台の博物館で、あや取りを見てから、気になって仕方がなかった。
今の子もあや取りってやるんだろうかって
ネットとかで見ると、やりますよ、ってことなんだけどね

この前、ウォーキングイベントの時にひょんな事でその話になったら
保育所に勤めておられる方が
やるやるって強い口調
とても不思議なんだけど、毎年、同じ時期に自然発生的に流行るらしい。
なぜ毎年か、なぜいつも同じような時期なのかは謎らしい。

今の子はゲームばっかりかと思っていたから
そういうのを聞くと嬉しくなります。

蛍狩り
蛍狩りって昔から雅な遊びだったけど
江戸時代でも平和が長く続くと
にぎやか好きな江戸庶民にも広がりを見せる

このときばかりは、蛍が隠れちゃわないように、
ただただ静かに提灯片手に蛍の仄かな灯りを楽しむ。

愚に暗く茨を掴む蛍かな(芭蕉)
狩衣の袖のうら這うほたる哉(蕪村)
又一つ川を越せとやとぶ蛍(一茶)

蛍と言えば、随分前に行った、椿山荘の庭園の蛍狩りイベント

あと、カミさんの田舎、東栄町
東栄町では普通に蛍はいる訳ですけど
カミさんの自慢は
蛍の光と、蛇の目を見分けられること
蛇の目が月の光だかで光るってことでしょうか
こういう光り方の時は近づいちゃダメなんだよって

正直、あっそう、としか答えようがないんですが
東栄町ではとても重要な知恵なんでしょうね
ワラビとゼンマイの見分け方とか

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オオデマリ

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[立夏] 5/5 潅仏会、潮干狩り

二十四節気シリーズ

立夏は、この時期に行われる行事が多いので二つに分けました。

潅仏会
潅仏会(かんぶつえ)はお釈迦様が生まれた日
旧暦の4月8日です。

幕府は、寺請証文というのを受けることを民衆に義務付け、
キリシタンではないことを寺院に証明させた
ほぼ近い、檀家制度とも相まって仏教はかなり庶民に浸透していく。

結果、仏教の行事も庶民が広く行うことになるんだけど
そのひとつが、この潅仏会

様々な草花で飾った花御堂の中で、甘茶を満たした灌仏桶の真ん中の誕生仏像に
ひしゃくで甘茶を掛けてお祝い。

お釈迦様が産まれたときに天から9頭の竜が現れ
口から甘茶を吐き出して、産湯として使ったから

甘茶ってお茶に砂糖なんかを入れた訳じゃなく
小甘茶という種類の植物で
そのままだと苦いだけなんだけど
手間暇かけて発酵させると、砂糖の何倍もの甘い飲み物になる。

虫除けの効果があると言うことで
甘茶で刷った墨で
「千早振る 卯月八日は吉日よ かみさげ虫を成敗ぞする」
と書いた紙を逆さにして、便所に貼ると
かみさげ虫、すなわちウジ虫がわかない。

あと、甘茶で習字をすると上達する。

全く効果ないのは、二三度やったら分かるんですけど
本気で信じていた訳じゃなく
やってみることで、季節感を感じたり
効果ないね、その汚い字みたいに笑い合ったりするのが楽しいんでしょうね。

ところで何かを作ろうとして、失敗すると「オシャカになる」って言いますね
元は鍛冶屋さんの隠語

火が強すぎて失敗したときに
火(ひ)が強かった、って江戸っ子は言えなくて
しが強かった→しがつようかだ→四月八日だ→潅仏会のお釈迦様だ→オシャカだ

駄洒落で言い換えて大爆笑

潅仏会の事は「花まつり」って言った方が通りが良いですね
これは、この頃花が満開になるからってことで、浄土真宗の僧侶、安藤嶺丸が名付けたらしい。
でも、旧暦4月8日は桜はもう散っていると思うんですが
何の花なんでしょうかね

潮干狩り
そう言われると、私の子供の頃は、潮干狩りって
毎年行かなきゃいけないもの、ぐらいの必須行事だったけど
今はどうなんでしょう。

江戸時代はそれはそれは重要な行事
確かに楽しいですよね。潮干狩り

今の東京は、埋め立てをいっぱいしちゃったから海は遠いですが
江戸時代の江戸では目の前は海だらけ

潮干狩りの名所はいっぱいあります。
芝浦、高輪、佃島、中川
特に、東京湾を一望できる、深川の洲崎と

目の前が海の宿場町の品川は、超人気

庶民だけではなく、良いところのお嬢様だって夢中になるので
普段は絶対に見せない生足も、着物の裾をたぐりあげてご披露
男性たちは大興奮だったようです。

アサリはかなりの量がとれたので
値段も安く、庶民には大人気の食材

棒手降りがアサリを売りに毎朝回ります

深川ではアサリをぶっかけた深川飯
今で言うB級グルメですね。

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ヒルザキツキミソウ

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