健康観について(快癒力)

過去は変えられるという話の中で、快癒力という本について触れました。
今日はこの本についてざっと説明したいと思います。

快癒力
ひょっとすると今まで読んだ本の中で一番かもと思えるくらい良い本でした。

ものすごい人
著者の篠原佳年さんはお医者さんです。
岡山県の倉敷市で病院を開業しておられます。
「ものすごい」人です。
おそらく医者としてはあり得ない「禁じられた世界」にどんどん入って行かれました。
「俺は医者だ」的なところが全くなく、悩んだり、無力感だったり、回り道したりを包み隠さず、赤裸々に書いておられます。
「治したい」その一心で怪しげな事にも手を出されます。
全て自分で出掛けていっているのが偉い。
どこかで超能力で病気を治す人がいると言えば出掛けていく。
医者ですよ医者。西洋医学の医者。
超能力なんて、はなっからポイでしょう。
「気」という表現は出てきますが、怪しげな本では決してありません。
おかしなところは「ここはおかしい、あり得ない」とちゃんと言われます。
行ったり来たりの回り道をされ、膨大な数の患者さんと深いところで向き合われているので「凄み」があります。

書かれていること
詳しくは、何回かに分けて紹介していきます。
あえて一言で言うと「病は気から」
健康に対する考え方や人生観が病気になったり、病気を治したりする。
ただ、ありがちな「病は気から」より、もっと内容が深く、積極的です。
例えば「健康を気にしているようでは病気になる」というのがあります。
病気だの健康だのは全く意識のなかに出てこない、「健康ということば」を忘れている人でないと病気になります。

健康観
面白い。
健康になるための方法論は個別に色々書かれているものはあるけど、
その考え方を体系立てて書かれている本はあまりお目にかかれない。
「健康観」と名付けたいと思います。
このあと、この本に書かれていることをいろいろ紹介していきたいと思います。

過去は変えられる2

過去は変えられる
1はこちら
http://smcb.jp/_ps01?post_id=6707828

私のとても大切な仲間の書いた日記です。

快愉力という本を読みました。
「過去は変えられる」と書いてありました。
衝撃でした。

どうしてもこの話を「その人」にしたかった。
レインボーブリッジをウォーキングで一緒に歩きながらその話をした。
確信があったから。

そして、こんなにいい日記を書いてくれた。

追っかけてコラムを書きたいと思います。

過去は変えられる
こんな考え方はしたことがなかった。
「過去は変えられないから仕方がない。くよくよ考えるより、今と未来を大切に生きていこう」が前向きセオリーの基本でした。

なぜ過去は変えられるのか
根拠は、過去って自分の主観の中にあるということです。
厳密に全てが全てそうなのかと聞かれると、例えば3.11のような事実そのものは変えられないので、いったん言い方を変えましょう
今の自分に影響を与えている「過去の自分」と言うことにしましょう。
過去の自分は他人には分からない、自分の中だけのもの
例えばある人にひどい目に合わされた過去があったとしましょう
「あのやろう」と思い続けるのではなく「今思えば懐かしい過去。彼は彼で必死だったんじゃないか。今なら会って挨拶くらいは出来るかも」と思ったとたん、過去は変わっているのです。

事実すら怪しい
テレビの「あの人に会いたい」コーナーで、昔山中で助けてもらった旅館の美しいお嬢さんに会えた時のエピソードが書いてありました。
実際に会ってみると当時の思い出としての事実はほとんどが事実とは異なっていたそうです。
長い時間の間に「美しい思い出」に尾ひれがついていったのでしょう
でもそれは「事実と違うじゃない」と非難されるべきことなのでしょうか。
誰にも迷惑はかけていない。
いずれにしても「事実」は「主観」を通してしか自分にはやってこない
もし他人に迷惑をかけないなら、どんなに過去を「ねじ曲げ」ても他人にとやかく言われる筋合いのものではないだろう。

えっ、そんなことありましたっけ
嫌な過去なんてねじ曲げてしまいましょう。
あの時は大変でしたねえ、なんて誰かに言われても
えっ、そんなことありましたっけ
って言ったとたんに
ねじ曲がって、すっとんでいってしまっている。

いやいや、ありましたよ
なんて、誰が言うでしょう。

おそらく「もう気にしていないんだ」ってホッとしてもらえるはず。

例えば私の母さんなんかは、私が落ちこぼれてすごい点数のテストを持ち帰って見せても
「何かの間違い」にしてしまっていた
絶対、人にゆうたらあかんよ。
あんたは頭いいんやから。
何かの間違いなんやから。

未来の自由度
「過去は変えられないから、未来こそ前向きに」
なんて、未来の自由度がちっちゃいちっちゃい。

過去を勝手に変えちゃうと、今が必然的に変わってきて、未来がどどーんと大きく変わる。
なんせ、出発点が変わるのだから。

腸内細菌から学ぶ生き方

今まで、腸内細菌の話をしてきました。
自分が健康になるための方法論として話してきました。
そこまでで、完結しても悪くないとは思います。

でも私が、本を読んで一番衝撃を受けたのはそこではなかったのです。

自分一人で
人は自分一人では生きていけないとよく言います。
そこでイメージしているのは、人間。
親だったり、友達だったり、仕事仲間だったり。
全くそのとおりです。

でも、それ以前にもうひとつあった。
自分自身の中に、自分とは別の生命体が1000兆個も、うじゃうじゃと存在していた。
その腸内細菌のおかげで「生かされて」いた。

おれは誰の世話にもなっちゃいねぇ
なんて、そもそも全くあり得ないんだということ。

頭とこころとカラダ
頭とこころとカラダという話をしたことがあります。
頭で考えたこともカラダと違ってしまうことがある。
そんなとき、カラダは重要なメッセージを出してくれているのだから、よく耳を傾けましょう。
そんなイメージです。
そこで、カラダを便宜的に、別人格のように考えましたが、それもそのはず。
もともと、カラダはじぶんだけの人格ではなかった。

腸内細菌自体
一方、腸内細菌自体に目を転じてみたとき、ものすごいことが行われていた。

死骸が届くという話。
細菌が腸まで届けるのはごく一部。
でも、胃液で死滅したとしても、死骸がメッセージとして仲間に届き、仲間が繁栄する。
何というけなげな生き物なのか。

さらに、ウンコの構成要素
自分が生きたままウンコになって出ていく

共生って、宿主である人間が健康でないと、エサもあたえてもらえないから、持ちつ持たれつなんです。
そこまでは理解できる。

便通を良くするため、自分が出ていくとしたら、理屈に合わなくなってしまう。

あたかも1000兆個全体が意識をもち、その「なにものか」に揺り動かされているように思える

自分を動かしているのは自分だけではない

えらい哲学者が「我思う、故に我あり」と言ったけど、
我思う前に我はあったのだ。

いとおしいという感覚
男性がどうひっくり返ったって女性に及ばないのはどうしてだろう。
腹の中にいる我が子を10ヶ月もの間、いとおしいと思い続けた事がない。
でも、もうこれからは、1000兆もの我が子をいとおしいと思いつつ生きていく事ができる。
望むなら、食物繊維をどんどん取ろうではないか。
自分の健康のためではない。
我が子たちのために。
我が子たちを全体として揺り動かしている、「なにものか」のために

私達という生き方
誰かと比べて「自分」はどうだとか
「自分」はこんなに頑張っているだとか
なんで「自分」の事を分かってくれないんだとか

なんてつまらん人生を送っていたんだろう。

もうすでに、腹の中から温かかったのだ。
もうすでに、愛し合っており、愛にみちみちていたのだ。
わたしのことを考えてくれている1000兆個もの存在。
もうすでに、私たちとして生きている。

理想のウンコはバナナ3本分(腸内フローラの続き)

ウンコは何で出来ているか
そんなこと考えたことなかった。
食べ物のカスってわずかなんですって。
わずか5%
60%は水分で、20%が腸内細菌とその死骸。15%は腸粘膜細胞の死骸。
消化吸収の場である腸に、腐敗物がたまれば、発生した有毒ガスが全身に回ってしまう。
そうならないよう、自分自身の体も使いながら、ウンコを大きくし、外に出しやすくしてくれるらしい。
なんて献身的な。

理想のウンコ
理想のウンコは、バナナ3本分。
便切れがさわやかで練り歯磨きや味噌の硬さ。
黄褐色で匂いはかすか。
ゆっくり、水に沈むといいます。

まずは量。
これだけの量には、現代人は達していないらしいのです。
理想が300gなのに対して、150gから200g。
ということは、ウンコの水分以外で腸内細菌自体が一番多い訳ですから、
腸内細菌の絶対量が少ないということになります。
活躍していただけていないので、いろんな病気が進行していく。

次に匂い。
おならの匂いも含みます。
理想のウンコも臭くないってことはありませんが、ものすごく臭いときは要注意。
善玉菌は、食べたものを発酵はさせますが、悪玉菌のようにタンパク質や脂質を腐敗させる働きは持ちません。
大きく勢力が悪玉菌に傾いている恐れがあります。

さらに便通。
腸内環境が整っていると、下痢にも便秘にもなりませんが、
下痢や便秘だと腸内細菌によってぜんどう運動が正しく促されていないということ。
特に、悪玉菌に勢力が傾いている状態で便秘だと、有毒ガスが全身に行きわたってしまいます。

どうやって腸までたどり着くか
これも驚いた。
菌はほとんどが胃液で死んじゃう。
ほんのわずかしか生き残らない。
でもそのわずかが生き残って、腸に住み着く。

すごいのはここから。
死んじゃっても無駄にならないって。

死骸が仲間の繁殖に有効なんだって。
私は死んでも仲間のために死骸を使ってやってください、ってどこまでいい奴なんだろう。

統計を取ると、生菌と死菌では腸内細菌の繁殖をうながす効果にほとんど差がないらしいのです。
結論的に言うと、乳酸菌やビフィズス菌などは、どんどん積極的にとって、ちゃんと効果があるということ。

どうすればいいのか
1.善玉菌を積極的にとる(乳酸菌やビフィズス菌など)
2.それ以外でも、納豆、みそなどの発酵食品を積極的に取る
3.腸内細菌の餌のうち、腸内細菌がより良い活動ができる餌、即ち、食物繊維とオリゴ糖を積極的に取る。
4.腸内細菌を殺さない。保存料、食品添加物、抗生物質は腸内細菌を殺してしまいます。
5.全体として細菌を適度に取り入れる。殺菌に積極的になりすぎないということです。
6.ストレスをためない。ストレスは悪玉菌の異常繁殖につながります。

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