[ことば日本史] くわばらくわばら

「ことば日本史」から、平安時代です。

ことば、日本史、とくればやっぱりこれでしょう

くわばら
前回、藤原氏が権力を握って、というところの話でしたが
ずっと権力を握りっぱなしだった訳ではありません。

意欲的な天皇は藤原氏以外の有力者を登用した

その典型が菅原道真(すがわらみちざね)

百人一首シリーズでも、出てきましたし
このたびは

神社シリーズでも出てきました
[神社] 菅原道真が天神様と言われる訳

もちろん、天皇シリーズでも
[天皇]60 醍醐天皇。貴族にとって、たたりとは。

藤原時平との確執
はめられて、太宰府へ左遷

失意の中に亡くなった

ここまでなら、残念でしたね
というだけなんですが

ここからが菅原道真のすごいところ

それまでも、貴族の世界でばくっと信じられてきた「怨霊(おんりょう)」というものを
行動指針にまでしてしまった

不幸な死に方をした人は、恨みが形となった、怨霊がかたき討ちで次々と悪いことを起こす。

藤原時平とその一派は次々と不審な死を遂げていく

最後に極めつけとなったのが清涼殿落雷事件
藤原時平派が会合していたところ
それまで晴れていたのに、突然黒い雲が空一面を覆い
ガラガラドッシャーン

落雷で、時平派のメンバーは真っ黒焦げになり即死

おそろしやぁ

それ以降、菅原道真の怨霊に鎮まってもらうべく
天神様という神様として祀ったり
官位も最高のものを与えたり。

庶民だってこの手の話は大好きなので
怨霊の雷の話で持ちきり

京都の菅原道真の所領だった桑原荘
周りは雷からの火事で丸焼けになったのに、
ここだけは、何の被害もなかったという噂になります。

そして、被害が及びそうになったときに避けるおまじない
くわばらくわばら、が広まっていきます。

ちなみに今京都で「桑原」はほんの一画に地名だけ残っています。

桑原町は京都のど真ん中。
でも誰も一人も住んでいない。
何故なら、幅の広い道路が通っているその上だけだから。

京都御所の周りの道路上

ここです

[言葉]シリーズはこちら(少し下げてね)

[首相]32-3 吉田茂。耕さないもの認めない

[首相]32 吉田茂。嫌になったらいつでも投げ出す。
[首相]32-2 吉田茂。分かった。ひとりの日本人も、餓死させない
の続きです。

憲法改正
幣原喜重郎内閣から引き継いだ、憲法改正という大仕事

天皇象徴制
戦争放棄

自由党内では大反対が巻き起こる

ただ、吉田にはマッカーサーの真意が分かっていた。

マッカーサーはかなり事前に日本の研究をしていて
日本の歴史の特殊性が分かっている
日本の歴史の中での天皇の役割

極東委員会のメンバーのうち、ソ連やオーストラリア、ニュージーランドでは、
日本ファシズムの復興を恐れ、天皇も戦犯にすべきだとの強硬意見が出ていた

先手を打って既成事実を作ってしまおう

直接、天皇とも会い、その人格に感銘をうけたと語っている

また、ソ連が、日本の再軍備を怖れていた。
アメリカに任しておけぬと
日本の統治に直接加わろうとしていた。

戦争放棄、世界のどの国にもない
一足先の宣言でグゥの音も出なくする

正直敗戦後、実績戦争放棄
それを文にするだけ

でも、国内の反対の声は日に日に強くなって
吉田も、これはもう無理かも知れないと思い出した

その流れを大きく変えることが起きた

天皇自身が発言
総司令部案でいいではないか

農地改革
これはあまりに乱暴だった
無茶苦茶だとさえ言える

日本民族は農耕民族
縄文時代に始まり、農地所有のあり方が、
日本の歴史の変革のベースにあった

先祖代々苦労して確保してきた土地を没収
それを小作人に解放する

大地主が「支配」し
小作人が隷従する
その社会構造を抜本的に崩しきって作り直すんだと

資本主義の根幹である私有財産の保証を否定することになる

最初のGHQ案は全ての地主の土地を解放
だったが、
いくらなんでも、と

考え方を変え
不在地主の排除
即ち、自分自身が耕すのではなく
貸すだけのための土地は認めないと

所有の規模についても何度も調整が加えられた

結果として
従来4割6分を占めていた小作地の割合は、1割以下に激減した。
小作農家はほとんどなくなり、大部分の農家は自作農となった。
昔のような大地主や不在地主は、姿を消した。

GHQが当初目指した小作制度の廃止は、
事実上ほとんど理想に近い状態にまで実現され
わが国の土地制度は、従来の地主的土地制度から、自作的土地所有制度に一変した

馴染み(743年)の土地はおらのもの 
の「墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいのほう)」以来の
日本構造の大改革だと言えるだろう

ほんとにこんな事を流血の惨事もなくやっちゃったのかと
改めて驚くばかり

[歴史]シリーズはこちら(少し下げてね)

[迷信]8 手が冷たい人は心があたたかい

手が冷たい人
「手が冷たい人は心があたたかい」という言い伝えがある。
かなり浸透している気がする
何度か聞いたことがある

一般的に考えれば、性格によって手のひらの温度が変わることなどないように思えるが、
科学的に考えると一定の根拠が見えてくる。

手のひらが冷たくなる原因のひとつに、汗をかくことが挙げられる。

人間が汗をかく原因は大きく分けると3つある。
1.暑いときなどにかく体温調整のための温熱性発汗、
2.辛いものなどを食べたときにかく味覚性発汗、
3.そしてストレスや緊張などが原因の精神性発汗

手のひらにかく汗は温熱性発汗と精神性発汗にあたるが、
暑くも寒くもないのに手に汗をかくならば、
それは精神性発汗の可能性が高い。

精神性発汗はエクリン腺、アポクリン腺両方から汗が出る

人間はストレスを感じると交感神経が刺激されて汗する。
すると皮膚表面の温度が下がるため、手のひらは冷たく感じる。

つまり、常に手のひらが冷たい人は、
ストレスや緊張を感じやすい人と言い換えることができる。

心があたたかいという表現より
感情の振幅が大きいという事だろうか

では逆に、手があたたかい人は心が冷たいんだろうか

ストレスや緊張状態にも耐性がある
汗をあまりかかないということになると
比較的冷静なタイプと言えるかも知れない

正直気にするほどの事ではないし
ほんとの大雑把な傾向としか言えないけれど

むしろ、手の温度を相手が感じるということは
それほど握手をしているということで
感激屋ということの方が大きいかも

今はなかなか難しいけど
私はすぐ握手したい方のタイプ

私の手はあたたかいんだろうか冷たいんだろうか

[科学、迷信]シリーズはこちら(少し下げてね)

大好きでした。

お通夜に行ってきました。
長女の嫁ぎ先のお父さん

ご病気なのは分かっていて、
長女とも早く結婚式をあげて、
式を見せてあげたいというのがあった

先方のご家族と顔合わせで会食したとき
大好きになった。

その人がどういう人かに関わらず
好き嫌いというのがどうしても出ちゃうものですが
そういう好き嫌いで言うと「大好き」な人
息子(長女の旦那様)、そのお父さん、そのお母さん、3人とも

お父さんは穏やかな人
お母さんはざっくばらんな楽しい人
お父さんとお母さんの夫婦のバランスもとても良く
会話を聞いていてこちらも楽しくなれる

10月31日にお見舞いと言うことで、
新宿にあるご実家に伺いました。
その時の様子はこちら

私が伺うと応対しようと無理をされるかも知れないし
迷うところはあったんですが
行かないと後悔する気がした
やっぱり行っておいて良かった。

とてもお元気そうだった。
楽しいお話ができた。

やっぱり信じられない
あの時のお元気そうな声が頭の中でリフレインする

何だかんだと理由はつけたけど
あの時伺った一番の理由はひとつ
お父さんたちご家族と話したかった

「せっかく親戚になったんだから」
という事を抜きにしても、話に行きたい人

みんなに好かれていることが良く分かるお通夜だった
焼香だけで1時間以上かかった

やはり顔を見ると、グッと込み上げるものがあった

お母さんの一言には耐えられなくなった

ホントに死んじゃったんだねえ
なんか言いなよ

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