家康12 天下の愚策

[家康]11 秀吉との全面対決
の続きです。

家康も秀吉もお互いに向かい合って、柵を作って
先に出ていった方が負け、のにらみ合い

辛抱なら得意中の得意
派手な秀吉にできるまい
自分の一番自信のある土俵に引っ張り出した。

中入り
秀吉自身は次元の違う天才だが
秀吉陣営、ということになると話は別

家康なら、こうせい、と命令すれば済むところ
秀吉は、こうしてもらえまいか、とお願いする必要がある。
ほぼ信長の家来なので、言わば同列。

人数比較だと圧倒しているが
結束という意味では大きく劣る

池田勝入斎(しょうにゅうさい)が、秀吉に提案

中入りをやりましょう。

家康は、全力をあげてこの地にいる
本国の三河はがら空き
ここで夜間、隠密行動によって岡崎を突けば
家康は、慌てて戻ろうとするに違いない
そうすれば崩れたも同然
その役割私にやらせて下さい。

なるほど、と思いますよね
あり得る作戦だろうと

ところが、この作戦
過去のどこまで遡り、どんな兵法の本を見ても
一行も出てこない。

でも、信長の独自の発想で何度か実践し
全て成功した。
中入り
信長が初めてこの作戦に名前をつけた。

ところが、信長が行うと全て成功のこの作戦
それ以外の武将が使うとただの一度も成功していない。
天下の愚策
なぜ、信長だけ成功するのかがどうにも分からない。

現実につい最近、柴田勝家がこの中入りを使ってしまい。
秀吉にコテンパンにやられた。

もし、これが家康側でこの提案を受けたなら
「よせ」の一言で良かった筈

秀吉は、駄目な理由を説明し
説得しなければならなかった。

柴田勝家の時の例をあげても
信長の例を出されてしまう。

信長にのみ備わった特殊な能力が何であるか
言葉で説明できる筈もない。

結局押しきられる
総大将が、一武将に

ひとつしか方法がない。
信長以外で初めての成功例になること
とった方法が人数

池田勝入斎(6000)を先頭に
その娘婿の、森武蔵守長可(3000)
堀久太郎秀政(3000)
さらになんと自分の甥の秀次(8000)まで加えた。

いかに不安だったか

悟られないよう、夜中に音をさせずに山中を進む
山中をなので一列にならざるを得ない。
2万人がです。
可能だろうか

家康の元に報告が入る

おかしいあり得ない
そんな天下の愚策を秀吉が取ろう筈がない
偽情報を流してはめようとしているに違いない

ところが、別のルートからも情報が寄せられる。

本当だ。

思いきった行動に出る。
6500のみを小牧に残し、13500を
自分自身が率いて、そちらにシフトする。

ちなみに、小牧には秀吉の兵がまだ6万も残っている。

蛇のように伸びた秀吉別動隊
夜中のうちに家康隊が追い付く

驚くべきことに、しんがりの秀次軍は、現場の諜報活動を全くしていない
家康軍が近づいていることに全く気付いていない

油断している蛇の尻尾にカプっと食い付く。

ビックリした秀次軍の兵たちは
戦おうという発想に至らなかった。
どう逃げるか

蜘蛛の子を散らしたように逃げまどうのみ

秀次自体も命からがら逃げ出す。

残りの3部隊に関してはそこまで一方的ではなかったが
池田勝入斎、森武蔵守長可の首も取った。

とは言え、小牧は家康側で残った兵が6千500で秀吉が6万
家康自体もいないから
一気に攻めればいくら柵があっても破れていたやも知れん

驚くべきことに
家康側で動きがあることに
見事に全く気付いていない

相変わらず出たら敗けの根比べを継続していた。

そして家康が小牧に戻る

そのまま、また、根比べが始まった。

家康が挑発行動に出るも、秀吉は乗らなかった。

そして、秀吉は動いた。
織田信雄(信雄)領のいくつかの城や徳川領のいくつかの城を別に攻めさせ
ことごとく潰していった

自分は小牧で、工事に着手した柵をより強固なものにするべく
堀を掘り、土塁を積み上げる。
大工事が完成すると
なんと秀吉は、大阪に帰ってしまった。

さあ、どうなる

この続きはシリーズの次回ね

索引はこちら
[徳川十五代将軍]シリーズはこちら(少し下げてね)


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