[仏像の見分け方]普賢菩薩は女性が大好き

仏像の見分け方シリーズ
今日は、普賢菩薩(ふげんぼさつ)です。

普賢菩薩
文殊菩薩はの智慧の象徴でしたね
普賢菩薩は、慈悲を象徴します。

普賢とは「仏法の普遍の教え」の意味で、
仏の理を示し、慈悲をつかさどる重要な菩薩です。

あらゆる世界に現れて人々を教化し救済することから、
「行の菩薩」ともよばれます。

どこでも行くよ
行動力はピカイチ。

長寿っていうご利益もあります。

文殊菩薩と同様に、普賢菩薩も多くの経典に説かれます

『華厳経』では、十種の広大な誓願が説かれ、
この菩薩が讚嘆されています。
『法華経』では、六牙の白象に乗って現れ、
行者を守護すると説かれ、
騎象する普賢菩薩の由来となりました

女人往生
その、法華経
最初は文殊菩薩、真ん中辺は弥勒菩薩、
最後の辺は普賢菩薩が主役になっています。

そこで、重要な事が書かれている。
普賢菩薩が、女人往生の証人になったと。

昔は、女性はそもそもけがれていて
5つのものにはなれない。
その5つの中に、仏が入っている

女性はけがれている論は、おそらく、インド中国に限らず
日本を含めた全世界のあちこちでありました。

とても不思議ですね。
けがれている訳ありません。
崇高です。
全人類は女性から産まれてます。
私は男性から産まれたんです、という人に
いまだに会ったことがない。

でも、昔はそう言われていた。
そうなると大乗仏教の
万人が仏になれるという根本的な考え方と矛盾が生じる

さあ困った。
変成男子(へんじょうなんし)という
成仏するときには、男に変わってから仏になるとか
色々苦労して辻褄合わせようとします。

普賢菩薩が、法華経の中で
大丈夫。
女性も成仏できるし
成仏した女性を知っています。

はい、解決。

以来、普賢菩薩は、女性に大人気となります。

実際、歴史的に仏教の歴史の中で女性は大活躍しています
仏像には性別はないんですが
観音さんを代表として
女性的に作られている仏像もいっぱいあります。
もちろん普賢菩薩も。

一方の神道は、もともと大ボスはアマテラスオオミカミ=女性なので
女性の方が優位にたってるんですけどね。

ここまで人生を長くやって来て
実感として思うのは
たいがい女性の方が優れてますね。
認めます。

そもそも女性にたてつこうもんなら
小遣い減らされます。

見分け方
簡単です。

文殊菩薩は獅子に乗っていました。
普賢菩薩は象に乗っています。
6本の牙がある、すごい象。

さらに何匹もの象に乗っている豪華版もあります。

文殊菩薩とともに釈迦如来の脇侍となる釈迦3尊の方が多いですね。
その時は、向かって左。
レッツゴー三匹でいうと、じゅんの方です。

手は2本だったり、20本だったり。
合掌して結跏趺坐(けっかふざ)する姿が多いです。
例の難しめのあぐらですね。

[仏像の見分け方]文殊菩薩 文殊の知恵

仏像の見分け方シリーズ
観音様シリーズが終わったので
菩薩のうちの残りってことになります。

文殊菩薩
文殊菩薩(もんじゅぼさつ)は、智慧を象徴する菩薩です

知恵が無駄にこぼれ出さないように
キャベツで土手を作って

ちゃうちゃう
それは、もんじゃ

釈迦人減後、インドに生まれた実在の人物です。
初期の仏教においては仏陀に代わるほどさかんに活躍します。

三人寄れば文殊の知恵
カミさんと長女と次女
あれ
私は?

般若心経好きの私としては、その元となった「般若経」で
問いかけ役をやっている重要な役回り。

智慧と知恵、って敢えて漢字を分けたんだけど
本当は、仏教でいう智慧は、
般若心経でいうところの空(くう)とほぼ同じ意味で
みんなが使っている知恵とはちょっと違う。

でも、まあいっか、ってことで
三人寄れば文殊の知恵なんかでは
一般的な知恵の意味で使われています。

ことわざになるくらいだから有名人で
『般若経』『維摩経』『法華経』『華厳経』など多くの経
典に説かれ、仏教的エピソードもたくさん残しています。
大体、色んなところで先生役をやってます。

見分け方
分かりやすいよ

そもそも、単独での仏像より
釈迦三尊(しゃかさんぞん)と言ってお釈迦様の助さん格さん役の方が多い。
向かって右側になります。
向かって左は普賢菩薩(ふげんぼさつ)

レッツゴー三匹でいうと、長作の方。

獅子に乗ってます。
色がついている場合は青い獅子。
獅子に乗っているのは仏像の中でも文殊菩薩だけなので
これさえ分かれば完璧。
獅子に乗れば文殊の知恵、と覚えましょう。
ん?
何か覚えやすい?

獅子の上に蓮華が乗っていて
その上に結跏趺坐(けっかふざ)という難しめのあぐらをかいています。

右手に剣、左手にお経を持っています。

[仏像の見分け方]馬頭観音。最後の観音様

仏像の見分け方シリーズ

観音様としては、今回が最後

聖観音、十一面観音、不空羂索観音、准胝観音、千手観音、如意輪観音、
そして、馬頭観音
六観音揃いました

めでたしめでたし。

馬頭観音
ウォーキングで色んなところに行って
一番出会う観音様はこれかも知れません。

やたらめったら多い。

とはいえ、馬頭観音の仏像がある訳ではない
正直、馬頭観音の仏像はまだ拝見したことがない。

馬頭観音と石に書かれた、石碑っていうのかなあ
あっちゃこっちゃにある
庚申塚(こうしんづか)と同じくらい多い。

見分け方
仏像としての馬頭観音の見分け方

馬頭っていうくらいだから
人の顔じゃなくて、馬の顔なの?

いえいえ、顔は人間の顔。
それがですね
怒ってるんです。

びっくり

どうしたの
何があったの

それでなんでまた
観音様なの?

なかなか懐疑的な人に対して
一回怒ったふりしてみるか
そのあと優しくして、ツンデレ効果

観音様と分かってれば
こんな分かりやすいことはない
怒っているのは一人だけですから

でも、仏像全体として考えると
明王はほぼ皆さん怒っておられるので
見分けつきません

そんなときは次なる特徴
馬頭観音の馬頭たるゆえん
頭の上に馬の頭を乗っけています。
これが確認できれば完璧です。

顔と手
顔は3つで、手は8本というのが一番多いパターン

一番前の手は
馬口印という特殊な格好をしている
手を合わせるんだけど
人差し指中指薬指のどこかの指を折り畳む

これでもほぼ分かります。


六観音
六観音の一員としては、畜生道担当。
覚えやすい。

なるほど、動物はなかなか仏教を信じようとしないから
一回怒ってみるのは手かもね。

あらかじめ馬頭観音に拝んであれば
もし、動物に生まれ変わっちゃっても
すぐ、人間に生まれ変われるでしょう。

もし、蚊だとしたら
パチン
はい、人間。

民間信仰
馬頭観音ってさらに質が変わっていくんですね

もともと来るものは拒まずのゆるい宗教である仏教
馬頭っていう言葉から
馬に関わることは関連付けて庶民にとらえられます。
それが、最初にお話しした石碑石仏

馬って昔から、庶民にとても身近な動物

ちなみに、時代劇だと
馬に乗って駆け抜けるシーンがかっこいいけど
実はああいうことはほとんどない
馬って乗るもんじゃなく
連れて荷物を持ってもらうものだったり
引っ張ってもらうためのもの

府中競馬場の敷地内の馬の博物館に行ってきたけど
昔の日本の馬って小さいのね
乗るにはあまり都合良くない

道だって狭いから
混雑してくると
こらこら迷惑でしょ、降りなさいって言われる。

私は生麦事件って、
そういう事情を知らない外国人が堂々と馬に乗っていたから
こらこら、ってことじゃないかと思ってます。

話を戻して
昔から馬は相棒。

仕事や旅で遠出するときも
一緒に行こうね

そんな馬が旅先で死んじゃったとする
トラックなんてないから
死体を持って帰るなんて無理
その場で供養しましょう

要するに、馬のお墓が馬頭観音
畜生道を担当してくれているのが馬頭観音だから
あまねく救ってくれて、次は天国

そんな馬頭観音の簡易版が出来てくると
墓に限らず
馬が好きな人は、近くに馬頭観音の石碑を立てて
馬の健康を祈ったり
街道沿いには、旅の安全を願ってだったり

仏教ってほんとに良いなあと思います。
お釈迦様がどうとか、難しいお経がどうとか関係無く
生活からにじみ出た、ぼわっとした願いも
全部引っくるめてウェルカム


この際
馬をもうちょっと拡大解釈して
人間と動物の仲良しの証が
全国津々浦々に点在していると考えると
ちょっと楽しい。

[仏像の見分け方]如意輪観音。一緒に悩みましょう

仏像の見分け方シリーズ

今回は如意輪観音です

見分け方
分かりやすいです。

如意宝珠(にょいほうじゅ)と輪宝(りんぽう)を持っています。
だから如意輪観音

如意宝珠

玉ねぎみたいな形ですね
如意って意のままに、ってことで
好きなように願いが叶う、魔法の玉

この形って仏教ではかなりお馴染み
仏教建築では欠かせませんね

七福神の関係でいうと
吉祥天が如意宝珠を持っていました。

橋の欄干の上に乗っかっているのは擬宝珠(ぎぼし)と言って
如意宝珠とは違います。
擬宝珠とは如意宝珠に似た形をしたもの
という意味

擬宝珠がついた橋は、国営の橋のマーク
国道と県道が区別されているように
朝廷や幕府が作った橋にだけ擬宝珠がついています。
京都の三条大橋、五条大橋、江戸の日本橋や京橋。
武道館でも一番上に乗っかっていて
爆風スランプも、
光る玉ねぎ~
と歌っていましたね

如意宝珠は、宝物を出す。病気を治す。毒蛇を消す。
にごり水を浄化する。災いを防ぐ。など、あらゆる願いを叶えます。

海に住む怪魚マカラ=摩竭魚(まかつぎょ)から。
あるいは竜王の脳より採れます。

輪宝

輪宝は敵を切断する円盤型または車輪型の武器のことで
転じて人々の煩悩を打ち破る力があります

手足
手は6本
六臂(ろっぴ)ですね

如意宝珠と宝輪を持っている手以外は蓮華(れんげ)と数珠(じゅず)を持っています
ということは如意輪観音ではなく、如意輪蓮数観音じゃないの?
まあ、そこは押さえて押さえて

特徴的なのは思惟(しゆい)のポーズと輪王座(りんのうざ)
思惟のポーズとは、右手を頬に当てて、考えているポーズ
弥勒菩薩のポーズかと思いきや
如意輪観音もこのポーズだったんですね。

輪王座は立て膝を立てて左右の足の足の裏を合わせるポーズ

この組み合わせで、悩んでいることを表しています。

解決の仕方
弥勒菩薩って56億7000万年後に現れて
人々全てを救うスーパーヒーロー

将来スーパーヒーローな訳だから
今は悩んでいても良いかもしれない

ちょっと意味合いが違うのが、如意輪観音
何かが欲しい、というような願いは
如意宝珠さえあればたちどころに解決

それでいいじゃん、とも思うけど
残ることがあるんでしょう。
物質的なこと、健康、災害
全て解決しても、まだ残ること

心の悩み。
例えば人間関係だったり
恋の悩みだったり

釈迦如来をはじめとする如来たちのお偉いさんだったら
そんなの気の持ちようさ、気にしたってしゃあないよ、と
背中をバンと叩かれて
ホラ笑って笑って

これで、吹っ切れて
助かりました!
ってタイプの人もいるでしょう。

どちらかというと
私はこっちの解決の仕方が好き
ずっとそうしてきた。

でも、そういうタイプの人ばかりじゃないってことでしょうね

そもそも、仏である如来に救いを求めるのではなく
仏になろうとしている現在進行形の
菩薩に救いを求めるということ自体
不思議っちゃ不思議

でもそんな中でも
優等生の千手観音みたいなのがいい人もいれば
如意輪観音みたいに、寄り添うタイプの人が良いってこともあって
バリエーションが出てきたんでしょうね

人間関係で悩んでるんです。
うちの姑がこれこれこうで
どうしたら良いでしょう

うーん
考えますね

・・・

で?

いや、考えてます。

さっきから、ずっと同じポーズですけど

いやあ、
おっしゃるとおり
こうしたらああなるかもしれないし
かといって
こういうふうにしたら、ああなっちゃうかもしれない。
どうしたら良いんでしょうね。

いや、それ私に聞かれても
私があなたに聞いてる訳で

いやあ
難しいですね
どうしましょう
ああ難しい

そんなに悩まれても
やっぱり、こうするしかないじゃないですか

なるほど、さすがですね

じゃあ、そうしてきますね。

そんな解決の仕方
悩みって結局最初から、答は自分で持っていて
後押ししてくれれば良いんだっていうこととか

なんか答は聞けなかったけど
一緒に悩んでくれて嬉しかったです。
ちょっと気持ちが楽になりました。
また来て良いですか

的な解決の仕方って
あるんだろうな

スーパーヒーローに解決できなかったら
如意輪観音のところに行くのも手かもね。