[昭和歌謡]40 傷だらけの人生

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです

傷だらけの人生
鶴田浩二
作詞 藤田まさと 作曲 吉田正
1970年

♪何から何まで真っ暗闇よ

ビックリしましたね
歌い方
みんな一回は真似したんじゃないかな
手を耳に当てて

真っ暗闇じゃあござんせんか

当時子供だったので
何にも真っ暗闇じゃなかったけどね

古い奴?
古い奴だとお思いでしょうが

もうすぐ元号が変わると
お墨付きで
我々昭和生まれは「古い奴」になりますね

娘たちは平成生まれですが
娘たちですら「ちょっと古い奴」

もう、20年もすると娘たちは若い子たちに語り出しますね

えっ、スマップ知らんの?
うそーまじかいな
スマップやで

我々が、フィンガーファイブを語るようにね

ワクワクします。
古い奴
一個置いて、もうひとつ古い奴ですから

格好いいっ
ひゅーひゅー
どうやっ、です。

大概において
「古い」は7対3くらいで誉め言葉ですね

「新しい」を誉め言葉で使うって
「新しい記録」「新しい一歩」・・・ 思い浮かばん

人も含めて「値打ち」って積み重なっていくものだから
どうしてもそうなります

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[昭和歌謡]39 知床旅情

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです

知床旅情
加藤登紀子
作詞・作曲 森繁久彌
1970年

♪知床の岬にはまなすの咲く頃
思い出しておくれ
俺たちのことを

森繁久彌
森繁久彌が1960年「地の涯に生きるもの」という映画のロケで羅臼に長期滞在
世話になった地元の人達への惜別の歌として作って発表

その10年後だったんですね
加藤登紀子が歌って大ヒット

森繁久彌が歌っている知床旅情もぼやっと記憶があります。

調べると、森繁久彌としてもこの歌で1962年に、
それ以降、歌手として7年連続で紅白に出てるんですね
失礼しました。
もう、その時点で大ヒットです。

森繁久彌好きだったなあ
世代的に全盛期は記憶がなく
おじいちゃんになってから

印象としては
これぞ日本のおじいちゃん
上品なおじいちゃん

特に竹脇無我とやった、だいこんの花は大好きでした。

森つながりで、森光子と印象がダブる
森光子が国民栄誉賞なら、バランス上、森繁久彌だって、と思うけど
それ言い出すとキリないのかな

知床
知床、どんなところだろう
さぞや、きれいなところなんでしょうね
行ってみたいなあ

北海道は、次女が大学の時行ってたもので、
観光で札幌、富良野、美瑛と行ったことが一回あるだけ
レンタカーで回ったけど
走れど走れど広大な大地が延々と続いたという印象がある

行ってみたいなあ、とは言っても
今までなら
まあ、そうは言っても行くことはなく終わるんだろうな
と思ってたけど

先週末から感覚が変わりました。

伊能忠敬の話をブログで書いて
コメントで、佐原の伊能忠敬記念館に行ってきましたよって言うのをもらって
良いですね、機会があれば行ってみたいです
と言って、それっきり忘れていた。

カミさんが、はとバスでフランス料理食べるコース申し込んだからね
って言って、カミさんすら、具体的にどこに行くかも分かってなくて
なんか知らんけど、焼き芋とフランス料理
はとバスだから良い具合に連れていってくれるの

行ってみると伊能忠敬記念館があって
ああ、あの時行ってみたいです、って言ったあの伊能忠敬記念館や
ちょうど自由時間がぴったりなくらいにあって

えっ
言葉に出すと
本当に実現ってするもんなんだ
って、感動が全身にこみあげてきた。

知床
いつか、行くからね

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[昭和歌謡]38 雨がやんだら

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです。

雨がやんだら
朝丘雪路
作詞 なかにし礼 作曲 筒美恭平
1970年

♪雨がやんだら お別れなのね
二人の思い出 水に流して

雨がやんだら出ていくから、って言ったんじゃないでしょうね
おそらく彼は窓の外をぼんやり眺めていた

もうすぐやみそうだね

もう少しの時間
その時間に何をするわけでもない

そこにあるのは
別れるまでの、もう少しの時間
それだけ

朝丘雪路
朝丘雪路って、とてつもなく魅力がある人だと思う
いくつになっても可愛い人

顔や姿かたち以外の、性格的な女性的魅力
ちょっとしたしぐさみたいなのも含めても良いかも知れない

多かれ少なかれ全て女王は持っている、
そういう魅力の部分に名前を付けて定義付けるなら
イコール、朝丘雪路

あの娘は、魅力的だねえ
朝丘雪路80%、みたいに

からかいたくなる女性
あらやだあ、という笑顔を見たくなる

今定着した「天然」ていう言葉の数々の失敗は
朝丘雪路だけが突出している訳じゃないんだろうけど
からかいたくなっちゃうから
そういうキャラと思われちゃうんでしょうね

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[昭和歌謡]37 走れコータロー

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです。

走れコータロー
ソルティシュガー
作詞作曲 池田謙吉
1970年

♪これから始まる大レース
ひしめきあっていななくは
天下のサラブレッド四歳馬
今日はダービーめでたいな

このバンド
元は高校生バンド、5人だった
山本厚太郎、佐藤敏夫、手塚通夫、高橋隆、池田謙吉

大学進学にあたり、佐藤敏夫が
俺、抜けるわ

そうか
まあ、人生それぞれやからな

でも、メンバーの名前として残してやりたいな

佐藤敏夫→砂糖と塩→ソルティシュガー

頭良いっ

何せ東京大学、一橋大学等に行ったメンバーです。

レコードデビューするも、デビューシングルは全く売れなかった。

池田謙吉が、
今度は良いのできたよ
競馬を題材にしたパロディなんだけどね

実在の競争馬の名前を使った歌だった。

当時、山本厚太郎が、練習に毎回遅れてきていた。

おいおい、早く来いよ

走れ走れ、コータロー
仲間内で替え歌にして盛り上がった。
大学の頃って、仲間内で盛り上がると、笑いが止まらなくなるよね
あとで、あれ何がおかしかったんだろう、っていうことも多いけど
この時は、それを本気で歌にしちゃった。

じわじわ、評判が出てきたので
よし、これを2枚目のシングルにしよう。
レコード会社からもOKが出た。

ところが
発売直後
作詞作曲の、池田謙吉が急死。

ソルティシュガー、最大の危機

佐藤敏夫に声をかける

非常事態やからな
しゃあない、もう一回参加するわ。
でも、ずっとは無理やな
1年だけ

分かった
俺たちも、1年で解散するか

せっかくの大ヒットだったのに、
約束通り、1年で解散した。

その後、山本コータローは
ウィークエンドというバンドを作り
岬めぐりの大ヒットを生んだことはご存知の通りです。

早口
今回、早口の台詞に挑戦しようとしたのですが
全く無理でございました。
あきらめましょう。

いやあ、競馬の実況の人はもっとすごいですよね
決まった台詞じゃなくて
あれだけの競馬馬たちの状況を、あのスピードで伝える訳ですからね

どんな職業でも、プロには頭が下がります。

コミックソング
帰ってきた酔っぱらい、にしろ、走れコータロー、にしろ
コミックソングが大ヒットする特異な時代でしたね

今も、コミックソングなるジャンルは無いことは無いんでしょうが
大ヒットというのは聞いたことがないですね

私は、音楽は、昔に比べ、今の方が進歩していると思っています。
歌唱力も格段に進歩しているし
それを激しい踊りを踊りながらこなしちゃう訳なので
大したもんです。

歌はうまくて当たり前の時代にあっては
コミックソングなる中途半端なものは要らないのかも知れません

ちょっと寂しいような。

でも、ここは一つ考え方を変えた方が良いかも知れません。
レコード、CD、というメディアにとらわれなければ
あるじゃないか、大ヒット

世界規模の大ヒット。

そう
ウーーー、アッポーペン
ピコ太郎ですね