新宿区を巡る。の続き

新宿区を巡る
の続きです。

須賀神社

おっ、あったぞ。この事かな。お姉さんに一応聞いてみよう。

すみません。三十六歌仙絵の博物館的なものがあるって聞いたんですけど。

博物館ですか?そちらに写真が並んでいるかと思うのですが

はい、ありました。じゃあその事ですね。

どういう意味かというと
新宿歴史博物館をネットで検索していると
「新宿ミニ博物館」というコーナーがあって、
須賀神社に三十六歌仙絵が展示してあるとあった。

墨田区には「すみだ小さな博物館」なるものがあって
伝統工芸的なものの問屋さんたちが協力して
扱い商品をショールーム的に並べてあるのを
墨田区が「すみだ小さな博物館」として認定し
同じロゴマークをつけている。
似たような考え方かな

三十六歌仙とは、藤原公任(きんとう)がこれぞという歌人を三十六にん選んだもの。
有名どころが並んでいます。

百人一首の歌人ともダブっている人で言うと
柿本人麻呂
山部赤人
猿丸大夫
僧正遍昭
在原業平
小野小町
紀貫之
凡河内躬恒
紀友則
壬生忠岑
伊勢
素性法師
坂上是則
藤原朝忠
清原元輔
壬生忠見
平兼盛
さすがです。

三十六歌仙絵は、

こんな感じで、三十六枚絵が書いてある
大岡雲峰という人の作で、天保7年作
江戸時代は将軍で言うと11代家斉の時
かなり古い貴重なものです。

パチパチ写真撮っていたら、さっきのお姉さんが
パンフレットを持って声をかけてくれた。
社殿の中に額が飾ってあるという。

そうなんですか
あっありました。写真撮っても大丈夫ですか?

はい



東福院

豆腐地蔵

陰でよこしまな商売をしていて評判の悪い豆腐屋
そこに毎晩豆腐を買いに来る坊さんがいた。
いつも同じものを同じ時間に買っていく。

翌日売上金の入った竹筒を見ると、いつも葉っぱが2~3枚入っている
そういうと、あのお坊さんが来るようになった頃からの気がする

さては、タヌキかキツネの仕業か
目にもの見せてくれる

包丁を隠し持って待ち構える

坊さんがお金を払おうと手を出したときに切りつける
と、忽然と姿が消えた。

血痕を辿っていくと、東福院の地蔵堂に

入ると、微笑みをたたえたお地蔵様

ああ、これは、今までの私の行動をいさめようとしてくれたのか

その後、真面目に商売を続け
地蔵堂を新しく寄進した。

祥山寺

階段上っていくと、あれれ?
お寺さんの建物どこなんでしょう。仕方ないのでお地蔵さんをパチリ

これが忍者地蔵なのかな
このあたりは忍者の伊賀組が住んでいて、忍者寺と言われ、
お地蔵さんは忍者地蔵と言われていた
貧しい地域だったが、貧しい子でも学習できるよう
この場所で三銭学校というのがあったらしい。

新宿歴史博物館
さあ、いよいよ、新宿歴史博物館

甲州街道のひとつ目の宿場、内藤新宿のジオラマです。

商家

内藤新宿に住んでいた狂歌の有名人たち

恋川春町、狂歌の時の名前は酒上不埒(さけのうえのふらち)
うわあ、こんなの残っているのか。嬉しい

ありあい(有り合い)の 小さく見えし 茶碗より 盃ばかり 良きものはなし

元歌は、壬生忠岑(みぶのただみね)
有明の つれなく見えし 別れより 暁(あかつき)ばかり 憂(う)きものはなし

壬生忠岑は、三十六歌仙だから、さっき撮った写真にあるかなと思い、見返すと

あら残念。百人一首とは違う歌だったのね。


新宿歴史博物館は庭もとても良い

最近分かって来たのは、各23区の郷土博物館には、
その区の文化財の本を売っていたりする。
今、ウォーキングで行った場所が2000越えるレベルに来ると、
市販の本に出ているものでは行く場所が尽きてしまう事がある
結局、各区で出している文化財の本が一番詳しい。

目黒区や、練馬区では郷土博物館に行ったとき買った。

新宿区でも色々出ていたので
サンプルで、これとこれとこれとこれとこれを見せてください
と、いっぱい見せてもらって散々粘り
結局4冊も買っちゃいました。

今後、新宿区はかなり充実しますよ

西迎寺
阿弥陀如来座像が無茶苦茶大きかった。

写真に写しちゃうと、大きくても小さくても画面ギリギリに写すから
大きさって全然伝わらない
どうかな、これでちょっとは伝わる?

梵鐘は、貞享3(1686)年作
将軍で言うと、5代綱吉の頃

梵鐘って、太平洋戦争の時に供出させられ、戦後作り直したものが多いから、
ここまで古いのは滅多にお目にかかれません。

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新宿区を巡る

週末ですが雨予報
屋内バージョンのおでかけ、と思いましたが
まだ降っていない

6月のイベントは新宿区
梅雨の時期なので、雨がふっても大丈夫なように
新宿歴史博物館をコースに入れている

ちょうど良い
新宿区の追加下見をして、雨が強くなってきたら、
新宿歴史博物館に逃げ込むとしよう。

雷電稲荷神社
げげっ
いきなり、なにこれ。
全くの予定外
力士の雷電ゆかりの寺や神社は行ったけどこんなの全然知らなかった

後で調べてみると、八幡太郎義家が、雷が鳴ったとき、雨宿りした場所らしい。
ああ、ビックリした。
紛らわしー

天龍寺


時の鐘がありました。

時の鐘とは、2時間ずつで鳴らされる時報です。

日本橋近くの石町時の鐘が鳴らされ、
それが聞こえる場所、例えば上野や浅草で
あっ、鳴った、と音が聞こえると上野や浅草の時の鐘が鳴らされ
またそれが聞こえる場所の時の鐘が鳴らされて、と拡散していくと勉強したんだけど
どうも、それぞれの場所の時の鐘で、
独自に時間を知る手段を持っていたのではないかと思い出したんです。

江戸時代は不定時法といって、一時間の長さが季節によって違うので
普通の時計じゃダメで
季節の違いを調整するとても複雑な大名時計と言われる高価な時計が必要だったんです。

えっ。この天龍寺には、大名時計が有ったのか

明和4(1767)年、現在の鐘と同じ時期に牧野貞長が寄進したとあります。
将軍で言うと10代家治の頃。
江戸時代は260年もあるわけなので、後半になるとそういうことも出来るようになったということでしょう。

この時計、明治6(1873年)の定時法への改定の時
文字盤をかけかえたとあります。
修理はしたでしょうが、100年以上動いたということになります。
恐るべし

追分(おいわけ)
甲州街道と青梅街道の分岐点です。



例によって、古地図重ねアプリで見ると、ここ

近くで追分団子を売っていたので食べました。

新宿御苑のところまで来ました。
今日は、新宿御苑には入らず、横を流れる玉川上水の開渠最終地点の遊歩道を歩きます。
新宿御苑のインフォメーションセンターがあるのですが
以前、そこで玉川上水の簡単なパンフレットをもらったようなもらわなかったような
ちょっと寄ってみましょう

新宿御苑インフォメーションセンター
むむっ。なんだか新しくなったような

Shinjuku Gyoen National Parks Discovery Center
と名前も変わって、全国の国立公園のインフォメーションをするように変わったようです。
すごい綺麗になったじゃん

壁がカーブしている部屋
床に丸い光が
ここに立てば良いのかな
前の壁に火の玉が出たぞ

待てえーっ
よいしょ
うわあっ。光が砕け散ったーっ

前のカーブした壁に、全国の無茶苦茶綺麗な国立公園の映像が流れ
ストーリーが展開される


日本の国立公園はこんなにも美しかったのか。
イメージ的に言うと、万博のパビリオンみたいな感じ
色々選べるのでかなりの時間楽しめそうです。

全面にでかい画面のあるところでは
色々タッチしながらゲーム的に楽しめる
こっちは複数人それぞれ好きな映像を見れる

こっちのコーナーは何だろう
この窪みのところに何かを置けって
このボトルか?
見たい国立公園のボトルを置けば良いのか

蓋も開けるのかな

うわわわわっ
煙がぁ


蓋を閉めてみると、ぴゃっと消えました。

これを企画した人はアラジンと魔法のランプを企画した人と一緒ですね

ああ、面白かった。
イベントの日に雨が降っても全然大丈夫。

お姉さんに聞いてみました。
これいつできたんですか?

去年の7月です。

ですよね
以前とあまりにも違うんでビックリしちゃいました。

玉川上水・内藤新宿分水散歩道
新宿御苑の横に沿って、玉川上水が江戸へと届き、
四谷大木戸門から地下に入る最後の締めくくりの部分
素敵な遊歩道にしてくれています。



多武峯(とうのみね)内藤神社
甲州街道のひとつ目の宿場は内藤新宿
なぜ内藤がついているかというと、内藤氏の領地だから

家康の昔からの家臣、内藤清成
その恩に報いようと

おい、清成
馬が一息で回れるだけの土地をお前にやろうじゃないか

えっ、本当っすか

これぞという馬に
頼んだぞ

馬も意気に感じたんでしょう

ヒヒーーン(一世一代の走りを見せてやろうじゃないの)

南は千駄ヶ谷、西は代々木、北は大久保、東は四谷まで
休みなく走りきった

ヒヒーーン(どんなもんでしょう、だんな)

そのまま息を引き取った

馬ーーっ
(名前付いてないんかいっ)

樫の木の横に遺体を埋めました

神社の横は以前、日本初の鉛筆の工場でした。

眞崎鉛筆製造所
ブランドは月星鉛筆
そういうと月星鉛筆って聞いたことあるような

沖田総司終焉の地

以前の渋谷川のすぐ横です

ウォーキングはまだまだ続きます。
続きは明日ね

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会社帰りの常盤姫

今日は、式典だとかで、16:30あがり

会社の場所は世田谷区の三軒茶屋
ちょっとちょっと、スペシャルじゃないですか

常盤姫に会いに行こう。

駒留八幡神社

鎌倉時代、北条左近太郎入道成願という長い名前の地頭。この辺りに社領を賜る
どこに八幡神社を建てようか迷うなあ

八幡神が夢枕に立ち
馬が止まったところに祀ってたもれ

馬はここでピタッと止まって駒留八幡

時は変わって、戦国時代
吉良頼康が愛妾常盤姫(ときわひめ)のために厳島神社を勧請
常盤御前とは別人なので念のため

常盤姫の悲しき物語
世田谷区の区花、さぎ草は、この常盤姫の伝説にちなみます。

さぎ草伝説は長くなりますので、詳しくは明日ね
と、もったいつけた上で、

常盤塚
住宅地の一角に、常盤塚


この地で、常盤姫は殺されました。

君をおきて あだし心は なけれども うきなとる川 沈みはてけり

北原白秋旧居跡

ここに12年間住んでいました。

ちゃっきり ちゃっきり ちゃっきりな

ちゃっきり節も北原白秋ね

常在寺
ここは、常盤姫開基の寺
常盤姫がスポンサーということ

さすが常盤姫、庭がむちゃくちゃ綺麗



驚いたのが、庭の真ん中にぽっかりと穴が

地下の階があるようです。
地下から見ると見事な庭越しに空ってことですね
さぎを愛した常盤姫ならではの発想です。
こりゃなんとか地下に行ってみたい

あっ地下行きのエレベーターがあったぞ
ポンっ
残念。休止中って書いてある

五重の塔までありました。

次に目指すは実相院
ちょっと離れているけど、暗くなる前に速歩で頑張るぞ

で でかい
で でも残念
五時閉門ですと。


塀越しにでっかい多宝搭も見えたので、ぜひ再度来ることにいたしましょう。

世田谷代官屋敷
前回来たとき、工事中で見れなかった。
今回も時間的に無理かなと思いつつ、寄ってみる事にいたしましょう

やっぱり残念。4:30閉門

塀越しの茅葺き屋根を見ると思いが募ります。
絶対再チャレンジするぞ

世田谷八幡神社
例の八幡太郎義家が後三年の役の時戦勝祈願したという神社

こりゃまたでかい
なんとこの鳥居の大きな事
ひょっとして金王八幡よりでかいかも

敷地内の厳島神社。お約束の弁天池

拝殿


江戸三大相撲として奉納相撲で有名、とあったので
昔、ここで相撲をやりましたという案内板があると思いきや

な なんじゃこりゃあ
こんなの はじめて見た


来て良かったあ
この迫力は、まるで、日比谷野外音楽堂

どんな風になるのか、ネットで見てみました。



こりゃ絶対見てみたい

常徳院
なんとか暗くなるまでにもう一ヶ所
と思ったんですが
ここも5時閉門でした

やっぱりお寺は5時以降は難しいなと改めて感じる次第であります。
あきらめて帰ることにいたしましょう

でも、どこどこ再チャレンジすべきか明確になったので収穫
奉納相撲の日を調べて再訪致しましょう。

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[宇宙]北極星は違っていた

北極星って何?

こぐま座のポラリスです。
後で違います、と言いますが。

ポラリスと言えば、冬のソナタですね

ヨン様ーっ

カミさんはあれ以来、韓流ドラマにはまってしまって、
いまだに毎日欠かさずビデオに録りためたドラマを見続ける毎日

大変なのよ。追いついていかないのよ。

そんなに必要な事なのかがいまいち分かりません。

小学校の時習いました。
北極星の見つけ方


北斗七星から見つかったことがなくて、いつもカシオペア座からでした。

北極星の周りを回る星たち

昔は
北極星はこぐま座のポラリス
「今は」という限定つきです。

5000年前には、りゅう座のトゥバンという星が北極星でした。

5000年前は、ピラミッドが作られた時代。

有名なクフ王のピラミッドの中にある「王の間」と呼ばれる部屋には、
通風孔のような穴があり、この穴は当時の北極星の方向に造られています。

動いちゃったんですね。

優柔不断だからでしょうか

いえ。動いたのは、地球の地軸の方です。
地球は太陽や月の引力を受けて、僅かに首振り運動をしています。
だから北極星が変わってしまうのです。

今から、1万2000年後には、こと座のベガが北極星になります。

あの、おりひめ星です。

すごいです。
いよいよ、宇宙全体が、女性中心に回るという世の中になるのです。

今でもわが家では女性中心に回っておりますが。

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