丙午(ひのえうま)の迷信。八百屋お七の思いを分かって欲しい。

暦に関するシリーズ

この前、庚申は書きましたね
庚申塚ってなんだろか

六十干支の中で有名なのは、庚申や甲子に続いて、やっぱり丙午ですね
六十干支については、暦ってそういうカラクリだったのかをご覧ください

丙午
迷信だと分かっていてもみんながそう行動しちゃうっていう典型です。

丙午の年だけ、くんっと人口が少ない。

昭和41年にしてこれだから
江戸時代は、かなり強く迷信が信じられていた。

乙巳に妊娠すると翌年の丙午に子供が生まれることになるので、
堕胎や新生児殺しをする人も多かった。
当時の医学での堕胎って母体もかなり危ないんだけど、
そこまでこの言い伝えを気にしていたんです。

そもそも丙午って何かなんだけど
ひ の え というぐらいだから
火の陽
火星の陽陰の陽の方です。

そして午も火星の陽なんです。

重なるので、火星の性質が強く出るという事になります。
庚申は金の性質が強く出るという事でしたね。

迷信
「丙午の年には火事が多い」という言い伝えがあります。
中国の宋代の書灰剣録には「丙午と丁巳の年は災いが多い」と書かれており、
これが拡大解釈されて火事が多いとなったんでしょう。
火なのでストレートに「火」がイメージされる。

次の迷信は、「丙午の女性は男勝り」
これも言葉のイメージです。
午というのが気性の激しい馬、すなわちじゃじゃ馬と連想された。
火、で、午とくれば、そういうイメージになるんでしょう。

丙午の女性は嫁にもらっちゃいけない、となっちゃった。

八百屋お七
丙午の女性は嫁にもらっちゃいけない
をさらに増長させる大きな事件が起きた。

八百屋お七事件。
涙なくして語れない、いたいけな少女の悲しい恋の物語。
ことの顛末は、こっちを読んでね
八百屋お七は、哀しき16歳
どうしても、吉三郎に会いたくて、お七は放火をしてしまう。

お白洲のところだけ、もう一度繰り返しましょう。

南町奉行、甲斐庄正親(かいのしょうまさちか)
温情のお裁きを数々行っています。

でも江戸に火事は影響が大きすぎます
一ヶ月前に放火犯は火炙りの刑と、改められたばかりなんです。
いくら温情といっても、ここを曲げてしまうと江戸は今後も火の海になります。

実はかなり放火は多かったんです。
建設業関係の人達は大火の度に大儲け出来た。
「火事と喧嘩は江戸の華」ってそういう意味も含んでいます。

どうしようもない。
でも、目の前のこの少女を火炙りにできますか。

頼みは、年齢だけ。
今でいう少年法。
嘘でも良いから「15歳です」と言ってくれれば
無罪放免に出来る。

たしか15歳であったな

目で訴える。
そうだと言ってくれ。

私、丙午産まれでございます。
ですから16歳になります。

そう言えばどうなるかは、分かっている
口調で何を言わせたいかも分かった。
でも、お七はここだけは譲れなかったんでしょう。

丙午産まれで、数々の辛い目に会ってきたんでしょう。
なぜ丙午産まれだというだけで

丙午産まれのプライド。
ここだけはどうしても。

物語
悲しい物語は、人形浄瑠璃になった
歌舞伎になった。
大人気になり、知らない人がいない物語になった。

でも
お七が命をかけて守りたかったプライドが
逆に作用してしまう。

火事が火とストレートに結び付く。

丙午の女性は思いつめたら何をしでかすかわからない
迷信は、さらに助長させられてしまった。

結婚話が敬遠されたり、婚約を破棄されたり、
なかには自分の干支を恨んで自殺する女性もいたという。

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