鈴木遺跡。都内最大級でびっくり

(11/4[土]の事です)
13:00の車の法定点検前に、東京農工大学、科学博物館に行き充実した時間を過ごした
法定点検には間に合い、点検修理をしてもらっている間、ゆっくり昼食

法定点検修理をも14:30くらいに無事完了
カミさんはそもそも車検だと勘違いしているから、かなり長時間かかると思っている
帰る前に、もう一ヶ所行けたりして

GoogleMapの「行ってみたい」マークに小平の鈴木遺跡がある
ちょっと寄ってみるかな

鈴木遺跡

結論的にいうと、全く「ちょっと寄ってみるかな」レベルではなかった
丁寧に係のおじさんに説明していただき、大盛り上がり
1日に二回も係のおじさんと大盛り上がりを経験できるなんて
なんて貴重な日なのでしょう

鈴木遺跡は旧石器時代
縄文時代よりさらに前で、土器をまだ作っていない時代

午前中のガラ紡もそうですが
つくづく歴史検定二級の勉強をしていて良かった
正直、縄文時代と旧石器時代の違いはそれまで分かっていなかった

出ました、岩宿遺跡。相沢忠洋さんさすがですね
いやあ、黒曜石ほんと不思議ですよねえ
つい先日も早稲田大学の博物館でやっぱり黒曜石の分布を見てきたんですがね
みたいな話をしていくと
おじさんもどんどん乗ってきてくれる

鈴木遺跡は、都内最大級の大きさを誇る旧石器時代の遺跡
なんと40,000点を超える旧石器が発掘され、総面積11万平方メートルにも及ぶ大遺跡
3万数千年前から1万数千年までの2万年もの間
途切れることなく、入れ替わり立ち替わり、色んな人がここにいて
石器をはじめとする生活のあとを残している
2万年ですよ2万年
西暦始まってからも2千年なので桁が違う
他の旧石器時代遺跡にはない特徴がこの「途切れることなく」ってこと
極めて貴重なので、国史跡として指定されました

家の近くにそんなすごいものがあったなんて全く知りませんでした
ちょっと寄ってみるかな、なんて失礼なことを言ってすみません

鈴木遺跡はアルファベットのCの形のように分布する

その真ん中がなぜ開いているかというと、当時石神井川の源流がここから流れ出した場所だから
飲み水の確保、水を求めて獲物が集まってくる事もあったろう
縄文時代や弥生時代のように、定住する時代ではないにしろ、魅力的な場所だから
移住するにしても拠点になったと思われる

石器は、獲物を捕る、革を剥ぐ、肉を切る等様々な目的ごとに、大きさも形も異なる色んな種類に及ぶ

歴史検定の時、その名前を一生懸命覚えたので
ああっ、聞いたことある
その中でマイクロブレード(細石器)、というのは名前を丸覚えしただけだったけど
今回初めて使い方を教えてもらった
鹿の角とか骨とかでやりの先のようなものを作る
その両側に細かくて鋭利なカミソリのような石器を埋め込んでいく
そうすると、獲物に刺さったあと、グイイッと中まで入っていって完全に仕留めることができる

骨とかは残っていないけど、シベリアの方で氷ってマイクロブレードが埋め込んであるのが見つかったので、そういう風に使ったんだなという推測が成り立つ

そんな鋭利な石器って、どんな石でもできるわけではない
鋭利な石器は黒曜石といわれる天然のガラスのような石が一番作り安い

黒曜石は薄くはがれるんだけどはがれたのが鋭利になる
鈴木遺跡の特徴的なことは、黒曜石で作られた石器が極めて多い
時代に寄って割合は異なるが、これくらいの割合

石器の作り方については、仙台の博物館で勉強してきましたので
ご自宅で石器を作られる場合はこっちを読んでね
より良い石器の作り方

黒曜石は、マグマが急速に冷やされる時にできるので、火山のある地域でないと算出されない
鈴木遺跡で見つかった黒曜石の石器は細かく成分を調べ、
こんな地域のものが使われている事が分かった

ずいぶん遠い
どうやったらそこまで行けるのか、また帰ってこれるのか
文字もない時代に、そんな遠くに黒曜石があるって情報がどう伝わったのか
例えば伝わったとしても、地図もない、もっと言うとまともな道さえない時代に
どう行けると言うのか

結論から言うと分かっていない

八国山体験の里で漆で塗られた真っ赤な土器を見たときもスタッフの人が言っていたのは
漆はかなり遠い産地のものが使われている
なぜそれがここで使われるのか分からない
縄文時代に行ってきました。赤いっ

ずっと不思議で不思議でたまらないのですが
私は素人で、考古学に責任ある立場になく
好きな事言っても怒られないので
大胆な仮説を考えてみました。

長くなっていますので
仮説は次回お話することにいたしましょう。

[日本の歴史]シリーズはこちら(少し下げてね)

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