荻外荘に行ってきました
の続きです
客間
荻窪会談の行われた部屋

荻窪会談と呼ばれる会談は
第二次近衛内閣の組閣にあたり、陸軍海軍外務の主要大臣候補を集めて方針を話し合ったもの
陸軍=東条英機、海軍=吉田善吾、外務=松岡洋右
そのまま彼らは大臣になる
方針の一番重要な事は、ドイツやイタリアとの関係
この時点で、独伊、英米、ソ連のどこと外交場のバランスを持っていくか
ここでの方針が日独伊三国同盟に繋がる
椅子の位置がそのままに置かれていた

この部屋にはこの部屋の説明の女性スタッフがいて色々教えてくれる
面白いのが、VRタブレットが置かれていて、椅子の向きにかざすとあら不思議
4人が画面上に現れる

「荻外荘と近衛文麿」という本を買った

荻窪会談があまりに有名なので
荻外荘で行われた会談は、この会談くらいかと思ったらそうじゃなかった
通常、主要な会議は首相官邸や会議室等で行われるが
近衛文麿の時期は、御前会議と呼ばれる天皇の前での会議以外は
主要な会議は全て荻外荘で行われた
本を読むと、ほんとに、この時もこの時もまたこの時も?って感じ
食堂
また食堂に戻り、庭を眺める
ここでは若い女性スタッフが説明してくれる
ここからの庭の眺めがまた、タブレットで再現されていた
今は回りに建物が建ってしまっているけど
ああっほんとだ。富士山が見える

坂のところにある庭園は名園というのは定番だけど
大体は下から見上げて緑がいっぱい迫ってくるというもの
ここは逆で、上に建物があるから、高いところからの見晴らしのメリット
書斎
いよいよ、書斎です
近衛文麿が自決した部屋


机が置かれているその場所に、布団が敷かれ
青酸カリを飲んでの自決
文麿は、終戦後自分が戦犯にならない自信があった
事実、最初はGHQとそれなりに良い関係にあった
ところが、巣鴨拘置所に出頭を命じられる
山のような書類を準備して備える
出頭の日が2月16日
夜2時まで次男と話をした
次男が部屋を離れ、4時間後帰らぬ人となった文麿が発見される
本当だろうか
遺書があったから、ということになっている
買った本に、遺書が掲載されていた

何度か読み返したけど
これ、遺書かな
巣鴨出頭へ向けての決意表明のようにも読めるんだけど。
遺体は、GHQが持っていってしまい、解剖はしていない
近衛家は特別な家
皇族に次ぐ格式で、藤原道長からの系譜
万が一にも犯罪者は出してはいけない
この部屋は、自決後、とのさまの部屋と家族は呼び
一切改修をしなかった
だから丸々その当時のまま残っている
戦後、吉田茂が、この荻外荘を仮住まいとして、1年数ヵ月住んでいる
近衛家の人々も住んでいるから、同居ということになる
その間、要人が荻外荘に訪れ、重要な会議も行われる
同居して吉田茂はどこで寝泊まりしていたかというと
何と、とのさまの部屋
やっぱり吉田茂は大物だわ
普通、お化け出るよね
奥の寝室には、おひな様が飾られていた

近衛家が増築した場所では、抹茶とかもいただける、カフェになっていた