徳富蘇峰の山王草堂で。の続き

ランアンドウォークチャレンジの結果やいかに
天王洲アイルから
品川宿を過ぎて
徳富蘇峰の山王草堂で
の続きです

徳富蘇峰
徳富蘆花(ろか)は徳富蘇峰(そほう)の弟かあ
ああ、スッキリした

おじさんの話は、兄弟仲の話へ

兄弟仲が悪いと言われているんですが
その原因は、徳富蘆花が書いた文章によるんです
兄貴は私の事を縛り付けてとても窮屈だった
同じ空気を吸いたくないくらい

ええっ、それは冗談でしょうね
兄弟だから許される冗談ってあると思います

裕福な家庭で育ったので、跡取りである蘇峰は、厳しく仕付けられた
それに比べて、蘆花は自由気まま、可愛い可愛いで育てられる
この育ち方の違いは、おそらくお互いに対する嫉妬を生んだと思う

蘇峰が蘆花に対してどうだったかというと
一冊蘆花についての本を書いているんです
読んだんですけどね
何の事はない。ずっと蘆花を誉めちぎっている
一行だけわがままだとは書いていましたが。
マスコミが面白おかしく書き立てたんだと思います

そのあと、私も蘆花が亡くなった時に蘇峰の書いた文章を読みました
やはり一度は何かあったようです
「兄を門前払ひにするなどと云ふことは、
弟も偉くなつたと云ふ様に考へることも出来たが、
実は私は其の時は悲しかつた。
併しさう云ふことは誰に向つて申すことも出来ず、
唯だ弟の心が何時か和らいで来ると云ふことを信じて居たのである。
それから先のことはもう新聞にも出て居る様でありますから、私は申しませぬ。
今申した通りのことで決して私は弟を悪く云ふのではありませぬ」

蘆花は代表作「不如帰(ほととぎす)」の舞台になった伊香保で長らく療養し
蘇峰も熱心に看病
最後に蘆花は蘇峰に詫びたらしい
それまでのわだかまりは全て溶けた

そう、伊香保。徳富蘇峰の記念館ありますよね

あるかも知れませんね。長くいましたので

(覚えた地理の知識がよみがえり、伊香保だっ、と思ったのですが
惜しいっ。徳富蘇峰ではなく、徳富蘆花の記念館でした)

それ以外にも、井上馨との交遊

ということは、渋沢栄一もですね
渋沢栄一は、井上馨の部下でしたもんね
あっ、やっぱり

その横に渋沢栄一との交遊の資料

展示物を一通り教えてもらい、大満足

ありがとうございます。
また来ます

蘇峰公園


[お出掛け]シリーズはこちら(少し下げてね)

徳富蘇峰の山王草堂で

ランアンドウォークチャレンジの結果やいかに
天王洲アイルから
品川宿を過ぎて
の続きです

徳富蘇峰(とくとみそほう)
蘇峰公園の、丘の上にある山王草堂記念館へ入りました
徳富蘇峰が住んでいた場所にある記念館です


いらっしゃい

おじさんの声

写真は写しても大丈夫ですか?

どうぞどうぞ
徳富蘇峰ってご存じですか?

すみません、名前だけです

ここから怒濤の1時間が始まります

今回の目的は15kmの距離を歩くこと
14km過ぎであとちょっとのところ
長い時間同じ場所にいると認められない事があると書いてあったので
ひょっとすると、長居すると全てが水の泡になるかも知れない

でも、そんなことどうでも良い、と思わせる出会いでした

私がお出掛けする目的は、色んなものを見たいというのはありますが
ダントツで感動するのが「出会い」
これは、いくらガイド本を読んだり、ネットで検索しても味わえるものではない
一番可能性が高いのが博物館
そのテーマについて好きで好きでたまらない、という人が一生懸命話してくれる
正直、そのテーマについて、それまで興味を持っていたということはほぼない
そんなことはどうでもいい
聞いてくれるのが嬉しくてたまらない、とばかりに話してくれる
それを聞いていると、こっちの幸せ度がMaxになる
ああ、幸せ
正直、私自身、ウォーキングイベントで同じようなことしてますから

今まで何度もあった
そういう人を乗せていく技は体得している
適度に質問をし、大げさめに感嘆の声をあげる
そのテーマについて全く知らなくても問題なし
「それってこういう意味ですか」
と相手の言うことを繰り返せば良い

「すみません、名前だけです」は正直なところ
歴史の勉強の中で、名前は出てきているので名前は知っている
どういうジャンルの人だったかさえ思い出せない
明治以降の気はするが、どの辺りの時代かも分からない

ジャーナリストのようです
新聞・雑誌の会社の社長であり、作家であり、歴史家
後で徳富蘇峰のことをもうちょっと知ろうと、amazonで検索してびっくり
出るわ出るわ
徳富蘇峰について書いた本は一冊でしたが
徳富蘇峰が書いた本がずらずらと何十冊も、ほぼ江戸時代を書いた歴史の本
そもそも、徳富蘇峰が書いた本を私持っていました
田沼意次について書いた本

環境的には恵まれていて、裕福な家庭で育った
新聞・雑誌の会社の社長をやりつつ
歴史の本を書くため徹底研究

もちろん、普通の歴史研究家がするように、文献を読み、古文書も読んだでしょうが
徳富蘇峰の一番の特徴は、手紙
〇〇について知りたいと思えば、知っていそうな人に手紙を書く
知っていれば教えてくれるし、知らなくても、それならあの人が分かるかも、って教えてくれる
どんどん広がっていって、何とその数、何万通も
人脈がものすごいことになる

たとえば、誰が友達だったりしますか

おじさん話が白熱して
そもそも館内を見回れていない
向こうに、勝海舟の写真や、井上馨の写真が見える

勝海舟との関係も話が長くなる
この辺になってくると、私の得意分野になりますので、益々盛り上がります
先日行った勝海舟記念館はここと同じ大田区なので勝海舟記念館のパンフレットも置いてある
その横に、勝海舟の本

あっ、これ持っていますよ
勝海舟記念館で買いました

えっ、そうなんですか。高かったでしょう
私はまだ記念館には行っていないんです

実は、勝海舟が赤坂にいた頃
勝海舟の家の敷地内に家を建ててもらって、徳富一家が住んでいたことがある
そのときの家の敷地のメモ

年齢的には40歳も離れているんだけど
とても可愛がってくれた深い関係

これは、蘇峰が病気になったとき勝海舟から送られた手紙

日清戦争のあと、三国干渉を受けて、領地を返還したときあまりに悔しかったのが
病気になった発端

人生は7割がたうまくいかないんだ
カリカリしちゃだめ、穏やかにね
という内容
横に書かれた絵は、ひっくり返すと、笑っている顔と怒っている顔

その場で写真を撮ってひっくり返す
あっ、ほんとだ

蘇峰は思想家でもあるんだけど
この手紙以降、思想が変わっていく
変節の人と言われている
こんな手紙もらったら、平和主義になったかと思いきや、全く逆
もっと強くならなきゃ、と軍国主義に走っていく

そんな話を聞きながら、頭の中ではモヤモヤしている
徳富蘇峰ねえ
頭の中で何か誰かとごっちゃになっている気がするんだよね
兄弟じゃなかったっけか

色々話を聞いて、30分もしただろうか
やっと判明した

弟の蘆花との関係についてもね

あああっ、そうだ!
徳富蘆花(とくとみろか)のお兄さんじゃん
行った行った蘆花恒春園
お兄さんとの関係がうんぬんかんぬん書いてあった
芦花公園の続き
そんな重要な事を今言うか

ここからまた話が長くなるので、一旦区切りますね

[お出掛け]シリーズはこちら(少し下げてね)

品川宿を過ぎて

ランアンドウォークチャレンジの結果やいかに
天王洲アイルから
の続きです

品川宿
旧東海道の品川宿に入っていきます
品川宿は四宿の中でも最大の宿場なので、見るべきところは山ほどあります

今回は、距離を進めることが目的なので
一度行ったところは原則飛ばし、取りこぼしているところだけを回ります

品川宿はこんな感じで、昔の雰囲気を残そうと頑張っているありがたいところ

原則飛ばすとはいえ、ごくごく基本的なところだけは確認
品川宿の碑

本陣跡

品川橋

あそこも近い、ここも近いという気持ちをグッとこらえ、先に進みます

■本光寺


こりゃ良い法塔だなあ

本堂

三重の塔まであるぞ

東海寺の横のビルには、江戸の様々な情報を展示してくれています

■東海寺
東海寺は品川の中でも超大物
何せ、品川が昔、品川県だったころの県庁所在地です
沢庵和尚のお寺です
もちろん来たことはありますし、墓地には有名な人がごちゃまんと
今回はそんな中でも取りこぼしていた、熊本藩細川家の墓所
一般的な東海寺墓所とは若干場所が違うっぽい
結論的に言うと、入り方が分からなかった
ネットにも写真が一切上がっていないので
ひょっとすると関係者以外立入禁止かも知れない

見事なヤマボウシ

東海寺の仏殿「世尊殿」

青山家の墓地

ここから次の目的地までは結構離れている
緩やかでとても長いゼームス坂をひたすら上っていきます
この坂が緩やかなのは、この辺りに住んでいた船乗りゼームスさんが
私財を投じて、東京でも有数の急坂を整備してくれたから
ありがとう、ゼームスさん

大井町駅を経由

可愛いマンホールの蓋

光学通りをひたすら歩きます

西大井に到着
疲れはてたので、昼食休憩
ここまでで10kmちょっとです

伊藤博文墓所

これがぜひ見たかった
うーん残念。中に入れない
仕方ないので、写真をネットから拝借です


出たっ、この形
神道式の墓地です
徳川慶喜もこの形でした
徳川慶喜だけ、なんで寛永寺じゃないかの謎が溶けた
土佐藩主山内容堂の墓も品川区でこの形だった
開運!東海七福神、の続き

蘇峰公園
ジャーナリスト徳富蘇峰の住んでいた場所が、山王草堂記念館として保存され、
そのまわりの小高い丘が公園として整備されている
14kmを過ぎ、疲れがたまってきているので
うわっ、ここ登るのね、と思った


あらかじめ、ランアンドウォークでは、
長く休憩すると認められない場合があると言われていたし
もうすぐ15kmという手前だったので
博物館好きな私としても、ここはあっさりと思っていたのだけど
とんでもなかった

ここあっさり紹介する訳にはいかないので
別稿で紹介することにいたしましょう
結果だけ言うと、ここだけで1時間かかりました
ランアンドウォークどっちでも良いわ、という気になるほどのものでした

石橋湛山像
15km最後の目的地になります
石橋湛山は首相シリーズでやりましたので、思い入れがあります
行ってみると、そこは立正大学附属中学・高校

うわあ、せっかくここまで来たけど、学校の敷地内なんだろうか
あっ、あそこに見えるのが石橋湛山かな

守衛のおじさんがいたので聞いてみた

すみません。石橋湛山先生の像があると聞いてきたんですが

はい
ただ、学校の敷地内なんですよね

写真撮りたいだけなんですけど

私では何とも
学校に許可をもらってもらえませんか

分かりました。
どうすれば良いんでしょう

中に事務所がありますので

えっ、入って良いんですか?

うーん
少々お待ち下さい

電話で確認してくれてOK
急いで写真だけ撮りました


ありがとうございました。
大変感激しました

すごい歩いたけど、楽しかったなあ

[お出掛け]シリーズはこちら(少し下げてね)

天王洲アイルから

ランアンドウォークチャレンジの結果やいかに
の続きです

ランアンドウォークチャレンジの結果は残念ながら失敗でしたが
いつものお出掛けとしてとらえると、とても楽しいものでした
という事で、お出掛けレポートと参りましょう

天王洲アイル
シーフォートスクエアについては前回書きましたので、2箇所目から

と、その前に、マンホールの蓋

最近出だした、マンホールの蓋の真ん中に、そのまま絵や写真を埋め込むタイプ
大きなでこぼこを必要としない歩道の上などで採用されています
中のデザイン部分だけを変えれば新しくなるから、メンテナンスの費用もグッと押さえられる
目から鱗のニューマンホールの蓋です

大きな野球グラウンドを擁した天王洲公園の横を進んでいきますと
おおっ、さっきのと一緒
天王洲アートフェスティバルというもののようです

アイル橋を通ると

ミッフィー公園のお花畑
娘たちが赤ちゃんの頃を思い出してほんわか気分

ポンプ所の屋上に屋上庭園がありました
ポンプ所が都心でどれだけ重要な役割を担っているかは
荒川で勉強しましたので、
ポンプ所というだけで心躍ります

舞妃蓮(まいひれん)という大きな蓮が咲いており
カメラマンさんたちが撮影していました
上皇様ゆかりの花のようです


屋上庭園



屋上庭園から見た橋と水門

寄木(よりき)神社

ヤマトタケルの奥さん、弟橘(おとたちばな)が身を投げた服が流れ着いたのを祀っています
[天皇]13 成務天皇。ヤマトタケルの愛
「吾妻はや(わが妻よ)」

ということで行ったわけですが、行ってみるとそれだけじゃなかった
えええっ、伊豆の長八の鏝絵(こてえ)があるの?

伊豆の長八の鏝絵(こてえ)と言えば、忘れもしない、
千住をウォーキングしているとき、
たまたま掃除をしているおじさんに特別に鍵を開けて見せてもらった狐の鏝(こて)絵
奇跡の前にひざまづく
感動したなあ

鏝(こて)絵というのは、左官屋さんが使うコテひとつで立体的な絵を書いちゃうという優れ技
ここでの鏝絵は、なんとアメノウズメノミコトだと言う
天照大御神が岩戸隠れしたとき、裸踊りをして天照大御神を引き出した地球の恩人
ぜひ見たい。どこにあるの?
周りを一周しても、土蔵らしきものがない
うーん
拝殿正面に戻ってきて
あっ、あそこだ!
拝殿の奥
残念良く見えない
写真を撮ってもよく分からなかったので
ネットから拝借

台場小学校
この場所はエキサイティング
ペリー来航で危機感を持った幕府
江川太郎左衛門英龍が、東京湾に、砲台を作った

そのうちのひとつがフジテレビのあるお台場
この場所だけは、海の中じゃなく、陸続き
実は、今回のウォーキングで最初に行った、シーフォートスクエアも台場のひとつの場所

ここの場所は、台形になっています

記念碑があり、台場で使われた石垣が保存されている


そして、台形の麓のここに利田(かがた)神社

台場が作られたのは幕末のペリー来航以降だから、
五角形がくっつく前はこんな地形

砂洲の先っちょにあったのが洲崎弁天こと利田神社

歌川広重の名所江戸百景にも描かれています

間の細い海は船泊まりとなっています

暴風雨に追われ、ここに迷い込んだのが、クジラ
前代未聞の出来事に江戸中で大評判
そして、時の将軍、11代徳川家斉
とっても好奇心旺盛

見たい見たい、見てみたい
近くの浜御殿(浜離宮恩賜庭園)まで運ばれて、ご拝謁

ここではクジラの骨が埋められ
鯨塚ができました


あっ、いた!クジラ
3匹も

ウォーキングはまだまだ続きます
続きは明日

[お出掛け]シリーズはこちら(少し下げてね)