今度は、すかしツッコミ

ツッコミシリーズ
村瀬健さんの「ツッコミ術」です

指摘ツッコミ、疑問ツッコミ、擬音ツッコミ、ノリツッコミ、リアクションツッコミ
まできましたね

今日は、すかしツッコミです

すかしツッコミ
これは、高度です。

かなり難しいので、やり方を間違うと相手にダメージが大きいので
よほど相手と人間関係が出来ているときの方が良い気がします。

ツッコむ価値のないボケをさらっと受け流してしまうことです。

相手が「こう来るだろう」と思っているところに、全く違う反応をして
予定調和を崩し、落差のあるツッコミで笑わせます。

オードリーが「すかし漫才」と言われ
その道のスペシャリスト

春日「皆さん、夢でお会いして以来ですね」
若林「だいぶ寝汗かいたと思いますけどね。
 今日も漫才を楽しくやっていきたいと思いますけどね」
春日「OLか!」
若林「どの辺がOLかわかんないんですけどね。
 僕の今住んでいるアパートがボロいんで、早く引っ越したいなと思ってるんですけどね」
春日「(自分の胸を押し上げるジェスチャーをしながら)確かにお前はそろそろ引っ越しをした方が良いかもな」
若林「ジェスチャーの意味が全くわかんないんですけどね」

いやあ、見事です。
目に浮かびますね
この二人じゃないと成り立たない漫才
完全にツッコミの概念を変えてますよね
どうやったら、こんな斬新なネタが書けるんだろう

使い方
会社の新年会で、若い社員に今年の目標を順番に言わせるというシチュエーション

あなた「今からみんなに、今年の目標を聞いていこうかな。はい、そこから」
A君「えー、私からですか?。緊張するなあ。えーと、えーと。ちょっと待ってくださいね。えーと、えーと、えーと」
あなた「・・・はい、じゃあ、次のひとお願いします。」
A君「ちょっと待ってくださいよ」

これ、どっと来ますね

絶対的条件があります。
いわゆる空気、ってやつです。

おそらくその場の多数が同じことを思っているだろうって前提がいる
緊張で、言葉が出てこないことに、みんながおかしさを感じていないといけない
おそらくA君はちょっと抜けてる事が持ち味の人気者
みんなが、でたよでたよ、内心クスクスってやつがあると
指摘ツッコミだと当たり前すぎて、笑いには繋がりにくい

例えば、A君が「ちょっと待ってくださいよ」を言わないような
落ち込み屋さんだったら、単なるいじめになる

もっというと、この職場が、すかしツッコミで笑えるような
「愉快な仲間達」になっていないといけない

ツッコミは愛だと前回書きました
鶏が先か卵が先か

愛ある仲間達だからツッコミで笑え、
ツッコミがまた、愛ある仲間達の雰囲気を盛り上げていく

ツッコミは、その触媒であるとともに
リトマス試験紙なのかも知れない

仏像の見分け方

よくわかる仏像ハンドブックという本を買いました。

正直、仏像にそれほど興味を持ってた訳じゃ無いんですが
本屋で何となく手に取った

前にもブログで書きましたが
仏教の基本知識として
仏様が、如来(にょらい)、菩薩(ぼさつ)、明王(みょうおう)、天部(てんぶ)
に分かれていることは知っていました。

仏像ハンドブックでは、その4つが章立てになっていて
それぞれに属する、いろんな仏様が解説されています。
知っていることが書いてあると嬉しいものです。

知ってるよ、知ってるよ
深く考えず、なんか本を買っちゃっていました。

見分けられる
読み進めていくと、とてもビックリしました。
ウォーキングイベントで、いろんなところに行くと
神社仏閣は避けられません。

行くと、でっかくて古くからある木がそびえてたりして
それなりに感動します。

仏像があったりすると
阿弥陀仏(あみだぶつ)?
はいはい、知ってるよ
如来で、あの世を司る仏様
って、ちょっとしたことはしゃべれます。
神様仏様シリーズで色々研究して書きましたからね

見分ける
でも
言われたら分かるということで
例えば置いてある仏像を見て
看板も出ていないとして
それが、果たして阿弥陀如来なのか、観音様なのか
なんて分かるとも思っていなかった。

分かるんですね。これ。

もちろん、作るひとがどう作るかは勝手なので
こんなふうに作りました
これは観音様です
と言われてしまえば
はい、さようで
と言わざるを得ない
あくまでも確率論

大体こういう風に作ることが多いよってこと

髪型、立っているか座っているか、来ているもの、装飾品
持っているもの、被っているもの、手の形、後ろのもの
何に乗っているか、手や顔はいくつあるか

そんなこんなでだいたいわかります。

七福神なら完璧に分かるんですけどね
持っているものが決まってますからね

そのレベルにいけるかもよ

楽しいと思いません?。

パッと見て、おっ大日如来か!

その内、経験を重ねていけば美術的な目も養えたりして。
この薬師如来様の表情は染み渡りますなぁ
なんて、言ってみたいなあ。

このあと、またシリーズで解説していこうと思います。

今日はその前段として、仏教の基礎知識をおさらいします。

仏教の始まり
仏像を見分けるためには
仏教の始まりから分かっている必要があります。

ご存じ、お釈迦(しゃか)様が始めたんですね。
お釈迦様はインドとネパールの国境沿いの小国、釈迦族の王子として誕生
何不自由なく暮らしていける。
この辺、如来と菩薩の見分け方に関連するので覚えておいてね

でも、
違うんじゃないか
と思うわけですね

6年に及ぶ苦行に励み
35歳にして菩提樹の下で思索と瞑想に入り
ついに悟りを得て仏陀(ぶっだ)すなわち真理を悟った人になります。

なんと、紀元前5世紀のことなんですね
知らなかった。
キリストさんより、500年も先輩だったとは。

お釈迦様は、何一つ書き物を残していません。
みんな弟子達に口伝え
弟子たちが色んな書き物を残していくんですね。

そもそも、その頃日本じゃ弥生時代が始まった頃
書き物?
はあ?
土器作っとります。

歴史ばかりじゃ面白くないので
必要になり次第
このあとのシリーズで
大乗仏教だの、密教だのは解説することにしましょう

すごいなと思うのは
このあと500年、紀元前が終わるくらいまで
一切、仏像は作られていません。

あまりにも偉大で、普通の人間の能力で
具体的な形にするなんて無理無理
って思ったんでしょうね
それまでのインドの神々は像になっているのにね

じゃあ、そのあと何故仏像が作られるようになったかというと
ガンダーラ美術が影響を与えます。

そして、その後の大乗仏教

次回以降でゆっくりお話しするとして
今日は挨拶がわりに、見分け方を一個だけ

如来と菩薩
4つの区分のうち、今日は如来と菩薩の違いをごく簡単に

如来は、悟りを開いてますが
菩薩は、悟りを開こうとしていてまだ開いていない進行形
何割かは開いてる。

如来は、いくつかあるんですが
やっぱり、お釈迦様である釈迦如来が基本中の基本

釈迦如来の画像をあげましたので、見てください
一番典型的なのを選んでみました。
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髪型を見てください。

パンチパーマみたいですね
螺髪(らほつ)って言うんですが
巻貝のように渦巻いてます。

あと、頭が二段階に盛り上がってますね
肉髻(にっけい)というこぶのような隆起です。
あの中には慈悲がつまってます

この髪型の特徴は如来にしかありません。
菩薩はまだ、悟りを開いていませんので
悟りを開いたときに出る体の変化がまだないのです。

観音様(観世音菩薩)、弥勒(みろく)菩薩、地蔵菩薩等にはないのです。

この続きはシリーズの次回にね

平兼盛と壬生忠見、和歌の対決の行方は?

百人一首シリーズ
今回は趣向を変えて、
ふたつの歌(第40首と第41首)を並行しつつ紹介します

なぜそんなややこしいことをするかは、この後で話すとして
まずは歌

平兼盛(たいらのかねもり)
忍ぶれど 色に出にけり わが恋は
ものや思ふと 人の問ふまで

誰にも知られないように隠していたのに
私の恋心は顔に出てしまったようだ

壬生忠見(みぶのただみ)
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
人知れずこそ 思ひそめしか

恋をしているという私の噂が、早くも世間に知れてしまった
誰にも知られないように密かに思い始めたばかりだというのに

どっち?
皆さんはどちらの歌が好きですか

なぜこういう問いをするかというと
この二つの歌は村上天皇主催の歌合わせで勝負したからです。
内容は似ているので
テーマは忍ぶ恋
さあ、どうだ
って感じだったのかな

勝った方と負けた方、その後の人生のを大きく変える一大決戦になります。

もうちょっと噛み砕いて解説してみましょう

■忍ぶれど 色に出にけり わが恋は
ものや思ふと 人の問ふまで

忍ぶれど・・お馴染み忍ぶ恋ですね。誰にも知られないように隠していたのに
色にでにけり・・この場合は、顔に出ちゃったということ
ものや思うと・・恋に悩んでるんですか?と
人の問ふまで・・第三者を入れることで、思いの強さが伝わってきますね
倒置法を使っています。主語のわが恋は、を後ろに持ってきて
思わず色に出ちゃったことを先に強調している

■恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
人知れずこそ 思ひそめしか

恋すてふ・・てふ は といふ が縮まった形
 している、という意味。てふてふ(蝶々)でおなじみ、チョウと読みます
わが名はまだき・・名は噂とか評判。まだき は 早くも の意味
思ひ初(そ)めしか・・思い初めで思い初めたばっかし、しかで なのに
これも、倒置法、上の句と下の句が倒置になっている

勝負は
両方とも素晴らしく、甲乙つけがたかった。
困った審査員、主催者である村上天皇の方を見た。

村上天皇は、忍ぶれど、を小さく口づさむ
忍ぶれど の勝ち!

勝った平兼盛は、喜びいさんで
まだ途中なのに帰っちゃう。

壬生忠見は、そもそも身分が低く、裕福でなかったので
天皇主催の歌合わせに呼ばれるなんて異例中の異例

第30首の
有明の つれなく見えし 別れより
暁ばかり 憂きものはなし
の壬生忠岑(みぶのただみね)の子供
この歌は古今集で最も優れた歌だと藤原定家が折り紙つきなくらいだから
歌人としての才能はピカイチ
古今和歌集の選者にも選ばれている
ただ、このお父さんも身分は低かった。

才能は引き継いでいるということですね。

田舎者の格好で出席するんですが
歌には絶対的な自信があった筈

この歌合わせにかけていたと言ってもいいだろう

なのに負けてしまった。
失意のどん底。
その後、今で言う拒食症になって命を落とす。

ってことになってるんですが
色々疑問がある

村上天皇
そもそも、村上天皇は忍ぶれど の方が良いと一言も言っていない
両方とも読み上げてみて味わってみてから考えようと思っただけかも

早合点の可能性が強い

そのため、後々、どっちの歌の方が良いと思う?
と、ことあるごとに話題に上る

藤原定家も、わざわざ40首と41首に並べてのせたのも
その意図があるだろう

拒食症
後々、何かと話題に登るのであれば
ドラマチックな方が面白い

ってことで、壬生忠見は拒食症になって死んだことになっちゃった

ほんとはそのあとも普通に元気に暮らしている

シャープペンシル、日本の発明王

戦前の日本人が発明したものシリーズ

テレビ、アンテナ、ファックス

今回、いよいよ、私が尊敬してやまない
早川徳次さんです。

パチパチパチ

就職の時
コンピュータ関連の会社には入りたいと思っていたんだけど
もうひとつ基準を持っていた

創業者がすごい会社

やっぱりそういう会社って、今でも社風が息づいているんじゃないか

色々調べたんだけど
私の気持ちを捉えたのが3人
リコーと、松下電器と、シャープ。

中でも、シャープの早川徳次さんはダントツで心を揺さぶられた。

ここ行きたい!

結局は落っこちて、それでも、シャープの子会社に入社出来ました。

早川徳次
明治26年、東京日本橋の職人の家に産まれる
両親は裕福だったんだけど
母親が病気がちで、養子に出される

養子先のお母さんが不運にも2年後に亡くなり
後妻さんが徳次に冷たく当たった
学校から帰るとすぐに内職をさせられ
とうとう、学校にも行かせてもらえなくなった

見るに見かねた近所の人が
奉公先を紹介してくれた

現在の墨田区にある金属細工業の坂田さんのところ

徳次は一生懸命働いて技術を身に付けていった

その時から、発明家の才能を見せる
徳尾錠(とくびじょう)の発明
ベルトのバックルで、穴を開けずにベルトがしまる
今でもありますよね
あれ、早川徳次さんなんですよ

徳尾錠が大ヒット

ここで独立することになります。

そしてさらに翌年
水道自在器。
水道の蛇口につけて水の出る方向を変えられるんだけど
従来のものより何倍もスピーディに取り付けることができる

これも大ヒット

二大ヒット商品で独立した会社もうなぎ登り

繰り出し鉛筆
そしていよいよ、繰り出し鉛筆が発明されます。

本体を回すと鉛筆の芯が押し出される
通称、エバーレディシャープペンシル
(後にシャープペンシル)

実は全く初めてかと言われると
有るにはあったんですが

反対に回すと芯が引っ込んだり
消ゴムをつけたり
出しきると芯を抜き取れるようにしたり
芯を細くしたり
材料をセルロイドから真鍮にしたり
30を越える特許

完全に実用レベルにした。

超ヒットで会社は急拡大

従業員は200人を越える
当時としては珍しく
大量生産のために
流れ作業という考え方を取り入れる

順風満帆

でも、あれ?
シャープってシャープペンシル売ってませんよね

ここからドラマが始まるんです

関東大震災
関東大震災をもろに被災
奥さんは、火の海の中で二人の子供を抱いて、川に飛び込む
家族を全て失ってしまう

工場は全滅
多くの従業員を失う

残った従業員のために会社を再建すべく奔走

そんな矢先
販売を委託していた日本文具製造から、
特約販売の解消及び「特約契約金1万円と融資金1万円の計2万円」の即時返済を求められる

迷ったでしょうね
いくつかの選択肢

見てわからんか、無いもんは無い
って開き直ってもいい気がするけど
徳次は従業員を救う道を選んだ。

逆に日本文具製造に交渉を持ちかける
シャープペンシルの権利と
焼け残った機械を譲渡
2万円はなしで
主たる従業員を引き取って雇ってもらう
シャープペンシル製造の目処が着くまで
6ヶ月だけ自分も雇ってもらって技術指導

6ヶ月が経った
シャープペンシル製造の目処が着き
自分は退社

この時点で自分は完全に裸一貫になる

従業員を路頭に迷わさないために
自分の持っているものは全て投げ売った
さらに、売り先がちゃんと立ち上がるまで面倒を見る
そこにそのままいさせてもらえばいいのにね

それじゃやりにくいだろうってことなのかな

こんな人いるかね

大阪へ
裸一貫の早川徳次は大阪へ移り住む
やったね
関西のシャープだもんね
ここからなんだね

文字通り一からやり直せるところが早川徳次のすごいところ
ある意味自信があったのかもしれない
全て失っても、自分にはこの頭がついている
アイデアなんていくらでもわいてくるさ

欧米でラジオなるものがあると聞いた
探し回って、輸入された一台を購入
理屈なんて判らない
そんなのどうでもいい

丁寧に丁寧に分解し
全ての部品、全く同じものを作った
そして、同じように組み立てる。

1925年(大正14年)6月1日に始まった社団法人大阪放送局の仮放送ではクリアな音声が聞こえた。
改良を加え、欧米の半額以下の3円50銭で販売。
大ヒット。
そのラジオにシャープというブランドをつける

日本初のラジオはシャープだったんだね
やった!
われらがシャープの誕生です。

戦後にも危機を向かえるんですが、どっこい乗り越えます。
それからは、国産テレビも初はシャープだし
電子レンジだって日本初はシャープです。

頑張れ
頑張れシャープ
負けるなシャープ
早川徳次の精神で巻き返せ

私の中では
今でも、日本一かっこいい会社はシャープです。