修飾詞の付かない、塙保己一、その2

修飾詞の付かない、塙保己一
の続きです。

学者としての道を進み始めた塙保己一(はなわ ほきいち)
萩原宗固の紹介で川島貴林、山岡浚明といった当代一流の学者たちに師事し、
文学・医学・律令・神道など、幅広く学んでいくことになります。

そして運命の出会いが訪れます。

国学者の最高峰、賀茂真淵(かものまぶち)に入門するのです。
その時、賀茂真淵は既に最晩年

六ヶ月後には帰らぬ人となるので
長い時間ではありませんでしたが
少しでも「その世界で最高の人」の弟子になれるなんて
何物にも変えがたい
超一流同士で通じ合えるもの

賀茂真淵が亡くなるとなると
もう、塙保己一の上には誰をも存在しない。

既に弟子も何人もいます。

その時期その学問で最高の学者として生きていくための
振る舞いと心構え

そんなことを学んだんでしょうね。

あとはお前に託すぞ

あらゆる事が保己一に集中していくことになります

大名家から秘蔵の書籍の真贋を鑑定してもらえるようにとの依頼
加速度がついてきて
貴重な書物がどんどん、保己一とその弟子たちの元へと集まってきます。

その状況下で、考えます。

ずっと助けられてきた人生
後の人生で
どうしたら恩返しが出来るのか

人に恩返しをしたい
本に恩返しをしたい

あらゆる事を与えてくれる「本」という存在も
特別の手立てを取らなければ
すぐに朽ち果て、無くなっていく。

残そう
「本を残す」ということに
残りの人生を注ぎ込もう

江戸の理系力シリーズをやって来て分かったのは
それぞれの学問分野で
百科事典的なものを作る人が現れ
その完成を持って、その学問が飛躍的に発展する転機となる

保己一が作ったのは、本の百科事典

貴重な本の内容を版木に彫る
何枚でも刷れる形になって、
その本は永遠の命を授かる
分類し、検索しやすくし
形も統一
増やして流布させることで
その本の内容は一般化する

群書類従
本の百科事典「群書類従」(ぐんしょるいじゅう)
収録文献数は、1270種以上
二十五部に分類

分かりやすいところの例をあげますと

物語部
『伊勢物語』『竹とりの翁の物語』
日記部
『和泉式部日記』『紫式部日記』
紀行部
『土佐日記』『さらしな日記』
雑部
『枕草子』『方丈記』から聖徳太子の『十七箇条憲法』まで

あらゆる古書は、群書類従の中に入ることで
命を吹き込まれる

例えば「日本後紀」
日本書紀に始まる六国史のひとつですが
それまで行方知れずだった

保己一の弟子、稲山行教(ゆきのり)が、
苦労に苦労を重ね
少しずつ三条西家の人に書き写させてもらう

保己一たちがいなかったらと思うとゾッとします。

古書は、何でも群書類従に始まり、群書類従に終わる、という存在でしたから。

和学講談所
ついには、幕府をも動かします。

群書類従はライフワークで、最終的には40年もかかっているんですが
せっかくの本の百科事典があっても、ページを開く人がいなければ何の役にもたちません。

教育して広げていかなければ。

当時の老中は松平定信
和学講談所および文庫を建設するための用地三百坪が無償で提供
建物の建設資金三百五十両の貸し付けも行われ
毎年五十両の資金援助も受けられることとなったのです

初めて生徒たちを前に講義するとき
こんな風に言ったんじゃないかな

皆さんの中には何がありますか
そうです。心です。

心は生まれ落ちたその時に、授かったものでしょうか

私には、もっと前から繋がっているように思えるんです

自分が何者であるのか
分からなくなったら
ぜひ、日本の古い読み物を読んで下さい。

あなたの心と同じものが、そこにあります。

驚き
自分自身興奮気味に、この「その2」を書きました。
もう一度、自分の文章を読み返してみて
驚いた事があります

だからか!

「その2」の最初からここまで、「盲」の字を使っていない。

日本の書物には恩人がいた
掘り起こして、繋げてくれた人

それまで誰も発想したことのなかった
あらゆる書物をひとつにまとめちゃおう、ということを
現実にやってのけた人

その人は、たまたま、目が見えなかっただけ

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