[ことば日本史]3 世を出たらどうなる?

「ことば日本史」から
まだまだ飛鳥奈良時代です。

出世
仏教では、仏が衆生を救うために世に生まれ出ることも指すが
仏道修行に入って世間を出ることが出世

なるほど
通常の生活を捨てて出家
世に出るんじゃなく、世を出ること

最初はだいぶ今と意味合いが違っていたんですね

ところが、後の貴族社会で
出家した公の子弟の昇進がとくに早かったので、
今日いうような意味に変わった訳です。

世を捨てて出家したのに今の意味の出世しちゃうって
どうなのそれ、って気もしますが。

ずだ袋

「頭陀」は、僧侶が衣食住の三つの欲望を捨てて仏道修行にはげむこと
そのために 食行脚することを陀行という。
そのときに、必要な物を入れた袋を首から下げて歩いた。
それが「頭陀袋」

やがて一般に、何でも入るだぶだぶの袋のことをそう呼ぶようになった。

めっぽう強い
めっぽうは、滅法。

法が滅んだとなれば、もうなんでもアリ。 めちゃくちゃである。
だから「めっぽう強い」は、「めちゃくちゃ強い」ということ。

昔のプロレスで言うと、
アブドーラ・ザ・ブッチャーや
タイガージェットシン みたいな感じ

(古っ)

おあいそ
愛らしい様子を「愛相」という。

この言葉が遊里で、客に愛想をふりまくというふうに使われ、
さらには「愛想を尽かす」ともいうようになり、
それが略されて「愛想」だけで「愛想を尽かす」の意味になる。

つまり、これでオシマイお別れってことだ。
はい、清算

寿司屋でおあいそ、というのは
もうおしまいですよ、お勘定お願いしますよ、って事だけど
言葉の転化の過程からすると、なんかちょっと淋しい言葉ですね

[言葉]シリーズはこちら(少し下げてね)

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