[昭和歌謡]31 あなたの心に

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです

あなたの心に
中山千夏
作詞 中山千夏 作曲 都倉俊一
1969年

♪あなたの心に 風があるなら
そしてそれが春の風なら
私ひとりで 吹かれてみたいな
いつまでも いつまでも

作曲は都倉俊一
大学2年の時に作ったもの
最初のヒット曲です。
スター誕生では、かっこいい審査員の先生でしたね
あの阿久悠先生も、かっこ良さに憧れて
密かに、先週都倉先生が着た服を、次の週に来て出たりしてたみたいですよ。

中山千夏
幼い頃から「ちなっちゃん」とみんなに愛された
マルチタレントでしたね
参議院議員にもなっちゃいました。

すごく素朴で素直な歌詞です
こういう歌が大ヒットするというのは、良い時代です。

あなたの心に空があるなら
そしてそれが 青い空なら
私ひとりで のぼってみたいな
どこまでも どこまでも

ということで
私もでーこん流の歌詞を考えてみました。

あえて、今の時期だから歌いたいと。

「みんなの心に」
みんなの心に 風があるなら
そしてそれが 春の風なら
そのままいつまでも 吹いてて欲しいな
いつまでも いつまでも

[仏像の見分け方]四天王のそれぞれ

仏像の見分け方シリーズです。

前回、四天王について書きました
[仏像の見分け方]四天王の全般

今日は一人ずつ

持国天(東)
鎮護国家を司る
仏教により内政の安定をはかろうということ

となると、日本が仏教を取り入れた目的でもあるから
持国天が単独で祀られても良さそうなもんだけど
そういう例はない

見分け方がとても難しい
特に決まりごとがないんです。
剣や金剛杵(こんごうしょ)を持つことが多い
特に次の増長天との違いが明確でないんです

仏像を作った人の好き好きということになります。

増長天
増長(成長)したものという意味

日本では、常に四天王の一人になりますが
中国では、持国天とのペアということもあります。

持ち物は戟(げき)と金剛杵を持つことが多いというだけで
なんともバラバラ

広目天
様々な目、特殊な目を持つという意味
広くみんなを見てくれるということで
比較の問題ではありますが
前の二つ、持国天と増長天が動だとすると
広目天と多聞天は静だとも言えます。

これも決まりはなく
戟と羂索(けんじゃく)を持つことが多い

ただ
この広目天に関しては、見分けられる事があります。
巻物と筆を持つことがあるんです。

助かった
これなら分かります。
広い目で見たことをスケッチするんでしょうね。

これでどう戦うのかとの疑問もありますが
ペンは剣より強し、ってことでしょうか

多聞天
釈迦の説法をよく聞くもの
みんなの意見をよく聞くということにもなるんでしょう。

広目天が広く見て、多聞天が多く聞く
良いじゃないですか

これも見分けられるかも
宝塔と宝棒、または戟を持つことが多いってことで
戟だけ持たれちゃ諦めざるを得ませんが
けっこう宝塔持っています。
ちっちゃい家です。
セキセイインコぐらいだったら住めるかな。

多聞天はソロ活動する時には
毘沙門天と名前を変えるわけですが
そうなると、静というより
むちゃくちゃ動になりますね。
一気に攻撃的になります。

持ち物も変わってきます。

榎本武揚。後半。この命に意味があるのなら

昨日、榎本武揚の前半をお話ししました
榎本武揚。前半。日本で最初で最後の大統領
今日はその続き

降伏
新政府側で函館戦争の総指揮を取ったのが黒田清隆
榎本に再三降伏を促すがずっと拒否されていた

いよいよ完全に終わるという前に
黒田清隆の手紙への返信に
本を同封した。

「海律全書」国際海洋法の本
オランダ留学の時から肌身離さず持ち歩いていた

この貴重な本は、必ず新しい世の中で役に立つ

私は力及ばず腹を切るが
黒田さん、あなたにこの本を託したい。

かねてから、榎本の事を高くかっていたが
完全に、男に惚れた。

何としても腹を切らしちゃいかん

頭を丸坊主にし
新政府内の主要人物に懇願して回った。

どうしても榎本の首を取ると言うのなら
分かった、私の首も取ってからにしてくれ。

投獄
結局、命は取らず、投獄ということになった。
元々ないはずの命
投獄生活も、またそれはそれでよし。

気質は化学者なので、読みたい本は山ほどある

吉田松陰のように、投獄生活の中で大量の本を読んで
知識を蓄えつつ、というようなことは偉人話にありがちなんだけど
榎本武揚の場合、他とちょっと違う。

大量の手紙を家族に送っている。
自分が留学期間中に得た知識をベースに
大量の本から得た知識を肉付けしてまとめ
それを家族に伝授。
ジャンルは幅広いんだけど
硫酸の作り方みたいなものまである。

獄中から家族への手紙と言えば
幼い息子は元気にやっているか、的なことを想像するが
全く違う内容

何をしたかったのかというと
家族と共に心配で仕方ないのが
生きる術を失って困り果てているであろう幕臣たちのこと

新しい世の中で生きていける
新しい技術知識を伝授して
世の中に役立つ「仕事」をして欲しい。

榎本の家族は、手紙の内容をもとに
幕臣たちのもとを積極的に訪れ、
技術知識を伝えていく。

最終的にはそれを本にしていくんです。

釈放
2年後、恩赦で釈放されることになります。

その時、黒田清隆は、あの函館戦争の地、北海道の開拓責任者になっていた。

すぐさま、榎本を呼び寄せる。

今、北海道では様々な困難な課題がある
手伝って欲しい。

「元々ないはずの命
この命の使い途がもしあると言うのなら。」

化学者として役立てること
北海道に大量に眠っている鉱物資源の調査
気象観測

でも、黒田清隆は、それだけでは済ませなかった。
日本で最初で最後の大統領だった男です。
政治の表舞台に引っ張り出します。

もちろん、黒田以外は大反対
薩長土肥の世の中にあって、なぜ賊軍を

その時、一番重要課題であったのがロシアとの交渉

ではお聞きしますが
榎本以上にこの問題に適任者がいるというのなら
名前をあげていただきたい。

みんなは、言葉に窮します。
でも、本音で言うと「だから反対」なんです。
薩長土肥以外で優秀な人間は
優秀であるほど困るのです。

結局黒田に押しきられる形で
榎本がロシアとの交渉にあたることになります。

結果は大成功なのですが

複雑な心境なのがいわゆる抵抗勢力の人達。
でも、彼らの「本音」が少しずつ変わっていきます。

榎本にしてみれば
「元々ないはずの命
この命の使い途がもしあると言うのなら。」
としか思っていない。

賊軍の自分はあくまでもピンチヒッター、助っ人に過ぎない。
困難な課題があるならば、
自分を必要だと言ってもらえる範囲で精一杯のことをやり
あとはよろしく
と、さっと引く。

榎本の人間性が見えてきた。
大丈夫、怖くない。

となると、まあ便利にあれもこれも

駐清特命全権大使として北京に赴き、
伊藤博文が内閣総理大臣になると逓信大臣、
その後、農商務大臣、文部大臣、外務大臣

全て、あとはよろしく。

政治以外
そこまで政治で多忙を極めつつ
それ以外でも名を刻みます

今回ウォーキングで出会った二つの碑も、政治以外の分野
ひとつは北辰社牧場跡

飯田橋というから東京のど真ん中
ここに牧場を作ったのが榎本武揚

東京に牧場という話
これだけで面白い話なので
機会がありましたら別で話しますね。

もうひとつは、東京農業大学開校の地
東京農業大学の初代学長は榎本武揚なんです。

牧場を作ったくらいですから
農業にも造詣が深い。
もちろん、農業だけじゃないですけどね。

榎本武揚。前半。日本で最初で最後の大統領

飯田橋から神保町へのウォーキングの途中に
榎本武揚(えのもとたてあき)関連の碑がありました。

ということで、今日は榎本武揚について

榎本武揚
ペリー来航で、開国した日本。
外国の事も色々勉強しないとね

留学メンバーに榎本武揚も選ばれた

さあ、アメリカへ
のつもりだったんだけど

アメリカ側の事態が急変
アメリカ内部で南北戦争が起きちゃった。

それどころじゃなくなったんで他当たってくれる?

ということで、オランダへ

意気揚々、船に乗り込んだけど、
暴風雨に見舞われて、無人島に流れつく

人生ここまでか

通り掛かった船に何とか助けてもらう

申し訳ないんですけど
オランダまで送っていってもらっていい?

ええよ

となって、留学生活が始まります。

榎本武揚ってスーパーマルチな才能の持ち主で
色んなことやりますが
基本は化学者。

オランダで色んな学問をどんどん吸収していきます。

開陽丸
幕府が、オランダへ発注していた軍艦が出来上がりました。
開陽丸(かいようまる)
ものすごい立派な軍艦です。
このあとも重要な役割をしめますよ

帰りはこれに乗っていってもらっていいよ
助かったあ、帰れる。
本当はもうちょっと勉強したかったけどね。

江戸へ
そんなに長い間じゃないのに
留学期間中に日本は激変しておりました。
将軍は江戸にはいなくて
大阪で大苦戦。

えっ、そんな感じになっちゃってるってかい
べらんめえ
こちとら江戸っ子でいっ
待ってておくんなせいっ
この開陽丸さえあればコテンパン。

開陽丸とともに大阪へ

色々あってとうとう鳥羽伏見の戦いという一大決戦に

よっしゃあ
開陽丸の出番か

でも、戦場は陸地なのよね

そしてここで
歴史上の三大不思議と言われる事態が。

決戦を前に意気上がる幕府の面々を残し
総指令官たる将軍、慶喜がこそっと江戸に逃げ帰っちゃった。

開陽丸に乗ってね。

榎本武揚びっくり

路上駐車していた車が、戻ってみたら、
レッカー移動で忽然と消えていた時の気持ちと一緒でしょう。

あるべきものがない
こ、ここよね

しかも、それがレッカー車の仕業じゃなく
信じきっていた総大将、慶喜の仕業。

この不思議、なぜ逃げ帰ったかの理由は
歴史好きの間で常に議論されるんだけど

この前、ラジオで面白い意見を言う人がいた。

開陽丸に乗ってみたかったんじゃないか

うーん
もちろんそれが全ての理由ではないだろうけど
ひとつの理由かも知れない

元々やんちゃ坊主気質の慶喜
そんなすごいものが目の前にあると乗ってみたくはなるよね。

無血開城
で、ぐぐっと省略して、勝海舟が降参して、江戸城明け渡し。
その約束の中に、幕府所有の軍備は全て譲り渡す。

幕府所有の軍艦は開陽丸を筆頭に大小合わせて12隻
もう、新政府のものですから、引き渡しましょう

べらんめえ
知ったことか

その時海軍総責任者の榎本は拒否。

ところで、このべらんめえ
榎本の口癖です。

オランダでもべらんめえ、べらんめえ言っているので
オランダ人が何を言っているのかと
日本語の辞書を調べたけど出ていなかったというエピソードがあります。

勝海舟は必死で説得

仕方なく、4隻を返したけど
榎本とその仲間が、残りの8隻に分乗して
大脱出作戦
開陽丸は渡せない。

面白いのが、同乗した中に
フランス軍事顧問団の、ジュールブリュネ大尉ら5人
幕府側はフランスから西洋式軍備を習っていたんです。

函館へ
まずは、仙台へ
ところが、またまた暴風雨に会う

8隻中、2隻を失ってしまう。
美賀保丸(みかほまる)と、あの咸臨丸(かんりんまる)

何とか仙台へ着いたけど
仙台はもう新政府に降参していた。

そうこうしているうちにそうそうたるメンバーが聞き付けて追い付いてきた。
新撰組副長土方歳三、歩兵奉行松平太郎、歩兵奉行並大鳥圭介、桑名藩主松平定敬(さだあき)
元老中板倉勝静(かつきよ)と小笠原長行(ながみち)

そして函館へ

作ったのが独立国

アメリカを真似て、大統領を直接選挙で決めよう。
参加した全員が、大統領を誰にしたいかの名前を書いた。

藩主だの、老中だの、新撰組だのを抑えて
圧倒的に榎本武揚が票を集めた。
完全な民主主義。

驚きだったのは、すぐに新政府に倒されたイメージだったけど
結局1年半も国として存在していたこと。

ゴタゴタしていたアメリカに発注していた軍艦がようやく新政府に届いた。
開陽丸より遥かに高性能。

熾烈な戦いも新政府の勝利に終わる。

まだまだ続くんですが、長くなりました。
続きは明日ということに致しましょう。
榎本武揚。後半。この命に意味があるのなら