たんぽぽの花の色(まさかそんな)

tanpopo
タンポポの花の色
小学校の頃親の仕事の関係で、兵庫県内を3回転校しました。
西宮に引っ越して数ヶ月たった頃の話です。
近くに山がいくつかあったので、家族でハイキングを楽しんでいました。
ふと見ると、たんぽぽが咲いています。

何とその色が白いのです。
びっくり仰天です。
一本ではありません。その辺のたんぽぽ全部が白いのです。
家族全員びっくりして、また白いたんぽぽを見つけては盛り上がりました。
結局最後まで、黄色いたんぽぽには巡り会いませんでした。

翌日
翌日興奮して学校に行きました。

聞いて聞いて。
昨日な。ハイキングしたんやけど、その時、聞いて驚くな。
白いタンポポが咲いとってん。
一本二本やないで。いっぱいあったんや

はあ。何ゆうとんねん。タンポポは白いがな

ええっ。花やで。綿毛とちゃうで

そうや。白やなかったら何色や

黄色に決まっとるがな

そのあたりの友達を集めて
おいおい、こいつおもろいことゆうとるぞ。
タンポポが黄色いらしいで

そらおもろいな、太古の昔からタンポポは白やがな

白や 白や のオンパレード。
最終的にはクラス全員がすべて白だと言い張るのです。

何が何だか分かりません。
特に転校生をはめてやろうとかそんな感じでもないのです。
明らかに本気で言っています。

こんな経験はありますか。
どう考えても明らかなことを実に全員に否定される。
この日のことは、おそらく一生忘れられないでしょう。

家に帰って
インターネットとかがない時代です。
家に帰って百科事典をおそるおそる引きました。
白いと書いてあったらどうしよう。

黄色いと書いてありました。
ほっ。

ただし、その横にこんなことが書いてあったのです。

シロバナタンポポという花があり、タンポポと同じ形で色は白い。
シロバナタンポポが咲く地域には、一切通常のタンポポは咲かず、通常のタンポポが咲く地域にはシロバナタンポポは咲かない。
そのため、タンポポの色は白いと思っている人もいる。

今回の現象そのままです。
いやはやびっくりしました。

しかし、西宮とその前にいた尼崎はそれ程遠く離れていないのです。駅にして10個あるだろうかという程度。
その近い距離なのに、きれいに分布が分かれる。

さらに言うと、そのもう一つ前は加古川で、西宮からすると尼崎の逆側。
要するに西宮は真ん中です。
加古川でも尼崎でも黄色いタンポポしかなく、真ん中の西宮では全員白。
白と言ったら白なのです。

貴重な体験
本当に貴重な体験をしました。
真実なんてどこにもないのかもしれない。
自分たちが信じて疑わないことは、たまたま黄色タンポポゾーンだったというだけのことかもしれない。
よく我々の業界で使う言葉で「普通こうでしょ」というのがあります。
私もよく使ってしまうのですが、今後何色タンポポゾーンか分からないんだということを肝に銘じるべし。

この記事を書きながら改めて思いました。
sirobanatanpopo1

「好き」と「いい」なら「好き」の勝ち

「脳の疲れをとれば、病気は治る!」という本を読みました。
脳疲労という独自の考え方をもとに、健康やダイエットを考えるとても面白い本でした。

私の考え方とかなり近い部分が多く、そうそうと思いながら読み進めました。

2つの原理と3つの原則
第一原理 【禁止・禁止の原理】自分が自分を禁止・抑制することを出来るだけしない。
第二原理 【快の原理】自分にとって心地よいことを一つでもいいから始める。

第一原則 たとえ健康に良いこと(運動など)や、良い食べ物でも、嫌であれば決してしない(食べない)。
第二原則 たとえ健康に悪いこと(食べ物)でも、好きでたまらないか、やめられないこと(食べ物)は、とりあえずそのまま続ける(決して禁止しない)。
第三原則 健康によくて、しかも自分がとても好きなこと(食べ物)を一つでもいいから始める(食べ始める)。

「好き」と「いい」なら「好き」の勝ち
以上の原理原則を私なりに解釈したら
「好き」と「いい」なら「好き」の勝ち
です。
好き(楽しい)ことと、良いとされていることは、重なりあうので4つのゾーンに分かれますね
順番をつけましょう。
1.好きで良い→最高です。第三原則。GO!
2.好きだけど良くない→こっちの方が次より優先。第二原則です。続けてOK
3.好きじゃないけど良いこと→2よりは劣る。第一原則なのでやっちゃダメ。敢えてやるなら期限を決めて。
4.嫌いで良くない→論外。

今までダイエットの方法で、我慢はダメ。自分で楽しいと思えるものでないとダメ。
そうでないと間違いなくリバウンドすると言ってきました。
その後押しになり、頭の整理が綺麗についたと思います。

2つの脳(3つの脳)
面白いなと思ったのが、脳で説明していること。
大脳新皮質(大脳の外側) 「考える」。アタマ。理性。
大脳旧皮質(大脳辺縁系)「本能」。感じる。心。感情。
本では、この2つの対比で書いてあります。
話をややこしくしないためそうしているのでしょうが、どうしても私には3つめの脳の存在が気になります。
脳幹「体の制御」。カラダ。ベース。
複雑に絡み合ってはいますが、ばくっと大体で考えましょう。

健康やダイエットを考えるならば直接的なのは脳幹です。
アタマと心とカラダ、その中で心とカラダが近しい。
だから、好き(心)と良い(アタマ)では好きの勝ち。

あっち向いてホイ
アタマと「心カラダ連合」が同じ方を向いているときはノープロブレム。全く問題なし。
好きで良い、の第三原則。
このゾーンをどう広げるかはあとで又触れましょう。

違う方向を向いたとき、お互いが邪魔しあって、脳が疲労する。
全てが効率悪くなり、何をやっても、効率が上がらない。
ブレーキ踏みながらアクセル踏むようなもの。

どっちかに、まあまあまあ、と譲ってもらわなきゃいけないわけですが、
どっちが譲りやすいか。
アタマは大人だけど、心やカラダは未発達の子供みたいなもん。
大人がちょっと譲れば済むんです。
子供を押さえ込もうとするなんてナンセンス。
北風か太陽か。

こっちの方が厳しいけどカラダにいい?
あり得ません。
心とカラダがガッチリスクラム組んで反発しているという時点で「カラダにいい」は間違い。
言い方悪いかも知れないけれど「快楽に溺れた」方がカラダにいい。
簡単です。
「楽しい方が結局は良いのかも」って自分を許せば良い。

具体的にどういう順番で何をするか
ダイエットには? 健康には?
改めて、次回以降で説明することにします。

カミさんの田舎はすごいとこ(飯田線)

飯田線
カミさんの田舎、東栄の電車は飯田線
遅いことには定評があります。

鉄道マニアの中ではかなり有名な路線らしいですね。
単線の区間がべらぼうに長い。
すぐに、すれちがう電車を待たないと行けないから、止まってる時間の長いことといったら。

西村京太郎のミステリーでは常連。
結構遠い私鉄まで、車で走っても、アリバイ工作はバッチリです。

2両編成です。
これがカミさんの自慢。

ローカル線で2両はなかなかないよ。

そうやろか


駅はほとんど無人駅。
切符はどうするでしょう。

このクイズは簡単すぎますね。

答えは
車掌さんが行ったり来たり

改札のようなもの(実際は単なる入り口)が前にあるときは、
2両編成を前の方に事前にスタンバイ。
後ろの時は後ろに。

入り口なんてかざりみたいなもんで、どっからでも駅には入れるわけですが、お約束のところにいないと、車掌さんがかわいそうです。

ドア
ドアは自動的に開いたりしません。
自分でボタンを押します。
冬は寒いですから。
ドアの前でじっと待ってたってる人は、すぐ都会もんだとばれちゃいます。

これは、東京近郊でもそこそこ有りますよね。
八高線もそうでしたっけ。

クラブ活動
学校、特に高校になるとかなり遠くまでこの飯田線で通わないと行けません。
放課後、クラブ活動なんかしていると帰れなくなるので
クラブ活動が出来ないのです。
クラブ活動の話題は中学までになります。

祝! ブログ1年

2015/9/14をもちまして、ブログを始めてから、1年が経過しました。
その間、若干、アップ出来なかった日があったものの、ほぼ毎日アップできたのは、皆様の応援あってのことと、深く感謝いたします。

それにしても、よく続いたものです。
私にとっては、1年続いたということはかなりの意味を持っています

1年ということ
歳をとってくると、1年をとても短く感じるようになってくる
分母が人生全部の長さだから。
10歳だと、1年は人生のうちの1/10だからとても長いが
50歳だと、1/50。
ほんのすこし。

この大原則どおりだった。
一年があっという間。
2年前までは。

大きく変わった。
ダイエットがきっかけになり、ブログで大変革。
ウォーキング同好会でだめ押し。
あんな事もあった、こんなこともあったって、思い起こせることが桁違い。
ものすごく長い一年だった。

ブログって何だろう
所詮はwebのバーチャルな世界。
始める前はそんな感覚があった。
そのブログが、自分自身をここまで大きく変える存在になろうとは思わなかった。
そして、まさしくリアルな世界のウォーキング同好会は、
ブログと大きく互いにかかわりあうものになる。
変えてしまった。
変わってしまった。

ブログを始めて6ヵ月のとき、
ブログは生きてるあかしだと書いた。
まさしくそうだと思う。

自分が死んだら世の中ってどうなるんだろう。
恐怖だった。
足跡が欲しかった。

世の中に無いものを残したかった。
そんな人生だった。
そういう価値観で仕事も選んできた。

色んな事をした。

これってさ、昔はなかったよね。
みんな知らないかも知んないけど、
これをつくったやつ知ってるよ。

誰でもいい、1人でもいいから、そう噂話してほしい。
でないと死ねない。

そう思っていた。
がむしゃらに仕事をし、革命児たらんとした。

いいところまではいったかな
でも、もうない。
今後の人生を考え、革命は無理だと悟った。
そういう事って大事なんだろうと思う。

それから
普通、そうやって「あきらめる」時を迎えると、
いわゆる「ふぬけ」のようになってしまうのかも知れない。
でも違っていた。
むしろ逆だった。
うまいぐあいにちょうど重なった。
ダイエット、ブログ、ウォーキング同好会。
自分が抜きんでて、世の中を変える存在。
そんなものはもういらない。

仲間が出来た。
一緒に歩ける仲間。
いっぱいしゃべって、仲間だなあって思い合える。

ブログもそう。
だんだん分かってきた。
不完全な内容の方が面白い。
色んなコメントをもらえる。
私はこうです。こんなのどうでしょう。
こういう辺りでとめとくと、コメント来るだろうから
返信の時に続き書こう、みたいな。
コメントを想定しての作品作り

震えるような満足感ではなく、まったりとした「一緒感」

こんなこと言ってるけど、さすがにネタが尽きてきた。
今後どうなるんだろう。

まあ、その時はその時。
ありがたいことに、私は日本アバウト党。

これなんだろう的な何かが身近にあるとして、
今までは、何か分かんないけどいいや、めんどくさいし。
ブログはじめてからは
とりあえずいっとく?
最悪、何かようわからんにしても、ブログのネタにはなるやろ。

この感覚が自分をこの一年いろんなものに突き動かしてくれた。

そして、みんながフォローしてくれた。
ほんとにありがとうございます。

ブログって、なんか悪い風には書けないなって暗黙の空気を感じる。
腹立つカミさんの話題でも、書いてるうちにいいふうにまとめちゃったりして。
奥さんへの愛情を感じます、みたいなコメントをもらっているうちに
ひょっとして、こいつはいいカミさんなんやろかって思えてくる。

ブログは、ベクトルを幸せな方向へ向かわせてくれる、魔法の杖なんかもしらん。

いよいよネタないわってとこまで続けますので、
もしよろしければお付き合いください。