[伊勢] お伊勢参り。わしも世話になろうかいのう

伊勢神宮は、昔、私幣禁断(しへいきんだん)という制度がありました。

天皇以外は、伊勢神宮にお供え物をしてはいけません。
天照大御神と天皇を直結させる権威付けでしょう。

皇后や皇太子でさえ、天皇の許可を必要としました。

とはいえ、天皇自体も参拝しないのです。
これでは、伊勢神宮が遠い存在になってしまいます。

現実には、参拝が禁じられている訳ではないので、
京都から行列をなして、どどっと参拝

ただ、庶民には、まだまだ遠い存在でした。

それを変えたのが御師(おんし)という存在
他の神社にも同様の人がいるのですが、その場合は同じ字を書いて「おし」と読みます。

御師は、伊勢神宮全国普及委員会みたいなもので
全国津々浦々担当割して、
私はこの地域ね
あなたはこっちを任したよ

仏教を真似て、檀家制度。
その地域地域で檀家を募っていきます。

ピンポーン
すみません、伊勢神宮の御師と申します。
今ちょっとお時間よろしいですか。

地道な活動により
檀家を増やしていきます。

どんなに伊勢神宮が魅力的なところなのかを語り
是非一度いらしてくださいな。

一般庶民を回る訳ですから
相手は百姓。

魅力だけではなく、具体的な物で釣ります。
30万円とかではありません。

まずはお札
今、檀家になっていただければ
正真正銘、伊勢神宮でお祓いしてもらったこのお札を差し上げますよ。
ほれほれ
ご利益ありますよ

それだけではなく、百姓の仕事に役立つスペシャルグッズのプレゼント

暦です。

昔は、暦って全国統一ではありません。
太陰太陽暦ですので、1年は365日じゃないんです。
お日様の動きを元にした太陽暦じゃなくて
お月様の動きを元にした太陰暦の改正版
29日から、30日で月は満ち欠けし、それが12ヵ月
365日には足りませんから、毎年少しずつずれていきます。
それを補正するのが太陰太陽暦と言っているゆえんで
19年に7回、なんと13ヵ月ある月があります。
閏月(うるうづき)と言います。

そんなんじゃ農作業できません。
一体いつ田植えをしていいもんやら。
で、二十四節気なるものが登場するのです。
啓蟄とか、大寒とかそういうやつです。

暦って今のカレンダーとは根本的に違います。
毎年毎年、太陰太陽暦と二十四節気の変換表が要ります。
暦を見ながら
ええっと今年は、と
5つめの月、すなわち5月の三日月(3日は必ず三日月です)の日の翌日に田植えをしたら良いのね。
毎年毎年違う、その暦は生命線。
寒い地域、暑い地域で、最適な田植えの時期も違うのでその補正も要ります。

地域ごとに、頭の良い有力者が作ってくれることもあるのですが
なんと、伊勢神宮の御師の作る暦の方が優秀なんです。

待ってたわ。御師さん
今年も頼りにしてますよ。

なぜ優秀かというと、御師同士で情報交換するから。
地域に散らばっては伊勢に戻るということを繰り返し
各地の情報を得ます。
時には、収穫作業の改善方法なんかも聞き出し、
暦にワンポイントアドバイスなんかも付け加えたりします。

極めつけは種
日本人って大したもんで
何とか収穫量をあげるため
作業の改善もし、種の品種改良もしていきます。
その種を貰ってくるんです。

伊勢に戻って、その種を実際に植えて増やす。
こりゃ他の地域にも使えそうだって種を交換し
地元に戻ってプレゼント
エエ種入手しましたで。

もう、神様です。

農業の発展に伊勢神宮の御師がずいぶん貢献しているんです。

そして、儲かった暁に
毎回散々聞かされ、
頭の中で夢のレジャーランドになっているお伊勢参りです。

いよいよですね。
私、先に戻ってお待ちしていますからね。

伊勢で泊まるのは、御師が特別にこしらえたスペシャルなお宿
顔馴染みの御師が徹底的におもてなし。
能とかも見れます。

これが、世間で話題になっている能ってやつかいな
初めて見せてもらいました。

極めつけは、布団
なんと絹で作った布団が用意されているんです。

ああ、もうわしゃ死んでもエエ

当然、地元に帰ると、知っている人全員に自慢しまくります。

そんなにエエところなんかい
わしも、御師さんの世話になろうかいのう

爆発的にお伊勢さんファンが増えていく訳です。

そして、江戸時代に
お伊勢さん人気は不動のものになります。

江戸時代の伊勢参り事情を次回

[神社]シリーズはこちら(少し下げてね)

[神社]伊勢。斎宮の悲恋物語

[神社]伊勢。ここが良いわ。
の続きです。

斎宮(さいぐう)
とても不思議な制度があり、斎宮と言います。
天皇の娘が、伊勢神宮の神様(天照大御神)のお側に、常時控え
神様にお仕えする
常設の専任担当者
松坂市と伊勢市にはさまれた多気郡明和町には
斎宮の居住した宮殿と、その役所である斎宮寮の跡が残されています。

とても、重要な役割なので、ほんの少しも「穢れ」のない清らかな身心でなければならない。
お酒や肉は一切駄目なんだけど、さらに
恋愛禁止

恋愛が穢れだという発想が理解に苦しみますが
万が一妊娠し、出産なんてしようものなら、血を伴います。
血は穢れているのだと。

はあ?
母親の出産によらずして産まれた人はただのひとりもいなんですけどね

確かに神様は、
例えば天照大御神はイザナギノミコト(男性)が左目を洗ったら、ポンと産まれたんですが

奈良時代までは、女性の天皇が多く
神様への儀式的な事は全てその女帝が行い、その期間は、斎宮は置かれなかった。
最初の斎宮は、天武天皇の娘の、大来皇女(おおくめのひめみこ)

称徳天皇を最後に女帝が長らくなくなると
斎宮が完全に制度化されます。

私が考えるに
皇室は、神道より仏教に大きくシフトするので
気持ち的にちょっとまずいかなと。

せっかく、古事記や日本書紀を作って、皇室は天照大御神からの直系です、と言っているのに
何かと言えば仏教

昔は、天皇と言えば、政治と神事が半々だったのに
神事のウェイトがグッと小さくなったので
大丈夫、専任の担当者を置いているからちゃんとしてるでしょ、って事かなと思います。

斎宮を置くことで、伊勢神宮へのお参りさえしなくなります。
持統天皇が最後で、そのあと、明治天皇まで、伊勢神宮へ天皇本人はお参りしていません。

持統天皇すら、伊勢神宮へお参りしようとしたら大反対にあったという訳の分からない状態

可哀想なのは、斎宮をやらされた天皇の娘たち
年頃の女性に恋愛禁止なんて辛すぎます。
昔のアイドルみたいです。

百人一首シリーズやっていると、やたらに出てくるんですよ。
その悲恋物語
逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり
今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな
玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする

可哀想で泣けて泣けて

シリーズの次回は、伊勢神宮に特徴的な式年遷宮についてお話しします。

[神社]シリーズはこちら(少し下げてね)

[神社]伊勢。ここが良いわ。

神社シリーズ、八幡宮と稲荷社と天神社が終わりました。

本来、最初に書くべき王者が残っていました。

伊勢
今、神社は伊勢神宮をトップにピラミッド型で組織されています。
会社であれば社長さんが、伊勢神宮
ただ、伊勢神宮グループというのもあって
伊勢神宮を総本社として伊勢以外の場所で天照大御神を祀る神社が
神明社、神明宮などと呼ばれる
東京であれば、芝大神宮や東京大神宮
神社本庁がお宅は何神社ですか、とアンケートした結果では
八幡神社の次に、この神明社が多い
かなり、境内に稲荷社もあることがあるが、そういう場合、稲荷ですとは答えないので
こういう数字になる。
小さな稲荷も全部数えると、稲荷がダントツトップ

正直、それほど有名な神明社は少ない
伊勢神宮があまりに有名なので、その印象が強くなりすぎるのでしょう。
ウォーキングしていると、かなり出会うし、良い神社は多いんですけどね。

天照大御神
神様の中での最高権力者
トップが女性というのが良いですよね

太陽の象徴です。

世界中に太陽信仰はあり
例えばギリシャ神話ではアポロン
太陽信仰を全く持たない民族はおそらく存在しない

当然ですね。
太陽の偉大さは説明不要でしょう

天岩戸(あまのいわと)伝説は、日食があったのでしょう。

天照大御神の子供の、天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)の子供が
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)
天照大御神の孫ということです。

ちょっと地上に降りたって、大国主神(おおくにぬしのみこと)に
国譲りをしてもらってちょうだい。

はーい

天照大御神は天を支配していて
大国主神は地を支配している
地の方も欲しくなった

天孫降臨(てんそんこうりん)です。

この瓊瓊杵尊のひ孫が神武天皇
だから、皇室の祖先神が天照大御神ということになるわけです。

天孫降臨のとき、八咫鏡(やたのかがみ)と草薙剣(くさなぎのつるぎ)と
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
三種の神器

これ、私の魂だから、大切にしてね

代々、天皇家に伝わる宝物

ただ、崇神天皇の時、悪いことが続く
八咫鏡を手元に置いておくのが悪いんじゃないか
と別の場所に、置く

ところが、その次の垂仁天皇のときにも、悪いことが続く
やっぱり、もっと良い場所があるんじゃないか

娘の倭比売命(やまとひめ)に
ふさわしい場所を見つけるように

倭比売命は超真面目
一旦決めた場所を
やっぱり違う気がする
と、別の場所を探す

ということを繰り返し
流浪の旅人と化します

見るに見かねた、八咫鏡が喋り出します。

あのう、私、天照大御神の魂やらせていただいている、八咫鏡なんですけど

はい、知ってますけど、何か

場所なんですけどね
ここ
ここがしっくり来るんで、ここにしてちょうだい

まあ、本人が言うんならと
落ち着いたのが、伊勢神宮の内宮の場所なんです。

このいきさつはこっちも読んでね

[天皇]11 垂仁天皇 三種の神器を伊勢神宮に

外宮
やっぱり本人の直感と言うものは大したもので
伊勢はとっても良いところ

八咫鏡は大満足
ずいぶん長く落ち着いて、ああ幸せ

雄略天皇の時期です。
ただひとつ懸念点が

お腹がすいた

申し訳ないんですけど
私の食事の世話をしてくれる神様も連れてきてくれない

すいません、気がつきませんで

ということで、食事の神様、豊受大御神(とようけのおおみかみ)
外宮になります。

次回は、斎宮の話や式年遷宮の話に進んでいきますね

[神社]シリーズはこちら(少し下げてね)

[神社] 天神が学問の神様になった理由

[神社] 天神様の大出世
[神社] 菅原道真が天神様と言われる訳
[神社] 天神様。嘘を誠に替えましょう。
の続き。天神としては最終回になります。

菅原道真の祟りが怖くて始まった天神様
そのままであれば、関係者以外には何のメリットも無い筈

時代を経るにつれて、恵みをもたらす善神へと変貌を遂げていく。

平安時代後期の藤原清輔の歌論集「袋草紙」には
藤原顕輔が無実の罪を北野天満宮で晴らした話が出てくる

どうも、菅原道真と同様の境遇の人の救いの神になっていったようだ

正義の神となり、国家鎮護の神となった

そして大本命
菅原道真が文章博士(もんじょうはかせ)で大学の神であったことから
学問の神様になる

室町時代になると、禅宗の僧侶の間で文学の神として信仰されるようになる
そして、「渡唐(ととう)天神」の話が生まれる

渡唐(ととう)天神
臨済宗の僧侶であった円爾(えんに)が宋から帰国した
夜中、道真が現れた

禅を学びたいんですけど

ほう。それは良いことですな
私の師は、宋にいる無準師範(ぶじゅんしばん)は素晴らしい方でしたよ

道真は神通力を使って宋へ飛び
無準師範に学び、奥義を授かって、一夜にして戻ってきた。

ただいま
無準師範から授かった法衣です。

この話から、渡唐天神の像があちこちで作られるようになっていく。

梅の小枝を持っていますね
梅も太宰府へ飛べるぐらいですから
道真本人が宋へ飛んだって不思議じゃない
チチンプイプイ

道真が書に優れていたという話はどこにも無かったのに
なぜか書道の神様になっちゃいます。
頭が良かったんだから、字もきれい筈

道真のひ孫の幹正(もとまさ)が太宰府に行ったとき
漢詩が書かれた紙が発見された
「神筆」と呼ばれ、京に送られて、公的に文書を扱う外記局におさめられた。
ということは、ひょっとして菅原道真の直筆?

残念ながら、残っていないし、字の良し悪しを書いた文章も無い

にもかかわらず、江戸時代になると
天神様は書道の神様として、寺子屋で信仰される
天神社に筆塚を立て、使えなくなった筆を埋めて、書道の上達を願う
というのがお決まりのパターン
寺子屋には菅原道真の掛け軸をかけ
天神の命日を偲ぶ天神講が組織される

明治になると、寺子屋は解体して、義務教育の学校になるので
天神信仰は下火になると思いきや
今度は受験の神様として大人気になり、今に至るのです。

うちも娘二人の受験は高校も大学も、
国立市の谷保天満宮(やぼてんまんぐう)でもらってきたお守りで
第一希望に見事一発合格です

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