[平将門]1 父の死。頼んだぞ。

吉川英治の「平の将門」を読みました。

これから、平将門シリーズとして何回かに分けて
物語仕立てでお話していこうと思います。

高望王
桓武天皇のひ孫に高望王(たかもちおう)という人がいて
この人がむちゃくちゃすごかった。
宇多天皇から、平の姓をもらって、平高望(たいらのたかもち)
この人から初めて桓武平氏という言い方をする

上総介(かずさのすけ)と言って、千葉県南部辺りの上総国(かずさのくに)の国司(県知事的な役割)に任ぜられた。

任期を終えても京都に戻らず、新しい国司が来ようとも居座り
さらに、息子たちが関東のそれぞれの国に散らばって、勝手に実力行使で支配を広げていく。
長男が、国香(くにか)、次が良兼(よしかね)、良持(よしもち)、良正(よしまさ)と続く
資料によって三男良持は良将、良正は良文となっているのもある

国香は常陸(ひたち)の国
良兼は上総(かずさ)の国
良持は下総(しもうさ)の国

将門
平将門がいつ生まれたか
正確な年は分かっていない
だいたい、で言うと、菅原道真が太宰府で無念の死を遂げた
延喜3(903)年頃だろうか

三男良持の子供として生まれます。

将門14歳のとき、良持が死の床につきます。

兄弟を呼んで

まだ息子は若い。
しばらくの間、この土地を兄弟で預かって守って欲しい。
しかるべき時に、この将門に返してやってくれまいか

ええよ

将門は、京都に出て、藤原忠平という摂政のところで仕える事になりました。
実質日本を動かしているのは、忠平なので、コネを作って出世しましょう、という考え方。

とは言え、同じ事を考える人はゴチャマンといる

大勢の中の一人に過ぎず、本人と会うことすらできずに、無駄に時日が経っていく。

忠平のところに強盗が入る事件が起き
その時の働きで、名前は覚えてもらえるようになった。

醍醐天皇が菅原道真のたたりで亡くなり、朱雀天皇の時代になる

いつまでこうしておろうか
やはり国のことが心配。弟たちの事や、父が残してくれた土地のこと
国香おじさんたちが守ってくれているはずではあるが
帰るとするか

13年ぶりで帰ることにした。
将門、29歳のとき

弟たち
お帰りなさい。お待ち申しておりました。
本当に、本当に、お待ち申しておりました。

将頼、将平、将文、将武
みんな目に涙をいっぱいためている

おいおい、そんなに大げさにせずとも。

落ち着くと、その訳が語られた。

国香おじさんたちが、寄ってたかって、良持の土地を略奪していった。
将門の弟たちの財産も根こそぎ。

そんなバカな、とは思ったが
数日暮らすと弟たちの言っていることが、だんだん分かってきた。

そして、将門が何者かに襲われる事件が起きる
まさかとは思うが。

でも、確かに返してくれる約束のはず。
話せば分かってくれるだろう。

直接話に行くことにした。

まずは、二男の良兼おじさんのところ

お久しぶりにございます。

将門が来るとの情報が伝わっており、四男の良正もやってきていた。

一通りの挨拶のあと
土地を返して欲しいといったとたん

生意気な!
と飛びかかってきて、数人がかりで殴る蹴る

半殺しの状態になってほおり出された。

何がなんだか分からない。
と同時に、怒りが傷だらけの全身に込み上げて来た。

やっとの思いで弟たちの待つ家に戻ってきた。

兄者ぁ。なんという

どうしてくれようか。

じっくり計画を立て
準備を始めることにした。

さあ、このあとの事はシリーズの次回ね

[歴史]シリーズはこちら(少し下げてね)

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