2019年 でーこんの今年の3大ニュース

今年も何事もなく終えることが出来ました。
ブログも5年を経過し
今年も一日も休まず毎日書くことが出来ました。

不思議です。
積み重ねると5年という月日は経過するもんなんですね

2019年、最後のブログです。
毎年、大晦日はこの話題でやらせていただいています。

span style=”font-size: 18pt;”>2019年私の三大ニュース
1.くうちゃん、危篤も一旦治る。でもその後、亡くなる。おこめちゃんが来る。
2.花カレンダー、新江戸百景巡りコンプリート。玉川上水完歩
3.家族で北海道旅行

セキセイインコが亡くなって、新しい小鳥さんを迎えたとき
今まで〇〇ちゃん来る、だけでしたが
今年の一番のニュースは、「くうちゃん治る」です。
お医者さんからも打つ手なしと言われ、今日か明日かの危篤状態
必死で看病し、顔がどろどろになりつつも強制給餌
私すら諦めているのに、くうちゃん本人が生きるんだって頑張って
治ったんです。
奇跡です。
完治です。

普通に飛び回れるようになって
一ヶ月後、急に亡くなってしまったけど
やっぱり、今年の最大ニュースは、それでも「くうちゃん治る」です。

来年の三大ニュース
来年はめでたい
ねずみ年
一回りです。

赤いチャンチャンコです。

世間では、オリンピックイヤーですね
実にめでたい

今の段階で、来年の三大ニュースの内、二つまで決定しています。

ひとつめは
はい
ありがとうございます。

いよいよです
ようやくです
長女の彼氏が1月早々、挨拶に来て
来年、大晦日に、どういった表現になっているでしょう。

もうひとつは
オリンピックということで、
うちもオリンピックを見に行きます。

ウォーキング好きの私としては
やっぱり一番見たい競技は、競歩
競歩男子50kmを応援するために
カミさんと一緒に、北海道まで行って参ります。

飛行機とホテルは予約取りました。

せっかくの東京オリンピックで
東京に住んでおきながら
何でわざわざ札幌に行くの?

その答えは、バッハ会長に聞いてください。

せっかく行くのですから
今年の北海道旅行のように、そのあと旅行してきます。
函館です。
戊辰戦争終結の地、五稜郭をどうしても見てみたい
榎本武揚待っててね

そして、私が一番好きな食べ物がイカ
函館には透明なイカの踊り喰いが出来るとの噂
いかん、よだれが
(分かりました?ちょっとかけてみました)

三つ目に、江戸検定1級合格はないの?

おっと、聞かなかったことにいたしましょう

いつものように、
去年までの三大ニュースもあげておきますね

2018年私の三大ニュース
1.江戸検定2級合格
2.キャベちゃんがくる
3.シリーズあれこれや花カレンダー等の企画を始める

2017年私の三大ニュース
1.長女が戻ってきて4人暮らし
2.くうちゃんが卵を生んだ
3.ウォーキングで東京23区制覇

2016年私の三大ニュース
1.次女の就職
2.シャケちゃんがくる
3.とんがりさん終了

2015年私の三大ニュース
1.ウォーキング同好会開始
2.長女の就職
3.くうちゃん来る。その後、海ちゃんも。

2014年私の三大ニュース
2014年私の三大ニュース
1.ブログ開始
2.18kgダイエット
3.ノンプログラミング終了

ウォーキング同好会は
いよいよ来年5年の節目を迎えます。

ここまで連続でバッドニュースなし
今年だって「くうちゃん治る」ですから。

来年も記録更新するぞ

ありがとう
今年も、一日も休まずにブログを書き続けられたこと
全て、皆様の励ましがあっての事です。
ありがとうございます。

皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。
それでは、良いお年をお迎えください。

[将軍の演出] 「しー」は静かに。えっ知らないの?

「徳川将軍家の演出」の本から
将軍の顔をみちゃだめ
とお話しました

今日はその辺をもう少し詳しく

お目見得
幕府直轄の人材は、将軍に会えるかどうかで旗本か御家人かが分かれる
ということは、旗本は全員将軍に会えます
会えなきゃ「嘘つき!」
と言われちゃいますから

さあ当日
スタンバイして待ちます

しー

これから将軍がおでましになるという合図
異常なほどの静寂が訪れます。

真、行、草、の内、真というタイプの礼
手に鼻の頭が付かなきゃだめ

そのまま動いちゃいけない
襖がすーっと開くんだけど、
将軍様がおられるのか自体分からない
畳の縁ギリギリのところでかしこまるんだけど
緊張のあまり、手足が縁についてしまったりするとさあ大変
下城差留ということになります。

城から帰れないと言うことなんだけど
さすがに永遠にという訳ではない
注意を受けたら、帰してもらえるし
その後それ以上の不利益を被る訳ではない

ただ、武士が一番嫌う「恥」ということになる

何が何でも縁に触れないよう、
その事だけでお目見えの時間はあっという間に終わってしまう

入る前から退席まで
何歩でどこからどこまで歩いて、どの角度で曲がって等
こと細かいこと全て決められていて
何とその練習に丸三日間もかかる

その指導をしてくれるのが
吉良上野介で有名な高家です

しー
しー、と言われるとピタッと無言になり、静寂が訪れる
警蹕(けいひつ)というらしい
しー、に正式名称があったなんて驚きです。
今のように口の前に指を置いたかまでは分からない

しー、と言われると黙る
これはあまりにも当たり前ですよね
疑問の余地がないというか、体が覚えちゃっているというか

おそらく、ものすごい昔からそうで
当たり前すぎるので
どこの文書にも出てくることがなかった

初めて文書に出てきたのが、幕末の開国後
外国人たちがいっぱいやってきて
色んな人が、あまりに不思議な、日本の社会の事をあれこれ文書にしたとき

イギリス総領事、オールコックが将軍にお目見えしたとき
フランス公使ロッシュが同じくお目見えしたとき
この、しー、が極めて不思議な出来事として、長々と語られている。

びっくりしました。
外国人はそんなことが不思議なんですね

一番のお偉いさんに会うとき
外国では賑やかで華やいだ雰囲気にするらしいです

ほんとでしょうか
そんな恐ろしいこと、ホントに外人さんは出来るんでしょうか

その場で何かそそうがあったら自分の人生終わっちゃうと
そもそも体が動かなくなるでしょうに、と
江戸時代の人々の感覚の方こそ良く分かります。
面白いですね
国によって、DNAが受け継がれていくんですね

そそうが有ったとき小さなミスなら、咳払いをして教えてくれるらしい
これも外人さんは意味分からないんでしょうか

面白いのが、天皇と将軍の比較

当時のある人の記録では
天皇にお目見得するときは、お顔を見て良いけど
将軍はだめ、とあります。

いやびっくり
天皇は良いってほんまかいな

[江戸の文化]シリーズはこちら(少し下げてね)

豊臣秀吉が猿だった頃

磯田道史先生の「日本史の内幕」から

日本最強のパワースポット
磯田先生が以前に住んでいた浜松の家から400mほど北
今は、元城町東照宮という神社になっている

ここに、二人の男が現れ、
いずれも天下を取った

キサという女性が住んでいた。
キサは80歳近くまで生きる

キサは浜松城の前身、引間城の城主飯尾豊前守の娘だった

配下の松下がおかしな顔の少年を連れてきた

猿かと思えば人、人かと思えば猿
白い木綿の着物は垢だらけ

国はどこ?

尾張から来た

幼いお前がそんな遠くから何しに来た

奉公したい

武家に就職希望だと言う

松下が連れてきた目的は宴会の余興

皮の付いた栗を与えると口で皮を向き食べる

まるまる猿だとみんな大爆笑

キサの孫が「太閤素性記」として書いている

猿そっくりだと言われた容姿に
それじゃあと、猿まねをする芸を覚えたのだろう

かくして猿は人気者になった
猿猿と可愛がられた。

松下が側近に抜擢してみると
「何一つ主人の心に叶わぬことがない」完璧な勤めぶり
次に納戸の出納管理を任せることになった

ただ、そうなると状況が変わる
妬みから、今まで可愛がってくれていた面々からいじめを受けるようになった
度々物がなくなる
猿が盗んだ、と言っていじめた。

よそ者だからいじめられるんだろう
本国に帰った方が良い
お前なら、本国でやっていけるだろう

永楽銭300枚を与えて本国に帰した

16歳から18歳まで3年間浜松にいた
まさかその猿が、後に豊臣秀吉と名乗り天下を取るほどになろうとは

よく、猿猿と言われていたとされますが
本当だったんですね

徳川家康
しばらくして、引間城は陥落する
キサはかろうじて逃げおおせた

変わってここにやってきたのが徳川家康
とても狭くて窮屈なこの城に1年居て
城を拡張
浜松城と名を変えた
そして、ここを根城とし、数々の大進撃をやってのける

秀吉と家康
二人の天下人がそれほど変わらない時期に
同じ場所にいたという不思議

日本史上最強のパワースポットである

[歴史]シリーズはこちら(少し下げてね)

野火止用水の続きを歩いて

年内仕事納め完了
年末年始に突入です。

午前中、通常の掃除に加え、キッチンのレンジフード回り
一月前くらいにやったのよね

こまめにやるって大事ですね
1年貯めると大ごとになりますが、すいすいすい
最近出てきたびっくり真っ白スポンジキューブ
油汚れもガンガン吸い取ってくれる奴
一ヶ月前の時は4個真っ黒けになって捨てましたが
今日は2個茶色になったくらい
綺麗に拭き取ったら、指でこするとキュキュッ

午前中で終えました
あとのもろもろは、どうせ明日、カミさんからの細かい指示命令に従う必要がありますので
今日はここまで。
お出かけしちゃいましょう。

前回、野火止用水を平林寺まで歩きました。
間がまだ埋まっていません

繋げないと気持ちが悪いです。

野火止用水
前回は家から徒歩で一番近いところから始めました
今回も同じ場所から逆方向、上流へ向かいます。

若干コースからは外れるのですが、わが東くるめ市の自慢、遺跡公園にもちょこっと寄って

大きな交差点を横切ったところで、水が行ったり来たりのこんな施設

わが東久留米市やお隣の小平市辺りは、まだ普通に丸ポストが残っています

正式名称は、郵便差出箱1号丸型
まあ、田舎だって事ですが、それは言わない約束

側面がコンクリじゃなくなりました。
やっぱりこっちの方が良いですね

左側一帯が緑地保全地区(要は雑木林)になっている箇所がありました。

結構長く続いて得した気分


武蔵野の雑木林をどう守っていくか
定期的に切らなきゃいけないわけね
有りがたいです

東村山市に入ったことをマンホールが物語ってくれます。

良い感じの用水

東村山市運動公園
どでかい広さの公園でした。

スポーツにいそしむ少年たちよ
君たちのおかげで日本の未来は明るいぞ

万年橋の大けやき
今回のコースの中で一番見たかったのが、これ
大きすぎて、野火止用水の工事の時にどうのこうのと書いてあった


なるほど、こういうことか
逆光でうまく写せなかったんだけど
意味分かるでしょうか
根っこの下を野火止用水が流れている


良い感じの紅葉

公園っぽいぞ

恩多野火止水車苑


野火止用水は玉川上水に功のあった、松平伊豆守信綱、
老中にして川越藩藩主へのご褒美としての権利なので
武蔵野に点在した川越藩の領地民以外には
例え通っていても利用できませんでした。

でもそれは原則
やっぱり使いたいです。
それなりのお金を川越藩に払えば使うことが出来、
それは、川越藩の重要な収入源

その一つが、この水車です。
川越藩に許しを得て、稼働させることが出来ました。
精米、精麦、製粉の動力源として活用されています。

この水車苑で度肝を抜かれたのが、石組

写真じゃ枠いっぱいにしかならないので、迫力が分かりづらいと思いますが
巨石のど迫力
奥の石がまた、剥離された奇石
昨日、本で勉強した小田原の根府川石かも知れません

公園の奥から、墓地に繋がっていました。
お寺かな

えっ
何で?

神社でした。
神社にお墓っていうのは初めて見ました。
まあ、神仏習合なので、本当は神社と寺院と両方で
明治維新の廃仏毀釈でお寺だけが廃止になったのかも


初めて、令和元年の卒塔婆(そとば)を見ました。


彫り物がすごかった

たまたま通り掛かった神社だけど、何神社だろう
珍しく千木は内そぎで、鰹木8本
天祖神社かなあ
グーグルマップを見てびっくり
稲荷神社
えっほんま?
ありゃりゃ、ほんとだ。
狐がいる
ちゃんと鍵持った狐初めて見た

社吹堂

この小さいのなんだろう
解説があるぞ

特別な信仰で、陽石と陰石がご神体
なるほどなるほど
中にあるのかな
勝手に中開けて良いのかな。ちょこっとだけ

こりゃまた立派な陽石
秘密にしておかなきゃ

新青梅街道に出ました
その角に、久米川ボウルというボウリングとかのスポーツ娯楽施設

ここ、次女が来たことあるんです。
前の会社で、ソフトボール大会があって
運動全くダメな次女が、この中のバッティングセンターに練習に来た
家から一番近い事に加え
ここのバッティングセンターには特別魅力的な機能がある
それがこれ

ここで小さな男の子が初めてかな、という感じでバットを振っていた
お父さんだろうと思われる人と、おじいちゃんと思われる人
がんばれ、がんばれ、いいぞその調子って応援
私も心の中で、がんばれ!
次女の名前を呼びながら

当たった!

やったぁ

新青梅街道を越え、しばらく暗渠が続く

ようやくお目見え
おかえりなさい

鯉も嬉しそう

ゴール
今回の目標。八坂駅
これ以降は、ウォーキングイベントでみんなで歩いたことあります。
懐かしいなあ
ウォーキング同好会で実質初めてのイベントだった小平グリーンロード

野火止用水、繋がりました

おでかけマップ