[三十六歌仙]14 藤原興風。春霞は白じゃないのよ、分かるぅ

三十六歌仙シリーズ

藤原興風

契りけむ 心ぞつらき たなばたの 年にひとたび あふはあふかは
(「一年に一度だけ逢う」と約束した織姫の心がつれないことだ。
一年に一度だけ逢うなど逢ったことになるだろうか、いや逢ったことにはならない。)

興風の名はさまざまな歌集で
役職も尊称もつかない呼び捨ての状態で書かれています。

六位という低い身分のままだったためで、
生涯についての記録がなく、生没年もわかっていません。

ただ歌人としては宇多天皇に認められるほどの実力者であり、
数々の歌合(うたあわせ)に招かれて歌を詠んでいます。

売れっ子だったんですね
プロの歌人としてやっていけたんでしょう。

『古今和歌集』は繊細優美で理知的、
『新古今和歌集』は華麗で技巧的、というふうに言うことがありますが
藤原興風は最も古今和歌集的な歌

いくつか見ていきましょう

春霞 色のちぐさに 見えつるは たなびく山の 花のかげかも

春霞の色がさまざまに見えているのは
霞がたなびく山に咲いている花々の影なのだろう

霞が乳白色だけでないのに気づいた興風が歌いました
えっ、白でしょ霞は。

素晴らしいですね、藤原興風ともなると
そもそも春霞が白だけでなく色んな色だというところから始まっています。

なんでかなあ
そうか、山の花たちの色が映り込んでいるからなのか
ガッテン!

こんな歌、一般人では無理です

冒頭の歌はストレートですね
契りけむ 心ぞつらき たなばたの 年にひとたび あふはあふかは
(「一年に一度だけ逢う」と約束した織姫の心がつれないことだ。
一年に一度だけ逢うなど逢ったことになるだろうか、いや逢ったことにはならない。)

一年に一回だけ会う?
ムリムリ

今風に言うとそういう事でしょうか

これらの2首は宇多天皇の寛平(かんぴょう)年間に
班子女王(はんしじょおう=宇多天皇の母)が主催した
歌合で詠まれたものでした。

宇多天皇と醍醐天皇ってイメージ的にセットです
宇多天皇に好まれた人は、菅原道真のように、醍醐天皇にも好まれた気がします。

次の歌は宇多天皇の息子
醍醐天皇の延喜(えんぎ)13年(913年)に行われた歌合で詠まれたもの。

ちりはてゝ 花なき時の 花なれば うつろふ色の 惜しくもあるかな

(ほとんどの花が散ってしまい
花のない時期に咲く(菊の)花ですから
衰えていくその美しさがいっそう惜しく思えるのです)

花の美しさを歌うのではなく
散りゆく花を歌う
それもちょっとひねっている

最後は歌合わせの歌ではない
となると、ゲーム的に作ったものではなく
実体験なのかもしれない歌

わが恋を 知らむと思はゞ 田子の浦に たつらむ波の 数をかぞへよ

(わたしの恋心がどれほどのものか知りたいと思うなら
田子の浦に立つであろう波の数をかぞえてみなさい)

ねえねえ、私の事どれくらい好き?

良くあるシチュエーションです。

こーーんなに大好きさ、
と両手を大きく広げるのは一般人

ほら、あそこに立つ波の数を数えてごらん

ひーふーみーよー

あっ、また、
きりがないわ


それと一緒さ

もう、おきちゃんったらあ

百人一首ではこれになります。
出ましたっ。私の地元のすぐ横、高砂(たかさご)のうた
みんなこの歌は十八番にしていて競い合って取っておりました。
誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに

[短歌]シリーズはこちら(少し下げてね)

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