[三十六歌仙]30 中務。伊勢の娘さん

体調はすっかり良くなりました。
ご心配おかけし申し訳ございません
コメントもいろいろいただきましてありがとうございます。
改めて、皆様に支えられているでーこんだと確信しました。
重ね重ね、ありがとうございました。

三十六歌仙シリーズです。

中務(なかつかさ)

秋風の 吹くにつけても とはぬかな 萩の葉ならば 音はしてまし
私に「飽き」たというのか。秋風が吹くにつけても、あなたは気配さえ見せない。荻の葉ならば音を立てるだろうに。

中務
出ましたっ。あのスーパーレディ、伊勢の娘です
みわの山 いかにまち見む 年ふとも たづぬる人も あらじと思へば
百人一首ではこちら
難波潟 みじかき芦の ふしの間も 逢はでこの世を 過ぐしてよとや

親子して、三十六歌仙。大したもんです

そして、旦那様も三十六歌仙のひとり、源信明(みなもとのさねあきら)です
ほのぼのと 有明の月の 月影に 紅葉吹きおろす 山おろしの風

鑑賞
秋風の 吹くにつけても とはぬかな 萩の葉ならば 音はしてまし
私に「飽き」たというのか。秋風が吹くにつけても、あなたは気配さえ見せない。荻の葉ならば音を立てるだろうに。

さすがは、恋多き伊勢の娘だけあって、中務もモテモテ
どうもこの時の歌のお相手は、源信明ではないようです。
「平かねき」となっているんですが中納言平時望の子で大宰大弐となった真材(さねき)の誤りかと思われます。

荻(をぎ)の葉 荻はイネ科の多年草。
夏から秋にかけて上葉を高く伸ばし、秋風にいちはやく反応する葉擦れの音は、
秋の到来を告げる風物とされています

荻と言えば、荻原(おぎわら)さん萩原(はぎわら)さん問題ですね
私の大好きなTBSラジオ、安住紳一郎の日曜天国の投書で、荻原さんと萩原さんがどうしても区別できないというのがあったら
続々と、荻原さんと萩原さんって違う字だったんですか、という反応が続々と
荻原さんと萩原さんが違う字だと知らない人がかなりの数にのぼる事が判明

私は違っているという事は知っているものの、全く書き分けられず
荻原さんか萩原さんと出会うたびに「やられたっ」
何とか悟られないようモソモソっと××ワラさん
手書きで書くなんて全く不可能なので、何とか避けて通ってきました。

ご本人全く悪くないのに本当にごめんなさい

投書によると、ご本人たちも間違われる事は慣れっこになってしまっていて
特に指摘はされない様子
いやあ申し訳ない

この機会に、ちゃんと覚えようと
「荻原さん萩原さん覚え方」と検索してみました。
萩(はぎ)は秋の七草だからというのは多いのですが
荻原の左側がカタカナの「オ」に似ている、っていう方が良いかな

とりあえず今は覚えられた気がします。
また、忘れたらこのブログを検索することにしましょう

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[三十六歌仙]29 小大君

小大君(こおおきみ)
大井河そま山かぜのさむけきに岩うつ波を雪がとぞみる

残念!
いくら探しても、現代語訳が見つかりませんでした。
まあ、そういうこともありますね
「そま山」というのは、木材を切り出すための山です。

小大君
小さいのか大きいのか

はじめ円融天皇の中宮藤原媓子に女房として仕え、
のち三条天皇(居貞親王)の東宮時代に下級の女房である女蔵人(にょくろうど)として仕え、
東宮左近とも称された。
藤原朝光と恋愛関係があったほか、平兼盛・藤原実方・藤原公任などとの贈答歌がある。

『拾遺和歌集』以下の勅撰和歌集に20首が入集し、
特に『後拾遺和歌集』では巻頭歌として採られている。
トップバッターですね
大変な名誉です。

小大君で他の歌をいくつか

七夕に かしつと思ひし 逢ふことの その夜無き名の 立ちにけるかな
(織姫星に貸したと思った、逢うことが、七夕の夜、あらぬ噂が立ったことよ・君と言葉を交わしただけなのに…)

今日は七夕、こういう日は、自分があいたいひとと会うのを織姫に貸しましょう
自分はがまんがまん

そう思っていたのに、なぜ今日に限って、あのお方との事が噂になっちゃったのかしら

この歌には続きがあります。

たなばたに 脱ぎて貸しつる 唐衣 いとど涙に 袖やぬるらむ
(織姫星に脱いで貸した唐衣、いよいよ嬉し涙で、袖は濡れているだろう・今ごろ彦星に逢って)

貸したのは着物だったんですね
会えて良かったね、と言いながらもこんな歌

ちぎりけむ 心ぞつらき たなばたの 年にひとたび 逢ふはあふかな
(約束したのだろう、心ぞ辛い、織姫星が、年に一度逢うのは、逢うと言えるだろうか)

一年に一度なんて、そんなの会ったって言えるのかしら

この歌も良いとおもう
散るをこそ あはれと見しか 梅のはな 花やことしは 人をしのばむ
(今までは人の方が花の散るのを見てあわれと思っていたが、梅の花よ、
今年は花の方が亡き人を慕っているのではないか)

相次いで、知人が亡くなった
今までは、花が散るのを見て、あはれと思っていたのになあ
今日ばかりは、あなたが、人の事をあはれと思ってくれるのかい?

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[三十六歌仙]28 藤原高光。さるとらへびよ、わしが相手だっ

藤原高光

春すぎて ちりはてにけり 梅の花 ただかばかりぞ 枝にのこれる
春が過ぎて散り果ててしまった梅の花であるが、ただほんのわずかばかり枝に残っている

藤原高光
藤原高光は当時大人気だった人物
あの藤原氏北家の右大臣藤原師輔の八男
超セレブのお坊っちゃま

お母さんは斎宮の雅子内親王
斎宮の息子というちょっと珍しい生い立ち

それだけでも話題の的なのに
三十六歌仙に選ばれるほど滅法歌がうまい

誰しもがうらやみ、将来を約束されていた筈

ところが

21歳にして、突然出家してしまうのです。

もったいないーっ

ちまたではその話で持ちきり

おそらくそれが影響したのでしょう
高光に関わる伝説が生まれます。
なんと怪物退治の伝説

さるとらへび
奈良時代の霊亀から養老年間に、都で怪しい光が飛び回ります
何やらただならぬ予感

出たぁ
か、怪物だあ
鳴き声は牛に似ていて山洞にその声が響きとても恐ろしい姿

瓢(ひさご=ひょうたん)に化けた怪物
しかして実態は
「頭が猿、体は虎、尾は蛇」の「さるとらへび」

おそろしやー

すっくと立ち上がる高光
わしが相手だっ

続けざまに矢を放ち
ぎえええええっ

和歌
春すぎて ちりはてにけり 梅の花 ただかばかりぞ 枝にのこれる
春が過ぎて散り果ててしまった梅の花であるが、ただほんのわずかばかり枝に残っている

出家して比叡山に住んでいた頃、ある人が薫物を請うたので、
僅かに残っていた梅花香を贈った

すみませんね。あんまり香りが残っていないでしょうが。

出家しようと思い立った時の歌

かくばかり へがたく見ゆる 世の中に うらやましくも すめる月かな
これほどにまで過ごし難く思える世の中にあって、羨ましいことに、
清らかに澄みながら悠然と住んでいる月であるなあ。

羨ましいと、このあと籠ろうとしている「山」をかけています。

出家したあと、都も恋しかったりします

百敷の 内のみつねに 恋しくて 雲の八重たつ 山はすみうし
宮中ばかりがいつも恋しく思われて、雲が幾重にも立ちふさがる山は住みづらいのです
宮中を九重というのにかけています。

白露の あした夕べに おく山の こけの衣は 風もさはらず
白露が朝夕置く、奥山の露に濡れる私の法衣は、もはやぼろぼろで風を防ぐこともできません。

新しい法衣を贈ってもらってありがとうの歌

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[三十六歌仙]27 藤原清正。代理で恋の歌を送っときました

藤原清正(きよただ)

天つ風 ふけひの浦に ゐるたづの などか雲居に かへらざるべき

天つ風が吹くという名の吹飯の浦にいる鶴が、どうして雲の上に帰らないことなどあろうか。
――そのように、私もいつかは再び昇殿を許されるであろう

今で言うところの和歌山県知事として赴任するとき
紀伊の歌枕「ふけゐの浦」に言寄せて、いつか帰京し昇殿を許されることを願って詠んだ歌。

和泉国の歌枕に吹飯の浦(ふけいのうら)があるが、
昔から、紀伊国の歌枕吹上(ふきあげ)の浜と混同されています。
この歌でも、吹上(ふきあげ)の浜と勘違いしての歌。
吹上の浜は、六義園でも再現されている有名な場所ですから。

普通は4年ほどの任期なのですが
この時は10ヵ月ほどで京都に戻っています。
この歌が効いたんでしょうか

もうひとつ不思議な話があります
『忠見集』によれば、清正が紀伊守となった頃、
壬生忠見が清正に代わって少弐命婦に贈った歌とある

本人が留守の間に
代理で恋の歌を送っときましたよ、と

無茶苦茶親切な人ととらえるべきなんでしょうか。
これが恋の歌だとすると
鶴が雲の上に帰るというのは
またあなたの元へ伺いたい、というようなことになるのでしょう。

天つ風、雲居と来ると
やはり百人一首のこの歌ですね
天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
空吹く風よ 雲間の帰り道を通せんぼしておくれ
素晴らしい舞を舞ってくれた乙女の姿をもう少し見ていたいから

もうひとつ、天にからんだ清正の歌

秋風に いとどふけゆく 月影を 立ちな隠しそ 天の河霧
(天の川の川霧よ、秋風によって深まる月の明かりを隠さないで)

天の川に霧がかかっているとは知りませんでした。
とても美しい情景です

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