[社労士]2年目初の力試し。ちょうど合格レベル。挑戦します。

いよいよ、この日がやってきました。
社労士挑戦も、1年目は不合格
2年目に突入し
Excelを使ったかなり合理的な方法を開発したつもり

2年目は過去問を解いてみる「力試し」はまだ一度もやっていない

2年目に入って5ヶ月が経過
本当なら、去年いっぱいで力試しをし
そこで、合格レベルギリギリぐらいに乗せておいて
あとの期間で、余裕をもって受かるレベルにさらにあげていく
2年目は1年目とは挑戦の仕方が違う
1年目は受かってもおかしくない、というレベルのまま挑戦
2年目は受かる、と思えるのでないと挑戦しない
2年目初の力試しには、その判断がかかっている

5ヵ月、キツかった
何度も挫折しそうになった
一番の敵は、「モチベーションの持続」だった

オリジナルの、名付けて「ローラーテキスト問題集」は5500行にまで膨れ上がった
その膨大なものを、今度は覚える段階
やれどもやれども、まだこんなに?

感覚的にはやはり1年目とは、違う
いけるはず

さあ、力試しだ

力試し
1年目で最近の過去問はやっちゃっているから
2年目は10年前のもの
H24年版

選択式と択一式
選択式は40問80分
選択式は、科目別の足切りに引っ掛かったものの
トータル点数は合格ラインを上回った
どちらかというと得意な方

いけた気もするんだけど

答え合わせはせず、そのまま択一式
3時間30分もかかる膨大なもの
年によって違うものの、だいたい60%ちょっと取れれば合格
最高でも51%。本番は40%台に逆戻り

確かにやっていて1年目とは感覚が違う
勉強中は、ここまでやったんだから
力試しではスラスラいけるんじゃない?って思ったけど
そこまでではなかった

逆に社労士試験の奥深さを感じた
ほんとにすごいなあ、この試験

答え合わせ
まずは、選択式

あれっ、思ったほど正解になってないなあ

結果、40問中、25問正解 62%
この年の合格ラインは?
26点

ええええっ
さらに、足切りで2科目引っ掛かった

まあでも、1点足りないだけだし、よしとしよう

さあ、択一式

結果、70問中、46問正解。65%
この年の合格ラインは?
46点

ちょうどピッタリやあ

足切りにも引っ掛からず

うおおお
うおおお

1年半やって来て
合格ラインに達したのはただの一度もなかった

ちょうどなんだけど、良いじゃないか
初めてなんだ
この数字を見たかった

ずっと、成長の実感は感じつつだったけど
一度も成果として現れたことがなかった

ああ、嬉しい
人間、やり続ければ何とかなるんだ

何度も点数を見返し
ニヤニヤしてしまう。

さあ、言っていた2年目どうするかの「判断」

『挑戦します』

試験は8月
あと、7ヵ月ある

今はピッタリの合格レベルだけど
このあと伸ばしていって
多少、自分と波長の合わない問題だろうが
合格にはなる「のりしろ」を作る

合格する

どういうやり方をするか
今のやり方に間違いはなかったと思えるので
これを基調にしながら
深めるのか広げるのか

このあと、細かく分析しながら検討していきます

[社労士]シリーズはこちら(少し下げてね)

[神社]黄泉の国から、そして桃太郎

[神社]神様が次々と。そしてイザナミが
の続きです。

イザナミを亡くし、諦めきれないイザナギ
死者の住む黄泉の国(よみのくに)へと旅立ちます

イザナミのいる御殿の門前で
帰ってきてよ

黄泉の国の神様に相談しますから
その間、決して私の姿を見ないでください

どこかで聞いたことのあるフレーズ

見るなと言われると見たくなるのが世の常

ひええーっ

イザナミの体は腐乱し、うじがわいていました

みーたーなー

イザナギ逃げる

次々追っ手を差し向けるイザナミ

ああ、もうだめか
目の前の前に桃の木が
これでもくらえっ

桃を投げつけられて、追っ手は一切消え失せます

黄泉の国との境、黄泉比良坂(よもつひらさか)を大岩で塞ぎ
ふうーっ助かった

頭に来たイザナミは
1日に1000人の人を殺します

イザナギは
それでは私は、1日に1500人生まれさせることにしましょう


ここで、重要な役割をおったのが、桃
桃は神聖な食べ物とされています。

桃太郎は鬼退治が出来る力を備えていることになります。

ところで、なぜ桃太郎は、犬、猿、キジという
いかにも弱そうなお供を連れていったのでしょうか

それは十二支の方角と関係します。

鬼は艮(うしとら)すなわち北東の方角からやってきます。
鬼に角があって寅のパンツをはいているのはそのためです。

対応する逆側にあるのが
申(さる)酉(とり)戌(戌)な訳です
ひつじは?
ちょっとずれましたね、ごめんなさい

[神社]シリーズはこちら(少し下げてね)

[迷信] ぬりかべと白米の意外な関係

ぬりかべ
水木しげるの漫画「ゲゲゲの鬼太郎」に登場するのでお馴染みでしょうか

のっぺりとしたに目や手足がついた姿がもっとも有名だが、
昔の絵巻などでは、家の壁に鼻があるものや、
三つ目の犬のような姿でも描かれている。

このぬりかべ誕生の背景には、日本人の食生活の変化がひそんでいる。

古代より日本人は、長い間、玄米が食事の中心だった。
私も今、玄米白米1対1で混ぜています。

白米は飛鳥時代頃に食べられるようになったが、
身分の高い人々だけが食べることのできるぜいたく品だった。

それが、江戸時代になって食生活が変化した
農業技術の進歩や新田開発が進んで、米の生産量が飛躍的に向上した

また流通システムの改善などにより、
江戸では多く白米が出回るようになった。
その結果、当初は武士だけが口にしていた白米を
庶民も食べるようになった。

このことは日本の社会を大きく変えた。
「江戸に行けは白米が食べられる」ということで、
地方から江戸に人々が押し寄せ、人口が集中するようになった。
1日に3度食事をする習慣もこの時期に始まったといわれる。

栄養不足
同時に奇妙な病気が流行し始めた。
足元がふらついたり、妙に怒りっぽくなったり、
ときには床にふせって離れられないといった病人が急増したのだ。

不思議なことに、江戸での生活をやめて地方に帰ると、
それらの症状は消える
この原因がわかったのは明治時代になってからだった
食生活の中心が玄米から白米に変わったことにより、
栄養不足が広まっていたのである。

白米は精米の過程で玄米についているヌカを取り去ったものだが、
白米ではビタミンB1やビタミンAがとれない。
ビタミンB1の欠乏は脚気、
ビタミンAの欠乏は夜盲症などの病気を起こした

その両方の症状が重なると、
夜には前が見えにくくなり、足元もおぼつかないので、
目の前に壁が立ちはだかっているように思える。
自分の身に何が起こったのかわからない恐怖もあって
ぬりかべという妖怪が生まれたのだ。

ちなみに、白米100グラムに含まれるビタミンB1は0・1グラム、
玄米は0.5グラムであるのに対し、
米ぬかは2・5グラムもあるだから江戸を離れて地方に帰り、
昔ながらの玄米や野菜中心の食生活に戻ると
自然と回復した。

脚気は現在ではそれほど恐れる病気ではないが
昔は死に至る病気で
江戸に行くとかかるので「江戸患い」と呼ばれていた

14代将軍家茂(いえもち)は脚気で亡くなっている
家茂はぬりかべに立ちはだかれたことになる

[迷信]シリーズはこちら(少し下げてね)

[ことば日本史]一所懸命に一生懸命

ことば日本史、鎌倉時代から

一所懸命
中世の武士は、おのれの本領を守ろうと命がけで戦った。
本領とは、将軍家への奉公によって恩給された「恩地」とはちがい、御家人が先祖から
代々受け継いできた所領のことである。

それは平安時代以来の在地領主がみずから開発した所領田畑がもとであり、
分割相続の対象にはされず、嫡男、惣領に受け継がれていった。
武士は、その本領を鎌倉殿から安堵されて、御家人となる。

この本領が「一所懸命の地」だった。

これがやがて、一つのことに命がけでとりくむ態度をさすのに転用され、
その意味に引きずられて、一生懸命とも表記されるようになった。

土地という財産
大学の時、法律の先生に、土地という財産はあらゆる財産の中で極めて特殊な
有限の資産だと習ったことがある
どうやってもトータルで地球の表面以上にはなりえない
それを分け合うことになる

生産や生活の拠り所なので、全ての基本
今は「所有権」を国家が保証してくれるが、そんなことはごく最近で
長い歴史の間は、実力で奪ったり守ったりの世界だった

日本史を勉強していくと
土地の所有の仕方、保護の仕方の歴史だなあと思う

自分の得ている既得権を守るためどうするか
どういう人に守ってもらうか
一所懸命の歴史だったと思う

びっくり
「一所懸命」って私の中では衝撃のワード

あれは小学校だったか中学校だったか
先生が黒板に「一所懸命」と書いて
みなさんは「一生懸命」だと思っていると思いますが
実は「一所懸命」が正しいんです

ことばの意味や歴史を教えてくれた。

あまりに衝撃だったのでようく覚えている

今まで「一生懸命」頑張ってきたのに
本当は「一所懸命」頑張るべきだったなんて、そんなバカな
私の人生を返せ!

まあ、そのあと、歴史の始まりは一所懸命でも
一生懸命に相当することばは今や「一生懸命」になってしまっているので
一生懸命が正しいと分かり、やすらかな日々を送れています

ただ、あの衝撃は今でも強く残っているので
「一生懸命」と書きたいときは
一旦「いっしょけんめい」変換、ってやって「一所懸命」を出し
バックスペースで消してから「一生懸命」に変えたりしています
あの時の先生に対する敬意です

[日本語]シリーズはこちら(少し下げてね)