[昭和歌謡] 119 ルビーの指環

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズ
出ましたっ

ルビーの指環
寺尾聰
作詞・松本隆、作曲・寺尾聰
1981年

♪くもり硝子の向こうは風の街
問わず語りの心が切ないね
枯葉ひとつの重さもない命
あなたを失ってから

背中を丸めながら
指のリング抜き取ったね
俺に返すつもりならば 捨ててくれ

寺尾聰
記録ずくめでしたよね
初めて聞いた時の衝撃たるや

えっ、何々?この人、この声
結構良く見る俳優さんじゃない
寺尾聰
そうそう、そういう名前
宇野重吉の息子。そうそう

どうやったらこんな声出るの?
加工せずに生の声なのかなあ
口の前にオブラートがあるみたい
こんな独特の世界観を出せる超一流の歌手が
なんで俳優やってた訳?
歌手、歌手
今後歌手で行きなさいよ

世界観ってことでここまで衝撃を受けたのは
久保田早紀の異邦人とルビーの指環だけ。

一気にはまったこの世界
これは私だけじゃなくて、日本全体でした

♪チャンチャラララーン、ダダン

今週の一位もまたまた寺尾聰さん、ルビーの指環!

相乗効果で、今まで出していた曲も、大ヒット
ベストテンに3曲同時にランクイン、っていうのがずいぶん長く続きましたよね

そんなのゴダイゴとこの人くらい。

あんなに長く続いて飽きちゃったはずなのに
ルビーの指環嫌いって人に会ったことない。

ニッポンの歌ですね
スタンダードです。

日本レコード大賞と、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞の両方を取っているのは
寺尾聰ただひとりです。

ルビーの指環
指輪じゃなく指「環」らしいですよ
いきなりお洒落ですね

問わず語りの心が切ないね
問わず語りですって。
聞かれてもいないのに話し出す。
このような言葉を生まれてこのかた、使ったことがございません。
さすが、松本隆さん

さらに、
枯葉ひとつの重さもない命
失恋して悲しい、って事を
「枯葉ひとつの重さもない」
こんな表現考えられません。

これは売れる筈です。

石原プロの寺尾聰が、会社にルビーの指環を提案したとき
こんなお経みたいな歌売れるわけないと反対された。
ところが、唯一、社長の石原裕次郎が、
良い歌じゃない

はい、発売決定!

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[宇宙] 宇宙では、おしっこをろ過して飲んでいる

現在も地球の周りを飛び続けているISS(国際宇宙ステーション)では
常に複数の宇宙飛行士が滞在していて
互いに協力してさまざまな実験が行われています。

実験装置がいっぱいなんですが
そこで長期間生活する人間のための物資もいっぱい

中でも重要なのは水

おしっこを見て
これ、再利用できれば、狭い空間が有意義に使えるなあ。

研究が重ねられます。

そしてついに。
2008年11月、ISSに尿を飲料水にする装置が設置されました。

遠心分離した上で、加熱処理。
これです。

やったあ
パチパチパチ

水は貴重なため再利用した水は飲料のみに使われます。
おトイレで、水で流すこともしません。
洗濯もしません。

記念の最初の一杯は
若田光一さんたちのクルー全員に配られました。

カンパーイ

くううっ

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[明治] 総理大臣は元老が選んでいた。

明治シリーズ兼歴代首相シリーズは、第三代山県有朋まで話しました。

この辺で、今の我々からするととても理解に苦しむ、元老(げんろう)という制度についてお話ししましょう。

明治維新になって最初は、岩倉具視や大久保利通等の、戊辰戦争で功績のあったものたちによる政治。
太政官政治時代です。

大久保利通、岩倉具視が死んだ事で、時代はその次の時代へ。
伊藤博文が内閣制度を作り、
太政官というシステムから、内閣というシステムに転換

内閣のトップとして内閣総理大臣というものができます。

初代に選ばれたのが伊藤博文

国会も出来たので、
我々の感覚からすると、
内閣総理大臣は国会で投票し、首班指名を受けてなるもんだと思いますよね。

違うんです。

国会で多数派を占めたかとはまた別に
元老と言われている人たちが決める

次の総理大臣誰が良いかねえ

うーん、〇〇さんでどう?

いやあ、良いじゃない
そろそろ感あるよねえ

まじっすか。そうしますか。

って感じで決めていく。

元老
元老のメンバーは、のべ8人
伊藤博文(長州出身)
山県有朋(長州出身)
黒田清隆(薩摩出身)
井上馨(長州出身)
松方正義(薩摩出身)
西郷従道(薩摩出身、西郷隆盛の弟)
大山巌(薩摩出身)
西園寺公望(公家出身)

自ら、総理大臣経験したものも5人
8人全て揃った事はなく
伊藤・山県・黒田・井上・松方らに、
元老集団を強化するため、あるいは元老が死去した場合に、
西郷・大山・西園寺が補充されていった

形式的に正しく言うと
元老が決めた訳ではなく
元老が推薦する人を決め
明治天皇に上奏。明治天皇が決定
ただ、推薦をたがえた事はない

明治14年の政変
数年歴史を戻しましょう。

明治14(1881)年
もっと急進的な、現在と同等な
議会で多数を占める政党の党首が天皇から組閣を命じられることを考え
天皇に秘密で上奏しようとした人物がいた。

大隈重信

当時のトップ、伊藤博文に対するクーデター計画と言っても良い

それが、事前に伊藤博文の耳に入り
伊藤博文は周到に根回し。

大隈重信を追放した。
明治14年の政変である

元老は、この直後の、明治14年の参議のメンバーとなっている
薩摩長州の藩閥色がより強くなっていく。

その後、今と同様な各省の代表としての大臣による内閣が
明治18(1885)年発足
その初代総理大臣が伊藤博文ということです。
この時の内閣の各大臣もかなり元老とダブっています。

初期の元老制度はこういう風に始まるのですが
その後どうなっていくかは、明治シリーズの次回

[明治]シリーズはこちら(少し下げてね)

[植物]トマトのストレス

植物のかしこい生き方、第二章「あらがわない」から

求めても求めても満たし尽くされる事はありません。
求めることからストレスは生まれます。

トマト
この本にトマトの潜在能力の話がありました。

懐かしいなあ

トマトの水気耕栽培
ハイポニカと呼んでいました。

ひとつの株から巨木になり、17000個もの実をつける
普通より甘くて美味しいトマト

トマトが特別なトマトなんじゃなく
育て方が違うだけ

土は使わない。水栽培
温度を年中常に一定にし
水には一定の養分を入れ、ゆっくり回してやる
基本はそれだけ。

懐かしいなあ、と言ったのがどういう事かというと
昔、この話を何度もしたから。

経営コンサルタントをしていたことがあります。
研修会を何度もしました。

人間にはハイポニカトマト同様に無限の力がある
なのに、それを発揮できないとすれば
何かの枠をはめているから。
そんなものはとっぱらえ
ひょっとして、その枠の最大のものは自分で作っているかも知れない
自分の力を信じよう、認めよう
枠さえ作らなきゃもっともっと発揮できるはず

こんな感じで話していた。

ハイポニカの開発者は、これを栽培方法だととらえていない。
哲学だと考えている。
この哲学を広めるんだと頑張っておられた。

今回「植物のかしこい生き方」でこのトマトの話があったので
ハイハイ、よく知ってますよ。
限界を自分で作るなと、そういう事ですよね
と、思いながら読んでいった。

違っていた。
むしろ逆、と言って良いかも知れない。

ハイポニカ以外のトマトは、土に植えられている
温度も一定ではないし、一定の養分の水が回ってきてくれる事もない
全てがトマトにとってストレスと言えるかも知れない
でも、そのストレスを感じつつも「元気に」実をつける

その地を動くこともないし
ストレスの解消を求めることもない

もし、普通のトマトがハイポニカトマトの話を聞くと、こういうかも知れない

あらそう。ご苦労様
頑張ってるのね
私は良いわ。

本当は備わっている無限の力が発揮できないからといって、それがなんなの
と、そういう視点
求めると得られるかも知れないけど
そんなことしなくても、幸せならばそれで良いじゃない、って

面白いなあ
ひとつの現象を見て、捉え方が、こんなにも180度変わるものなのか

若いときは、自分の中に眠る無限の可能性の具現を求めていた。
他人にもそうすべきだと言ってきた。

でもこの年になって、普通のトマトの生き方が良く分かる。
普通のトマトで幸せに生きたい

この本を読んで
昔の自分の「考え方」を、懐かしいなあ、と思った。

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