高田屋嘉兵衛は日本を救った男

江戸の理系力シリーズの派生です。

理系ではありませんが、北海道開拓の、最上徳内や近藤重蔵が出ましたので
北海道と言えば、最上徳内と近藤重蔵
そうなると、この人は忘れちゃいけません

高田屋嘉兵衛
高田屋嘉兵衛(かへえ)は船乗りで商人

淡路島で産まれます
私と同じ兵庫県民ですね

農業だけでは食べていけなかったので、奉公に出ます。
色んな事をしますが
ある時に樽廻船(たるかいせん)の水主(かこ)になる
どんどん出世していって、自分でも船を持てるように

運賃や手数料をもらうだけでなく
自分で商品を安く仕入れ、都市に船で運んで高く売る

危険は大きいですが、当たると大きい。

商才に長けていた嘉兵衛は、どんどん商売の範囲を広げていきます。

誰も商売をしていない場所で商売してみたい。
北の外れ、択捉島に目を付けます。

この船があれば行けないことはあるまい。

まずは蝦夷(えぞ=北海道)に行き、近藤重蔵と出会います。

お前も択捉に行きたいと申すか

へえ、さようで

物好きな奴もいたもんだ。
実はわしも、択捉に渡り、測量をしたいと思っているのだが
渡ろうにも、船が準備出来ない

そんなことでしたら、お易い御用でございます。

二人は意気投合し、共に択捉へ向かおうとするのだが
案内をお願いしているアイヌの人達は揃って反対
特に、国後島と択捉島の間が狭くなっているので
三つの海流が合わさって難所中の難所の大激流

なあに、危険なところなら、大きく遠回りして避ければ良いだけの事
急がば回れ、
昔の人は良いことを言っとります。

無事成功

それ以降、この航路を開発した嘉兵衛は
何度も訪れ、豊富で貴重な資源をほぼ独占的に獲得できるのです。

ロシア
前回も多少触れましたが
この頃、ロシアが頻繁に海上に現れるようになります。

1792年、エカテリーナ号で、通商を求めて根室に来航したのが、ラクスマン

幕府は、その場しのぎで、長崎への入港許可証を渡して帰らせる

当然、これで通商出来ると思いますよね

それを持って、1804年、レザノフが長崎に来ます。

オネガイシマース

ところが、ぐだぐだ半年も待たせたあげく
通商拒否

それなら最初からそう言わなきゃね

レザノフはカンカン
ニホンジン、ワケワカリマセーン

部下達が数ヵ所で乱暴を働きます。

今度は、幕府が報復に、1811年
測量のためにやって来たディアナ号のゴローニン艦長を捕まえちゃいます。

そっちがその気なら

ロシアだって人質取っちゃいますからね

ちょうど船で通りかかった人を捕まえちゃいます。

そんなところを船で通りかかるって、もうお分かりですね
高田屋嘉兵衛、捕まっちゃいました。

カムチャッカ
嘉兵衛はカムチャッカまで連行されます。

ディアナ号の副艦長リコルド
拷問にかけるのかと思いきや
なんとも丁寧に扱ってくれます
リコルド自身の部屋で一緒に寝泊まり。

拍子抜けです。

長い間過ごすうちに、息子とも仲良くなっちゃいます。
息子から、ロシア語も習い、それなりにコミュニケーションもとれるようになってきました。

ある日、意を決して、リコルドにフランクに話しかけてみます。

話してみれば、人と人
もともと御互い様だった訳だし
ロシアは日本に攻め入ろうとしている訳じゃ無いことも分かった。

やっぱり、あの乱暴したのは良くないよ
どうでしょう
そちらから先に謝ってくれるっていうのは。
日本人って面白いんだけど
先に謝られちゃうと
いえいえ、こちらの方こそって、100%言うから。

ロシアが弁明書を提出
案の定、日本は、いえいえこちらこそ

ゴローニンも釈放で、人質は交換

ゴローニンが捉えられてから、実に2年3ヵ月後の事でした。
ディアナ号のゴローニン達は
船上で
「ウラー、ウラー(ばんざい)」

嘉兵衛も嬉しくなっちゃって
「ウラー、ウラー」と声が枯れる程叫んだ

そして、リコルドとの別れの時
辛くて辛くて、どうしようも無かった。

政治家でも役人でも無い
ただの商人

危うく戦争に突入、
って危機を救ったのは
そんな、ただの、良識ある日本人らしい日本人だったんです。

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[歴史]シリーズはこちら(少し下げてね)


オオバンソウ

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