明治以降の庭園は?

庭園シリーズ、前回江戸時代まで行きましたね。

明治以降に参りましょう。

廃仏毀釈
明治維新は大好きなんですが
どうしても気に入らないのが、この廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)
神道こそが日本の宗教ぞ、と仏教を否定
お寺をどんどん壊していく

今までずっと、神仏習合って神と仏は一緒ですって言い続けてきたのにね。

その嵐は庭園にも及び、東京の大名庭園も壊されていってしまいます。
ああ、残念!

でも有難いことに、この傾向はそれほど長くは続かず
富国強兵、国粋主義へシフトしていく中で
旧き善き時代への懐古傾向が強まっていって
廃仏毀釈は忘れ去られていく。

今残っている名庭園は、ぐたぐた言っている間に
まあいっか、になった庭園

西洋風庭園
鎖国状態が江戸時代の260年も続いたので
庭園は日本独自の発展をたどり
西洋の影響を受けなかった。

ちなみに、元になった中国の庭園とも違う部分は
またの機会にお話しますね

明治維新だっ
庭園も、西洋のものがどどっと入ってきます。

さっき西洋風と書いたのは
やっぱり日本人。
そのままっていうのはしっくりこないので
アレンジしちゃうわけです。

不思議なのか当たり前なのか
日本庭園と西洋の庭園
こんなに違うかってくらい違います

日本庭園は、わびさびって感じだけど
西洋庭園って、スコーンと明るい感じ

基本的な価値観が違うからです。

西洋では、人間も自然も神様が作ったもの

日本では、自然自体が神様
自然自体を庭園に模倣することで、ああ有難や

西洋では、自然と同じものより、自然にはないもの超越したものに
有難やと感じるらしい。

自然にはないものは、まず直線
西洋庭園は直線でバンバン
おおっまっすぐー、きれいっ
自然を征服したぞー

次に完全な左右対称
自然にも左右対称っぽいものはいっぱいありますが
こりゃ完璧、ってものはないですからね

水なんだけど
日本では高いところから低いところに流れる
当たり前ですね

西洋庭園では噴水
水が下から上に
オーマイガー

石だって
日本じゃ、ちょっと変わった形の石を探して来て置くけど
西洋じゃ、彫刻とかを施してから置く

じゃあ、そんなに違うんだったら
日本人は日本庭園にしか感動しない?

どうでしょう、みなさん

私は、西洋風庭園も綺麗だなあと感動するんです。
噴水はあった方が嬉しいし
芝生と、花壇です。
日本庭園にはない要素

パンジーやペチュニアやマリーゴールドなんかが
どどっと咲いていて
芝生が綺麗に刈られて緑が広がっていると
みんなで輪になって座って、ハンカチ落としがしたくなる

逆もまた然り。
都立9庭園とかに行くといつも思うけど
外人さんたちの多いこと。
外人さんは、ホントに日本庭園好きですね。

何だか嬉しいです。
せーかいーはひーとつー

という事で、日本庭園と西洋風庭園が歩み寄り。

最近行った、肥後細川庭園、椿山荘、六義園
意外に、日本庭園と芝生って違和感ないのよね


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イソトマ

花カレンダー始めました

いよいよ、江戸の大名庭園

庭園シリーズで、色んな庭園を見てきました。

時代は進み、いよいよ江戸時代になります

大名庭園
江戸の大名庭園は、今まで紹介した色んな庭園の集大成とも言えます。
色んな要素を含みます。

江戸時代にはかなり諸藩で庭園造りが盛んになるんですが
それには理由があります。

江戸の特徴としてあげられるいつものキーワードが今回も出てきます。

まずは、何と言っても参勤交代
参勤交代のお陰で江戸の町には毎年交替交替にやって来る
全国300藩のための屋敷を用意して
はい、江戸にいる期間はここで過ごしてね。

要はお客さんだらけの町

各藩はプライドをかけて、他の藩に自慢できるものを用意する
大阪万博でアメリカ館が月の石を展示したように
江戸の各パビリオン(武家屋敷)では自分のところの名所を再現する
例えば神社仏閣なら、豊川稲荷だったり金刀比羅宮だったりを敷地内に作っちゃう

そこで、一番お客様を唸らせるものは?
やっぱり庭園ですね
金沢の兼六園だったり、水戸の偕楽園だったり

そう。
パビリオンなんだから
各所の庭園の要素が凝縮されて
江戸に集まるって言うわけ

そして、もう一つのキーワード
平和

平和になって要らなくなったものの代表格は城
武家諸法度(ぶけしょはっと)で
城は新築禁止、修繕も許可なくば駄目

城の変わりに何作る?

庭園なんてどう?

同様に
禁中並公家諸法度(きんちゅうならびにくげしょはっと)で
天皇やお公家さんにも政治に口出しせず、学芸文芸にいそしみなさい。

不本意ながらも
その方針に従いましょうという証に作ったのが、桂離宮
八条宮智仁親王は、一時は、豊臣秀吉の関白を継ぐ立場にあり
仕事も出来るタイプ

危ないぞ、ってことで
金を与えて
これで、見本になるような立派な庭園を作りなさい。

今までの庭園の歴史を全て踏まえた、総合的な庭園でどうだっ


要らぬ腹を探られたくない各藩も、桂離宮の庭園を教科書として
庭園作りに精を出します。

各藩にある庭園
例えば、三大名園と言われている
岡山後楽園


金沢兼六園


水戸偕楽園

はい、分かりました。
城の代わりに立派な庭園を作りますよと
表向きは言っておきながら
良く良く見ると軍事的要素がかいま見られる
池泉が堀のようになって、攻められにくくなっていたり
有事の際には出来るだけ生き延びられるよう
食料になる植物を植えていたり。
梅なんてそうです。

どっこい、その通りには行きませんよと。

ただ、江戸の武家屋敷に作ったそれらを模した、自慢するための庭園には
その要素がない。
さすがに江戸の屋敷だけに攻め入っても仕方ありませんからね
という事で言うと
江戸にある大名庭園は
純粋に平和の庭園だということになります。

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オダマキ

花カレンダー始めました

六義園は和歌のテーマパーク。その2

昨日は六義園の前半でした
六義園は和歌のテーマパーク。その1

吹上の松

この松は園内で、99%柳沢吉保時代からずっとここにいる松です

不知汐路
⑨不知汐路(しらぬしほぢ)
わかのうらやしらぬしほぢにこぎいでて身にあまるまで月を見るかな
(和歌の浦のどこに流れていくかわからない汐路に漕ぎ出でて、自分にとって十分過ぎるほど、月を眺めようか)
藤原光俊朝臣 続古今

しらぬしほぢを通っていくと、そこは中国
ここから見た山が
安倍仲麻呂の
天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも

ようやく百人一首が出て参りました。
遣唐使で中国に行った、安倍仲麻呂がようやくもうすぐ帰れるという時に
故郷を懐かしんだ歌

あの月は、日本の月と一緒なんだなあ

六義園って漢詩の6種類のこと
「風」「賦」「比」「興」「雅」「頌」
これは、そのまま和歌の種類にも当てはまるんですよ
と言ったのが、紀貫之(きのつらゆき)
そえ歌・かぞえ歌・なずらえ歌・たとえ歌・ただごと歌・いわい歌。
六種(むくさ)と言います。

柳沢吉保も中国と日本の歌の道は一緒と言いたかったので
中国から見た、日本と同じ月

中国ゾーンでは、今は枯れちゃっていますが、蓮池
蓮を見ながら、安倍仲麻呂とその友達、李白が酒をくみかわした。
出ましたよ、蓮池
極楽浄土、浄土式庭園ですね

秋には見事な紅葉になるこの場所

中国の王子猷という人が
雪の積もった月夜の日に、
一人で見てるのももったいないなあ
友達んちで酒でも飲むかな

舟を繰り出した。
家の前まで行って

やっぱりやーめた

帰ってきちゃった

なんで?

興が乗ったから行ったが
興が乗らなくなったから、帰ってきただけのこと

衣通姬
⑩蛛道(ささがにのみち)
衣通姬(そとおりひめ) 古今
わがせこが来べきよひなりさゝがにの蜘蛛のふるまひかねてしるしも
(今宵はいとしいあのおかたが来てくれそうだわ。縁起の良い(ささがにの)クモがいたんですから)

細くて長い蜘蛛の糸のような道です。

衣通姬は神様です。
和歌の神様。
絶世の美女でした。あまりにも美しく、着ていた衣を通して輝いて見えるほど。
かぐやひめみたいですね。
六義園は、この和歌の神様を祀っている神社のような役割も担っています。

藤代峠
藤代峠(ふじしろとうげ)
僧正行意 続後撰
ふぢしろのみさかをこえて見わたせばうすみもやらぬ吹上の浜

和歌山の藤白峠を模しています。
山の手線内で2番目に高い山。(一番は戸山公園の富士山)

見事な眺めです。

ツツジの時期は、この下がツツジで満開になる筈ですが、
惜しい!若干時期が遅かった。

やっぱり、柳沢吉保は大したもんです。
公園内に山作る場合は例外なく富士山だったんですけどね
富士山外しますか
しかも、藤白峠って、こりゃまたえらいものを持ってきました。

孝徳天皇の皇子として生まれながら政争に巻き込まれ、処刑された有間皇子
その処刑の場所なんですね。

謀反をおこすことをそそのかされて、ばれちゃって
中大兄皇子、後の天智天皇に処刑されちゃうんですね。
19歳です

処刑の前に詠んだ歌です。

家にあれば 笥(け)に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る
(家にいれば器に盛って神様に供えるご飯を、こういう旅だから椎の葉に盛ることだ)

渡月橋(とげつきょう)
後堀河天皇 新勅撰
わかのうらあし辺のたづのなくこゑに夜わたる月のかげぞひさしき
(和哥の浦の蘆辺にいる鶴の鳴く声がして、夜の間に渡ってゆく月の光が寂しく照り続けている)

宿月湾(つきやどるわだ)
源親長朝臣 新千載
玉津島やどかる月の影ながらよせくる浪の秋のしほ風

奥の橋が渡月橋で、手前のところが宿月湾

ここも、藤代峠同様、最も有名ところを外してきます。
この渡月橋は京都の渡月橋じゃないんです。

和歌の浦で詠まれた歌に従って、そこに渡月橋という名前の橋がある訳じゃないけど
情景として、月が渡る橋としての渡月橋

京都の渡月橋って川面に映る月影が、橋を横切って反対側に渡る。
六義園の渡月橋の場合、中秋の名月の時、宿月湾に渡月橋の影が映るんだけど
その上を月が移動していく
こういう事ね

見てみたいなあ。

おでかけマップ
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カタバミ

花カレンダー始めました

六義園は和歌のテーマパーク。その1

ゴールデンウィークです。
お出かけしなきゃ

とはいえ、今日はくうちゃんの健康診断の予約を入れています。
シャケちゃんの急死の原因が分かっていませんので
病気がくうちゃんに移っているかも知れませんからね。
(結果は良好でした)

3時には出かけないといけないので
いつものような、ウォーキングコースとしては無理
一ヵ所だけに絞ろう

とすると、
庭園シリーズの実践編として早いうちにやりたかった
六義園(りくぎえん)しかなかろう

その前に
六義園は駒込

ちゅうことは、江戸の理系力で調べたあの伊藤伊兵衛の染井村
染井吉野の発祥の地ですね
ソメイヨシノを作った男は伊藤伊兵衛?
染井吉野記念公園がある筈
確認しておきましょう

駅前すぐでした

およっ
これは

染井吉野発祥の地バージョンの郵便差出箱13号じゃありませんか
嬉しいねえ
こういう企画どんどんやって下さいね、日本郵便さん

六義園
六義園は誰が作ったかというと柳沢吉保
柳沢吉保ファンとしては、もうそれだけで震えちゃいますね
[徳川名参謀]5 綱吉→柳沢吉保

六義園ってりくぎえんとは、普通読めませんね
超文化人の柳沢吉保ならでは。
漢詩から来ております。

ここは、和歌のテーマパークになっています。
なぜ、漢詩が和歌なのかはのちほど。

柳沢吉保
庭園
和歌
ツツジ

でーこんとしては、よだれが出てしまいます。

さあ、都立9庭園ですので、11時と2時にボランティアガイドさんが案内してくれる筈。
都立9庭園は、ボランティアガイドさんの解説を絶対聞くべしというのは経験済みですので
11時に間に合うように、急げっ

ガイドさん
ちょうど間に合いました。
いつものように、常にガイドさんに一番近い位置を確保しつつ回りました。
今回も、ガイドさんからじゃないと絶対聞けない情報をいっぱい聞けましたよ。

最初にこういう「和歌のしをり」をもらえます。

和歌のテーマパークのガイド本ということですね
とてもラッキーです。

本当は八十八境といって、八十八箇所八十八首の歌がある筈ですが
何と言っても200年以上の時が流れているので
今、和歌と明らかに結び付くのは、十首余り
十分です。

和歌の浦
①和歌の浦
山部赤人 万葉
和哥の浦に潮満ち来れば潟(かた)をなみ葦辺をさして鶴(たづ)鳴き渡る
(若の浦に潮が満ちてくると干潟が無くなるので、
葦の生えている岸辺に向かって、鶴が鳴きながら飛んで行くことよ。)

山部赤人ですね
百人一首でちょうど取り上げたばかり
[百人一首]4 田子の浦に
ああ、嬉しい

③玉笹(たまざさ)
信実朝臣
いもせ山なかにおひたるたまざさの一夜のヘだてさもぞ露けき
(妹山と背山の間にある玉笹によって男女の仲が隔てられ、逢えぬつらさに涙が流れることよ)

和歌山の妹背山という山があるんですね
妹は女性のこと、背は男性のこと
真ん中に笹の形をした岩がありますね。それが玉笹
その向かって左側が妹山で右側が背山

これは池の中の中の島
神仙思想ですね
不老不死の庭園
池の中に、もうひとつ、ありましたよ。
蓬莱山

不老不死ですね
かっこいい石です。

この調子で紹介していくと長くなりすぎるので、歌の解説はごく代表的なものだけにしますね

⑤指南岡(しるべのをか)
紀淑氏朝臣 新千載
尋行く和歌のうら路のはま千鳥跡ある方に道しるべせよ

あちこちにこういう石柱がたっています。
ここの景色が八十八境ですよ、対応する和歌がありますよって印。

石組
石組お楽しみゾーンに入って参りました
こんなまっ平らな土地でよく滝を作りました。

やり水は玉川上水の支流の千川上水らしいです。

何と言っても見処は水分け石
上から来た水を三つに分ける

稲作の国なので、水を関係者に均等に分けるというのはとても重要なこと
公正な政治を行うという意味も込められています。

石組の中で一世を風靡した鯉魚石(りぎょせき)にも通じます。
この辺りの石組の話はまた改めてしますね。

そして、何とも目を引くのが、ワニのようなこの石

今は立ち入り禁止で上側から眺められなかったので、どれとどれかは分からなかったのですが
鶴石、亀石もあるそうです。

⑥下折峯(しをりのみね)
西行法師 新古今
吉野山去年(こぞ)のしをりの道かへてまだ見ぬかたの花をたずねん
(吉野山、去年つけておいた道標(みちしるべ)の道とは変えて、まだ見ぬ方の桜の花を訪ねてみよう。)
もう季節が終わったので分かりづらかったのですが
山桜が植えられた、吉野山ゾーンに入りました。
そこに「しをりのみね」と書かれた石柱

さすがは西行法師です。
私はこの歌が一番気に入りました。

西行さん、月と花の西行さんだけあって
吉野桜は、シーズンに毎年訪れています。
どこに良い桜があるかは分かっているので
木の枝を折って、
ヘンゼルとグレーテルのように、良い桜の場所を他の人も分かるようにしておいてあげる

しをり、って元々そういう意味だったんですね。
知りませんでした。

自分が去年付けたしおりがあるから
そちらに行けば、良い桜があるのは分かっているんだけど
今年は、新しい見所を探すために
違ったところに行ってみよう、という歌。

営業で言うと、新規開拓ってやつですね。

長くなりました。
一旦区切って、残りは明日にいたしましょう。

おでかけマップ
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アリウム

花カレンダー始めました