[百人一首]66 もろともに~

もろともに あはれと思へ 山桜
花よりほかに 知る人もなし

山桜よ、私とともにおたがいを懐かしく思いあってくれ。
お前以外に気持ちをわかってくれる人はいないんだ。

行尊
行尊(ぎょうそん)は
修験道の聖地·大峰山で苦行した孤高の高僧

三条天皇の皇子·小一条院敦明親王(こいちじょういんあつあきらしんのう)
その息子が源基平(みなもとのもとひら)
そしてその息子が行尊。
つまり彼は、三条天皇のひ孫ということ。

父と十歳で死に別れ、十二歳で近江の園城寺に入り、出家する。
十七歳まで寺で修行。
その後修験道(しゅげんどう)を志して諸国を回った。

修験道とは、山中で荒行につぐ荒行を重ね、
体得した呪力によって、加持祈禱(かじきとう)を行なうというもの
仏教伝来以前からある、山岳信仰と、密教、陰陽道が合わさり
最高難度にハードな宗教として形作られた

行尊は、修験道の聖地とされる大峰山で苦行を重ねた。
今でも、大峰山は女人禁制。

後に、白河、鳥羽、崇徳三帝の護持僧(ごじそう=加持祈禱を行う僧)となる
さらに、比叡山延暦寺の座主、大僧正となっている。

鑑賞
行尊が大峰山の苦行の途中に山中にひっそりと咲く、山桜と出会う。

詞書きに「おもひもかけず」とあるので
花をめでるどころではない、研ぎ澄まされた精神状態で
おそらくそれまでも咲いていたであろう桜が
視界に、そして意識の中にズドーンと現れたのだろう。

お前は、ずっとそこで見ていたのか
お前には、家族はいるのか
友はいるのか
愛する人はいるのか

そうか

ならば、私と同じだ。

全てを捨てて、ここにやってきた。
でもやはりこびりついている私の中の全てを
さらに捨てようとしている

お前はどうなんだろう

そこで見ていてくれまいか
何かを与えてくれる必要はない

お前はお前でそこで咲いていればいい
見ていてくれれば良い

花よりほかに、知る人もなし。

[百人一首]65 恨みわび~

恨みわび ほさぬ袖だに あるものを
恋にくちなむ 名こそ惜しけれ

薄情なあの人を恨み悲しんで、わたしの袖は涙にぬれて乾く間もないと言うのに。
恋に狂う愚か者よ、と世のひとに指さして笑い者にされ、私自身の名声は朽ちはててしまいそう

相模
出ましたっ。相模(さがみ)
そうです。この前の歌のチャラい藤原定頼の恋人のうちの一人。
ただ、その前に一回結婚しているんですけどね。

お父さんの源頼光(よりみつ)は武勇に優れた武士
政界にも顔が効き、大富豪。
泣く子も黙るマフィアのドンみたい。

その娘だから子供の頃から何一つ不自由したことがなかった。
歌の才能はすでに子供の時から。

そんな彼女にプロポーズしたのは
相模守(さがみのかみ)の大江公資(おおえのきんすけ)

この人も歌人としてかなり名の通った人です。

相模で
相模で一緒に慎ましやかに?
どうもそういうタイプではない。

大江公資も浮気したりします。
大変ですね。

憂さ晴らしに箱根に旅行に行ってくるね。

その道すがら歌を百首詠みます。
そんなすぐに!

で、その歌を箱根権現(はこねごんげん=箱根神社)の社の下に埋めて奉納しちゃいます。
せっかく作ったのにあらもったいない。

ところがその数か月後
相模のもとに、箱根権現から歌が返されます。
ちゃんと、埋めたところと、自分の住所氏名を言って行ったんでしょうね。
返された歌は百首
奉納した百首それぞれに対する返歌。

なんでうちの旦那は浮気するんでしょうね
みたいな歌に対しては
浮気なんかしてないと思いますよ、みたいな

すごくないですか
100に対して100
えらいこっちゃと、坊さんみんなで手分けして頑張ったのかな

で、またまたすごいのが
それに対してまた百首歌を返してます。

いや、浮気してるんですよ、みたいな

カチンと来たんでしょうか
そこまで頑張らなくても。

いずれにしても、お互い、ものすごい能力を持ってますね。

3年で離婚。
京都に帰ります。
田舎暮らしは難しかったでしょう。

帰京後
帰京後、歌人としてとんとん拍子に名をあげていきます。
一条天皇の皇女のもとに出仕してから
数々の歌合せ(歌の競技大会)に出席し、連戦連勝
錦織圭みたいです。

男性貴族六人組の「和歌六人党」を弟子にして、師匠になるほど。

恋愛も実にお盛ん。
その内の恋人の一人が藤原定頼ですね。

数々の経験を重ね、親のDNA、その家柄も踏まえて
相模こそが、泣く子も黙るドンになります。

鑑賞
「恨みわび ほさぬ袖」は
男のために流した涙で、袖は濡れっぱなし。
こりゃ袖が腐っちゃうね、と思いきや、さにあらず(あるものを)
「恋に 名」すなわち、あいつは恋狂いだとの噂話ばかりで名(名誉)が地に落ちて腐っちゃった(くちなむ)
ああ惜しいなあ
と、袖と名を対比させての朽ち競争。

この歌も、歌合わせで勝利したときの歌です。
なんとこの時の年齢は五十代半ば。
さすがにこの時に具体的な相手があっての歌ではないと思いますが

ええっと
あの時のあの人と、さらに何番目のあの人とのことを組み合わせれば、
まあ、こんな感じでしょう。

はい、分かりました。
文句ありません。

[百人一首]64 朝ぼらけ~。チャラい男ってどう?

朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに
あらはれ渡る 瀬々の網代木

夜がほのぼのと明けていく冬の朝、
時間の経過にしたがって、宇治川にたちこめた霧が晴れてゆく。
川霧がとぎれとぎれになって、
その間から川の浅瀬に仕掛けられた網代木が見えてくるようになったなあ。

藤原定頼
出ましたっ
藤原定頼(さだより)
覚えておられますでしょうか。

小式部内侍に、お母さん(和泉式部)に連絡取らなくて良いの?
などといらんこと行ってやり込められちゃった、あの定頼。
[百人一首]60 大江山~ 和泉式部の娘。ちょっと待ったぁそこのおっさん

その前に、紫式部に対して、
この辺に若紫はいらっしゃいませんか?
と、これまたいらんこと言っています。

嫌な奴かと思いきや
なんとも人間味溢れるキャラクター

私は好きですね
こういう人。

お父さんは、藤原公任
おそらく歌人の中では歴史上最も有名。
当時人気とかいうレベルではなく、「歴史上」

その息子な訳ですから
歌に関しては全くレベルが違います。
少年の時、すでに
一条天皇の大堰川行幸のお供でみんなを唸らせる歌を詠んでいます。

性格は喧嘩っぱやくて、おっちょこちょいで、ちゃらんぽらん。
今風に言うとチャラい

本来ならもっと出世して良さそうなのに
何度も失敗して、謹慎させられたりと
あんまり出世していない。

生き方が下手、ってやつですね

女性にはモテモテ。
付き合っている相手が違います。

大弐三位(だいにのさんみ)(紫式部の娘)や、相模(このあと百人一首で出てきます)。

世間的には、チャラいと思われているけど
本当の姿は私しか分かっていないのよね
とか
この人、私がついてなきゃダメなのよね
とか
女心のツボが分かっているんでしょうね。

確かに、小式部内侍の件はこの前のブログでも、そこでいただいたコメントでも言われていたけど
自分が有名すぎる親を持った苦労は一番知っているわけだから
親に歌を裏で作ってもらっているんじゃないの?
なんて言うわけない。

あらかじめ、公衆の面前で「ふみ」ってキーワードでからかうよ、
的な事を小式部内侍ににおわせてあれば
小式部内侍ほどの人なら、切り返す歌はあらかじめ作っておける。
「いらんこと言い」に見せかけた、男の優しさなんじゃないか。

鑑賞
「網代(あじろ)」は、冬に氷魚(ひお、鮎の稚魚のこと)を取る仕掛け
川の浅瀬に杭を打ち、「簀(す)」という竹や木で編んだざるを仕掛けるもので、
当時(平安時代)の宇治川の風物詩。
「網代木(あじろぎ)」は網代の杭になります。

定頼のレベルになると、技巧的な技は使い尽くしているので
逆に全く技巧を使わず、ただただ情景を詠うという余裕の詠い方。

だんだん霧が晴れていって、網代木があっちにも、次はこっちにも。
目の前に情景が浮かびますね。

一番のポイントは、これが宇治だということ。

宇治は、やんごとなき人達にとっても特別の思い入れのある憧れの土地。
お公家さんたちの別荘地なんです。

そして、当時の超ベストセラー、「源氏物語」の中でも続編的な意味合いで
光源氏が登場しない、「その後のお話」である「宇治十帖」の舞台。

紫式部にいらんこと言った例からも分かるように
定頼は源氏物語の事をかなり読み込んでいると思われます。

この歌は、ある意味、源氏物語(宇治十帖)に対する、読書感想文みたいなもんじゃないでしょうか
あるいは、応援ソング。

実は、宇治十帖って紫式部じゃなく、娘の大弐三位の作だという説もある
恋人、大弐三位に対する賛辞。

大弐三位レベルになると、誉められ尽くしているでしょうから
下手に愛しているよだの、綺麗だねなんてな事を言うより
やった仕事を誉められた方が嬉しいかもしれない。

以前に漫画であったジョージ秋山の「浮浪雲」の主人公みたいな感じかも知れない。

出世?
つまりませんな。
そんなことより、みんなが楽しく暮らせれば。
おっと、間違えましたわ
実はそんなこと
なーんも考えとりませんわ

[百人一首]63 今はただ~ ただ会いたいだけ

今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを
人づてならで いふよしもがな

今はただもう、「君のことはきっぱりとあきらめたよ」ということだけを、
人づてでなくて、じかに君に会って言いたいのだけど、
それさえも叶わないのだろうか

鑑賞
超豪華シリーズ終わっちゃいましたね。

まだまだ、続くのにどうしましょう
超豪華シリーズの次の人はきついよね

と思っていたら
さすがは藤原定家。
そんな手を使ってきましたか

藤原道雅
藤原道雅(みちまさ)は藤原伊周(これちか)の息子
出ましたね、伊周

そうです。
清少納言の仕えた定子のお兄さん。
それだけで分かりますね
藤原道雅がどんな人生を歩んだか

日陰の人生です。

道雅が恋し、相思相愛になった相手
それは、三条天皇の娘、当子(とうし)内親王
神に仕える斎宮の身を退いたばかり。
斎宮の間は、恋愛など許されないのだけれど
退いたのだから、形の上では問題ないはず

相手が悪かった。

完全にロミオとジュリエット状態

姫君16歳、道雅26歳。

三条天皇の逆鱗にふれ
うちの大事な娘に近づくことも許さん。

四六時中監視をつける。

ああ、ロミオ
あなたは今いずこに

道雅は何も悪くないのにね。
生まれた時代、生まれた家、そして恋した相手がほんの少し違っていた。

引き裂かれた二人

ただ、ただ会いたいだけ。

ありとあらゆる手段を講じて
試みても試みても、何ともならない。

そして、最後に至った気持ち。

姫君が苦しまないよう

私はあきらめました。
姫もあきらめてください。

これを
せめて
人づてでなく、直接会って言いたい。

諦めると言うのだから
絶対にそれ以外は言わないから
それでも会えないのだろうか

当子内親王
その後、当子内親王は落飾して尼になる
そして、その数年後若くしてこの世を去ってしまう


道雅は歌人ではない。
歌なんて作ったこともない。
ずぶの素人。

藤原定家恐るべし

超豪華シリーズのあとをはれるのは
この歌をおいて他にないだろう。
オールスターキャストだと思っていた百人一首の
この場所にこの歌を置くのか

これはもう、歌ではない

叫びであり
ため息であり

道雅の人生の
ありったけ