[名僧]教如、東本願寺と西本願寺の対立

名僧シリーズ
浄土真宗本願寺派です。
蓮如の話はしました
顕如の話もね

今回は、その続きです

長い長い織田信長との大戦争
最終決戦の、石山合戦

粘る粘る顕如
ほぼ負けが見えても11年もの間

さすがに力尽きました

降参します

ところが内部から異論が出ました。

せっかくここまで頑張ったんだから徹底抗戦だ

教如
1558~1614 浄土真宗本願寺派

顕如の息子、教如です

何だとぉ
父親の言うことが聞けんのか

親子全面対決

なるほど、タイトルの東本願寺と西本願寺の対立、ってこれなのね
いえいえ、まだ先があります。

この親子喧嘩、ちょっと怪しい

色んな説があるので真実は分からないんですが
ひとつの説では、以下の通り

おい教如。
ひと芝居打ってみないか

どういう事?お父さん

親子喧嘩をしたことにするのさ

俺は、降参してここを出る
ただ、あの信長って男はどうにも信用ならん

伊勢の時も、降参って言って出たら皆殺しにあった

お前は喧嘩して残る振りして、
信長がちゃんと約束を守るか見極めてくれ

分かったよ、父さん

徹底抗戦と言っておきながら
思ったよりはあっさり本願寺を出た。

信長が死んだら、
天皇のとりなしで、あっさり親子が仲直り

何だか怪しい

信長の死後、秀吉
一転、本願寺が厚遇される

顕如は死んじゃうので、教如が継ぐ

秀吉も
良いですよ。教如さん頑張ってね

待ったぁ

えっ
異を唱える者が

顕如の奥さん、如春尼です

教如は長男なんですが
三男に、准如というのがいます。

顕如は准如に継がせると言ってましたよ
ほらここに譲状

怪しいのが出てきました。

長男より三男を溺愛していたお母さん

思っても見ませんでしたが
今度はお母さんとの大喧嘩

仲を取り持った秀吉

じゃあ、一旦教如で、10年後に准如に譲りなさい

納得いかないお母さん

秀吉さん、もう一回考え直してちょうだい

秀吉もめんどくさくなってきた

うるさいわ
そんなにもめるんだったら、
今、譲りなさい

うるさい女性には敵いません
分かるよ、秀吉さん

せっかくこれからやりたいようにと思っていた教如
残念無念
若くして隠居させられてしまいました。

復活作戦
教如を慕うものも多数いて
それなりに影響力を持ち続けます。

そして、復活大作戦
ダメでもともと
一発勝負の賭けに出ます。

関が原の戦いの前に
石田三成の制止を振り切って、徳川家康側につきます。

実は准如も家康につこうとするのですが
石田三成に制止されます。

結果はご存じの通り

家康が
天晴れ教如
京都烏丸三条に、東本願寺という寺を建ててよし

もとの本願寺は、西本願寺という名前になります。

おそらく家康の思惑としては
天海の時にも話したように
巨大すぎる宗派はコントロール出来ないので恐い
分裂させた方が良い

教如は、本願寺の住持に正式にはなっていないのですが
教如の死後、東本願寺が大きく発展し
正式に独立して
東本願寺(浄土真宗大谷派)と西本願寺(浄土真宗本願寺派)は並立することになります。

[名僧]シリーズはこちら(少し下げてね)

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