カミさんと川越

連休の初日

前日に、カミさんが
明日仕事休みだから、出掛けられるよ
全部企画してくれるなら

車で行ける場所
いつも行っている、ウォーキングの場所よりは、多少遠目のところ

どこ行こうかなあ
関東近郊の日帰りドライブ、みたいな本を調べて

でも大体、そういうときは、当日になると
やれ、掃除が終わっていないだ、選択が終わっていないだ
中止になるんですけどね。

鎌倉なんてどう?

遠い

千葉の房総

いまいち

深谷とか、少しずつ近づけて行ったのですが
結局、朝になって
アウトレット行きたい。アウトレットで検索して。

若いとき、社員旅行で、御殿場のアウトレットに行ったことがあり
御殿場のアウトレットはファッション関係の店ばかりで構成されており
ファッションなんぞに全く興味がないので地獄だった。

調べると入間市にアウトレットがある。
写真を見ると、ショッピングモール的な感じ。
ファッション関係の店ばかりって事はないでしょう。

気が変わらないうちにゴー。

車の中で、カミさんが
美味しいお饅頭が食べたい。

あっそう
アウトレットには、美味しいお饅頭もあると思うよ。

カミさんがスマホで何やら調べている。

行田に美味しいお饅頭があるみたいよ

行田は遠いです。

2時間まではかかりませんでしたが、あと、もうちょっとで着くと言うとき
道路標識で、まっすぐの方向に、「川越」とあった

川越近いみたいね
川越行きたい

あのね、川越方向というだけで
近くはないの

アウトレット、やっぱりいいや
川越行こう
お芋の美味しいお饅頭があるの

はあ?

いやあ、こんなのと結婚してしまった不幸です。
ただ、慣れと言うのは不思議なもんです。
ずいぶん長く夫婦をやっておりますと、腹も立たなくなってきます。

川越
実は、川越は何度も来ています。

そもそも結婚したての頃、2年ほど、川越から二駅位のところに住んでいた。

ウォーキングはじめてからも、仲間と一回来たし
家族でも一回来ている。

とは言え、
歴史を色々やっていると、川越は実に何度も登場する
天海大僧正、春日局、家光、柳沢吉保
お城の観点で言うと、本丸御殿がちゃんと残っているのは全国的にもとても珍しい。

結果的には、アウトレットより、良かったですね
わがままにも感謝しなくちゃね

カミさんとしては、饅頭とうなぎ、なんですが

お昼になるまで、喜多院(きたいん)に行きましょう。

みんなと来たときも喜多院は来ているけど
七福神だったから、拝観料を払って中まで入った訳ではない。

喜多院
いきなり大興奮
徳川のコカ・コーラ

おそらく、家光の指示です。

多宝塔

ガイドの人がおられました。
声をかけてみましょう。

ここは、天海さんが作られたんでしたっけ

いえ、円仁という人です。

おおっ慈覚大師円仁ですね

天海さんは27番目の住職です。

ガイドとか、お願いできるんですか?

はい
有料で1600円になりますが
1時間近く詳しく説明させていただきます。

カミさんに、
どうする?

今回はちょっと。

値段の問題じゃなく
1時間は勘弁して欲しいという事だったようです。

さあ、いよいよ、拝観料を払って中に入るとしましょう。
めくるめくオールスターキャスト
慈覚大師円仁、天海大僧正、春日局、家光待っててね

残念!
中は撮影NGでした。

大興奮だったんですがね
でも大丈夫。
そういうときは、パンフレット。
1000円で購入。

写真が写せなかったところは、公式パンフレットからの引用で参りましょう。
いきなり、天海大僧正がおられる客殿の間
真ん中は、阿弥陀如来

前で、カミさんが正座
じっと動きません。
今にして初めて分かったんですが
こういう場所で正座するのが大好きらしいです。

田舎育ちなんで、正座はいくらでも出来るとのこと

おみそれいたしました。

さあ、その隣は、3代将軍家光の誕生の間

おおおっ
こ、ここで。
天井が格天井になっており、すごかった

部屋そのものは、パンフレットにも載せてくれていませんでした。
木馬もあって、家光が乗って遊んだんだろうなあ。

春日局が

お馬さんよぅ

わーい

この木馬や、籠やらが素晴らしかったんだけど
これもパンフレットになし。残念!

家光誕生の間は、この川越の地で家光が産まれた訳ではなく
江戸城内の、家光が産まれた部屋を、ここに移築したということらしい。

庭は撮影OKね

出たっ
春日局化粧の間

家光が

お福、まだーっ?

もうちょっと待ってね
パタパタ

まだまだ続きますが
続きは明日ね

おでかけマップ

[天皇]31 用明天皇。聖徳太子のお父さん

天皇シリーズです

用明天皇
橘豊日尊(たちばなのとよひのみこと)あるいは大兄皇子(おおえのおうじ) 585~587年

敏達天皇には、息子、押坂彦人大兄皇子(おしさかのひこひとのおおえのおうじ)がいたが
あとは継がなかった。

継いだのは、敏達天皇の弟、用明天皇
同じお母さんの妹として推古天皇。
奥さんは、穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)
蘇我氏の娘です。

お母さんも奥さんも蘇我氏なので、蘇我氏系
仏教大好き。

結構いっぱい子供が出来て
二男が厩戸皇子(うまやどのおうじ)。聖徳太子です。
穴穂部間人皇女は馬小屋の中でぽんと産みます。
キリストの真似っこですね

敏達天皇はお母さんが直系(天皇系)でかなり力を持っていました
仏教の扱いについても、蘇我氏と物部氏の対立に考慮し
二度目の廃仏に力を貸すなどしていました。

敏達天皇が亡くなったとたんに
対立が大激化
殺し合いに発展します。

時代の特徴
一旦、この時代の特徴を整理してみましょう。

医療や衛生や色んなものが未発達なので
人はどんどん死にます。

なんとか跡継ぎを残すため
一夫多妻制です。
いっぱい子供を作っておけば何とか残ってくれるかも。

それまでは奥さん達はみんな同格でしたが
この頃、大后(おおきさき)という概念が定着していきます。
一人を特定して、この人が一番
後に言う正妻って事でしょう

それに伴い、大后となった人が、ぐんと力を持つようになります。
推古天皇なんかがそうですが
天皇を補佐する役目を担います。

そんな事をステップとして、このあと女帝の時代に突入していくんです。

また、大后の送り込みが政治的に大きな意味を持ってくる訳です。

大兄皇子
さらに、天皇の補佐役として、大兄皇子(おおえのおうじ)というのが意味を持ってきます。
用明天皇も和名は、橘豊日尊あるいは大兄皇子
有名な中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)も大兄皇子
さっき出てきた、敏達天皇の息子も、押坂彦人大兄皇子

大兄皇子って大きなお兄さんだから、長男ってこと
それまでは、息子の中で、優秀な者が跡を継ぐって傾向が強く
それは良いことだったんだけど
後継者争いで兄弟の殺し合いが耐えなかったので
長男が良いってことにしませんか

ただ、これはだんだんそうなり始めたってくらいで
それほど強くはない
また、すぐに長男じゃなく
弟の方が先って感じがまだ強いので
既に年齢がいっていて、ちょこちょこ、在位期間が短いんです。

用明天皇は弟で、在位期間も2年くらい。

さらにめんどくさいのが、大后のように一人じゃなく
大兄皇子は複数いるってこと。
複数のお母さんごとに、大兄皇子がいる
大后の大兄皇子が一番強いんですけどね。

厩戸皇子(聖徳太子)はとても優秀だったから
回りはすぐに天皇を継がせたかったんだけど
長男じゃなかったから大兄皇子じゃない。
長男は若くして死んじゃったから、実質長男なんだけどね

結局、空気作りに推古天皇が自ら天皇をつとめたりして、時間稼ぎするんだけど
推古天皇より、聖徳太子の方が先に亡くなっちゃったから
聖徳太子は天皇になれずじまい

用明天皇に話を戻しましょう。
せっかく天皇にはなりましたが
当時大流行した天然痘にかかり
僅か2年で崩御

あまりに短いため
物部氏が暗殺したんじゃないかって噂も飛び交いますが。

[天皇]シリーズはこちら(少し下げてね)