[歳時記]5/16 旅の日

「おもしろ歳時記」という本からのシリーズ
一年間続けてまいりましたが、今回の5/16で、1年ちょうど一回りですので
このシリーズとしては最終回になります。

「おもしろ歳時記」というだけあって、けっこう面白い話題がありました

5/16
江戸時代の俳人、松尾芭蕉は、1689(元禄2)年3月27日(旧暦)に奥の細道の旅スタート。

この日が新暦の5月16日にあたることから、
「日本旅のペンクラブ」は、 1988(昭和63)年にこの日を「旅の日」に制定した。

奥の細道は、約2400キロに及ぶ徒歩の旅。
江戸深川を門人曾良とともに出発し、奥州各地を行脚。
越後、加賀をめぐったのち、美濃の大垣に着いたところで旅を終えている。

その後、この歌枕を訪ねた旅の体験を素材に、
5年の歳月をかけて『おくのほそ道』にまとめられた。

日本旅のペンクラブは、旅を愛する作家やカメラマン、学者、ジャーナリストなどが、
交流を深めながら、研修や提言を通して旅の文化向上に寄与しようと、
1962(昭和3)年に発足させた組織。

毎年、旅の文化に貢献した団体や地域などに、「日本旅のペンクラブ賞」を贈っている。
例えば、1999(平成11)年は、京都府の「丹後半島」が選ばれている。

松尾芭蕉
松尾芭蕉は、東京ウォーカーとしてはありがたい存在
ウォーキングイベントでもゆかりの地にいっぱい行きました。
深川だったり、千住だったり

銅像だけでも5つはあります。



深川でも千住でもウォーキングイベントで俳句バラバラゲームで盛り上がりました。
みんなにカードを3枚配り、
俳句を作ってもらって、上の句中の句下の句を別々の紙に。
受け取ったそれぞれをシャッフルしてバラバラに繋げて読み上げる

奇妙きてれつな句になることもあれば
おおっ、こりゃ偶然良い句になったじゃない、って事も
大笑いできるゲームです。

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[歳時記]5/13 カクテルの日

5/13

今ではおなじみの「カクテル」という言葉が、アメリカの雑誌に初登場したのは1806年のこの日。
「バランス」という雑誌に、
「酒に砂糖と水とビターを混ぜた興奮飲料で・・選挙運動用の妙薬」と紹介されている。

カクテルの由来には諸説あるが、一説には、1776年頃にニューヨークの酒場で、
酔っぱらった男が酒場に飾られていたオンドリの尾羽根を見て、
「あのコックテイルを1杯くれ」 とオーダー。
バーテンダーが気をきかせて、数種類の酒を混ぜたものをつくって、
尾羽根を添えて出したことからといわれている。

日本では、何度かカクテルブームが訪れている。
第1次ブームは1950年代、アメリカ文化の流入とともにハードなカクテルが人気になった。
第2次は60年代後半から学生コンパの流行とともにフィズドリンクが、
第3次は70年代末から90年代にかけてトロピカルカクテルがよく飲まれた。

そして、現在の第4次は、気軽に楽しむ若い世代に加え、
本格的なカクテルづくりを楽しむ人が増えてきたのが特徴だ。

残念ながら、私はお洒落なバーなんぞに行った事がありませんので
どこからどこまでが「カクテル」なのか分かっておりません。
角砂糖なら分かりますが。

安い缶入りのお酒「ほろよい」っていうのがありますが
あれも広い意味ではカクテルみたいですね
単にチューハイかも知れませんが。

だとするとカクテル大好きです。
良いネーミングだなあと思います。
ちゃんと酔うほどじゃなく、ちょっと良い気分になるくらい

昨日も、駅前のオーケーストアでほろよいのレモみかんと
あられアソートを買ってきて、押入れに隠しておき
カミさんが寝たあと
社労士の勉強しながら、ちびちびやっておりました。

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[歳時記]5/9 アイスクリームの日

5/9

夏はもちろん、最近では一年じゅう食べられているアイスクリーム。

このアイスクリームが日本ではじめて販売されたのは、1869(明治2)年5月9日のこと。

町田房造という人が、横浜の馬車道通りに氷水店を開店。
アメリカで学んだ製氷技術をいかして
「あいすくりん」というネーミングで売り出したとされている。

そういうと、子供の頃、海水浴場に「アイスクリン」というのぼりを立てて
売りに来ているおじさんがいた。
シャリシャリっとしたシャーベット的なので美味しかったなあ

そうか、あの人が町田房造さんか

これを記念して、社団法人日本アイスクリーム協会は、
1964(昭和3)年にこの日を「アイスクリームの日」に制定した。

だが、町田が氷水店を開いたのは旧暦の6月で、新暦の7月のことだったともいわれている。
あれれ?
でも、7月ではPRには遅すぎるため、
「アイスクリームの日」を7月ではなく、5月にしたという一説もある。

発売当初のアイスクリームの値段は、女子工員の給料10日分もする超高級品であり、
庶民には高嶺の花だった。

そのため、なかなか売れず、町田の氷水店は一時閉店に陥ったという。

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[歳時記]5/6 エスカレーターが登場

おもしろ歳時記から

5/6
デパートや駅などでおなじみのエスカレーターは、
1889年のこの日、パリの万国博覧会会場に登場した。

原理的にはそれより前に坂道が動くものはありました。
動く坂道に横から飛び乗る危険なもの

階段が動くように改良され、正面から乗れる。

実用化されたのはもう少しあとで、
1896年、ニューヨークのコニーアイランドの埠頭に設置されたもの。
実業家のジェシー・W・レノが特許を取ったこのエスカレーターは、
足を乗せる部分が木製で、手すりはゴム製だった。
原理は、いまのエスカレーターとほとんど同じで、「動く階段」として大人気となった。

とはいうものの、慣れない人にとってはやはりこわかったのだろう。
1898年にロンドンの百貨店ハロッズにエスカレーターが設置されたが、
これに乗って気分が悪くなった人のために気つけ用のブランデーが用意されたという。

日本で初めて
日本で初めては?
はいっ。任せてください。

上野公園のウォーキングイベントの時も説明しました。
これ

1914(大正3)年3月、東京・上野公園で開催された
「大正博覧会」会場に設けられたもの。
長さ10m
上野公園内は急坂ですから
1回乗ると10銭です。

あまりに大人気になったので早速実用化
同じ年に東京、日本橋の三越百貨店本店に設置されたものが第1号だった。

デビュー当時には相当の話題を呼んだものと思われますが、
残念なことにわずか9年後の1923年、関東大震災によって焼失をしてしまいました。
ちなみに日本初の電動式エレベーターが設置された「凌雲閣」も、
関東大震災で受けた被害がもととなってとりこわされており、
日本におけるエレベーターとエスカレーターの歴史的建造物は、
ともに同じ年に失われたことになります。

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