ついつい、足をかじってしまった。

この2週間くらい、足が痛いんです。

バイ菌が入っちゃったのか、ズキズキと痛みます。
歩いていると、時々、イテッとなります。

ウォーキングが趣味な私としては死活問題。
とりあえず、当面ウォーキング同好会のイベントはないので助かりました。

原因は分かっています。

2週間前
自宅で靴下も脱いでくつろいでおりました。

ふと足先が気になりました。
左足の親指の爪の横の所が何か変。
正確にどうだったかが思い出せないんですが、何か変。

この時の心理状態がどうしても思い出せません。
何でそんなことをしてしまったのか。

変だなと思ったその場所を
ついつい、かじってしまったんです。

皆さんはどうですか?
ついつい、足の指をかじってしまった事はおありでしょうか。

イテッ

もう遅かった。
血がダラダラと止まりません。

あたふたしながら止血。
と思ったんですが、
血が止まっていませんでした。

じゅうたんの上に結構大きく日の丸。
ティッシュでぐいぐい押し付けて、何とか目立たないように。

カミさん
カミさんが風呂から上がってきました。

カミさんは天才です。
こちらが隠そうと思っていることに気づく天才。

なにこれーっ
赤いの。
血?
点々と。

(廊下にも有ったのか)

足をね。
怪我しちゃったみたいでさ。

廊下を一生懸命拭いています。

ほどなくして

なにこれーっ
じゅうたんのこれ。

やっぱり天才でした。

寝るときになって気付きました。
布団にも結構血のあとが。

こちらは何とか今までタオルケットで隠しているんですが
ひょっとしたら、
もうとっくにばれているのかな。

IT業界に戻る。矢でも鉄砲でも持ってこい!

宅配寿司が終わってから、
色んな業界を転々としてしまいました。

とはいえ、色んな知らない業界を経験できたのも事実。
それなりにワクワクドキドキで、振り返ってみると楽しかったです。

カミさんから
カミさんからは
いつまでフラフラしてんのよ
どうせダメなんだったら、一番好きなIT業界に戻れば良いじゃない。

IT業界は、昔、35歳定年制とも言われ、
あまりに新しい技術が入れ替わり立ち代わりやって来るので
若い人でないとついていけないんじゃないかと

業界を離れてからずいぶんたっています。
一番基礎になる言語だって当時のものと変わってしまっている。

ええいっ
いつまで自分に言い訳してるのか
自分の人生、決めるのは自分しかない。
出来るかどうかなんて、今から考えてどうすんだ
がむしゃらに勉強すれば良い
元々、勉強するのは大好き。

でもダメかもしれない。
宅配寿司は確かにそうだった。
もしダメなら宅配寿司の時のように
スパッとあきらめればすむだけの話。
今度は会社を起こすわけではない。
会社つぶしたって、自殺しないで済んだ。
ピンピンしている。
借金地獄でもない。

生きてるだけで丸儲け。
もうけもんの人生なら
好きなことに賭けてみよう。

派遣から
次回、この業界の特性をお話ししますが
派遣という人がかなりの割合を占めています。

戻るに当たっては、派遣から入る必要があるでしょう。

ハッタリ
まずは、ハッタリ。
良いことでは有りませんが、
40近いおじさんが、
あんまり経験ないんですけど、一生懸命やりますので
なんて言って採ってもらえる訳がない。

ずっとこの業界にいたことにする。
四文字熟語で言うと、経歴詐称。

元々、綺麗事だけで生きてきた訳ではありません。
詐欺的商売だって、ちょっとだけどやった身の上。
そもそも会社潰してる。
腹は座っています。

大体1つの現場が数ヵ月ということが多いんだけど
最初の現場は捨てる。
クレーム覚悟。
なんか出来そうなこと言ってたから採ったけど
やらせてみたら全然ダメじゃん
って言われる。

こっちはその前提。
その場は何とかごまかして、
家にかえって必死で調べる。

次の現場でハッタリの割合を少なくするために。

ちょっと経って
でもね。
結論的にいうと
勿論、2つめ位の現場までは
クレームあったらしいけど
思ってたよりはかなり早めに

あれっ、何とかついていけてるんじゃない?

次はこのIT業界についてお話ししますね。

貨幣博物館に行ってきました

暑いですね。

ウォーキング同好会としては、この時期に
どういうウォーキングイベントを立てるかが悩みどころ。

うちの知恵袋、Sさんに、
午前中のみで終わらせられるコースを考えてみてくれないかな。
と、無理難題をお願いしました。

Sさん、さすがです。
天才っ。
神田から日本橋までのコース。
日曜日、Sさんと下見をしてまいりました。
地図
神田
私としては、神田はどうしても行きたかったところ。
神田明神って、江戸を色々見ていくとどうしても外せない。
えっ、うそ! まだ行ってなかったの?
って言われそうですね。

私としては、隣の湯島聖堂(昌平坂学問所)も大興奮でした。
これも、江戸の歴史では欠かせない。
林羅山に始まり、綱吉が公営化。
松平定信の寛政の改革で、朱子学に限定され
明治維新では、いったんそこに文部省が置かれたものの、結局は廃止。
話題に事欠きませんね。

やっぱり行ってみるものです。
あの黒は良いわ。
迫ってくるような、それでいてずっしりと沈んでいくような。
どっちやねん!

ここで、そうそうたるメンバーがお勉強したわけです。

貨幣博物館
何と言っても、ピカイチは貨幣博物館ですね。
冷房もきいてるし。

ここまで、見処満載とは思いませんでした。
これで無料とは。

古代に和同開珎とかの貨幣が有ったのは知っていました。
そのあとも、ちょこちょこ。
708年から、958年まで。

ところが材料の銅が不足し
新たな銭貨が作られなくなった。
その間、実に600年。
秀吉の時代まで、政府はお金を作っていない。

これには驚いた。
どないしてたん。

さすがにこりゃ不便。
ってことで、中国のお金を持ってきて使ったりもする。

銭貨の形
ビックリしたんだけど、和同開珎をはじめとし、銭貨の形は
江戸時代が終るまで、全部一緒でした。

真ん中に四角い穴の空いている丸い形。
今の5円玉や50円玉は真ん中の穴は丸いですよね。
クイズにしましょうか。
さあ、なぜ四角いんでしょう。
答えは最後にね。

江戸時代の貨幣
江戸時代は金、銀、銭と3つの貨幣が併用され、
かなり複雑。
田沼意次も大きく絡んでくる。
また、改鋳という問題があり、
じっくり説明する必要があるので、
今日はここは飛ばしますね。

明治維新で
明治維新の文明開花好きの私としては、
ツキジホテルと並んで、第一国立銀行のとてもかっこいい建物
以前、これを調べたときに、
国立銀行とはありますが、国立ではなく私立です。
と、書いていました。
とても不思議だなあと思っておりましたが、謎が解けました。

国立銀行とは「国法によって立てられた銀行」の意味。
紙幣を発行することが許された。
最初4つだけだったのが、153まで増える。
一番から順に番号がついている。
第一銀行と第三銀行は合併を繰り返し、今のみずほ銀行。
第五銀行はこれも合併を経て、今の三井住友銀行。

そのあと、日本銀行ができて、紙幣は日本銀行券のみとなる。

◆◆答え◆◆

一旦できたあと、四角い木に通し、100枚くらい繋げる
そして回りをやすりで削りながら、きれいな丸にする。
その時にぐるぐる回っちゃわないように、四角い穴にしています。

どこ行こう、そうだ!おでかけマップ

松平定信は、超カタブツ。次期都知事はぜひ

家斉が将軍になるまで
10代家治のあと、また途絶えちゃいます。
家斉(いえなり)は14歳で将軍になるんですが
御三卿のうち、一橋家です。
一方、後継者争いのライバルは田安家。

田安家は吉宗の次男、田安宗武(たやすむねたけ)でしたね
その宗武には3人の成長した男子がいた。
治察(はるあき)、定国(さだくに)、定信(さだのぶ)の3人です。
田安家は一番上の治察が継ぎました。

であとの2人は外に出さされ、松平姓になります。
ここは、念の為、特に頭のいい定信はそのまま置いておきたかった。
でも、圧力がかかる

そして、その後、治察が死んじゃいます。
だから言ったじゃないってね

ここで、定信を呼び戻すこともできたんです。
でも、そうならなかった。
田安家は当主のいない「明屋形」になってしまった。
家斉のお父さん、治済(はるさだ)はなんとか自分の息子を将軍にしたいと必死です。

さらに言うと、後に田安家は一橋家から養子が入り、
事実上一橋家に乗っ取られる形になります。

結局、一橋家斉は、
次を継ぐはずだった家基(いえもと)が死んだ2年後に
家治の養子になります。
もう後は、家治が死んでくれるのを待つだけ。
そして、家治が5年後に死んで、将軍になります。

お分かりですよね

家斉が争ったライバルは、
今回のテーマ、あの寛政の改革を行った松平定信です。

松平定信は将軍になれるはずのチャンスを逃してしまった。
一橋家を恨んでしかるべきですが
なぜか、田沼意次(たぬまおきつぐ)を恨みます。

この一連の画策に、田沼意次が絡んでいると見た。

元々、松平定信は超カタブツ。
田沼意次のイケイケのやり方がどうにも気に食わない。
何度も、田沼意次の政治を批判する、意見書を提出していた。

意見書への仕返しをされたと思ったんでしょうね
実際のところは良くわかりません。

筋の通ったカタブツ
白河藩に養子に出た定信。
普通ならくさってしまいそうですが
くそまじめな定信は違っておりました。
そこでものすごい、実績を残します。

前回の田沼意次の時に話したように、時は天明の大飢饉。
定信はことごとく田沼意次と逆をやりたがりますので
農民重視の政策。
凶作を免れた越後にある白河藩の飛び地から一万俵の米を送らせ、さらに江戸で食料品・日用品を買い集め白河に送らせる。
不況の白河藩民に仕事を与えるための公共事業を考え、また特産品を次々に考案した。
一人の餓死者も出さなかった。

私が大好きな田沼意次を恨んでいた人とは言え
農民を思う気持ちは超一流だと思います。

寛政の改革
定信の実績が江戸に伝わって評判になると
とても不思議な現象が起きます。
家斉のお父さん、治済(はるさだ)が味方につくんです。
息子が将軍になれたら、もう、ライバルを蹴落とす必要もない。
治済(はるさだ)が家斉に、あの切れ者を老中に使えと。

自民党総裁選で敗れた相手を主要閣僚に迎え入れるようなもんでしょうか。

定信が老中につくと田沼意次のやってきた事を
すべてなかったこととして取り消します。
よっぽど嫌いだったんですね。

そして、寛政の改革と呼ばれる改革を断行。
基本は倹約です。

私は、基本的方向性として、締め付けは嫌いなんですが
この人の場合は極端に真面目なので
ほんとにみんなのためにと思ってやった気がして
とても好感が持てる。

どうやったら、より多くの人を飢饉から救えるか。

田沼意次のとき、田舎から都会に出てきた農民たちを
田舎に帰ってまた農業をするように促す。
米をいざというときのために備蓄しておく。
米だけでなくお米も積み立てておく。
無職の人に職を与えるために職業訓練所みたいなのを作るなど。

正直、この時にやった改革の中で成果を上げたものはそれほどなかった。
最初
「田や沼や 濁れる御世をあらためて清く澄ませ 白河の水」
と、クリーンな政治に期待を持った庶民たちも

「白河の 清きに魚も 住みかねてもとの濁りの 田沼恋しき」
と、あまりのクリーンさに、田沼意次を懐かしがる。

でもね。
私はこの川柳で逆に定信に好感を持ちました。
今まで、クリーンすぎるという理由でみんなに嫌われた政治家がいましたか?
私には記憶ないです。
おそらく今生きていて、職場にいたら、私は仲良くはならないかもしれないけど
尊敬は出来る人だと思う。
何とか、都知事選に立候補してもらえないかな。
街頭演説聴きに行きたい。

宇下の人言
100冊以上も本を書いているんだけど、
その中に自叙伝があり、宇下の人言(うげのひとこと)、という題名。

定信の漢字を分解してみると、
ウ、下、人、ニンベンでもう一個人、言、になるでしょ。
これ、冗談ですよね。
あの松平定信が冗談言ってる。
なんか嬉しくなりません?

うちの父さんはとても無口で真面目だったんだけど
関西人なので、ほんとに時々冗談を言いました。
その時は緊張するんだと思うんだけど、
大平首相のように、あー、っていってから冗談を言う。
家族全員、あー、を聞くと、よし何としても笑うぞと待ち構えていました。
あの時を思い出しちゃった。

いいぞっ、松平定信。