ああ、長女が戻ってくる

長女が転職するそうです。

新しい会社では家賃補助がないので家賃が払えない。

実家に帰ってきて良い?

大歓迎!

4人揃う
4人揃うのは6年ぶりになる

次女が北海道の大学に行ったとき以来。

もう4人揃うことは無いんだろうなと思っていた。
次女は札幌がやたら気に入って就職も札幌でして、
ずっと札幌で暮らすと言っていた。

そのあと、東久留米にマンション買ったけど
4人揃うことは無いだろうという前提で、
広さを決めた。

最初は長女と3人だったけど
長女が就職してひとり暮らし。
カミさんと2人になっちゃった。

このまま、カミさんと2人なんだろうなあ
どうすんだよ

と思っていたけど
セキセイインコを飼ったので、何とかなったかな。

札幌就職が急に東京就職に変わり
次女が帰ってきた。
やったー

そして、今回。
やったやったー

現実に引っ越して来るのは4月以降らしいんだけど
今からわくわくです。

くうちゃんシャケちゃんも合わせれば6人だよ。
賑やかになるなあ。

この前、長女の住んでいる部屋を見に行った。
タンスと本箱どうやって入れようか。

まあ、何とかなるっしょ。

家族
家族のいない人だっていくらでもいるのに
家族がいる。

それだけで、他に何にもいらないでしょうというくらい幸せ。
大事にしなきゃ。

しかも揃っちゃう。
家族それぞれが違う人生を歩んでいるから
増えたり減ったりになるわけだけど
4月以降は4+2が同じ屋根の下
出掛けて行ってそれぞれの行動を取るけど、
同じ家に帰ってくる。

いつまで続くか分からない。
早く結婚してもらいたいわけで
まあ、この状態は長くは続かないはず。

噛みしめなきゃ。

さらに後
さらに色々変わっていくんだろうなあ。
娘たちも結婚してひとつ屋根の下ではなくなっても
待ちに待った孫

ああ、待ち遠しい。

おっと、忘れちゃいけません。
もっと手前で
もう少し可能性の高いプラス1

くうちゃんにお子様が産まれるやも知れません。
それって孫なんだろうか

我が家の歴史を訪ねて

鶴林寺の話でいっぱいとっちゃいました。

いよいよそのあと佐々木家が以前住んでいた場所の
探検の旅です。
去年の正月、西宮を探索したので第二弾です。

尾の上の松駅
鶴林寺から20分ほど歩くと尾の上の松駅です。
さあ、ここからみんなの記憶を合わせてたどります。
何せ、住んでいたのは、私で言うと、幼稚園から小学校一年生か二年生かというくらい

覚えているのはいくつかしかない。

一番見たかったのはトンネル
家の目の前が山陽電鉄の線路で土手になっている。
その下を通れるように穴が空いている

その壁にボールを当てて良く遊んだ。
トンネルを超えた先は、田んぼが広がっていて
春は一面レンゲが見事に咲き誇って、とても綺麗かった
そこに赤土の盛り土をしてあるところがあった。

ある日、そこに日立の広告の気球船が止まって大興奮

ピタリコーン、のついた、日立キードーカーラーアー
という歌を空から流しながらゆっくり空を動き回る
もう、授業どころではないので
先生も一緒になって気球船をおいかけまわした。

小さい頃のアルバム見るとどれだけその写真があるか。

土手
土手の思い出はつくし。
春のつくしの季節になるとつくしを家族総出で取って回って
佃煮を作る

駅から
駅の近くの一番近いトンネル
中の壁がでこぼこ
これではボール遊びは出来そうにない

そしてトンネルをくぐった向こうに神社が。
神社?
神社の記憶は全くない
トンネルから道への距離もみんなの記憶と違いすぎる。

道が区画整理で
変わったんだろうか

スッキリしない状態ではあったものの
ここなのかな

駅が変
父さんが一番引っ掛かっていたのが

駅ほんとにこれ?
もっと土手の上の高いところにあったと思う。

父さんはやっぱりひっかかかると
もうひとつ向こうの穴も見に行こう。

次の穴はもっとでっかい穴だった
車が2車線で行き交える

ええっ
こんなでかいの
いくらなんでも、こんな大きくはないだろう。

やっぱり、さっきのとこかなあ

次の目的地、高砂神社に行くか

もうちょっと
父さんが
もうちょっと向こうまで行ってみよう

ええっ、そんなにまで向こうに?

ああっ、あそこにもトンネルが

ここのトンネル
壁が平らだ
大きさもちょうどこれくらい。
道路のすぐ前

となると
この駐車場になっている一角に長屋があったのか
長屋の大きさとしてもちょうどいい

父さんが

野村さんだ!

その隣の表札
父さんがお隣さんを覚えていた。

裏の小さな川だ
ああ、ひろとも君の落ちた、あの川だ

揃った。
決定!

トンネルをくぐった

目をつぶる
広がる
今はレンゲ畑はないけれど
目さえつぶれば
自由自在

つくしだって、赤土だって、
キドカラーの気球船すら。
目の前に広がる

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最後のピース
ジグソーパズルの最後のピースが残っていた

駅からこんなに遠かったんだろうか

父さんには
最初から引っ掛かっていた駅の問題
さっき見た、あれは駅じゃない。

駅が移転したんじゃないか
大胆な推理。

歩いていくと
土手に、不自然な石垣のようなもの
階段の様にも見える
ここじゃないか。
ここに駅があった。
そう、駅は高いところにあった。

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とすると、全てが合う。

スッキリした。

ようし、次に行こう

高砂神社
百人一首をブログで紹介していますね

その中に、こんな歌がありました。

誰をかも 知るひとにせむ 高砂の
松も昔の 友ならなくに

この松は故郷の高砂神社の松

見に行こう

あった。
一つの根から雄株と雌株が出ている
相生の松なので、縁起がよく
昔から、縁結びや夫婦和合の象徴
三代目は天然記念物なんだけど、今は枯れてしまって幹だけ
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五代目の相生の松が育っていっています。
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百人一首だけじゃなく
結婚式の時の謡い
高砂や、この浦船に、帆をあげて
も、この高砂神社

夫婦和合の
お前百までわしゃ九十九まで
もこの高砂神社。
由緒正しき三連チャンです

高砂海浜公園
せっかくなので
高砂海浜公園まで足を伸ばしました
海はいいなあ

気持ちがスカッとします。
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電話
ああ、楽しかったねえ
鶴林寺、トンネル、高砂神社、海浜公園

まったりしていると
姉ちゃんから電話があった

調べたよ。
やっぱり、駅は移動していた。
元はあの土手の上にあったんだ。
でもね

メールで、インターネットで調べたところを送ったから
見てから電話ちょうだい。

確かに、移転していた。
でも、移転した時期がなんと
1965年。
私が幼稚園の時ということになる

すなわち、我々が住んでいる期間内に移転していた。

それはまた、面白い事実。

逆に記憶と合っている。
父さんは駅は土手の上にあった記憶
妹は、トンネルくぐったあとかなり駅まで歩いた記憶
姉ちゃんは
そう言われれば、ということらしいんだけど
土手の上だった記憶も、遠くまで歩いた記憶もどっちもあるという。

実は、私は、駅に関する記憶は、見事に全くないんですけどね。

住んでいる期間内に駅が移転なんて
一大事の重大イベントを誰も覚えていないというもどうかと思うが
みんなの記憶と辻褄は合う。

ああ、良かった。
ピースが埋まった。

佐々木の家の歴史のピースも
大きな二つ目が埋まった。

国宝の鶴林寺に魅せられて

兵庫県の実家に帰ってきています。

我々佐々木家は
兵庫県内を何度か引っ越ししています。

明石→加古川(尾の上)→尼崎→西宮→加古川(平岡町)

去年の正月、家族で西宮で住んでいた場所の近くまで
観光で訪れたので、

ここまで来たのなら、
昔住んでいた場所がどうなっているか行ってみる?
ということになり、
佐々木家の
歴史探訪の旅に突入し
マンションがそのまま残っていたことに大感激

第二弾
今年第二弾、行ってみようか
今の実家と同じ加古川市ではありながら
町が違う尾上町

トンネル見たいっ
(トンネルって何かは後でね)

そこだけというのも何なので観光もしよう。

その近くと言えば
最近凝っている百人一首で出てきた高砂神社

そしてもうひとつ、
当時、幼稚園だったり小学生低学年だったんだけど
やれ遠足だ、やれ写生会だと言えば毎回決まって同じところ
鶴林寺というお寺です。

正直、当時はあまり良くは思っていませんでした。
ええかげんに、他の場所も連れていってよ

でも、佐々木家の歴史探訪の旅ということになりますと
無性に行きたくなります。
あそこは本当はどんな場所だったんだろう。

提案
父さん(おじいちゃん)からある提案

同じ町内のご近所さんで
加古川市のボランティアガイドをやってる方、Mさんがおられるんだけど
頼んでみる?

ええっ、そんなことしてもらえるの?

鶴林寺だけお願いしようということになり
快諾いただけました。

鶴林寺へ
ここからMさんのおかげで、感動が大連チャンしていきます。

子供の頃の印象を良い意味で大きく裏切る
国宝が二つもあるものすごいお寺
聖徳太子が最初に建てさせた「刀田山四天王聖霊院」が始まりで
どんどん増えていき、大寺院に。

あまりにもMさんの解説が充実していたので
かなりはしょります。
ごめんなさい。

本堂
いきなり、国宝

日本で建築様式が色々あるんだけど
その良いとこ取りをして
出来上がった
寺院建築のワンダーランド
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ご本尊は薬師如来
薬師如来には脇侍(わきじ)で月光菩薩、日光菩薩がいて薬師三尊という
仲良しトリオが多いんだけど
ここでは、さらに持国天、多聞天という四天王のうちの二人がついていて5人
これはまた豪華

とはいえ、秘仏とされているので、ぴったりと5つの扉が閉められ
60年に一回しか開きません。

以前文化庁が重要文化財にしたいので調査したいと
申し入れたところ、ご開帳の年まで待ってねと。
よく言った!
文化庁もちゃんと待って、その年に重要文化財
えらいっ

あかずの門
仏教伝来の時
仏教を日本に取り入れるか、真っ二つに分かれる
高麗からの高僧、恵便(えべん)さんは身の危険を感じて
この鶴林寺の場所に逃れる。

聖徳太子さん、12歳の時
それを聞き付けて
仏教の勉強をさせてもらいにやって来た

ビックリしたのはその土地の庶民たち
むっちゃお偉いお坊さんがいてはって
そこに何と皇太子さんがきはるらしい
失礼があったらあかん。建物と門をたてよう

そこに恵便さんに入ってもらって
聖徳太子さんは随分長い間、通われます。

もうこれで、と
聖徳太子さんが来られなくなった後
庶民たちは
ああ、この門をあのやんごとなき太子様が通らはったんやなあ
我々は、この門通ったら失礼に当たる
通れんように塗り固めよう
となったのが、あかずの門
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その後、仏教導入反対派の物部(もののべ)氏と
賛成派の、聖徳太子、蘇我(そが)氏が大戦争
劣勢だった聖徳太子は
戦いの神様、四天王を崇めます。
戦争に勝った暁には、四天王像を祀るお寺を作りますよ

それで四天王寺を作ったことは有名だけど
さらに東西南北4箇所に四天王を祀るお寺も作ってます。
その一つが、なんとこの鶴林寺の元になった、四天王聖霊院

薬師堂
うおおっ
すごいでかい薬師如来像!
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この薬師堂はかなり新しいもの
江戸時代大阪の商人、津田三碩(さんせき)さんが
なんと個人で持っていたもの

三碩さんは大金持ちなんですが
60年に一度しか、薬師如来像を拝めないというというのは
なんとも残念
じゃあ、私が持っている、薬師如来像と
月光菩薩、日光菩薩セットで
寄附しますから、鶴林寺に来られた皆さんに拝んでもらってください

にしては、なんともどでかい。
最近調べたら、江戸時代どころではなく
もっと古い時代の薬師如来像だったらしい

どうやって個人がこんなどでかいものを手に入れて
どこに保管しとったのか

なんと最近分かったのが、
月光菩薩の頭のところに、三碩の奥さんの戒名と歯が入っていた。
お墓がわりに考えていたのかも。

周りの十二神将の中にウィンクしている仏像があると
トリビアの泉で紹介されたりと
話題に事欠きません。
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三重の塔
出ましたっ
文化財的価値とは異なり
地元の子供たちの写生会での一番人気は三重の塔
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姉と妹は三重の塔を書いたらしいんですが
私はひねくれていたので、三重の塔を書いた記憶がないんですよね
どっかの屋根を書いた記憶がうっすらと

ああ、紙面が足りません。
二つ目の国宝もまだか

本当にMさんに頼んで良かった。
普通に自分達でみたら30分くらいで一通りみて
エピソードなんて全然分からないですもんね。
感謝感激です。

一旦、ここまでにして
以降は、明日にします。

娘はグローブを買うのか

次女はこの春から、就職をし
新人一年目として頑張っています。

家族的
大企業なんだけど、今時珍しく家族的な会社
ソフトボール大会の顛末は以前お話ししましたね

それ以外にも、バーベキュー大会だ、ボーリング大会だと
イベントが目白押しです。

ソフトボール大会では、ひとりソフトボールに燃えている人がいて
なぜか、全国大会まで行っちゃった

スポーツに関しては見事に全く縁がなく暮らしてきたわが家
娘ふたりとも運動音痴も甚だしい
あの時は、家族で大笑いしていた。

えっ、まだ?
いやあ、面白い体験をさせてもらったね
ソフトボール大会については、それで終わりだと思っていた

ある日、娘の部屋に見慣れない形状の大きくて長細いものが

ずっと、気になってて
ちょっと開けてみた

バ、バット!

休みの日の前に
明日は休み?

ううん、出勤

へえ、休日出勤するようになったんだ

多摩川にね

多摩川??

ソフトボールの練習

えっ?
ソフトボール大会終わったじゃない

うん
来年へ向けてね

そりゃまた、すごいね
バットがあったけどあれは何?

あれは部の所有物
交通費を切り詰めて
少しずつ貯めて
みんなで買ったらしいよ
ソフトボール界では有名な、とても良いバットらしいよ

そんなものを預かってるわけね
そりゃまた、すごいね

休みが終わって
どうだった?

うん、うまくなったよ
もう、佐々木さんには、セカンド任せられるね
と言われたよ

素晴らしい冗談です。
大爆笑
良い部に入りました。

それでも、いくらなんでも、それで終わりだと思っていた。

昨日
昨日の前の日

明日早く起こしてね
多摩川に特別出勤

えええっ?

帰ってきて

どうだった?

うん、すごくうまくなったって誉められたよ
もう、佐々木さんにあと必要なのは
受けることと、投げることと、打つことだけだね、って

それ、全部じゃないだろうか
聞くと、セカンドからファーストまで、ボールが届かないらしい
無理でしょ、それは

練習あるのみ
グローブは自分で買った方が良いんじゃない?
って言われたって。

衝撃です。
自分の人生を考えても
家族の誰ひとり見渡しても
グローブを買うなどとという価値観は
頭の端っこにでも浮かんだこともなかった

それ、スポーツだわ
まさか、わが家の一員が
スポーツなる高尚なものに手を染めることになろうとは

カミさんは
久しぶりに子供にクリスマスプレゼントしてみようか
と言い出した

まさか
本当にグローブを?
どこに売ってるの?
いくらぐらいするの?

さて、どうなりますやら