[百人一首]79 秋風に~

秋風に たなびく雲の 絶えまより
もれ出づる月の 影のさやけさ

夜空を秋風は吹きわたる たなびく雲の 切れ目から
ひとすじ さっともれ出た 月の光の明るさよ

藤原顕輔
藤原顕輔(あきすけ)は顕季(あきすえ)の子供で
このあと84番で出てくる清輔(きよすけ)のお父さん。
顕季は六条家という歌道の名門流派の創始者
茶道や華道みたいに、裏千家みたいな家元みたいなのがあったんですね
全く知りませんでした。
顕輔は末っ子だったんですが、歌がとても優れていたんで、跡取りとしてお父さんからご指名

六条家を継ぐのはお前だ

鑑賞
分かりやすいですね
現代人にも、現代語訳がなくてもすぐ分かる

あえて、現代と違うのをあげるとすると
「影」でしょう

現代では影は、光に対する暗いところを指しますが
昔は、光も影も両方とも指すんです。
だから、影のさやけさ、は、光の明るさ。

元々、影と輝きは同じ語源らしいです。

万葉集の時代には、月は真ん丸なのが最も美しいとされた
歌に読まれるのはほぼ満月がこうこうと明るいさま。

ところが時代が変わると美意識も変わるもので
月も欠けていたり隠れていたり、が風流。

この歌は典型です。
月が雲に隠れていて
ああ、今日は月は楽しめないなあ

ところが、雲の隙間から、急に月の明るい光がぶわっとさしてきた。
おおおっ
いやあ、今日は良い日やわあ

そういう歌ですね。

めがね屋善兵衛の名が星になる

江戸の理系力シリーズです。

岩橋善兵衛
いわはしぜんべえ 天文学 1756~1811

今まで、渋川春海、麻田剛立、高橋至時、間重富と天文学者をみてきましたが
今回の岩橋善兵衛は天文学者とはちょっと違う

道具の面でサポートした、上方の望遠鏡職人です。

でも職人と言い切るにはこれまた難しく
学者と言っても良いほど

大阪の魚屋の次男坊として産まれる
眼鏡のレンズ磨きの職につきます。
は?
すいません。ここの経緯が分かりません。
まあ、次男なので何やっても良いのかも

眼鏡を日本に伝えたのはフランシスコザビエルで1549年
それから200年ほど経っていますので
日本でも眼鏡を作れるようにはなっています。

でも、超高級品。
レンズはガラスや水晶を使っています。

一方、望遠鏡は、ジョンセーリスという人が徳川家康に献上した1613年が最初。
日本でも多少作った記録があるようですが、特筆すべきものはない

レンズを常に扱っている善兵衛が望遠鏡に興味を持つようになるのは自然の成り行き
よっしゃ、作ってみよか

望遠鏡って凹面鏡を使った反射式とレンズを使った屈折式があるらしいんだけど
レンズですから、当然屈折式

オランダ製の望遠鏡を参考に試作を重ね、38歳の時
でけましたで

京都の天文学者がこれで天文観察
自分も、太陽の黒点や太陽系の各惑星を観察した。

同じ頃、江戸では
高橋至時や間重富が寛政暦を作ろうとしていた
間重富から注文が入って、望遠鏡を納める

良いね良いね
と評判を呼び

幕府のみならず、諸藩からも注文が殺到

用途は天文学のみならず
測量用、航海用、軍事用等様々。

この辺いつも思うんだけど
テレビも電話もメールも無い時代なのに、何かが流行ると
日本全国に広まる速度が早いのなんの
参勤交代という江戸の特殊制度によるものです。

江戸で、すごい望遠鏡なるものがあるぞ
ってなると
どれどれ?
実際に目で見て、国に帰って
良いの見てきましたで

江戸は全国の人がいる日本の縮図
上方の望遠鏡はすぐに全国に広まる。

伊能忠敬が全国測量で使っていた、善兵衛の望遠鏡は
千葉の伊能忠敬記念館に今も残っています。

天文学者
善兵衛のすごいのは、その望遠鏡に端を発し
天文学の研究を進めていっているところ

平天儀というものを作っている

五層の円盤で出来ていて
これを回すと
月や星の位置
大阪湾の潮の満ち引きまで分かっちゃう

さらに、平天儀図解という本を出した。
平天儀の使い方、ではあるんだけど
天文学について、初心者にも分かりやすい入門書になっている。

こりゃやっぱり、単なる職人さんじゃなく学者さん。

Zenbei
火星と木星の間にある小惑星帯の中の星に「Zenbei」という名の星がある
アマチュア天文家の小林隆男さんが1996年に発見した星。

この話すごいなあと思う。
自分が発見したんだから「Takao」でも良かったんでしょう。

渋川春海とかの有名な憧れの天文学者の名前をつけました、というなら
それはそれで話は分かる。

望遠鏡職人です

私は、小林隆男さんに「天晴れ」です。

[仏像の見分け方] 鬼子母神

仏像の見分け方。
女性三人シリーズの最後です。

鬼子母神
鬼子母神は、吉祥天のお母さんになります。

鬼子母神って名前にあるように、鬼です。
だから悪役

プロレスで言うと、アブドーラザブッチャーやタイガージェットシン
漫画でいうとバイキンマンです。

鬼子母神は千人の子供を持ちます。
多産家ですね。ひっきりなしです。
それだけの子供たちを育てるために
人間の子供を捕まえては食べてしまいます。

何すんねん

子供を食べられちゃった人が悲しみにくれ
お釈迦様に訴えて出ます。

何とかしてください。

よっしゃ

神通力で、末っ子を隠してしまいます。

〇〇ちゃーん、どこ行った?

えらいなあと思いますね
千人もいれば、一人ぐらいいなくても絶対分からないと思いますが

泣いて暮らします。


分かったでしょう。
子供を愛する気持ちはみんな一緒
大丈夫、無事だから。
今後はこれを食べなさい。

差し出したのが吉祥果(ざくろ)

その後は改心して、一転
人間、特に子供の守り神として大活躍します。

「八日目の蝉」を思い出して泣けてきます。

見分け方
左手に子供を抱きかかえ、右手に吉祥果を持っています。


お母さん、って感じが良く出てます

恐れ入谷の鬼子母神
やっぱり、鬼子母神と言えば、「恐れ入谷の鬼子母神」

おそらく若い人も一回は使っているフレーズ
原宿歩いている若い娘が、
自分のおでこをポンと叩いて「恐れ入谷の鬼子母神」と言っている姿を想像すると
かなり笑えます。

入谷の真源寺の事です。

びっくり下谷の広徳寺は、今は練馬区桜台に引っ越しているから
びっくり桜台の広徳寺

深川満喫(清澄庭園から門前仲町エリア)

昨日は、清澄白河エリアで、清澄庭園の手前までお話ししました。
深川満喫(清澄白河から門前仲町)
地図

清澄庭園
清澄庭園14:00に間に合いました。

清澄庭園は3回目になります。

今まで二回はガイドさんの話を聞かずに回りましたが
今回はガイドさんの話を聞きましょう。

結論
ガイドさんの話を聞くべし。

浜離宮恩賜庭園の時もそうでしたが
はあぁ、へえぇ、ほおぉ、がいっぱい口から出ました。

この式根島の石は日本中の庭園でここにしかないんですなぜかというと

この石は、大変珍しい石です。家一軒立ちます。

あそこに3つの石がありますね。
あれは同じ伊豆でも、海から川へ産地の違う3つの石を並べてその違いを楽しんでもらえます。

ここは水深3mあります。
落ちると死ぬので、浮き輪を用意してあります。

ここは、岩崎弥太郎自らセメントで固めて
どこからセメントを持ってきたかというと

ここは、実は長瀞です

この場所は、以前は庭園の中心でしたなぜ半分がなくなったかというと

あの雪見灯篭はどういうふうに見て楽しむかというと

ここの岩の厚さに注目して下さい。なぜこれほど分厚いかというと

この木は、火伏せの木と言って火事の時に

ここは、富士山に見立ててあるんですが、あれが雲なんです。

こちらの枯れ滝の石が何故綺麗かというと一年に一回

この鴨は足の位置がここにあって

ここには閑古灯篭があったんですが何故こんな形をしいてるかというと

この岩の窪みは自然にできたものなんです。
どうやったらこうなるか説明しましょう

次から次から

興奮しっぱなし。

貴重な時間でした。
ガイドは入園料の150円以外にはかかりませんので
とてもお得です。

門前仲町へ
清澄庭園の極上の一時間が終わり
門前仲町へ

芭蕉がこんなふうに座っている採茶庵跡を越え
深川えんま堂

お賽銭を入れたらえんま様がしゃべり出す、ハイテクなお寺さん

そこになんと
孔雀明王がいるではありませんか。

仏像の見分け方をやっているので
その時記事に書いたレア気味の仏像がいらっしゃると
テンションが一気に上がります。
[仏像の見分け方]孔雀明王

伊能忠敬住居跡
伊能忠敬もブログに書きましたので
テンション高止まり。
伊能忠敬の、隠居後の第二の人生は?
伊能忠敬の、隠居後の第二の人生は?(続き)

渋沢栄一宅跡
お馴染みです。

佐久間象山砲術塾跡
江川太郎左衛門英龍に入門
お台場を始めとし、ウォーキングしていると何かというと出てくる大物。
世界遺産の韮山反射炉の江川太郎左衛門英龍です。

ああ、ここで超大物たちが学んだのか

頭の中でイメージします。

勝海舟君、
教科書の5ページを読んでみたまえ

吉田松陰君
先生の言ったことをちゃんと聞いていたか
ならば、黒板に答えを書いてみなさい

坂本龍馬君
今寝てたでしょう
バケツを持って廊下に立ってなさい。

富岡八幡宮
さあ、いよいよ超大物の富岡八幡宮と深川不動堂
すでに外は暗くなりだしました。

ということは先に富岡八幡宮
どうしても、裏に回って本殿を確かめる必要があります。

ここは二度目

伊能忠敬の銅像もあります。

拝殿に拝んだ後
さあ、本殿は
裏に回って確認です。

あったあ
八幡造り。
二棟連続しています。
今日の目的達成です。

そして、横綱の碑
ここは、江戸時代勧進相撲が行われた場所ですので
代々の横綱の名前の刻まれた碑があります。

前回来たときは、
うわあ、ここ以降全部外国人か、と思った覚えがあります。

出たっ、稀勢の里 茨城
やったね。このまま引退じゃなく、頑張って復活してね

そして、その隣の隣、日馬富士

一昨年、偶然横綱稽古総見に遭遇し
ものすごく強かった日馬富士をじかに見たから
とても複雑な心境です。
国技館で、横綱の相撲をただで見ちゃった

そして、もうちょっと遡って、貴乃花とか北勝海の名前も。

深川不動堂
ここも二回目ですが
先程のえんま堂のように
今後のお寺の方向性を考える上でのひとつの形

仏像の見分け方としてもとても楽しめます。

さあ、もう日が落ちてしまいました。

今日は何故こんな時間までウォーキング出来ているかというと
午前中お掃除をカミさんと一緒にやって
あとは出掛けていいよ、とお墨付きをもらっているから
晩も外で食べてきてね、と

とはいえ、暗くなってからのウォーキングはやっぱり無理ですので
食事をしましょうか

実は昼、あるところで食事したくて
断念した

門前仲町の寿司屋、三ツ木
来ました!いよいよ江戸の寿司

以前、江戸の寿司について書きました。
今よりでっかいシャリの握り寿司
味も違う。

当時の寿司を再現した寿司屋があって、それが三ツ木

存在は知っていて、いつか食べたいなあと思っていた。

今日のお昼をそこでと思ったんだけど
何せ、その時は清澄白河だったもので。

なんといっても回転とかしていない、チェーン店でもない寿司屋ですから
目の玉が飛び出る可能性があります。

ネットで調べよう。

食べログで調べました。
昼3000円くらいから
夜6000円くらいから

あかん、貧乏人には手が出ません。
と、そういう理由でも昼は断念した。

今は夜になっちゃったから
6000円の方でしょう。

仕方ない
カレーのココ一番館

八幡橋というところも以前行った見処なんだけど
暗い中、場所を確認しにいって
さあ、帰るか

でもどうしても気になる三ツ木
場所だけ確認しておいて
ウォーキングイベントの時
入らなくても前で、江戸の寿司の説明だけしよう。

店を見つけた。
店の前にメニューが出ていた。
もちろん全般的に高いんだけど
右上に、にぎり2000円と書いてある
来て良かった

これは何かの罠かも知れないけど、
書いてあるわけだし
勇気を出して2000円だけで帰っても怒られないんじゃないだろうか
ずいぶん店の前でグジグジ考えたんだけど

結論
カレー食べちゃったから、お腹いっぱい
次こそ勇気を出して来てみることにしよう。

ああ、長い一日だった。

どこ行こう、そうだ!おでかけマップ