千鳥が淵から

車屋さんで部品交換をする用事を早めに済ませ
時間短めだけど、お出かけだっ

半蔵門から
今度の花見のウォーキングイベント、
前半の千鳥が淵のところをちゃんとまだ歩いていない。
そこだけ歩こうかな

半蔵門

天下祭の神田祭や山王祭の山車はあそこから入ったんだなあ
ひときわ大きかった象の引きものは、半蔵門を半分しか入らなかった。

名前の由来は、半蔵門の近くに服部半蔵が屋敷を配領したから


石垣のあるお堀も素晴らしいけど
石垣のないこちら側のお堀も素敵

千鳥が淵
千鳥が淵公園です

肉体自慢したいのは分かるけど、その前にパンツはき

いっぱい桜の木があるから、当日は期待できそうですぞ



■イギリス大使館
イギリス国旗を思わせるハイセンスなデザイン

イギリス公使と言えば、オールコック、パークスと続く訳ですが、
外せないのはアーネストサトウ

幕末、イギリス公使館の通訳だったけど、最終的には明治になったあと、公使になって日本に来る
長州とイギリス、薩摩とイギリス。
実際に戦争したのに、そのあと何故か手を組んだのは全てアーネストサトウのおかげ
元々、伊藤博文や井上馨等のいわゆる長州ファイブと長く文通したりしていた。

そのアーネストサトウが自宅の庭にあった桜を公使館の近くに植えた。
それ自体は枯れたけど、後の千鳥が淵の桜の元となっている。

続く、千鳥が淵緑道

おっ桜が咲いていた。河津桜だな

隣の戦没者墓苑もちょこっと覗いてみました

靖国神社
靖国神社は前回来たので、ささっと通るだけ

あれ
遊就館やってるの?

過去2回、来たときはいずれも休館中

なんでやってるんだろう。
良いの?

まあ、良いことにして入ろう入ろう

入館料1000円
結構取りますねえ

でも入ってみて分かりました。

今日は午後からだから、そんなに時間がなくて勿体ない事した。
あまりに展示が充実し過ぎてとんでもなかった。
次回来る時用の下見と考えよう。

今まで、あまりちゃんと言わなかったけど
私は、超平和主義で、抑止力としての軍備にも反対。

正直、遊就館は抵抗感があったのも事実。

6年前からブログをやって良かったなあと思う
色んな考えの人がいるし、その方が楽しいと思えるようになった。

やっぱり遊就館に来る人は、私と考え方が違う人もいるのだろうけど
それぞれの考え方で見て良い展示だと思った。
いっぱい色んな博物館に行ったけど
ここまで充実しているのはそうそうない

「戦争」をテーマにした博物館
イメージしていたのは、太平洋戦争だったけど
太古から、全ての戦争だった。

特に、靖国神社に祀られているのは
安政の大獄以降の戦没者なので
ものすごく詳しかった。

今まで、戦争が嫌いなので、ずっと距離を置いてきた。
でも、6年前から歴史が好きになっちゃうと
どうしても避けられなくなってきた。

無理せず少しずつと思っている
このあと、何度も足を運んで、理解をしていきたい

理解しないと考えられないから。

ほとんどのところが写真NGだった。
唯一写真OKの大展示室

■標本木
東京の桜の開花宣言は靖国神社に標本木がある

今年は、例年よりずいぶん開花が早いらしい
今まで何度も花見イベントをやって来たけど
大外れで、散っちゃって全く何も無かった事もある
桜はむちゃくちゃ難しい

2021年東京の満開予想が発表されている
イベントは4/3。
例年だと4/3なんだけど
今年は3/22なんですって。
あかんやん

そこを何とか、と標本木さんに手を合わせて来ました。

筑土神社


平将門を祭っている神社
出ましたっ
平将門について、詳しくは[平将門]9 あまりにもあっけなくを見てね

滝沢馬琴の井戸
滝沢馬琴が住んでいて、馬琴が筆を洗ったりした井戸があった場所


関東大震災でなくなっちゃつたらしいんですが
親切なことに、そこのビルの前庭に井戸が形作られていました。

[お出かけ]シリーズはこちら(少し下げてね)

多摩六都科学館に行ってきました。

今日は、何だかんだで1:30になっちゃったから
おとなしくしてようとも思ったのですが、ダメですね

食事の準備をする4:00までの間、
おそらく本読んだり、フログ書いたりするとすぐ終わっちゃうんだけど
逆にそう思うと出かけたくなっちゃう。

短い時間だから1ヵ所限定。
家から遠くないところ
よしっ

多摩六都科学館
西東京市のシンボル、スカイタワー
195mの電波塔

でも、作るときに検討した。
お金がない

タワーって普通お客さんが登れると思うけど、登れるようにするとお金がかかりすぎる
都心でもないし、駅からも遠い
多くの来客が見込めないから、入場料を取っても、回収できない
バッサリと登れる機能をあきらめた。

その変わりと言ってはなんですが
明日の天気予報をしてくれます。

その場所にあるのが多摩六都科学館

多摩六都というのは、わが東久留米市を始めとして、清瀬市、東村山市、小平市、西東京市のこと

あれ、五つなんじゃない?

ばれました?田無市と保谷市が合併して西東京市になったから、数的にはひとつ減ったのね
でも、多摩六都という名称はそのまま。
頑固者なのか、変更が面倒臭いからなのか
多摩六都は今日も行くー

以前一度来たことあります。
その時、面白い、と思いましたのでいつかまた来ようと思っておりました。

おっと、いきなり、はやぶさ2

2:30に来ていれば、大画面でこの映画が見れたそうです。
惜しいっ。
絶対また来るぞ

ボイジャーもあるぞ

あんなところに人が

地球の部屋
化石とか岩石とか、武蔵野台地の成り立ちとか




ここも絶対また来よう
岩石の種類を見分けられれば、ウォーキングしていて面白味がぐんと増すと思って
何度か挑戦するんだけど、どうにもこうにも名前を覚えられない
頑張るぞ!

自然の部屋
宇宙好き、化石好き、昆虫好きな子どもたちがそれぞれのコーナーで夢中になっている
こういうところにいる子どもたちが将来、ノーベル賞とかとるんだろうな
頑張れ子どもたち

クイズだ。よしっ


残念。足の数以外は全て不正解

次の仕組みの部屋に行く前の通路の展示が私は一番良かった
理由は簡単
お姉さんが解説してくれたから

これ、同じ灰色なんですよ

ほんとですか。絶対違うと思いますけど

ねっ

ええええっ

これ渦巻きに見えるでしょ

はい。渦巻きですね

違うんです。同心円なんです。

いやあ、答え聞いてもどうしても渦巻きにしか見えませんわ

仕組みの部屋

相澤ロボット。相澤さんというロボットの権威がつくったもの
私たちの世代は、ロボットと言えばこれですよね
今は、アシモだったりアンドロイドだったりするけど
これを展示してくれているというのは、とっても好感持てます

リニアモーターカー

もうすぐそこだ

からだの部屋

大村智先生、頼みますよ

へえ。ウィルスって生物じゃないんだ。
コロナウィルスが6種類もあるって知らなかった。
だから、新型コロナウィルスって言っているのね

チャレンジの部屋
子どもたちに大人気の色んな実験のできる部屋

出たっ。サイクロイド曲線。
ウォーキングイベントで、飯田橋の東京理科大、科学博物館で、理科大の学生さんが
説明してくれてものすごい説明がうまくて、無茶苦茶盛り上がったやつ

紫が一番早くボールが落ちるのよね
お寺や神社の屋根の反りは全てこの曲線。

いくつかやったんだけど、ごめんなさい。写真撮るの忘れてた。

いやあ、面白かった。
近いし、また来よう。
今度は、映画とかプラネタリウムとかも見るぞ

[おでかけ]シリーズはこちら(少し下げてね)

[人類]3 なぜ海を渡る?考えても分からん。

[人類]1 日本人はどこから来たのか
[人類]2 ホモサピエンスの世界大拡散
の続きです。

ルート
人類が日本に渡ってきたのは、遺跡等から調べて判明したところまででした。
古い方から
対馬ルート
沖縄ルート
北海道ルート

古い方のふたつは、意思を持って海を渡ってきたことになります。
潮の流れからして、単純に漂流しても日本には着かないし、
万が一、一人漂着しても男女揃っている訳ではないので、子孫が産まれない

対馬ルート
今でも朝鮮半島から対馬が見え、対馬から九州が見える
後期旧石器時代にはその距離はさらに近かった。
自然なルートだと言える。

朝鮮・対馬海峡は、その後の日本列島の歴史においても、常に大陸との一番太いパイプで、
縄文時代にもこの海峡を人々が往来した痕跡がある。
弥生時代初頭には大陸から再び大規模な集団移入があって、
これがその後の日本人の形成に大きな影響を与えたことは、
遺伝学など複数の証拠から明らかにされている。
3万8000年前以降に日本列島へ渡ってきた旧石器人も、
その大多数は対馬ルートでやってきたのだろう。

沖縄ルート
対馬ルート以外にも、沖縄ルートがあることが分かった。
「サピエンス日本上陸」「日本人はどこから来たのか」の著者、海部陽介さんは
このルートに一番こだわり、のめり込んで「実験」をすることになる

北海道ルート
北海道ルートは一番新しいし、地繋ぎだから、考えるべき点は少ない
2万5000年ほど前に、
シベリアから細石刃文化と呼ばれる独特の石器文化が南下してきたことが、
古くから考古学者の間で知られていた

ただ、ひとつ疑問が残っている。
3万年前にも北海道に遺跡がある
これは、北海道ルートと同じなのだろうか
ひょっとすると、対馬ルートで渡ってきた人類が
津軽海峡を越えた可能性もあるが、まだ分かっていない。

実験
どういう風に海を渡ったのだろう
さらに言うと、なぜ渡ろうと思ったのだろう。

海部陽介さんは、学者にあるまじきと言おうか、突飛な発想の仕方をする

考えても分からん。

学者って考えるのが商売。

この3つのルートの時期を特定したり
地繋ぎか海に隔たれていたのかは、膨大な量のデータを集めて考えた。
でも、どうやって?なぜ?という一番肝心なところになると
考えても分からん、という手法でスタートする

やってみよう。
感じてみよう。

対馬ルートなら対岸が見えるから、行きたくなる気持ちも分からないではない
沖縄ルートがどうにも分からない。
山の上に登ると辛うじて向こうの方に島がうっすらと見える

海部さんはその山に登り
正直、島に渡りたい気持ちがわかなかったという

どうせなら、この難しい方のルートで挑戦したい。

挑戦
当時の技術で船を作る
そして台湾から、与那国島まで、男女混合の数人で海を渡る。

専門家たちに集まってもらおう。
人類進化学者や遺跡を調査している考古学者
古代舟を推定するための海洋文化人類学者
舟の素材を検討する植物学者
現在と古代の海を研究する海洋学者
さらに実験航海には舟を漕ぐプロが必要なので、海洋探検家

科学者と探検家が集う研究会を、2013年3月に与那国島で開催し、
そこから生まれたのが「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」

3年の準備期間を経て、2016年4月に、上野の国立科学博物館の
正式なプロジェクトとしてスタート
さらに2017年3月には、台湾の国立台湾史前文化博物館と協定を結び
日本と台湾が協力する国際共同プロジェクトとなる

実験の趣旨
同様の実験は世界各地で実施されたことがある
ただ、今回のプロジェクトは実験の趣旨が異なっていた。

「行けるかどうか」ではない。
行ける事は分かっている。
行ったんだからそう
問題は「どれだけ大変だったか」に趣旨が置かれる

だから、海部さんはプロジェクトを指揮するなどという事ではなく
自分で漕いで渡る必要があった。

学者たちだけではなく、海洋探検家たちに集まってもらったのもこだわり
理屈では渡れない
果敢なる挑戦
命をかけるプロジェクト

結論的には、予想通り「とても大変」だった訳だけど
シリーズの次回、船作りから説明していきます。

[科学]シリーズはこちら(少し下げてね)

[首相]17 浜口雄幸。名前がひっくり返っちゃった。

首相シリーズ17人目

浜口雄幸(おさち)
立憲民政党(元憲政会)

土佐藩の足軽の子として生まれる。
名前を届けるときに、父親が泥酔し「幸雄」と書くところ、雄幸と書いちゃった。
そんなことあるかなあ
あったとしても訂正したり、通称は幸雄で良いと思うんだけど
雄幸でもいっか

とっても真面目で勉強家
官僚となっても最初のうちはエリート街道を進んでいた。
ところが、頑固で上司とぶつかることが多くなり
地方を転々とする不遇の時代を過ごす

目をかけてくれたのが後藤新平
後藤が桂太郎内閣で逓信大臣となったとき、逓信次官に
桂太郎が中心になって結党した立憲同志会に入党し
政党政治家へと転身する。
その後、立憲同志会は憲政会に名前を変える
長く野党であったが、ようやく加藤高明内閣で与党となり
浜口は大蔵大臣となる

首相に
政友会の田中義一内閣となると、憲政会は政友本党と大接近
合併して、立憲民政党となる
総裁には全会一致で浜口が推され
健康上の理由で固辞したものの
みんなに説得され受ける事になる

風貌や真面目な性格で人気が出て「ライオン」とあだ名される
強硬外交を進める田中義一を激しく非難
結局、張作林爆殺事件の対応を誤った田中義一は退陣
いよいよ、立憲民政党の浜口に組閣の大命が下る
「ライオン宰相」の誕生です。

井上準之助蔵相のもと、大幅緊縮財政と金本位制への復活を実現する
浜口首相は「ともに痛みに耐えよう」とラジオで国民に呼び掛ける

さらに海軍軍縮条約を成立させる
軍が拡大していく流れの中で、抵抗すると、過去の例でも嫌な予感。

東京駅
昭和5(1930)年、11月14日朝
東京駅から、特急つばめに乗ろうとしていた。
突然銃声がし、浜口の腹部を直撃。

このあと、5.15事件、2.26事件と
軍拡に反対するものは殺してしまえ、という
恐い世の中への前兆でした。

重症ではあるが、意識ははっきりしていた。

男子の本懐だ
予算の閣議も片付いたあとだから良かった。

その場では一命をとりとめる

回復しないうちにも、国会に出る

これは国民との約束だ
これを守らなければ、国民は何を信じれば良いのか
自分は死んでも良いから国会に出る

無理がたたって、そのあと亡くなってしまう。
加藤高明首相急死のあと、同じ憲政会の若槻礼次郎がピンチヒッターで首相を勤めたが
今回のピンチヒッターもやっぱり若槻礼次郎