[神社] 金毘羅大権現(こんぴらだいごんげん)

古事記や日本書紀に出てこない、その他の神様たち
今回はこんぴら様

江戸時代、一般の人が遠方に旅行することは制限されていました。
数少ない例外のうちのひとつが、神社やお寺への参拝です。

金刀比羅宮
これで人気が出たのが、伊勢神宮へのおかげ参りや、熊野三山への熊野詣ですが、
それらに次ぐほどの人気があったのが金毘羅(こんぴら)参りで、
多くの人々が四国の金刀比羅宮(ことひらぐう)(香川県)をめざしました。

おかげで金刀比羅宮に向かう四方八方の街道が整備され
街道が整備されて便利になると、またこんぴら詣りが人気を博すという好循環

面白いのが、伊勢参りでもあった犬の代参
こんぴら狗は、犬の首に「こんぴら詣」と書いた札を下げて放ち、
金毘羅参りに向かう人々が道中で見つけると、
一緒に連れて行ってくれるというものです。

また、流し樽(舟)は賽銭や初穂をいれた樽や桶を海に流し、
これを拾った漁師や船乗りが代わりに参詣にいったというものです。
代参した者にもご利益があると信じられていたそうです。

この金刀比羅宮に江戸時代まで祀られていた神様を、
金毘羅大権現(こんぴらだいごんげん)といいます。

もともとはインドのクンビーラという神様だったのが、
仏教の守護神として日本にやってきて、
「金毘羅さん」や「金毘羅大権現」と呼ばれるようになりました。

クンビーラはワニが神格化されたもの
川の交通を司る神様でした
日本にはワニがいませんので、ヘビになり
川は海となりました
海上の安全を守り、 大漁をもたらしてくれる神様とされています。

金毘羅大権現
江戸時代までは、神道と仏教などの信仰が混じり合った神仏習合が一般的でした。当時の金刀比羅宮も「象頭山(ぞうずさん)金毘羅大権現」と呼ばれ、
真言宗の松尾寺(まつおでら)というお寺の一部となっていました。

しかし、明治に入ってすぐ、
政府が「神社から仏教的側面を排除し、神社と寺の区別をはっきりさせるように」という
神仏判然令(しんぶつはんぜんれい)を出します。

これを受けて松尾寺と金毘羅大権現が切り離され、
金刀比羅宮(ことひらぐう)という神社ができて、
主祭神はオオモノヌシノカミとされました。

しかし今でも、金刀比羅宮の神様を指す通称として
「金毘羅さん」や「金毘羅大権現」が使われており、
海上安全や大漁成就のご利益があるとみなされることも少なくありません。
特に、漁業者や海運業者、船員などからの信仰を集めています。

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