神様シリーズです
御霊信仰
早良親王(さわらしんのう)
古代の人々は、干ばつや地震などの天変地異が起こったり、
疫病が大流行したりすると、
非業の死を遂げた人が怨霊となって祟りをなしているのだ
と考えました。
怨霊を鎮めるために、祭礼が行われたり、その怨霊を祀る神社が建てられたりしました。
こうやって神様として扱われるようになった怨霊のことを、
御霊(ごりょう)と呼びます。
最初の御霊は、8世紀後半の早良親王(さわらしんのう)だとされます
彼は、平安京を都としたことで知られる桓武天皇の弟で、
皇太子でした。
しかし、朝廷の有力者である藤原種継が暗殺された際(785年)、
これにかかわったとして、淡路島へ向けて流され、
到着する前に亡くなります。
遺体はそのまま淡路島に送られ、葬られました。
そののち、桓武天皇と早良親王の生母である高野新笠(たかのにいがさ)が病死し、
都には疫病が流行ります。
これらは早良親王の祟りとされました。
桓武天皇は早良親王の遺骨を奈良に改葬し、
さらには、「崇道天皇(すどうてんのう)」という称号を贈ります。
また、鎮霊のために、京都に上御霊神社を建てて、早良親王を祭神としたのです。
日本三大怨霊
ほかにも、御霊とされた歴史上の人物は大勢います。
有名なのは、10世紀、朝廷に対する反乱を起こして敗死した平将門と、
12世紀、武士の平氏と源氏を巻き込んだ朝廷の争い保元の乱で敗れ、
讃岐国(香川県)に流された崇徳(すとく)天皇でしょう。
ふたりとも死後、怨霊となって疫病を流行させたと考えられました。
彼らと、今は学問の神様とされている菅原道真とを合わせて、日本三大怨霊といった呼び方をすることもあります。
現在、平将門は東京の神田明神(かんだみょうじん)など、
崇徳上皇は京都の白峯神宮(しらみねじんぐう)などに祀られています。
