[神社]八幡神社はこうして出来た。

八幡神と神仏習合等、3冊の本からです。

八幡神社
日本に神社は数あれど、一番多いのは八幡神社です。
色んな数え方があり、小さな祠も合わせれば稲荷なんですが
神社本庁に所属する、79,355社を、1990年から5年間に調査したものによると以下の通り

1.八幡信仰 7817社
2.伊勢信仰 4425社
3.天神信仰 3953社
4.稲荷信仰 2970社
5.熊野信仰 2693社
6.諏訪信仰 2616社

以下、祇園信仰、白山信仰、日吉信仰、山神信仰、春日信仰と続いていきます。
祭神が明確になった49,084社を対象にしています。

八幡信仰を皮切りに、神社別に見ていきたいのですが
何せ、調べ出すと八幡信仰は、こんなに?と驚く事が多いので
八幡だけで結構何回かに分けると思います。

はじまり
神社ってどうして出来たのか
でお話ししたように、神社って自然発生的に、それぞれの地域で起こった、
山を中心としたもの
それが、各氏族の先祖神に発展していく。

八幡神社はというと、元々、九州大分の宇佐地方のローカルな八幡神という神様

今、それぞれの八幡神社に行って、書いてある縁起を見ると、応神天皇を中心に三柱の神様が書かれていると思います。
へえ、天皇が神様なんだと思いますが、
応神天皇がいたから八幡神社が始まった訳ではなく
元々ローカルな八幡神という信仰があった。
後付けで、その八幡神が応神天皇と同一になります

では、大元からいきましょう。

九州大分の宇佐地方には、地名の元となった宇佐氏がいました。
じゃあ、その宇佐氏の氏神様なのね、と思うとそう単純ではない。

大分といえば、九州の北部
九州の北部は朝鮮半島に近い。
この辺りって、渡来人と切っても切れない関係になります。
新羅からやって来たのが辛嶋氏
当時、海外の方が文化が高いので、辛嶋氏が宇佐氏をやっつけて
みたいな構図を考えるとこれまた、単純にはそうはいかない。
宇佐氏の勢力が衰えた事は事実。
そこに第三の勢力が入ってくる。
大神(おおみわ)氏です。

信じられません。
すごく遠いです。
大神氏って奈良県は三輪山のふもとの大神神社
三輪山なので、大神(おおみわ)と読みます。

じゃあ大和王朝なの?と思いますが
そのままイコールかと思うと正直良く分からない。

この大神氏が飛び火しながら勢力拡大していって、この宇佐地方まで来る。
大神、辛嶋、宇佐が6対3対1くらいでしょうか
完全征服というのでもなく、不思議なバランスで融合していく。
大神的に言うと八幡、辛嶋の新羅神的に言うとヤハタの
八幡神なる独自の神様がそこに産まれる。

そして、宇佐八幡神社が発生する訳です。

広がり
大神氏が中心ではあるので、完全ローカルというよりちょっとは全国展開もありそうですが
やっぱりローカルはローカル

その八幡神
実は、古事記にも日本書紀にも登場しない。

神社って、伊勢神宮のアマテラスオオミカミを頂点とした
神話の世界の神々を祀っていて、と思いますよね。

はっきり言って、アマテラスオオミカミとは無関係だった筈の八幡神が
伊勢信仰を抜いてダントツトップ

良いの?それ
伊勢神宮に怒られないの?
皇室は何か言って来ないの?

それどころか、歴史の重要な部分で八幡神は大きな役割を担います。
そして、実は、皇室(朝廷)も
「二所宗廟(にしょそうびょう)」と言って
伊勢神宮と並んで、八幡神社を公式の皇室の守り神としているんです。

もっと言うと
天皇は、明治天皇より前は、実は、伊勢神宮には参拝していません。
その代わりなのか、何かっていうと八幡神社にお参り。
伊勢神宮って権威の象徴で、いるだけでいい存在
それに比べて、八幡神社は頼りになるパートナーとして扱われます。

さらに言うならば
もし八幡神社がなかったら
日本において神社は滅びていたんじゃないかとすら思います。

ローカルな一神様だった八幡神はなぜそこまで躍進したのか
少なくとも二つの八幡神の特徴がそれを可能にするのですが
次回以降、その話をしていきますね

索引はこちら
[巫女さん入門]シリーズはこちら(少し下げてね)

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