[源平]7 平清盛。おごれるものは

[源平]1 武士の始まり
[源平]2 八幡太郎義家ここにあり
[源平]3 どっちにつこうかプレゼント大作戦
[源平]4 保元の乱(源平編)
[源平]5 平治の乱
[源平]6 平清盛快進撃
の続きです。

清盛が寄生虫に犯されて床に伏したところから

清盛にもしものことがあったら、政局がゴタゴタしてしまう。
保元の乱の再来にならないよう、院政の基盤を固めようと
後白河上皇は、六条天皇(自分の孫)に、高倉天皇(自分の息子)へと譲位させる

安心したんでしょうか
清盛はみるみる回復
元通りに政務につけるようになりました。
後白河上皇は出家して後白河法皇となります。

清盛は、息子の重盛に政務を譲り
福原(現在の兵庫県神戸市)に移って、日宋貿易に精を出します。

清盛は娘の徳子を高倉天皇に入内させます。
後に、その間に安徳天皇が生まれます。
これで、清盛は天皇家と完全に親戚関係

このあたり、後白河法皇と平清盛の密月期となります。

僕たち仲良し

その背景には、清盛の義理の妹、建春門院の存在が大きかった
間取り持ってうまい具合に。

ところが
建春門院が安元2(1176)年に、35歳の若さで亡くなってしまいます。
いやーなムード

比叡山延暦寺が無茶な要求をつきつける強訴を起こした。
怒った後白河法皇が清盛に総攻撃を命ずる

清盛としては比叡山を敵に回して得るものは何もない
今まで、比叡山とはうまくやっていた

渋々承諾したものの、さあどうしたものか

ずいぶん考えたんだと思います。
出した答は、この際、決裂やむ無し

比叡山総攻撃の予定日の直前、鹿ヶ谷事件というのがおきます。
後白河法皇の側近たちが、清盛を打倒すべく会議を開いたと言うもの
清盛は、次々とそのメンバーを捕らえ配流にしたり殺したり

別件で逮捕された人から、その会議の事が明らかにされたというので
無理矢理そういうストーリーを作った可能性がある
あまりにタイミングが出来すぎている。
結局比叡山への総攻撃はうやむやになる

後白河法皇だって黙っちゃいられない。
平家の荘園を次々と没収し、揺さぶりをかける

政務を任せていた重盛が亡くなる
長く苦楽を共にしてきたので
清盛はかなりショックだったと思う。

数々の後白河法皇の挑発に
いよいよその時が来たとばかり
クーデターが勃発する

清盛が後白河法皇を捕らえて幽閉した。
後白河法皇寄りの貴族たちを勝手に全員解官し
清盛の言いなりになる貴族たちで固めた。

さらに、全国の国司をに平家一門の者たちを派遣する
66ヵ国のうち、32ヶ国を平家一門で占めた。

高倉天皇には、安徳天皇へ譲位をさせる
摂政には、娘婿の、藤原基通をつけて平家一色。

平家の栄華は、ずっと続くようにも見えられた。
その中で、あの事件が起きるんです。
以仁王(もとひとおう)事件です

続きはシリーズの次回でね

[歴史]シリーズはこちら(少し下げてね)

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