「病気になりたくない」は病気になる

快癒力の解説をしていきます。

その人の心が病気を作っている
単純に言うと「病は気から」という一言になってしまうのでしょう
快癒力では、2つの例を挙げて、説明しています
篠原先生のところに通っている体の弱ったおばあちゃん
「私は子供のころから風邪だけはひかんのですわ」
いろんな病気は経験済みだが、実際に本当に一回も風邪をひいたことがないらしい

毎年いつも同じくらいの時期に風邪をひくという男性。
いつからいつまで風邪をひくと篠原先生に言っていたそうだが、
あるとき、先生のところに風邪が治りました、と来たら、あらかじめ聞いていた「風邪が治る日」とぴったり一緒だったそうです。

病気もまた「思ったことは実現する」
面白いのはここから。
病気になりそうだ、で病気になってしまう。
これはよくわかります
驚くべきことは、「○○の病気になりたくない」と強く思っても、その病気になってしまうということです
「病気を予防したり、治そうとしてはいけない」ということです

イメージするな
特定の病気のためにいっぱいのエネルギーを使って、あの手この手で「予防」を測ったら、その病気になってしまう
とても面白い実験の話がかかれています
「皆さん、今から目をつぶってレモンを”思い浮かべない”でください」
これを言われて実際にできる人はいるでしょうか。
絶対に無理。
病気もそれと一緒です。
特定の病気を思えば思うほどその病気の「魔の手」に陥ってしまいます。

お母さんだって
「この子は風邪をひきやすくて」と言っている母親は、一生懸命子供を風邪に導いているのも同じだということ。
そりゃあ引きやすいですわね

病気を予防してはいけないという視点
「病気を予防してはいけない」という視点は、とても新しい視点。
よく、テレビで○○は糖尿病の予防にいいだの、食事や体操やいろんなことをやっていて、影響力のある番組だと店頭から納豆がなくなったりする。
そんなこんなが全て馬鹿げた行動だということ。
何と過激な
ただ、篠原先生は、回り道しながらの自分の患者さんとの豊富な経験から、実感のある法則として導き出された。
私には「正しいこと」と思えます

健康観について(快癒力)

過去は変えられるという話の中で、快癒力という本について触れました。
今日はこの本についてざっと説明したいと思います。

快癒力
ひょっとすると今まで読んだ本の中で一番かもと思えるくらい良い本でした。

ものすごい人
著者の篠原佳年さんはお医者さんです。
岡山県の倉敷市で病院を開業しておられます。
「ものすごい」人です。
おそらく医者としてはあり得ない「禁じられた世界」にどんどん入って行かれました。
「俺は医者だ」的なところが全くなく、悩んだり、無力感だったり、回り道したりを包み隠さず、赤裸々に書いておられます。
「治したい」その一心で怪しげな事にも手を出されます。
全て自分で出掛けていっているのが偉い。
どこかで超能力で病気を治す人がいると言えば出掛けていく。
医者ですよ医者。西洋医学の医者。
超能力なんて、はなっからポイでしょう。
「気」という表現は出てきますが、怪しげな本では決してありません。
おかしなところは「ここはおかしい、あり得ない」とちゃんと言われます。
行ったり来たりの回り道をされ、膨大な数の患者さんと深いところで向き合われているので「凄み」があります。

書かれていること
詳しくは、何回かに分けて紹介していきます。
あえて一言で言うと「病は気から」
健康に対する考え方や人生観が病気になったり、病気を治したりする。
ただ、ありがちな「病は気から」より、もっと内容が深く、積極的です。
例えば「健康を気にしているようでは病気になる」というのがあります。
病気だの健康だのは全く意識のなかに出てこない、「健康ということば」を忘れている人でないと病気になります。

健康観
面白い。
健康になるための方法論は個別に色々書かれているものはあるけど、
その考え方を体系立てて書かれている本はあまりお目にかかれない。
「健康観」と名付けたいと思います。
このあと、この本に書かれていることをいろいろ紹介していきたいと思います。

病気って悪いこと?

病気って悪いこと?
・病気は気にしないことで治る
・ただ、もう一歩進めて、そもそも病気って悪いことなのかを考えてみましょう
・そもそも治す必要がないんじゃないのか
・治した方がいいとしても、病気になっているその状況をプラスと考えられないのか

・これって究極ですね
・どうやったら健康になれるかずっと考えてきましたが、それは健康=良いことという前提があったからです。
・もし、健康も病気もいいことなんだとしたら健康というテーマ自体がなくなりますね

必要だから
・病気の「症状」というのを考えましょう
・病気の「症状」は例えば赤く腫れるとか、熱が出るとか、鼻水が出るとか。
・この程度の事であれば、この症状は「いいこと」だと言えます。
・例えば、風邪のウィルスは熱に弱いから、体温を上げてやっつけようとしている。
・鼻水やくしゃみは、体に害のある異物を外に出すための行為
・要は、体の免疫システムが、「必要だから」やっていることなのです。
・にもかかわらず、解熱剤だの炎症を押さえる消炎剤だので「必要な行為」を邪魔することになります。
・ただ、これは程度問題もありますし、急性の症状に関しては、やはり有効です。
・しかし、慢性の症状に対して、薬を常用するというのは、どんどん治らない体にしてしまう。

病気そのものは
・あえて、「症状」と「病気」を分けました。
・「症状」で必要なこと、即ち「いいこと」があるにしても、その元になっている「病気」そのものを「いいこと」とするのは、やっぱり無理があります。
・体に悪い異物だったり、癌などの体に悪い組織だったりするわけですから。
・そこは考え方になります。
・どういう「きっかけ」にするかでしょう。
・自分に対するシグナル。「熱きメッセージ」と考え、生活改善を図るなどして、その前より、よりよい自分にすることができるならば、トータルで、病気は「いいこと」となるわけです。
・「そもそも治す必要がないんじゃないのか」はちょっと言い過ぎでしたね。

ひとさまとの関わり

ひとさまとの関わり
・やっぱり、人は周りの人とかかわりながら生きていく。
・「自分」だけでなく、「人のため」という視点があるかないかで、人生の「豊かさ」が変わってくると思う
・例えば病気で言うとこちら

疲れちゃう場合
・でもそんな人との関わりの中で「疲れちゃう」場合には、もう一度考え直した方がいい。
・おそらく、そんな場合、人は「それほどは思っていない」

周りの人で問題を抱えている人がいる場合
・例えば病気
・一緒になって悩む、ことをしてしまうとその気持ちが伝播してしまう。
・病気は気にしないことで治る
・病気で思い悩むことなんて、ずっとそればっかり出来はしないので、テレビを見て馬鹿笑いすることもあるだろう。
・逆に本人じゃなきゃ、その辺の波も分からないので、四六時中悩んでしまっていると思いがち。
・一緒に悩んであげないと人間としてどうなのかと思ってしまう。
・本人はそれほど悩んでいない。

・神戸の大震災のあと、桂文珍が落語を続けるべきか迷ったらしい。
・こんなときにこんなことをしているべきなのか
・でも落語をしてみるといつも以上に大笑いしてくれる
・そんな時だからこそ笑いたいのかもしれない
・笑うた方がええんとちゃうか。だったら精一杯笑かしたろう

・精一杯わくわくしながら生きることが、すべての「解決」になる
・どんなに問題を抱えている人も、わくわくの種やわくわくの波はある
・「あの人は一緒に悩んでくれた」なんて必要なんだろうか
・「一番つらいときに横にいてくれ、何事もないように笑かしてくれた」
・少なくともうちのカミさんはこっちのタイプで、何度も救われた。

周りからどう見られているか
・これは、自信ある
・全然気にならない
・ええんちゃうの