わが家の歴史を訪ねて、最終回

兵庫県の実家に帰ってきています。

以前、昔住んでいた家の近くを家族で観光したとき
せっかくだから、昔の家を探してみようか
甲山と、以前住んでた家探し
とても楽しくて感激したので
次は尾上の松(おのえのまつ)
これもやったー、見つかった
我が家の歴史を訪ねて

勢いついています
よし、尼崎の園田だ
ここ見つかったら制覇だね

いや、林崎があるよ

林崎とは、父さんと母さんが、新婚の頃に住んでいた明石の事で
私はその時、赤ちゃん

えっ?
それ何の記憶もないんだけど

良いや
どうせなら、林崎も見つけて完全制覇だ!

明石
今日は元旦
先に明石の林崎行ってみよう

林崎は住所は見つからなかった
最寄の駅は山陽電鉄の林崎松江海岸駅

お父さんの記憶だけが便りだからね

手がかりは
いっぱい団地が立っているうちのひとつ
近くに坂があった
その坂のところにあった工場が火事で燃えた。

これだけ

何と言っても、50年以上前の記憶
この辺かなあという場所にいっぱい団地は立っていない

ひとつある団地に行ってみた

隣に神社があったんだけど
神社には記憶はないという

向こうの辺に行ってみよう
坂だ

これ?

こんな感じだったかなあ

ここ
ここにあった工場が燃えちゃったんだよ

じゃあこの辺一帯という事だね

かなり新しいめの開発された住宅地

ここ
ここに決定

何かもう少し後押しになる決め手も欲しいけどなあ

あっ

地元の人らしきおばさんが向こうを歩いておられた

すみませーん
変なことをお尋ねしますが
この辺りって、前にいっぱい団地があったりしませんでしたでしょうか

ありましたよ

えっ

3つだけ残して、あとは全部解体して
そのあとがこの住宅になったんです。
3つが、この16号棟と15、14
その3つもきれいに建て替えたんです。

気付かなかったけど
ふと見上げると16号棟
いきなり14号棟から始まるっておかしいから
以前この辺一帯に13号棟まであった証拠

ありがとうございます。
以前ここに住んでいた者なんです。

尼崎
今日は1月3日
親子兄弟4人さらに姉のご主人と息子さんも来ていただき
総勢6人で、わが家の歴史を訪ねて、完結編

阪急園田駅を出発です。

ここは珍しく、住所まで特定出来ている
父さんの手帳の中から探し当てました。

駅からまーっすぐ行って、最後にちょこっと左に曲がったところ

小学校4年から5年にかけて、住んでいた。

園田競馬場が、駅からまーっすぐ行った道をそのままもうちょっと行くとある

ほとんど記憶は無いんだけど
競馬の開催日は駅から競馬場まで大勢の人の大行列
子供だったので、なんだか怖くて
追い越されないよう、必死にスピードアップして歩いて
流れにスピードを合わせた覚えがある

全員がビックリしたのが
真っ直ぐの道の道幅が細かったこと

狭っ
こんなに狭かったっけ

頻繁に通った耳鼻科も見つからなかった

さあ、家だ

家の思い出
社宅だったんだけど、なぜかかなり広かった
広い庭もあって、桜がいっぱい植わっていた。

桜の季節には、桜吹雪がすごかった

でも桜の木って、毛虫も大量に出て
それには閉口した。

庭の一角に、捕まえたコオロギが死んじゃったときのお墓

古い家だったので、蚊も多く
夏はいつも蚊帳を吊っていた。

面影は全くない
壊して、跡地に家を建てたんだろう。

隣の家は今は住んでいない廃墟
そうそう
家の感じはこんなだったね

間を眺めると廃墟の敷地分は3つの家が建っていると分かるから
3軒建てたかも

それくらい広かった
当然桜は一本も無かった

ここ
ここで決定

3年越しで巡った、わが家の歴史を訪ねる冒険ロマン
これにて完結

そのあと
そのあとは、みんなで
公園、園田競馬場を巡った。



競馬場の思い出としては
友達に競馬関係者の家の子がいて
特別に競馬場の中に入らせてもらった

中の様子や馬がいたかとかも全く覚えていないけど
おにぎりを売っていて、それを食べさせてもらった

おう、坊主
おにぎりでも食ってけ

当時、おにぎりって売っているものではなかった
自分で握って食べるもの

おにぎりを売っているんだ、という衝撃

こんなうまいものが世の中にあるのか

おそらく、今同じものを食べても
はい、まあおにぎりですね
なんでしょうけど

本当は入っちゃいけない場所にいるんだという
ドキドキ感
いつも、怖いとだけ思っていた、競馬の関係の大人の人に
気さくに話しかけられた、
とても大きなギャップ感

色んなものが加わって
最高の食べ物になった

そうそう忘れていた
私の中での食べ物ランキング
おいしいものと食べ物ランキング(日本酒くらしっく)
食べ物ランキング2位、五島列島のうどん
これも3位で入れさせてください

学校巡り
姉ちゃんは中学校
私と妹は小学校

記憶が曖昧で
そもそも、どの学校に行っていたかで大騒ぎ

巡って確認したんだけど
当時の記憶がよみがえってくることは、ありませんでした。

もしも、でーこんが、カップ焼きそばの作り方を書いたら

「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」
って本がやたらに売れているようです。

太宰治やら、村上春樹やら、もっとやわらかめの人も含め
カップ焼きそばの作り方を書いたらどうなるかという、意欲作。

今年はこれで決まりでしょう。

何が?

本屋で立ち読みしてみました。
買わないところが、でーこんですね。

例えばこんな感じ

相田みつを

「カップ焼きそばだもの」

湯を入れる
五分まつ
湯切りをする

これだけなのに
むつかしい
すぐに食べたい
人間のわたし

これは流行に乗り遅れる訳にはいきません。

もちろん、でーこんなんぞは、文豪ではありませんが
やわらかい方代表ということで
挑戦してみました。

「もしも、でーこんが、カップ焼きそばの作り方を書いたら」

カップ焼きそば
なんなんでしょう。
このお茶目な食べ物は

カップラーメンがラーメンとは別なる商品として生まれてきたように
カップ焼きそばは、焼きそばじゃない。

きみ
焼きそばじゃないよ

そう言われましても

まあいっか
「カップ焼きそば」

湯切り
ああ、湯切り
湯切りと言えば
思い出すことがある

高校の時
フォーク同好会というサークルの会長をやっていた。

2年後輩に
名前も覚えていない奴。

あまりおしゃべりが得意ではなかった。
単純作業がとにかく好きなんです。
と、変わったことを言ったので覚えている。

その彼が唯一こだわったのが、カップ焼きそばの湯切り

カップ焼きそばの湯切りの時は、絶対に振っちゃダメです。
そのまま、じっとひたすら待つ。
お湯の流れというものがあって
それは、邪魔しちゃいけないんです。

初めて聞く、強い口調。

あっ、そう。
分かった
そうするわ。

その彼が、バイクの事故で
いともあっけなく死んじゃった。

特に仲良かった訳でもなく、
ほとんどしゃべった事もなかった
カップ焼きそばの湯切りだけが強烈に印象に残った。

ボコン
焼きそばの湯をシンクに捨てるとき
ボコン、ってなりません?

その度に、あの時の言葉が頭の中によみがえるんです。

あっ
ごめんごめん。
また、振ってもうた。

私の人生、最後の山

今まで、私のおかしなおかしな人生について
色々お話ししてきました
色んな事がありましたね
山あり谷あり

最初はIT業界で始まりました
そこで若干のノンプログラミング
次に業界変わって、経営コンサルタント
次にその時のクライアントであるパチンコホールの会社に就職
会社の改革で大成功
ある社長に出資してもらい、宅配寿司の会社を立ち上げる
頑張ったけど会社を潰しちゃった
その後、色んな業界へ
詐欺まがいの営業だったり
本屋の店長だったり
人材派遣の会社の営業と管理も経験
IT業界に戻るか、ってことになる
ハッタリ期
ひたすら期
ノンプログラミングが忘れられなくて
コツコツ土日にプログラミング
部分的に使ってもらったりもした
どうしても、やりたくて
潰れるのが分かっている会社に入ったりもした
次の会社では仕事がなくて
仕方なく、技術者二人で営業をしたりした。

ああ、長かった私の人生
色々あったけど
常にその時が一番楽しいと思える人生だった

そして、とんでもないこんな人生を送っている私を
超独裁政権で、常に命令しつつも
離婚を言い出すこともなく、一緒にやって来たカミさん

ああ、しみじみ

そして、ここから
私の人生の大きな最後の山場を向かえることになります。

また就職
若干の成果を見たノンプログラミング
もうここまで来ると自分の気持ちを押さえるのが難しい。
すぐにでも就職先を探さないと暮らしていけないのは分かっているので
贅沢言うつもりはないんだけど
一旦は、ノンプログラミングと言わないまでも
効率の良い開発のツールを作っているところに応募してみよう
それでダメだったら綺麗にあきらめがつく

最初にセミナーを一緒にやってくれた会社をはじめとして
連携しませんかと、何社か回った。

営業で仲良くなった人に相談したら
プレゼンテーションの資料を作ってみたら?
うん、良いこと言う

トップ自らが強く興味を示してくれた会社があって
そこにアポがとれた

その会社が持っている開発ツールを
どう売っていくかみたいな資料をパワポで作る
一方、自分が作ってきた商品については「封印します」

入社
そちらに入社させていただくことになりました。

その開発ツールを習得して
そのツールを使いつつシステムを開発する
よーし、頑張るぞっ

そのツールはWeb(インターネット)上で動くもの
私が作ってきたツールはWebではないので
もともと土俵が違う
目指すところは一緒だけど、この会社で使える訳ではない
ある意味助かった。
自分のツールをすっぱり諦めることが出来る。

習得
ツールの習得のお勉強
Excelで情報を入力して、それをツールに読み込ませると
プログラムの元になるソースというのが出来上がる
とんかつソースとはちょっと違うよ
そのソースを元に開発していくというスタイル

一般的にソースコードジェネレータと言っています。
世の中の開発ツールはほとんどがソースコードジェネレータです。
私が作ってきたのは、ソースコードジェネレータではないんですけどね
今まで、ソースコードジェネレータではなぜダメかと散々言ってきたんですけどね
いかんいかん、お口にチャック

Excelに情報を入力していこう
こうして、ああして

ここ、めんどくさいなあ
右寄せ、左寄せというのを指定するところ
Excelが分かる方はお分かりいただけるかな
文字の場合はセルの左側に寄って
数字の場合はセルの右側に寄せますね

これ、いちいち指定するのか
数字かそれ以外かで分かるんだけどなあ
ダメダメ自分を出しちゃダメ

Excelの中で動くVBAというプログラムがあるんですけど
それでちょちょっと自分の入力が楽になるようにしちゃった。
あくまでも自分用のつもりだったんだけど
ついついリーダーに言っちゃった

こんな風にしときましたよ

えっ?

ごめんなさい
でしゃばった真似して

いや、そうじゃなくて
そんな便利な事が、そんなに簡単に出来ちゃうの?

まあ、これくらいなら

予想外
予想外に喜んでもらえた

ああ危なかった。
嫌がられるかと思った。

ほどなく

ひょっとしてこんなことも出来る?

まあ、一時間位いただければ
いや、そんなにすぐでなくていいんだけど

こんなことは?

うーん
さっきのと合わせて一時間半位

なんか、イヤーな予感
やめときゃ良かったなあ

あれもこれも
次から次へ色んな要望
困ったなあ
でも、断る訳にもいかないし
何と言ってもまだ入ったばっかり。

何日か経って
改善したいくつかをまとめて
みんなの前で発表してくれということに

まずい
とてもまずい
今度新しく来た奴
何を調子に乗ってるんだということになりかねない。

勘弁してください

でも、どうしても

発表そして
顔色を見ながら恐る恐る
とりあえず、表面的には大丈夫そう

でも発表しちゃうと、
その傾向に拍車がかかります。

そして、あるきっかけがやって来ます。

この続きは次回ね。

営業ってどうするの?教えて!

前回、せっかく就職した会社で仕事がない、ってとこまで話しましたね。

自分の仕事を自分で見つけてくるしかないのか

営業って?
自分の経験上の営業と言えば
看板屋、物流の派遣会社の管理兼営業、直前の会社のノンプログラミングを売ろうと頑張った時
その辺りの経験を組み合わせて、とは思うものの
前の2つはやり方が確立されていて
色々教えてもらえた。

今度はまるっきりの白紙から。

こんちはーっ、とか会社に入っていって
ちょうどお願いしたいと思ってたのよ
なんて、どう考えてもあり得ない。

教えて
まずは、そういう営業をやっているひとに会いに行こう。

就職活動中に行こうとしていて、結局先に就職決まっちゃって行かなかった会社に連絡

Fさんは、
営業は嫌ですからね
せっかくアポ取れたんだったら、今回だけは行きますけどね

会いに行って、
素直にいきさつを話した。

すみません。
営業って、何をどうすればいいか
教えていただけませんでしょうか。

えっ
営業のやり方ですか?
そんなの分かってたら、私も苦労してませんが
ほんとにざっとなら。

最低限の業界用語の意味とか
一番簡単なケースの契約で最低決めないといけないこととか

正直、全くチンプンカンプンでした。
いかに、世間知らずだったかか、ようく分かった。

自分は技術者でござい
みたいに、言われた通りの現場に行って
現場の愚痴も言ってたりしたけど

その前にとれだけの人が、いろんな段取りをつけてくれていたのか

これは、どうにもこうにも大変なことになりそうだ。

Fさんも、発言が少し変わってきた。
ひょっとすると、近い印象を持ったのかも知れない。

この時は
とはいえ、この時点では
全く甘く見ていた気がする。

言っても、自分達2人分の仕事が見つかれば良い
まあ、何とかなるんじゃないの?

このあと、何回かに分けて話していきますけど
とんでもありませんでした。

ざっと説明します
思いっきりザクッと言ってしまえば
案件と人材のマッチング。

とはいえ、いい人いますよ
といったところで
そんなことは、100%誰でも言うわけで
少しずつ信頼を勝ち取っていって
まあ、おたくだったら、それほどハズレはないよね
とか
もしダメでもリカバリーを何とかしてくれるし
みたいなことが大事。

技術者は2人だけってことでは
そもそも土俵に上がれなかった。

大手とすぐに直接取引できるわけもない。
となると、下請けの下請けの下請けみたいなポジション。
今は、違法なので大きな声では言えませんが
間にいっぱい会社が入って少しずつマージンを取る

なんで、そんなややこしいこと
と思われるかも知れませんね。
例えばX社からせっかく手に入れたこれはおいしいという案件情報
でも、残念ながら、ぴったりの人材がいないというときどうするか
例えばA社としますね。
同業者B社に、自社(A社)の案件として会社名だけ入れ換えて案件情報を流す。
B社に人材がいたら
人材→B社→A社→X社となりB社とA社はそれぞれマージンを差し引く。
この流れを商流と言います。
B社にも人材がいなければさらにC社がくっつく。
本来、X社はかなりの金額を払っていますが
最終的に技術者に払われるのはどーんと少なくなっているケースもある
どうみても健全とは言いがたく
二重派遣として法的には禁止されている。
とはいえ、X社のような大手と直接取引できるA社のような立場には
なかなかなれず
最初はC社みたいなところから始めて徐々にステップアップしていくしかない訳です。

案件情報をどう集めるか
人材をどう集めるか
がまずはポイントなんだろうな
そう思っていたのですが・・・

続きは次回ね