西郷隆盛。中央政界で大親分。

西郷隆盛シリーズ、その3です。

西郷隆盛。なぜ江戸城総攻撃を中止したか
西郷隆盛。薩摩藩へ

政治改革
西郷は薩摩藩にいて、どうも中央政界のメンバーに、はてな印
私腹を肥やしているという噂が、あちらでもこちらでも

戊辰戦争という大きな犠牲を払ってこれでは
戦死者に対して申し訳がたたない。

そんな呟きに尾ひれが付いて
西郷どんが、大軍引き連れて
東京に抗議に行くらしい。

大久保利道の耳に入った。

久光がごねてごねて大変だから
薩摩側の交渉相手は気心の知れた西郷にしておきたかったんだけど
そんな噂を耳にしてしまうと
もう西郷を中央に呼ぶしかない。

弟、従道を鹿児島に送り、説得を試みる。

言っている事は分かる
襟を正し、政治改革が必要だ
ただ、その仕事
中央に来てもらって
一緒にやってもらえんだろうか

盟友大久保の、弟を通じての頼み

色々あった人生で
頼まれた仕事は、最終的には全て引き受けた人世だったという気がする。

岩倉具視使節団
不平等条約を何とか改定したい
新政府の最重要課題です。

よし、みんなでアメリカ、ヨーロッパを回って、頑張って働きかけよう。
歴史の問題で良く出る、岩倉具視(いわくらともみ)使節団ですね

留学生も含めると、総勢107名
首脳陣がごそっといなくなります。

大久保利道、木戸孝允、両方いなくなるってどうなのよ
伊藤博文までも

重要案件は、帰って来るまで決定しちゃだめよ
と言い残して行くんだけど
そういう時期じゃないでしょ。

何だかんだで一番重要な時期に、1年10ヶ月もいなくなるんです。

いわゆる、明治三大改革(学制・地租改正・徴兵令)、は全て
留守組がやっちゃいます。

その前に、廃藩置県はやってから

留守組は、三条実美を筆頭に西郷隆盛・井上馨・大隈重信・板垣退助・江藤新平・山県有朋など
実質トップを西郷隆盛は任されちゃうんですね

ビジョン
西郷隆盛って大久保利道とかのように
この日本をこういう風に組み立てていこうというビジョンを持っている訳ではない。

私が言っているんじゃなくて、本人が言っています。

「親分肌」という言葉がぴったりで
若いもんに好きなようにやらせて
最後はわしが責任を取る。

幕末の志士が
西洋の学問をどんどん吸収していったのに
西郷は不思議なくらい、学問に興味を持っていない。

具体策の話になると
良く分からないから
抽象論だけを言い放つのみ

渋沢栄一なんかは
そのとらえどころの無さに、最初閉口する

でも、人に対する思いやりや愛情が満ち溢れているから
みんなが、おそらく西郷どんはこういうことを言いたいに違いないと
勝手に良い方向に解釈して
偶像を作り上げてしまう。

渋沢も途中から西郷の大ファンになっちゃいます。

仕事が出来る部下からすると、理想の上司ナンバーワンじゃないかな。

例えば、徴兵制なんかは、山県有朋が勝手にどんどん進めて行っちゃうんだけど
西郷は最初、大反対。
士族達を否定することになるのでね。
でも、山県有朋に直接会って、熱弁振るわれちゃうと
いともあっさり説得されてしまう。

留守組は、精神的支柱として、西郷がどっかと座り
仕事師たちが目一杯仕事する
ある意味、大久保や木戸がいないっていうのは
やりやすかったかも知れない。

うまく回っていた訳です。
征韓論までは。

やっぱり、征韓論ですね
ここから、歯車が大きく狂う。

とても不思議で複雑で不可解。
その征韓論は、次回といたしましょう。

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[人物]シリーズはこちら(少し下げてね)

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