[昭和歌謡]18 悲しくてやりきれない

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです。

悲しくてやりきれない
フォーククルセダーズ
作詞 サトウハチロー 作曲 加藤和彦

♪胸に染みる 空の輝き
今日も遠く眺め 涙を流す
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
このやるせないモヤモヤを
誰かに告げようか

不覚でした。
もちろん、さびの部分は歌えるとして
最初の辺が分からなかった。

ええっ、どんなメロディだっけ
良い時代になりましたね
そんなときは、ほとんどどんな曲でも
ユーチューブで只で聞けちゃいます。

ああそうか、こうなのね。
ん? こっちは見たことある女優さんだ
どんなかな

ビックリしました。
多部未華子

無茶苦茶美人って訳じゃないけど
すっごい存在感ある人ですよね。

ドラマの中で、多部未華子が歌手っていう設定なんでしょうね
悲しくてやりきれない、を歌っていて
それを収録している場面。
そこが、ユーチューブに上がっているんだけど
ただただ淡々と、無表情で歌っていて
染みるんですわ、これが
気になって気になって
二回聞き直しちゃいました。

すごいわ、これ、この歌
こんなことあるんですね。
こんなに時代を経て
この歌の良さが、心底分かりました。

聞けば、吉田拓郎だの、奥田民生だの、加藤登紀子だの
他にもいっぱいカバーしているらしい。

分かるわ、思えば、作詞はサトウハチローだから
そりゃ良い歌ですわね

悲しくてやりきれない、ってなんてストレートな歌詞なんだろう。
逆にこの歌詞は書けないと思う。

いきさつ
この歌の出来たいきさつがなかなか。

究極、イムジン河の発売中止を会社が決めた。
♪イムジン河水清く~

帰ってきた酔っぱらいが空前の大ヒット
次の歌で既にコンサートやラジオで大反響
これも大ヒット間違いなしだったのに。
内容的な問題じゃなく、権利的な問題というのがとてもつらいよね
良い歌なのに

で、発売前2日前の中止だったから
こりゃえらいこっちゃ
大急ぎで、代わりの歌を

ニッポン放送の重役、石田達郎

会議室に加藤和彦を閉じ込め、外から鍵を閉める
3時間で、ホレ、作れ

知らんがな、そんなもん
3時間で作れ、て無茶苦茶な
エエや、ほっとこ

イムジン河の音譜を逆から読んだらどんな歌になるやろ
ってな感じで遊んでた。

でも、それが良い刺激になったのか、
頭の中に良いメロディが浮かんできた。

トントン
出来たよ~

そうか、よっしゃ
次行くぞ

曲を聞くことすらしない

向かった先は、なんとあの

「小さい秋見つけた」「うれしいひなまつり」「リンゴの歌」
伝説の名詩人、サトウハチロー

そりゃまた何で!

その時、64歳で現役バリバリではない。
おそらく、加藤にしてみれば、接点なんてあるはずもない、教科書上の人

簡単な挨拶をして、それではお願いします。
さすがに大先生に、3時間でとも言えず
出来上がってきたのが1週間後

加藤は、最初、「モヤモヤ」ってのが引っ掛かって
何か変なの

でも、歌ってみて、驚いた。

うわあ、ピッタリだ。
これ、最初からこの歌詞だわ。
これ以外、考えられない。

そりゃそうです。
サトウハチローです。
大先生が、1週間練り上げてます。

[昭和歌謡]17 世界は二人のために(くうちゃんとシャケちゃんのために)

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズ

世界は二人のために
佐良直美
作詞 山上路夫 作曲 いずみたく

♪愛 あなたと二人 花 あなたと二人 恋 あなたと二人 夢 あなたと二人
二人のため 世界はあるの 二人のため 世界はあるの

大ヒットしましたね
120万枚を超えるミリオンセラー

当時の結婚披露宴でも大流行

声も良かったし、顔も良かった。
それまでに無いタイプでしたね。

元々は、明治アルファチョコレートのCMソングだったんですって
作詞家、山上路夫が後に奥さんになる恋人をイメージしての
甘い甘い恋の歌

ありましたね
いやあ、ありましたね
私にも、こういう時期

不思議です。
いったい全体いつの間に、こんな風に

残念ながら、娘たちもどうなんだか

二人
ということで、わが家で
「世界は二人のために」は
セキセイインコのくうちゃんとシャケちゃんです。

仲良いなんてもんじゃありません。
幸せの絶頂でございます。

例外なく毎朝、シャケちゃんがくうちゃんに乗っかっております。
痒いんかな?

ところが、いつまでたっても卵が産まれることがありません。
これはもう、くうちゃんの体質なんでしょうね。

巣箱は、くうちゃんが木をかじるための遊び道具と化しています。

餌が2種類あります。
何種類ものシードが配合された、いかにも美味しそうなやつと
極めてオーソドックスな一種類の。

一回、美味しそうなのに変えたら
ブクブク太っちゃったので
オーソドックスなのに一旦戻した。

まあまあ安定してきたので
今は、二つの餌箱に別々に両方あげています。

二つの巣っ子は、愛の渡り廊下で結ばれているので
両方どちらでも食べられます。

最初は、7対3位で、美味しい方がなくなっていた。
そりゃそうですよね。

ところが最近、オーソドックスな方もなくなるのが早い早い。
お互いに餌を口移しであげあいっこするんです。
オーソドックスな餌の方がやりやすいみたい。

朝っぱらから、チュッチュチュッチュ
本で調べると、愛情表現らしいです。

でも、うまく受け取れないことも多く
ボトボト落としてます

頑固親父のいる家庭なら
コラー、食べもんで遊ぶなー

[昭和歌謡]16 ブルーシャトー。森トンカツ

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです。

ブルーシャトー
ジャッキー吉川とブルーコメッツ
作詞 橋本淳 作曲 井上忠夫

出ましたね。
ブルーシャトー

紅白は印象的だったなあ
あんなに社会現象になったグループサウンズの中で
ブルーコメッツだけだった。

おそらく、テレビの画面の前で
全国の小学生が大熱唱したに違いない

ブルーコメッツだけが長髪でなかったから
と説明されていたし、
その理由は納得のいくものだったけど

小学生達は思っていた。

当たり前じゃ
タイガースなんかよりブルーシャトーの方が
圧倒的に流行っとるわ。

替え歌
言いたいことは分かりますね。
森トンカツです。

不思議だった。
テレビで森トンカツをやってた記憶がないのに
瞬く間に広まって

もう、一回森トンカツで歌っちゃうと
元歌で歌うのは不可能でしょう。
元歌ではあの後、一回も歌っていないと思います。

ずっと不思議で不思議で
誰が作ってん!

ルンペンが斬新すぎる。
おそらくルンペンが入っていないと絶対に流行らなかったと思う。
言わばオチ。
なんで食べもんちゃうねん
の突っ込みは全員がしたんじゃないかな。
ずっと食べ物で来て、急に、事もあろうにルンペン
この落差とルンペンをイメージする事の楽しさ。
今でいうホームレス。
おもろすぎる。

良い時代ですね
ネットで調べれば分かっちゃう。

ある説は、チャコちゃんやってた四方晴美(よもはるみ)
四方晴美が「ちびっこのど自慢」で受けて一気に広まったと。
おそらく間違いではない気がする。
一気に広まったという部分はそうかもしれない。

でも、おそらくその前があるはず。
おそらくその前にもう流行っているから
四方晴美はちびっこのど自慢で歌ったんじゃないか。

で、調べていくと
当時、小学生だった僕が作りましたという以下の記事。
http://takuki.com/aic/20.htm

私は、かなり信憑性があると思いました。

友達の水元君が
突然歌った
「タ~コ~ヤ~キ~、君の~タコヤキ~」
スパイダースの「夕日は泣いている」の替え歌。
それがあまりに面白くて、
刺激を受けて
「かァこォ~まれテンドン」
が最初に自然発生的に生まれ
そのあと、食べ物をつけていった
ルンペンだけはどうしても食べ物が思い付かなかった。

最初は6年4組だけだったのが
気がつけば全校に広まっていた。

どこで信じたかというと
水元君のタコヤキ

私も最近、ちょうど夕日が泣いているで替え歌を自然発生的に歌ったばかり
五十音の「む」で良い話がないなと思っていて
江戸紫が良いんじゃないか
四十八茶百鼠と江戸紫の関係。
うん、紫だ

♪むーらーさーきー
君のむらさき
真っ赤な
別れの色だよ
(赤なんかい、紫なんかい)

この歌4文字には何でもはまる。
水元君がタコヤキを突然歌った気持ち、よーく分かる

そうか
一番最初は、てんどんだったんか
あれ、ちょっと待てよ、てんぷらやろ

確かに読み進めると
誰かがてんぷらに変えちゃったとある
ネットで調べると
確かにてんどんで歌っている人もいる

そして
にんじん
静かにんじん

ダメだ、思い出せない。
今回、こっちも泉にんにく同様、にんにくで歌っちゃったんだけど
にんじんだったのかも知れない。

でも、何度歌っても、今の私の中ではにんじんには違和感がある。
二回にんにくが出るのはおかしいから
というのは至極ごもっともな理由なので、にんじんだったんでしょうね。

[昭和歌謡]15 想い出の渚

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです。

想い出の渚
ザ・ワイルド・ワンズ
作詞 鳥塚繁樹 作曲 加藤邦彦

♪君を見つけた この渚に
ひとりたたずみ 思い出す

出ましたね、グループサウンズ
この後も、いくつか出てきますからね

私の想い出の渚
みなさんにも、想い出の渚はおありでしょうか

私は明石(あかし)の海です。

高校までは、兵庫県の加古川市というところに住んでいました。
あまり知られていないと思うので
いつも説明するときは、明石と姫路の真ん中と言っています。

海が近いというほどでもないのですが
電車で7~8個行けば明石の海に行けます。
砂浜とかじゃなくて
コンクリで固めてあったり、消波ブロックがあったりではありますが
海は海。

ぼうっと眺めるのが大好きで
よく行きました。

特に中学2年生あたりで
親友と一緒にね。
残念ながら、彼女とかはいなかったので。
田舎の中学生は
よほどの特殊な人でない限り彼女なんていません。

親友
その親友とは本当に何でも話せた。
実はそいつは、女性です。

思春期の男女に親友関係が成り立つか論があるとすると
ハイハイハイ
成り立つ方に挙手します。

クラスで一番活発な女子、ってやつ

生徒会の副会長に立候補し
私はその応援演説
見事当選。
その時、図書委員長やったなあ

海を眺めて、ぼうっとしつつ
色んな話をした

ちゃぷちゃぷ、波の音
キラキラ光る海面
遠くに何隻かの船

いつまででもしゃべっていれた。

お互いに好きな異性がいて
その話が一番多かった。

中二の時、同じクラスで
そのあとも、何かっちゅうと会ってた。
高校も違ったし
大学は、私は東京に行っちゃったけど
休みで田舎に帰る度に
会いに行った。

今ではお互い結婚して、
あいつも私も二人の女の子の親
あいつは、優しそうな小学校の先生と結婚した。

年賀状のやり取りぐらいしか今は交流がないけど
親友と呼べる奴がいたってことは
自分にとって財産だなあと思う。