潜在意識が心のブレーキに

「人生を変える!「心のブレーキ」の外し方」という本を読みました

仙台のラーメン屋で漫画に紛れてひとつだけ単行本がありました。
読んだら無茶苦茶面白い

モチベーションを上げるためのノウハウ本は、基本的に私の考え方に合わないので好きではないのですが
この、本は全く視点が違っていました

潜在意識
潜在意識について、色々その特徴を解説し、そこからなすべき行動を紐解いていく
ひとつひとつに説得力があって、かつ、読みどころ満載でした

そんな潜在意識ですが、
潜在意識はあなたを変えさせない。と来ました。
潜在意識は、現状を維持しようとするらしいのです。

貧乏なら貧乏のままでいてほしいし、金持ちなら金持ちのままでいてほしいのが潜在意識。

止まっている車はできるだけ止まっていようとする

ここからが面白いんですが
いったん動き始めて加速がつくと、むしろ止めることの方が大変になると

なるほど

ここから何が言えるのか

最初の一歩にこそ一番大きなエネルギーをかけて、丁寧に丁寧にやる
動きだすことが大事なので、そこでどのくらい動いたかということを問わない

バリバリ仕事をしているひとは案外エネルギーは大して使っておらず、その方が楽なんだと
だから、一歩目を動かそうとしているひとの方がよほどすごいんだと。

感情を行動に
なぜ、物事は続かないのか、だけど
感情は、ほおっておいたら消えるものだという、しごく当たり前の事に気づくべしと言う

感情を行動に変えるべしという

ここの論理展開が面白いなあと思ったんだけど
感動は受動的で、行動は能動的だというんですね
感情が受動的だというのは面白い視点です

よく、「私は感動した」などというけど、よく考えてみると
私以外の何者かによって「感動させられた」のだと
確かにそうですね

受動的なんだから、与え続けてもらえる保証なんて何にもない
能動的な「行動」に移して「形」に変えないといけない

すぐです。すぐ。
ちっちゃなことでもいい。
感動したら、すぐにネットで本を注文するとか、メールするとか

実際、ラーメン屋でこの本に出会い、すぐにアマゾンでネット注文しちゃったんですけどね

ピンクの本です。

目立つわぁ

ここからまだまだ続きます

続きはまた今度

おバカは嘘をつかない。すぐにばれてしまうから

バカ力(りょく)という本を読みました。
いいわ、この本
笑わせていただきました

おバカはとてもいいですよ。
おバカ力と名付け、皆さんも、今からでも遅くない
おバカ力を身に付けていきましょう
という本

賛成賛成、大賛成

落ちこぼれ
前に書きましたが、落ちこぼれていた時があります
高3で、豊臣秀吉も書けなかったし、分数の通分も出来なかった
実感として、とても良く分かります

おバカはすごくいい
どうやっても、分からんもんは分からん
やーめた、ってなると、ものすごく楽になる

すごく感動できる
はしゃぐ事が恥ずかしくないから
下手な自制心が働かない

ウォーキング同好会のイベントは、いつもやたらに盛り上がるんだけど
盛り上がるコツが分かりました

自分がはしゃげば良い

長い滑り台があったら率先して滑り
顔のところに穴の空いた、記念写真用のボードが有ったら、顔を出してニッコリ

盛り上がってると思ってるのは、私だけかも知れないですよ
でもいいんです。
どうせそんなこと、分からないんだから
空気読めなくて結構
じんわり空気より、ワイワイ空気の方が面白い
面白けりゃ全てOK

良く言われるんです
管理人さんが一番楽しんでますね

私にとっては、それが一番の誉め言葉
だって楽しいんだもん
それが伝わってればそれはなおよし

相手にどう思われてるかなんて、そんな答えの出ない話
考えるだけ無駄
それがおバカの発想法

大好きだった後輩
前の職場の後輩で、すっごいのがいました。
みんなに愛されるキャラ
やばいっす、やばいっす、を連発(素晴らしいの意味)

むちゃくちゃ簡単な漢字を間違え、いつも笑わせてくれる
12ヶ月の月の名前の英語の覚え方を教えてやると、嬉しそうに何かにつけて月の名前を言ってくる。
次の日、中学2年の英語の参考書を買ったと自慢していた。

とても可愛い。
プログラムの基本中の基本。for文という処理を繰り返すための書き方があるんだけど
夢に見たと何度も話す

ぐるぐるぐるぐる回るんっすよ

あいつは、将来絶対に大物になると思う
あんな素直な良いやつ見たことない

バカ力の本
何が良いって、それぞれの項のタイトル
全部書いたら長くなりすぎたので、いくつかは省略しました

おバカは裏表がない。そんな器用なことはできないから
おバカは褒め言葉を全力で受け止める。本音と建前が分からないから
おバカは嫌味に気づかない。スーパーポジティブだから
おバカは信頼されやすい。疑うことまで頭が回らないから
おバカの回りには自然と人が集まってくる。癒されるから
おバカは変なプライドがない。プライドを持つきっかけがなかったから
おバカはムードメーカーで人気者。普通の人が嫌がることも「おいしい」と思えるから
おバカはうそをつかない。すぐにばれてしまうから
おバカは人とすぐ仲良くなれる。警戒心がないから
おバカは人と比べない。比べても意味がないことにとっくに気づいているから
おバカは成長が長続きする。無理してないから
おバカは悪い事はできない。お母さんを悲しませるから
おバカは争わない。どうせ負けるから
おバカは謝るのが得意。上手な言い訳を思いつかないから
おバカは考えるよりまず行動する。考えても分からないから
おバカは発想力が人と違う。視点や観点がずれているから
おバカは疲れない。好きなことしかやらないから
おバカは意外と願いが叶う。思い込みが強いから
おバカは本番に強い。「恥ずかしい」のストッパーが外れているから
おバカは適度に図々しい。欲望に忠実だから
おバカは喧嘩をしても確執を残さない。核心をつけないから
おバカはリアクションが大きい。毎回感動できるから
おバカはハッピーオーラがある。笑顔で乗りきってきたから
おバカは老けにくい。ストレスがないから
おバカは「ありがとう」という魔法の言葉を多用する。心から感謝しているから

おバカになるために
これらを読んで、どう思われました?
本では、どうバカ力を上げるかって書いてあるんだけど、そうかなあと思いました。

おバカって何て素晴らしいんだろう。

自分は、いっつも肩肘はっておバカと思われないために、めったやたらと努力している
そんな「バカな」努力を全て捨て去れば自然とおバカになれるんじゃないか

心の中のおバカが、welcomようこそと、手招きしてくれるんじゃないだろうか

難病が治るケース(人のために尽くした人)

人のために尽くした人
快癒力の篠原先生によると
難病が治るケースのうちの一つは

篠原先生のところにあまり顔を出さなくなって
久しぶりに顔を出したので、どうされてましたって聞いたら
いやあ、それどろじゃなくってね
誰々さんが大変でねと、
自分の事そっちのけで人の話ばかりする

ところでお体は、
ときくと
何か治っちゃったかも
って
そういうケースだと言うのです。

何に「気」を使うのか
例えば、呼吸は吐いて吸っての繰り返し。
多く吸うためには、まず吐かなければならない。
出せば黙っていても入ってくる。
健康にかかわる「気」のエネルギーはそれと同じだって思うんです。。

「体を大切にする」より健康に良いこと
「体を大切にしない」よりは「体を大切にする」の方が、いいでしょう。
それはそう
しかし、「もっと体を大切にする」ことは「もっと健康になる」ことにつながるのだろうか。

もやもや
「健康」にかかわるブログを書いていて、多少もやもやしていたんです。
結局これって、「自分にとっていいこと」でしかないのではないか。
自分さえよければいい。いわゆるジコチュウなのではないか。

自分への納得のさせ方
それに対しての自分への納得のさせ方。
自分で実践した「健康に良いこと」「本当によかったこと」を公表する。
それは「人のため」になる
現実に楽しみにしてくれている人もいるし、コメントももらえる。
「人のため」になっているのだろう

ただ、ハッとしました。

快癒力では、「体を大切にする」ことに必死になっている人は、それほど健康にはなれないとしている。
「そんなことより」人のために一生懸命になっているひと。
惜しい惜しいと「気」をため込む人は、「気」が内向きになってしまう。

健康なんてどうでもよろしいやん

ギブアンドテイク
ギブアンドテイクはギブが先
自分の事なんてどうでもよろしい

その方が結果として健康になれますよって

それすら考えることもなく
気がついたらなおっとった

それでいいんやと

過去は変えられる2

過去は変えられる
1はこちら
http://smcb.jp/_ps01?post_id=6707828

私のとても大切な仲間の書いた日記です。

快愉力という本を読みました。
「過去は変えられる」と書いてありました。
衝撃でした。

どうしてもこの話を「その人」にしたかった。
レインボーブリッジをウォーキングで一緒に歩きながらその話をした。
確信があったから。

そして、こんなにいい日記を書いてくれた。

追っかけてコラムを書きたいと思います。

過去は変えられる
こんな考え方はしたことがなかった。
「過去は変えられないから仕方がない。くよくよ考えるより、今と未来を大切に生きていこう」が前向きセオリーの基本でした。

なぜ過去は変えられるのか
根拠は、過去って自分の主観の中にあるということです。
厳密に全てが全てそうなのかと聞かれると、例えば3.11のような事実そのものは変えられないので、いったん言い方を変えましょう
今の自分に影響を与えている「過去の自分」と言うことにしましょう。
過去の自分は他人には分からない、自分の中だけのもの
例えばある人にひどい目に合わされた過去があったとしましょう
「あのやろう」と思い続けるのではなく「今思えば懐かしい過去。彼は彼で必死だったんじゃないか。今なら会って挨拶くらいは出来るかも」と思ったとたん、過去は変わっているのです。

事実すら怪しい
テレビの「あの人に会いたい」コーナーで、昔山中で助けてもらった旅館の美しいお嬢さんに会えた時のエピソードが書いてありました。
実際に会ってみると当時の思い出としての事実はほとんどが事実とは異なっていたそうです。
長い時間の間に「美しい思い出」に尾ひれがついていったのでしょう
でもそれは「事実と違うじゃない」と非難されるべきことなのでしょうか。
誰にも迷惑はかけていない。
いずれにしても「事実」は「主観」を通してしか自分にはやってこない
もし他人に迷惑をかけないなら、どんなに過去を「ねじ曲げ」ても他人にとやかく言われる筋合いのものではないだろう。

えっ、そんなことありましたっけ
嫌な過去なんてねじ曲げてしまいましょう。
あの時は大変でしたねえ、なんて誰かに言われても
えっ、そんなことありましたっけ
って言ったとたんに
ねじ曲がって、すっとんでいってしまっている。

いやいや、ありましたよ
なんて、誰が言うでしょう。

おそらく「もう気にしていないんだ」ってホッとしてもらえるはず。

例えば私の母さんなんかは、私が落ちこぼれてすごい点数のテストを持ち帰って見せても
「何かの間違い」にしてしまっていた
絶対、人にゆうたらあかんよ。
あんたは頭いいんやから。
何かの間違いなんやから。

未来の自由度
「過去は変えられないから、未来こそ前向きに」
なんて、未来の自由度がちっちゃいちっちゃい。

過去を勝手に変えちゃうと、今が必然的に変わってきて、未来がどどーんと大きく変わる。
なんせ、出発点が変わるのだから。