神社ってどうして出来たのか

八幡神と神仏習合、という本を読みました。

ウォーキングしていると気になって仕方ないのが、八幡神社と稲荷神社
多いのなんの

まずは、八幡神から、その歴史を解明しようと思ったのですが
実にすごい。この八幡神なるもの

八幡神社についてシリーズで書いていこうと思っているんですが

この本を読むと、そもそも神社ってどういうふうに出来たかから
詳しく解説してある。

今まで思っていたのと随分違っていて興味深いので
まずそちらから。

神社
神社って、無かった。
今存在するような、建物の神社です。

神は山だった。
ここまでは何となく分かります。
山の頂上付近に、
大きな岩とか、形の変わった岩だとか、滝だとか、湧水だとか、大樹だとか
神秘的に感じるものを
磐座(いわくら)とか磐境(いわさか)って呼んで
神様が降りてくると考える。
山宮と言います。

でもこれだけじゃメリットありません。

麓にも岩や、水や、大樹のような神秘的なものを見つける。
これを里宮と呼びます。

そして、田んぼや畑そのもの
これを、田宮または野宮と言います。

山宮から里宮、里宮から田宮に、神様に移ってもらう。

農作業が始まる春に来てもらい
秋に収穫後、ありがとうございました、とお礼して、山宮に戻ってもらう。

山宮は一つですが、里宮、田宮は複数になります。

ちなみに海岸の町であれば、山は、島に変わってたりします。

要は、神様は自然そのもので、何の装置もない
神様に分かってもらいやすくするため
しめ縄と紙垂は付けるけどそれだけ。
あるのは儀式だけだった。

これが少しずつ変化を遂げます。

早い話が毎年毎年めんどくさい。
近くに常駐してくれていればより便利。

里宮にずっといるってことでどうでしょうか。

とはいえ、まだこの時点では考え方を変えただけで、
形は全く変わらない
今まで通り自然そのもの
ひょっとするとこの時点で、鳥居くらいは付いた可能性がある

ただ、地域全体の山宮一つが中心だった時に比べ
複数の里宮が中心になると
氏族の考え方が追加される。

血縁でつながりの深い一族が
うちらの一族はこの岩ね
おたくらは、そっちの大木だったよね
って感じで
一族の守り神になってくる。

そうなると、自然そのものが神だったのに加えて
自分達の血縁の元になる祖先を辿り
その祖先を神様とする考え方が出てくる。
自然神に祖先神が加わった概念
氏神様の誕生です。

建物という考え方も少しずつは出てくる。
収穫したものを保存しておく倉も少しずつ立派になって来るので
その倉の方に神様に来ていただく。

いずれにしても、それぞれのところで発生しているので
八百万(やおよろず)の神であることは間違いありません。

大きな物を前にして圧倒されると言うような自然な気持ちや
災害や死を恐れる気持ちや
たまたま起きた不思議な出来事に恐れて神の仕業と考えるというような
ごく原始的な、自然発生的信仰心でしかない。
祈りで願いを叶えてもらえるかも

そんなところに外国から仏教がもたらされます。
理論や教義に裏打ちされ
人間の生きるべき道を考えさせられたりします。
紙に文字で書かれたお経まであったりします。

びっくり仰天、ひっくり返ります。
一気にカオス状態に陥ります。
憧れの気持ちと対抗したい気持ち
矛盾する二つの気持ちが交錯する

木造建築の技術は外国の方が優れている。
でもそのまま取り入れては寺そのものになる
ここはやめとこう、というのを決める。

屋根は切り妻で、寄棟にはしない
瓦は使わず、壁は土壁にはしない

神仏習合になっていくとこの原則はかなり崩れていくんですが。

そもそも神道という言葉すら
仏教伝来まで存在しなかった。
ただバラバラに神様がいるだけでしたから。

仏教と区別するために神道が産まれたと言っても良い。

元々、氏族のための守り神だから
全国的な発展というのにはそぐわない。

結局は、仏教の力を借り
神仏習合になりながらの発展になる

その神仏習合を主導して進めていったのが
八幡社ということになります。

天皇シリーズとも呼応しつつ
八幡神社をシリーズにしていきますね。

索引はこちら
[巫女さん入門]シリーズはこちら(少し下げてね)

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