秀吉の庭園は城の中

庭園シリーズ、室町を過ぎて
安土桃山時代、豊臣秀吉の時代です

山里曲輪
秀吉は何と大阪城の中に庭園を作っちゃいます。
戦国時代でドンパチやるためのお城
さすがは太閤さん
気持ちの余裕があります。

山里曲輪(やまざとくるわ)と呼ばれ、千利休が名付け親
千利休が作った山里の屋敷と呼ばれる茶室もあり、露地(ろじ)もあります。
この中にあるやぐらの中で、大阪夏の陣の時、秀頼と淀君が自刃しています

露地
千利休が作った庭園は露地でしたね
メインの茶室に行くための道で、気持ちを浄化させる
通過儀礼というそうです。

茶室から眺める庭園というよりは、概念的には
屋根がないだけで茶室そのもの

その中には手水鉢が置かれ
神社で置かれていた手水舎でケガレを払う儀式も踏襲する

茶室での一期一会に備えて、気持ちを清める
それを、人は旅と呼ぶ

かっこいいですね

廻遊式庭園
そしてこの露地が、また池(池泉)と合体していきます。
池を巡りながら旅をしていく。

とすると、その道(露地)には、日本各地の名所を思わせる風景が盛り込まれていく。
贅沢ですなあ

例えば、その代表的庭園、桂離宮では
有馬名物の鼓の滝や天橋立、大井川などの名所の縮図、
また片道に山の迫った磯辺の浜道の風景を再現した洲浜や岩場、
螢谷、峠の茶屋を再現した賞花亭や仏寺を思わせる園林堂
瓜畑を民家から眺めるしくみを持つ笑意軒など

当時大流行した六地蔵巡りや三十三ヶ所観音巡りの一部まで取り入れられています。



この桂離宮
次回お話しする江戸の大名庭園の教科書的な存在となります。

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