[百人一首]22 吹くからに

吹くからに 秋の草木の しをるれば
むべ山風を 嵐といふらむ

吹いたそばから、草木がしおれるのを見ると
なるほど、山風が嵐というのも納得できる事だよ

文屋康秀
文屋康秀(ぶんやのやすひで)については分からないことが多い
身分が低く下級官吏のまま生涯を終えたので、あまり記録がない。

ただ、交遊関係は立派
小野小町、在原業平、素性法師
歌人としては何と言っても六歌仙のひとり
僧正遍昭、在原業平、喜撰法師、小野小町、大伴黒主、と文屋康秀

大したものでございます。

ひとつ、小野小町に関わるエピソード
文屋康秀が三河地方に赴任する事が決まったとき
小野小町に
どうだい、田舎見物に行かないか、行こうよ、いいだろ

ダメもとってやつですね

歌で返事

わびぬれば 身を浮草の 根を絶えて 誘ふ水あらば いなむとぞ思ふ

そうね、面白くないのよ、この頃。
浮草みたいに根なし草になって、水の誘うままにどっかへ出かけたい気分よ。

言ってみるもんですね

さあ本当に行った?

残念!

まあ、そりゃそうかもね

鑑賞
ひと休み

この歌の良いところは
変な言い方ですが、ひと休みな所です。

音楽でいうと、辰の落とし子が踊っているやつ

山からの風は草木をなぎ倒しちゃって、枯れさせちゃう
「荒し」というのも分かるね
そうそう、山に風で嵐ですから

言ってみればそれだけの歌
恋の歌でも、情感を詠ったわけでもない。

でもこの歌、意外に人気がある
特に現代人からすると
山に風で嵐なんでしょ、分かりますよ
古文が分からなくても理解しやすい

かなりいる嵐のファンは当然十八番にしているでしょうし
もう一握りしかいないであろう、嵐寛寿郎のファンもね

なんでまた藤原定家がこの歌を選んだかだけど
息抜きしたかったんじゃないかな

最初に、百人一首は名歌ばかりを選んだ訳じゃありません、と言っている
この歌辺りがそれを表しているのかな
素晴らしい歌ばかりじゃ、肩凝っちゃいます。

六歌仙って
『古今集・序』で紀貫之が6人の名前をあげているから
後の世の人が六歌仙と呼んでいるだけで
実は歌の優れた人ベスト6を選びましたって訳じゃない。

じゃあ、その中に何と書いてあるか
「文屋康秀は、詞はたくみにて、そのさま身におはず。
いはば、商人のよき衣着たらむがごとし」

康秀は、詩句の使い方は巧いが、内容がともなわない。
いうなら、商人が立派な衣裳に身を飾ったようなもので、中身に品がない

あらま、悪い方の例だったのね

そしてその時に、例としてあげられているのが
この、吹くからに、の歌

可哀想に

ところが、時代が変わって、江戸時代
国学者と言われる、昔の日本文学を研究する学者さんたちが出てきた。

賀茂真淵とか契沖とか

その先生方が言うには
この、吹くからに、の歌は
文屋康秀の作品ではなく
その子供の文屋朝康のもの

文屋朝康は百人一首にもあります。
37.白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける

えええっ
ちょっと待った

悪い例としてあげられちゃって
百人一首にも選ばれちゃっているんですけど

文屋朝康は逆に史上初
百人一首に二つも歌が選ばれた男って事にもなります。

これはえらいことです。

みなさん、ここはひとつ、内緒ということで
聞かなかったことにしてあげて下さい。

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斑入りマサキ

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[百人一首]21 今来むと

今来むと 言ひしばかりに 長月の
有明の月を 待ち出でつるかな

あなたが来ていただけるということだったので
ずっと待っておりましたのに
9月の有明の月が出る明け方になってしまいましたわ

素性法師(そせいほうし)
素性法師はあの僧正遍照(そうじょうへんじょう)の息子
12.天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
家族を捨てて出家した、その前に出来た子供

素性法師が成人になって
こんなに大きくなりましたと再会

そうか、立派になって・・
でも、坊主の息子なんだから、坊主にならなきゃ
と、無理矢理出家させちゃった。

素性法師なんて名前でどう?

親譲りで、ちょっと変わったところあるので
向いているかも知れません。

鑑賞
出ましたね有明の月
明け方に出る月のこと

百人一首にはお馴染みキーワード
30.有明の つれなく見えし 別れより あかつきばかり 憂きものはなし
31.朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪
81.ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる 

男性が女性の気持ちになって詠った歌
ということは、フィクションということになりますね。

もう、待って待って、待ちくたびれちゃったわよ。

何度も出てきているように
昔は男性の通い婚だから
女性は待つ立場

待ちくたびれて、という歌はとても多い

待って待って明け方になって、有明の月、は良く使われるお決まりパターン

女性が自分の気持ちを歌ったのならば
怨み節的な雰囲気が出ちゃうけど
フィクションの良さですね

ちょっとひねって
いつもは3つの本から合わせ技で解説するんだけど
今回はその中で、橋本武先生の「解説 百人一首」が面白かった。

その他にもネットとかでも解説を読んだけど
一般的なのは
待っている間に有明の月が出ちゃったわよ
というもの

あっさりしています。

でも良く良く見ると、

有明の月「を」待ち出でつるかな
あなたを待っていたら、有明の月が出ちゃった、訳じゃない
有明の月を待つという表現
どうしたことか

一歩進めて、こんな解釈

あなたを待っていたら、有明の月が顔を出した
何だ、これじゃ
有明の月を待ってたってことじゃない

せっかくのフィクションです。
さらに、一歩進めて
もっと楽しい解釈に変えちゃいましょう。

あらいらっしゃい。
もう、待ちわびたわよ
さあ、入って入って

と思ったら、なあんだ、
有明のお月さん

いいわ、もうあの人の事なんてどうだって
ゆっくりして行ってね
さっきは、なあんだ、なんて言ってごめんなさいね

違うの
ほんとは最初からあなたのことを待ってたのよ

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アンスリウム

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[百人一首]20 わびぬれば

わびぬれば 今はた同じ 難波なる
みをつくしても 逢はむとぞ思ふ

こんなにつらいなら もう我慢してもしなくても同じです
難波のみおつくしさながら あなたに会いに行きます

元良(もとよし)親王
陽成天皇の第一皇子
ただ、譲位の後に出来た子なので、世継ぎの芽は既にない
そもそも、陽成天皇は藤原基経に無理矢理降ろされちゃった

自由に生きていきましょ
と思ったんでしょうが
その自由振りが極端だった。

とてもマメなひと

どうマメかというと
美人とあらば片っ端から口説いて回る
一生懸命でちゃんとしているひと

藤原褒子(ほうし)という人がいます。
藤原時平の娘なんですが
時平が醍醐天皇の後宮に入れるつもりで入内させたのに
そうはいかなかった
美人過ぎたんです。

一目見た、お父さんの宇多天皇、その時は譲位していたから宇多院は
息子にゃ勿体ないと自分の奥さんにしちゃった。
無茶なさるお方
娘のような歳の褒子を溺愛して、もう大変。

さあ、元良親王
一生懸命さが高じてある人にアプローチ
もう分かりますね

そこだけはあかんでしょ

世間の知ることとなり、
えらい大スキャンダルになります。
今の世であれば、連日ワイドショーでその話題ばかり

鑑賞
この歌は「後撰集」に、「事いできてのちに、京極御息所につかはしける」として載っています。
事いできてのちに、とは大スキャンダルになった後、という意味
京極御息所とは、褒子の別名

えええっ
この歌、一番世間がかまびすしいピークの時に
当のお相手に対して送った手紙だと言うんですね

わびぬれば 今はた同じ
とは
もう、ここまで来たらどっちにしたって一緒ですわ
という意味

難波なる、は、みおつくしに対する枕詞で
みおつくし、すなわち
この身はどうなっても良いから

あなたに会いに行きますね

やったー
果敢です
潔いです

おそらく八つ裂きになることでしょう。

進め、勇者よ

それほどまでに褒子の事を

そこにひとかけらの偽りもないでしょうが
おそらくこの人
全ての女性に対してそうなんでしょうね。

みおつくし
浪速3連チャン
出ました、みおつくし
以前お話ししましたね
大阪市の市章
[百人一首]88 難波江の

入ってくる船への目印で、水脈(みお)つ串(くし)

難波江と言えばみおつくし、みおつくしと言えば難波江
身を尽くし、の音に繋がるから
何かと言えば、難波とみおつくしがセットで使われる
流行語のようなもの

この歌で、難波は何の関係も無いんだけど
セットですからね

内容的には深刻で、
用件を伝えるための歌だけど

こういうちょっとした遊び心を忘れないあたり
元良親王の元良親王たるゆえんですね

褒子
せっかくですから、褒子のエピソードもお話しましょう

近江の志賀寺に朝勤上人(ちょうきんしょうにん)という高徳の老僧がいた
あるとき、志賀寺へ参詣にきた御息所を、一目見て、恋に落ちちゃった

あらまた、長年修行しているのにね

ふらふらとあとを慕い、
御所のお庭まで入ってきちゃいました。

住居不法侵入です

二夜三夜、そこにたたずんで恋いこがれていた。

なかなかです。

その哀れな姿に心動かされた御息所(褒子)は、
老僧を召し寄せ、御簾の内から、わずかに白い手をさし出した。

老僧は感激にわななき、美しい手を握りしめると

初春の 初子の今日の 玉箒 手に取るからに ゆらぐ玉の緒

と万葉の古歌を口ずさんだ

御息所は、

極楽の 玉の台の はちす葉に われを誘へ ゆらぐ玉の緒

と返歌

そのあとどうなったかですって?

知りません

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エキザカム

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[百人一首]19 難波潟 超美人、伊勢の人生は

難波潟 みじかき芦の ふしの間も
逢はでこの世を 過ぐしてよとや

難波潟の短いふしの間ほどの、短い間の時間すら、会えないとおっしゃるの?
このままこの世を過ごしていけと

伊勢
伊勢は宇多天皇の奥さん中宮(藤原)温子に仕えていた

その美しさは群を抜き
それゆえに波瀾万丈の人生を歩みます。

温子のお兄さん、藤原仲平と良い仲に

お父さん、
困ったなあ
身分が違いすぎるよ

飛ぶ鳥を落としちゃっている、藤原基経の次男

遠回しに
やめた方が良いよ

案の定
仲平は良いとこのお嬢さんと結婚しちゃった。

ほら、言わんこっちゃない

当時の歌が今回の歌です。

中宮温子にもおいとまいただき、京も離れて傷心の人生

ここまでで終われば、ただお坊っちゃまに捨てられた可哀想な女の子の物語

でも、大方の女性はそんな弱くありませんね

泣き暮らす娘を見ていられないお父さん
中宮温子も理解してくれ
また、来てくれないかしら
うん、それが良いよ

京に戻ると元々備わっていた歌の才能が大きく開花します。

数々の歌合わせで連戦連勝
性格も良かったので、(美人だし)
伊勢ここにあり、と轟き渡ります。

さあ、そうなると

失敗したぁ、
と藤原仲平

また、文を送って来るのですが

ああら
どの顔してそのような

断固拒否
当たり前ですね

そのさらにお兄さんの藤原時平や
評判の高い平中という人とも浮き名を流します。

そしてびっくりするような事が起きます。

超大物から想いを寄せられる

その人は
宇多天皇

奥さんに仕えているのに、そらあかんでしょう

いけませんわ。

中宮温子はカンカンかと思いきや

良いんじゃない?

うっそー

天皇との間に子供までもうけちゃいます。

おそらくこの頃が人生のピーク

天皇は譲位し落飾
子供もすぐに亡くなってしまい
慕っていた温子も亡くなってしまう

「舟ながしたるここち」だったそう

もう坂道を転がるが如く
と思うでしょう

どっこい

宇多院の第四皇子、敦慶(あつよし)親王のプロポーズを受けた。

親王は25~6歳、伊勢は30過ぎ

中務(なかつかさ)という娘を産んだ
この娘は長生きし、伊勢の血を受け継いで、歌の才能を開花
親子揃って、三十六歌仙に選ばれています。

鑑賞
このあたり、大阪(難波)の歌が続くことになります。

ただ、「難波潟 みじかき芦の」は
ふしの間に続け、短いということを表すための序詞
難波の風景を歌ったわけではない。

とはいえ、序詞って全く意味が無いかと言われるとそういうものではなく
誰もが分かる有名な場所を選んで
この場合でいうと、難波潟の芦の殺伐とした雰囲気を、
読むものに思わせるという、イメージ作りの大きな役目を負う

藤原仲平の歌への返歌と言われている

会いたいわ、というような歌を送られた仲平が
今日はちょっとお腹が痛いから、的な見え透いた言い訳をしてきたのかも知れません。

本当は芦のふしの間は、それ程短くは無いんだけど
これもまた、イメージですね

すぐしてよとや、で
すぐしてよ、とや(言うおつもり)?
と途中で切って余韻を残している。

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カシワバアジサイ

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