田中さんは名字の王者

名字は、氏、姓、名字、苗字の四通りが別々なんですという話をしました。

田中さんは、名字としての意味合いの典型。
名字の王者だと言えます。

姓は朝廷より賜った正式な名前であるのに対して
名字は自分達が好んでつけたニックネームとしての土地の、
もっというと田んぼの名前。
とすると、どうしても田の付くものが多くなります。

田中
藤原氏の藤のつくシリーズや、鈴木さんとかが
辿っていくと1つや、ごく少数のルーツにたどり着くのと全く逆で
田の付くシリーズは、ルーツが無限にあります。

その中でも、一番中心的なのが、田中さん。

田んぼはどんどん開発されていって、広がっていき
そのたびに、新田さんだの、西田さんだのの名字が付いていくわけだけど
一番最初の、ここから始まった、という場所が、田中さん。

本家本元です。
一番多いはずです
全国津々浦々の田んぼグループの中で
必ずひとつは、
ここが元々の中心ね、というのがある。

古田、本田、元田
同じ意味が、古田、本田、元田さんになる
ここから始まったんですよ、の意味。

中田
じゃあ、中田もそうだよね、と言われそう。
もちろん、田中さんと同じ意味合いの中田さんもいるんだけど
田中さんや古田さんがいて、新しく広がっていった先に新田さんがいる。
その真ん中の辺を指して
中田さんという場合もある。
この辺注意が必要です。

鈴木さんは世界遺産

名字シリーズです

鈴木さん
佐藤さんと並んで双壁をなす多い名字、鈴木さん
何とそのルーツをひとつの場所に辿れます

それも何とあの、熊野神社なんです。
ちゅうことは、鈴木さんは世界遺産かっ

そもそも「鈴木」とは
稲穂を積んだもの
鈴をつけた榊(さかき)
笹や篠竹
諸説あるものの、引っくるめて全て
神道の儀式において、神様を迎えるために必要な
神器・神具のたぐい。

聖なる一族ということになります。

元々、熊野神社の神官だった鈴木さん。
その先祖は、古代豪族としてさかえた物部氏になります。

何といっても特別な人気を誇った熊野神社。
宇多法皇に始まり、法皇の熊野神社詣での回数は100回では足りません。

鈴木さんも全国を布教活動で回っていくのですが、
それぞれの土地土地で子をもうけ、鈴木姓は全国にポツポツ散らばります。

何といっても鈴木姓は熊野神社を即イメージできるので大人気
最初はそれぞれの土地で点でしかなかったものが
急速に広がって行きます。

プライドのある鈴木姓の人たちは、すずきのよしみで武士団を形成していきます。
三河の鈴木さんを代表とし、関東、東北、四国にも、武士の一族が多い。

藤さんチームはまだ続く

後藤さん
後藤さんは、備後国(広島県)と肥後国(熊本県)の国主を歴任したものが
「後のつく国に縁のある藤原」という意味で「後藤」と名のった。

藤がつくから当然藤原氏のはずが、
河内(大阪府)の坂戸源氏と姻戚関係を結び、
後藤でありながら、源氏だという何ともややこしい後藤さんも

長崎の五島にいた五島さんが後藤さんにあやかって後藤さんになっちゃった例もある。

近藤さん
平の将門を討伐したことで知られる鎮守府将軍、
藤原秀郷の四代目の子孫が、
近江の国の地方官・近江の掾(おおみのじょう)だったので、近藤さん。
武家に多い。

ただ、結構異流も多い。

遠藤さん
藤原南家の末裔に遠江(静岡県)守の官職についたものがいて
「遠江守の藤原」で遠藤。

同じ藤原南家で、別の者の子孫の遠藤さんもいる

遠藤家から養子を貰ったのをきっかけに、
家の名前を遠藤に変えちゃった例もあり、
かなりの人気の名字だったことがうかがえます。

工藤さん
工藤さんは木工の助(もくのすけ)という官職をもらった人の子孫。
伊豆を中心に広まった。

木工とは、字から想像できるように、
宮中で、宮殿の造営・修理、木材の伐採などを取り仕切る役職。
公共工事担当責任者。

鎌倉時代になると、工藤さんは御家人として源頼朝に従い、奥州征伐で活躍。
だから、東北地方に工藤さんが多い。

安藤さん
安藤さんはいろんな系列がいる。
安芸(広島県)の藤原
安房(千葉県)の藤原
奥州の安倍氏が奥州藤原氏と合体しての安藤さん。
この場合は、安倍氏が代々東北地方をおさめるという意味での
安東将軍を名乗ったことから
安東とも表記する。

内藤さん
内舍人(うどねり)という役職がある。
天皇のお側の世話係。
それほど高位ではないものの、天皇に信頼される大事な役職。

それぞれあって
藤原氏なら内藤
源氏なら源内
平氏なら平内

歴史上の有名な内藤さんは実直な人が多いそうです。

佐藤さんも加藤さんも齋藤さんも

名字シリーズ、藤がつく藤さんチームです。

藤原氏
ちょっとだけ話しましたね。
藤原氏は姓(かばね)です。
朝廷から正式に賜ったもの。

ただ、何といっても歴史をみていくと、
何かと言えば藤原氏。
またかいっ、て感じ

藤原不比等(ふひと)の4人の子供は
南家、北家、式家、京家に分かれ
どんどん広がっていきます。

増えすぎて訳わからん。
と思ったのは、実は自分たちもそうだったみたい。

名字と言うニックネームが広がっていくと、
藤原という姓はそのまま正式なものとして置いておいて
さらに、ニックネームをつける。

そしたら区別つきますもんね。
加賀に住んでいる藤原さんは、
加賀の藤原だから
ニックネームとしての名字は加藤にしましょ。

私は、近江の藤原なので
近藤って呼んでね。

さすがは、天下の藤原氏。
ニックネームのくせに、藤の字は外さないんですね。
プライドのあかし。

ちなみに、藤田のように藤が前に来るのは、
ちょっとルートが違います。

さあ、一つずつ行きましょう。

佐藤
藤さんチーム、何といってもエースは佐藤さんですね。

最初に、佐藤って呼んでね、と言ったのは
藤原不比等の次男、一番栄えた北家を作った秀郷から数えて五代目の公清。

なんで佐藤なのかは諸説ある。
1.公清の官職が左衛門尉。左藤が変化して佐藤
2.佐野市の佐藤
3.佐渡の佐藤
4.佐伯氏と姻戚関係にあったため、合体。

誰が始めたかまで分かっている由緒正しい、大繁栄の名字ですね。

斎藤さん
斎藤さんの斎は斎宮の斎なので、
神様を祀る職業。
神主さんをはじめとする、神様がらみの職業。
由緒正しすぎます。

そんな、斎藤さんにこう言っちゃなんですが
字、何とかなりませんか。
どの斎使うか、毎回聞かないと分かりません。
一番簡単な斉に統一しちゃダメなの?

おっとバチあたりな。
もといっ。

伊藤
実は伊藤さんは、2系統あります。
 伊藤さんと伊東さん。

伊藤さんは伊勢の藤原氏。
北家、秀郷の系列。

伊東さんは伊豆の伊東に住んでいたから。
でも、藤原家には間違いない。
南家の流れ。

ということがあるので、関東には比較的に伊東さんが
関西には伊藤さんが多いんだけど
藤原家のプライドで、
元は伊東さんなのに伊藤さんに変えちゃったりとか
かなり、混同していくそうです。

加藤
加藤さんって、元は斎藤さんだったんだけど、そこから分かれていく。
最初に例でお話ししたように、加賀にいたので加藤さん。

加藤清正は藤原氏ではあるんですが、
この加藤さんの流れとはちょっと違うようです。

藤さんチームあまりにも多いので、
いったん中締めということで、
残りは次回にさせていただきましょう。