[大奥]13 家定→天璋院篤姫。幕末の中心人物

大奥シリーズ
いよいよやってまいりました。
天璋院篤姫(てんしょういんあつひめ)でございます。

大河ドラマ
歴史なんて全くもって興味がなかった私が歴史に興味を持った出発点

面白かったなぁ
そして、次の次の龍馬伝
毎週欠かさず大河ドラマを見たのはこの二つだけです。

天璋院篤姫
大奥を象徴するような人でしょうね
実際に政治に口出しして、動かしていった人。
春日局と、天璋院篤姫がツートップでしょう。
あと、天英院、桂昌院、姉小路が続く感じかな。

さあ、見て参りましょう。

時代は幕末、ペリー来航で世の中ひっくり返っています。
にもかかわらず、12代将軍家慶(いえよし)が死んじゃった

えらいこっちゃ
次は家定(いえさだ)しかいません。
家定はとても残念な将軍。

ここで、ちょっとしたクイズです。
家定は元は家祥(いえさち)という名前でした
でも、将軍になるにあたって、家定と名前を変えさせられています。
何故でしょう。

難しすぎるので、ヒント行きましょう。
それまで、12人将軍いますが
お世継ぎに恵まれなかった将軍が4人もいます。
4代家綱(いえつな)、5代綱吉(つなよし)、7代家継(いえつぐ)、10代家治(いえはる)
答えは別の話をちょっと書いたあとに書きますので、手で隠しながら考えてね。

正室
例によって、正室は京都の宮家ないしは摂家から
摂家の鷹司政煕(まさひろ)の娘・有宮任子(ありのみやただこ)
でも、蔓延した疱瘡(ほうそう=天然痘)で7年後に死去
世界的に大昔から、何かというと疱瘡
シーボルトとその弟子達のお陰でどれだけ救われたか。
ちょっと間に合わなかったんですね。

ここで、姉小路、家定の乳母の歌橋や、姉小路の次に最高実力者になる滝山が、頑張って動き回ります
宮家か摂家で候補をピックアップして頼みまくる。
ようやく決まったのが、関白一条忠良の娘・明宮秀子(あけのみやひでこ)
家柄申し分なし

輿入れの篭が開いて、みんな口あんぐり
中から出てきたのは、身長1m30cmくらいの超小柄な人
24歳なんですけどね
誰一人本人に有った事がなかった。

懐妊の気配すらなく、そのあとすぐに亡くなってしまいます。

◆◆◆答え◆◆◆
再度、お世継ぎに恵まれたグループと、恵まれなかったグループの将軍の名前を並べてみましょう。
■恵まれたグループ
家康、秀忠、家光、家宣、吉宗、家重、家斉、家慶
■恵まれなかったグループ
家綱、綱吉、家継、家治

もうお分かりですね
名前の中に、へんとつくりに分かれた漢字が入っていると、お世継ぎに恵まれない。

そこかぁ

むなしい努力なんですけどね。
まず無理だろう、とはみんな分かっている。
持って生まれた病気が激しくて、長生きは出来ないだろうし
性欲なんて皆無。

ただ、男色で女性に全く興味のなかった家光も春日局の努力で何とかなったし
同じく障がい者だった家重だって、お世継ぎに恵まれました。

実は、最初の頃に、薩摩藩島津家に正室候補の打診が行っています。
元気な子供を産めそうな人。

でも、その時は、島津家に適齢の娘がいなかったので、島津家の方からお断り。

大奥側も2度の失敗、特に2度目を踏まえて
家柄だけじゃなく、むなしい努力かも知れないけど
「元気な子を産める」の視点も必要。

島津家としては、一回お断りしたものの
藩主斉彬(なりあきら)にある思惑が出てきた。

家定の次の将軍で、島津家が優位な立場に立てるよう
正室を、やっぱり島津家から送り込みたい。

分かりにくいですね
もう一度時代を遡って、整理しましょう。

8代将軍吉宗の恋人、竹姫
なさぬ恋で、泣く泣く引き離され、薩摩藩島津家へ嫁入りさせられる。

こうなったら、私にも意地があると
嫁ぎ先の島津家を徳川一門にすると、大いなる野望
徳川の御三卿、一橋家と強い絆を築く。

すると、竹姫の執念は、予想しなかった結果を生む
10代将軍家治にお世継ぎが無かったため、一橋家の家斉が11代将軍になっちゃった。
その正室として嫁いでいた島津家の茂姫は、何と将軍の正室になる。
広大院です。

慣習では、将軍の正室は、宮家か摂家のみ
宮家は、天皇の親戚。
摂家とは、藤原氏の系列で摂政関白になれる選ばれし五つの家
近衛(このえ)家・九条家・二条家・一条家・鷹司家のみ
家定の二人の正室も五摂家でした。

実は、島津家って元々は五摂家の筆頭、近衛家
島津家と近衛家はずっとやり取りがあるので
茂姫は、近衛家に養子に入り、近衛家から将軍の嫁になった形にした。

最初に島津家に打診が有ったのもこの例が有ったからです。

家定が健在なのに、その次の将軍の事を云々するのは大変失礼だとは思いますが
世の中、その問題が一番の関心事。

候補者は二人に絞られます。
一人は、紀州の慶福(後の家茂)
もう一人は、一橋家の慶喜(よしのぶ。後の15代将軍)

一橋家と言えば竹姫以来、島津家とは運命共同体。
島津斉彬は何が何でも一橋家から将軍を、と考えた。

確かに島津家には適齢の女性はいないが
島津家の分家まで広げたら
いたっ。これ以上ないという程の適任
分家の和泉家の於一(おかつ)
後の天璋院篤姫です。

於一(以後、篤姫と呼びます)が子供の頃からピカッと光る何かを持っていて
斉彬は大のお気に入り。

篤姫を島津家本家の養女にします。
篤姫からすると二人目のお父さん。

篤姫を、茂姫の時の様に、近衛家の養女にし
正室として送り込もうという作戦。

大奥の最高実力者、姉小路に徹底的なプレゼント作戦で実現してしまうのです。
大奥側も「丈夫」を欲していたので、ニーズが一致した。

正室になったところで、お世継ぎに恵まれない事は最初から分かっている。
斉彬とすれば、「さらにその先の目的」が有った。

その次の将軍に一橋家の慶喜をつけること。
そのために、篤姫に課せられた役割は、家定を説得すること。

篤姫を馬鹿にしたような話です。
それだけが女性の夢とは言いませんが
最初から母となる喜びを無視し
使命を果たすために江戸に行けと。

分かった上で、篤姫は
分かりました、と承諾。

三人目のお父さん、近衛家へ養女として行きます。

よくある、政略結婚として利用された可哀想な女性のようですが
篤姫は、そうはならなかった。
器が違っていました。

江戸に行ってどうなったかは、シリーズの次回ね。

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