[名僧]鈴木大拙。西洋に仏教で貢献しよう

本当は連続でセキセイインコの孵化の話題にしたかったのですが
変化なしの一日でした
計算上は生まれる筈なんですが。

ということで、各シリーズ通常の順番に一旦戻ります。
名僧シリーズ、明治時代です。

鈴木大拙は、ちょっと面白い経歴を持っています。

鈴木大拙
1870~1966年

金沢の儒医の家の子として生まれますが
六歳で父を失い、経済的に苦労します。
せっかく第四高等中学校に受かりましたが、学費が払えず中退します。

21歳の時に上京して東京専門学校(早稲田大学の前身)に入ります。
英語を学び、坪内逍遥にも英文学を学びます。
この時期に、座禅に興味を持ち、鎌倉円覚寺で座禅をしています。

そこで、円覚寺の今北洪川の弟子となり、本格的に座禅を始めます。
翌年、今北の死去とともに、釈宗演に師事します。

釈宗演がシカゴの万国宗教会議で日本代表の一人として出席したとき
講演原稿は大拙が英訳しました。
国際的仏教家の第一歩です。

東京帝国大学哲学科も出ます

27歳の時、釈宗演の推薦でアメリカに渡ります。
11年間アメリカで仕事をしますので英語は完璧

帰国後は学習院の教授になり、東京帝国大学でも講師を勤めます。

釈宗演について、禅を学ぶだけでなく、浄土真宗等、広く仏教の理解を深めていきます。
動物愛護運動にも熱心になり、その関係でコロンビア大学のビアトリス・レーンさんを招きます。
そして、結婚まで発展します。
千昌夫みたいですね

ますます、国際的な仏教活動に拍車がかかっていきます。

西洋人に仏教で貢献したい

すごいですね
西洋人に追い付けとばかり考えていた当時において
西洋人に貢献して差し上げたいと。

西洋と東洋の両方を見続け
特に分析力の優れた大拙には、見えてきたことがあった。

西洋と東洋の考え方の違い。

西洋と東洋
西洋は分割してものを見る
主と客、自分と相手
きっちり分けて白黒はっきり理論的

それに対して、東洋は混沌
「Aである」と言えば良いものの
「Aでないとは言い切れない」
何か言われた時の予防線を張って張って張りまくる

さらに、仏教、特に禅ではもっと積極的に、理論的におかしいことをよしとする
柳は緑ならず、花は紅ならず

真っ赤な花を目の前にして
花は紅ならず
いかに
とか言われて
西洋人ならそもそも相手にしてくれませんね
両手の平を上に上げてそれでしまい

東洋人は
うーむ、深うござる
ってなことを言ってありがたがる

よくぞ言うてくださった。
目から鱗が落ちもうした

本当に分かったかはさして重要ではない

分かったような気になればそれで救われる

色即是空、空即是色
あるものは無いものであって、無いものはあるもの

全くの矛盾
西田幾多郎さんは「絶対矛盾の自己同一」と呼んでいる。

理論的に正しいこと
それは世界を正しい方向に向けない
言い合いになったとして、相手を理論的にねじ伏せなきゃならない

正しいかどうかなんて、何物をももたらさない
相手と自分の間には何の境目もなく一体化しているとイメージできれば
何の争い事も起きる筈がないし
相手の嫌なところも全て自分だと思い、愛しく感じる

確かに傾向として西洋と東洋の違いがあるとして
西洋人にも、東洋の考え方は分かる筈だし
それで楽になることもある筈だ

西洋人に対して
もっと肩肘張らずに、楽~に生きてはどうでしょうかという提案

それを地道にやり続けたのが鈴木大拙さんだったのです。

[名僧]シリーズはこちら(少し下げてね)

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