[吉岡宿の奇跡]8 もはやこれまでか

[吉岡宿の奇跡]1 吉岡宿を救いたい
[吉岡宿の奇跡]2 大きな一歩
[吉岡宿の奇跡]3 せがれの気持ち
[吉岡宿の奇跡]4 金のなる木と熊野牛王符
[吉岡宿の奇跡]5 最大の協力者
[吉岡宿の奇跡]6 平八の暴走
[吉岡宿の奇跡]7 いざ出発
の続きです。

待てど暮らせど
4人で提出した願書
とても感触が良くすぐにでも許可が下りそうに感じた。
少なくとも代官橋本権右衛門はそう言ってくれた。

ところが、待てど暮らせど返答がない
役所というものは、ありふれた願書の決裁は早い。
が、前例のないものは絶望的に遅い

それにしても

とうとう年を越してしまい
正月八日
突然だった。

急ぎこられたし
大肝煎り、同志のひとり千坂仲内から菅原屋に連絡が入った。

開口一番
気の毒千万なことである

体が硬直した。

願書は、付け書きがついて、返されてきてしもうた

返されてきたのですか
・・・

その付け書きをお見せ願えませんでしょうか

「吟味なされがたく候」
その一言があった。

審議しにくい、ということ

「右の趣をもって、首尾あるべく候」

これにておしまい、ということ

こんなひどい話はない
理由すら書いてくれない

これまでどれだけみんなで切り詰めて
店は傾いて
それでも一縷の望みをかけて
吉岡宿のみんながひとつになって

難しいのは最初から分かっていた。
せめて理由を聞きたい
悔しすぎる
このために二ヶ月待たせたのか

ただ
菅原屋が不思議な言い方をした

なんのわけもなく返されたのは
われわれの心底をとくと見極めようという
おかみの思し召しではあるまいか

江戸の民衆とは不思議なもの
お上に恨みがましい思いを抱かない
まことに純真な気持ちを持っていたと言える

千坂は驚いた

なるほど、そうかも知れぬが
われわれは殿様にご苦労な願いを出してしまったのではないか

千坂は身分は百姓だが大肝煎り
この中では、一番お上に近いところにいる
今までは思いをひとつに頑張って来たけれど
こんなに明確に断られた
良く頑張った
もう諦めよう

そんな気持ちがありありだった。

菅原屋が激昂した

千坂様はこの願書を打ち捨てよ、といわれるか
どちらの方を向いてお仕事をなさるおつもりか

浅野野は亡き父の代から、銭を一文ずつためて、この嘆願にかけている
女中までそうしている

長い時間、訴え続けた
とうとう夜が開けた

千坂は根負けした

わかった

千坂はこういった

理由もなく返されてきたのは不幸中の幸いかも知らん
お上はこうだからだめだとはっきり言っておらん。
見込みはある
やってみよう。

再度の提出が決まった。

善後策が練られた
やはり他の七人には知らせない方が良かろう
半年ほど経って、再度提出しよう。

菅原屋はすぐに十三郎の顔が浮かんだ
半年もの間、黙っているなんてとても出来ない。

発覚
やはり無理だった

4月になって、仲間の一人があまりに遅いと役所に詰め寄り
既に却下されていることを知ってしまった。

十三郎は他の六人と千坂家に押しかけた

なぜ却下されたと知らせてくれなかったのですか
あまりに心底が奥ゆかし過ぎませぬか

本来なら怒鳴り付ける場面
十三郎はことごとく人が良い

秘策がある。
われわれ二人に任せてくださらんか

秘策とは何だ!

たたみかけるものがいた

このままでは罵りあいになると感じた十三郎が
お二人がそう言われるなら私はそれを信じて待とうと思う

その一言で、他の仲間がぴたっと静かになった。

十三郎がいかにみんなに信頼されているかということだろう

秘策
秘策なんてものはないのだけれど
そう言った以上、なんとしても考えねばならぬ
仲間に対して嘘はつけない
そういう仲間であるはず

やはり代官の橋本右衛門に頼るしかなかろう
再度お会いして、どうすればいいかの助言をいただく。

本来なら、弁の立つ菅原屋が行くべきだが
代官に会える身分は千坂しかいない。

大丈夫だろうか
自分でもそう思ったが自分を奮い立たせて代官の元へ向かった。

橋本の前で、本来無口な千坂は一世一代の大演説を始めた。

世を明かしたあの日の菅原屋が乗り移ったようだった。

あまりに吉岡の民が哀れではございませぬか

もう何年も前のことになりますが、甚内という男がおりますが
この男はひとつの夢を抱いたのです。
そしてこんなことを始めました。
毎日毎日自分の食べるものを削って一枚二枚と銭を壺に蓄え始めたのです。
その意味を誰も分かりませんでした。
ケチな奴と馬鹿にするものもおりました
ところがその甚内が死の床につくに及んで、謎が解けたのです。
息子の手を握りこう言いました。
わしには夢があった。
銭を積み立ててお上に献上し
その代わり、未来永劫吉岡宿を伝馬の苦役から救ってくだされと願い出ることじゃ
どうかお前がこの願いを引き継いでくれないか
そういって息を引き取りました。
息子は父の名甚内をそのまま名乗り、またこつこつと銭を貯め始めました
毎日毎日何十年もです。
普通なら家のものが反対しそうなものですが
女たちまでもが銭を貯め始めました。
この思いは、今、吉岡宿全体に広がっています。
ひとりずつ仲間が増えていって
ようやく出来たのが先の嘆願書でした
残念で
残念でなりません。

千坂、ちょっと待て
さすれば、この一件は、そのほうらがこたび始めて思い立ったことではないと言うのか

はい、さようにございます。

それほどまでに深切の儀であったか

天を仰いでため息をついた。

これからわしは仙台に行く。

代官は小役人に過ぎない
その小役人が藩の重役が決めたことを覆すために仙台まで行くと行っている

実は裏があったのじゃ。

橋本は却下された原因を独自に調べていた。

この続きはシリーズの次回ね

[歴史]シリーズはこちら(少し下げてね)

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