[昭和歌謡]97 夢先案内人。山口百恵の人生。

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです。

夢先案内人
山口百恵
作詞・阿木耀子、作曲・宇崎竜童
1977年

♪月夜の海に 二人を乗せたゴンドラが
 波も立てずに すべっていきます

山口百恵
百恵ちゃーん

出ましたねえ
昭和と言えば、百恵ちゃん

桜田淳子に比べれば
無茶苦茶可愛いって訳じゃなかったのに
何であんなに存在感が有ったのか

売り方がうまかったということはありますね
話題性がある曲を次から次へと

もちろん、
♪あなたに女の子の一番~
で、どーんと行って

この曲と同じコンビ、阿木耀子、宇崎竜童のプレイバックパート2なんて
すごかったなあ

でも、山口百恵のすごいところは話題性だけではなかったところ

さだまさしや、谷村新司から
秋桜、いい日旅立ちという
日本の名曲と言える代表曲をもらい
老若男女全てに愛される国民的歌手になった。

ドラマの方も良かったねえ
赤いシリーズ
毎週、夢中で見てたなあ

そして、三浦友和

本当に良い俳優さんになりましたね
今や演技派俳優の中で五本の指に入るんじゃないですか
見る目があったということなのか
その後の本人の努力なのか

それにしても、潔さ
絶対にマスコミに出てきませんものねえ

彼女の事を悪く言う人は日本の中で皆無でしょう

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[昭和歌謡]96 あずさ2号

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです。

あずさ2号
狩人
作詞・竜真知子、作曲・戸倉俊一
1977年

♪明日私は旅に出ます
 あなたの知らない人と二人で
 いつかあなたと行くはずだった
 春まだ浅い信濃路へ

あずさ2号
売れましたよねぇ、この歌
やけに耳に残る歌でした。
男兄弟というのも良かったのかな

「あずさ」は中央本線を経由する特急列車
新宿と松本を結びます。

歌が流行った当時、あずさ2号は、1本は新宿駅を、もう1本は松本駅をいずれも午前8時00分に出発
歌詞では、信濃路へ、と言っているので新宿発の下りのあずさ2号ですね

ところが、1年半後に、下りのあずさ2号がなくなっちゃうんです。

それまでは下り列車は下り列車、上り列車は上り列車でそれぞれに1号、2号、3号
1978年10月2日に実施されたダイヤ改正で、下りが奇数(1号、3号、5号……)、上りが偶数(2号、4号、6号……)
というルールに変わっちゃいました。
あずさ2号は上り列車だけになっちゃいました

対処方法は二つありますね

1.我慢する
2.歌詞を変える

それから何度かのダイヤ改正を経て、今はどうなっているか

あずさ2号は松本駅始発で、午前6時8分に出発。
途中、山梨県の大月駅を、平日限定で午前8時ちょうどに発車しています。

♪8時ちょうどのあずさ2号で~

この特急、進歩しました。
新宿止まりではないんです。
東京駅まで行く

ということは、新宿区の「信濃町」駅を通過する

♪春まだ浅い信濃町~

解決!

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[昭和歌謡] 95 津軽海峡冬景色

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです

津軽海峡冬景色
石川さゆり
作詞・阿久悠、作曲・三木たかし
1977年

♪上野発の夜行列車降りたときから 青森駅は雪の中
 北へ帰る人の群れは 誰も無口で
 海鳴りだけを 聞いている

津軽海峡冬景色
出たっ出た出たっ 津軽海峡冬景色
ありがとうございます。です。

こんなすごい演歌、なかなか聞けるもんじゃございません。
文句無しの最高峰でしょう。

上野かぁ
関西人の私としては、上野の持つ特別な意味合いを
頭では理解できても、感覚として本当に理解できている訳ではない。

東北から集団就職でやって来て、東京で頑張る
辛いことがあると、東京で初めて降り立った上野駅に行ってみる
列車に乗れば田舎に帰れるんだなぁ
でも帰らない
こぶしをグッと握って、
明日からまた頑張るか

そういう思いが積み重なっている上野
「上野発の夜行列車」というだけで
その世界がどどっとやって来る

そして、津軽海峡
上野かと思っていたら、すでに一行目で津軽海峡

失恋しましただの、哀しいだの、ややこしい事を一切書かず
情景描写だけで、全てを分からせ、そして引き込んでしまう。

やっぱり阿久悠先生はただもんじゃございません。

石川さゆり
この人なくしては成り立ちません。

歌のうまい演歌歌手っていっぱいいるでしょうけど
世界観にここまで一気に引き込める人は数える程でしょう。

ウイスキーがお好きでしょ、なんて
初めて聞いたときは、生きてて良かったぁ、と思いましたもん

はい、好きです、とお答えしておきました。
本当は大して好きじゃないんですけどね。

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[昭和歌謡]94 すきま風

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです

すきま風
杉良太郎
作詞 いではく、作曲 遠藤実
1976年

♪人を愛して 人は心ひらき
 傷ついて すきま風 知るだろう

杉良太郎
杉さまーっ

杉良太郎と言えば慈善活動です
56年もの間、続けてきた慈善活動

刑務所の慰問に始まり、実に様々な活動。
ベトナムの孤児の子供達や盲学校の子ども達も支援してきた

孤児の里親だけでも、81人にものぼる

そもそも、15歳の時から行っているので、有名になる前

偽善や売名行為だと言われる事もあるでしょうが、とインタビューされ

ええ、偽善で売名行為ですよ。みなさんもおやりになればいい

グサッときます。

私財を数十億も注ぎ込み、15歳の時から56年かけて
そんな薄っぺらいものの筈がない

インタビューした人は大反省したんじゃないでしょうか

ボランティア
「おやりになればいい」が出来なかったなあ

18kgダイエットをしたあと、仕事一辺倒だった人生の価値観が見事にガラッと変わり
実に色んなことをした
そういう中で、自分にしっくりくるものに集約されていって
それが、このブログであり、ウォーキング同好会

途中でボランティアについてもちょっとだけやったんだけど
続けられなかった。
自分の中で色んな言い訳をつけてね

自分には出来ないから、と言い切ってしまうのもおかしいと思う
いつかは再挑戦したい。

せめて、それまでの間
真剣に取り組んでいる人たちの事を悪く言うことだけはすまい

遠山の金さん
杉良太郎と言えば、遠山の金さん

すきま風は遠山の金さんの主題歌です。

おうおうおう、黙って聞いてりゃ寝ぼけた事をぬかしやがって
この桜吹雪に見覚えがねぇとは言わせねえぜ

ジャジャーン

今、大岡越前シリーズをやっておりますので
通称、遠山金四郎、本名遠山景元(とおやまかげもと)も話しませんとね

二人お馴染みの町奉行ですから、同時期に北町奉行が遠山の金さんで
南町奉行が大岡越前だと思いがちですが
時代は結構違います。

大岡越前は、8代吉宗の、七色(716)の競歩の享保の改革の時、なので西暦で言うと1716年以降
遠山景元は、12代家慶の時。嫌味(183)なテンポの天保の改革の時、西暦で言うと、1830年以降。
100年近く違いますね。

天保の改革は贅沢は敵だという内容
享保の改革も同じではあるけど、反面隅田川の花火をやったりとか、愛情溢れる贅沢禁止

天保の改革をやった水野忠邦は愛情がないのよね

贅沢はやっぱり良くないので、北町奉行の遠山景元も基本路線は賛成

ところが、庶民が楽しみにしている歌舞伎を禁止しようとしたから
これにはくってかかった。

何考えとんねん

結果的に、浅草猿若町への芝居小屋の移転で何とかおさめた。

継続出来るようになった芝居小屋は遠山景元に大感謝

遠山景元をヒーローにしたてあげた遠山の金さんものをしきりに公演します。

刺青に関してはとても微妙
フィクションで全て嘘、とも言えない可能性がある
若いときにやんちゃしていたようで
本当にちょっとした刺青は入れていたかもしれない。

そんなことから、この定番ストーリーが出来上がったのね

あと、江戸検定で出るのが痔の話
景元は長年痔を患っていた
江戸城に登城するとき、町奉行の場合は、馬に乗っていく必要があり、かごはダメ

済みません、馬は無理なんですわ。
何とかかごを許してもらえんでしょうか

幕府に対して許可申請し、OKをもらっています。

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