松平定信は、超カタブツ。次期都知事はぜひ

家斉が将軍になるまで
10代家治のあと、また途絶えちゃいます。
家斉(いえなり)は14歳で将軍になるんですが
御三卿のうち、一橋家です。
一方、後継者争いのライバルは田安家。

田安家は吉宗の次男、田安宗武(たやすむねたけ)でしたね
その宗武には3人の成長した男子がいた。
治察(はるあき)、定国(さだくに)、定信(さだのぶ)の3人です。
田安家は一番上の治察が継ぎました。

であとの2人は外に出さされ、松平姓になります。
ここは、念の為、特に頭のいい定信はそのまま置いておきたかった。
でも、圧力がかかる

そして、その後、治察が死んじゃいます。
だから言ったじゃないってね

ここで、定信を呼び戻すこともできたんです。
でも、そうならなかった。
田安家は当主のいない「明屋形」になってしまった。
家斉のお父さん、治済(はるさだ)はなんとか自分の息子を将軍にしたいと必死です。

さらに言うと、後に田安家は一橋家から養子が入り、
事実上一橋家に乗っ取られる形になります。

結局、一橋家斉は、
次を継ぐはずだった家基(いえもと)が死んだ2年後に
家治の養子になります。
もう後は、家治が死んでくれるのを待つだけ。
そして、家治が5年後に死んで、将軍になります。

お分かりですよね

家斉が争ったライバルは、
今回のテーマ、あの寛政の改革を行った松平定信です。

松平定信は将軍になれるはずのチャンスを逃してしまった。
一橋家を恨んでしかるべきですが
なぜか、田沼意次(たぬまおきつぐ)を恨みます。

この一連の画策に、田沼意次が絡んでいると見た。

元々、松平定信は超カタブツ。
田沼意次のイケイケのやり方がどうにも気に食わない。
何度も、田沼意次の政治を批判する、意見書を提出していた。

意見書への仕返しをされたと思ったんでしょうね
実際のところは良くわかりません。

筋の通ったカタブツ
白河藩に養子に出た定信。
普通ならくさってしまいそうですが
くそまじめな定信は違っておりました。
そこでものすごい、実績を残します。

前回の田沼意次の時に話したように、時は天明の大飢饉。
定信はことごとく田沼意次と逆をやりたがりますので
農民重視の政策。
凶作を免れた越後にある白河藩の飛び地から一万俵の米を送らせ、さらに江戸で食料品・日用品を買い集め白河に送らせる。
不況の白河藩民に仕事を与えるための公共事業を考え、また特産品を次々に考案した。
一人の餓死者も出さなかった。

私が大好きな田沼意次を恨んでいた人とは言え
農民を思う気持ちは超一流だと思います。

寛政の改革
定信の実績が江戸に伝わって評判になると
とても不思議な現象が起きます。
家斉のお父さん、治済(はるさだ)が味方につくんです。
息子が将軍になれたら、もう、ライバルを蹴落とす必要もない。
治済(はるさだ)が家斉に、あの切れ者を老中に使えと。

自民党総裁選で敗れた相手を主要閣僚に迎え入れるようなもんでしょうか。

定信が老中につくと田沼意次のやってきた事を
すべてなかったこととして取り消します。
よっぽど嫌いだったんですね。

そして、寛政の改革と呼ばれる改革を断行。
基本は倹約です。

私は、基本的方向性として、締め付けは嫌いなんですが
この人の場合は極端に真面目なので
ほんとにみんなのためにと思ってやった気がして
とても好感が持てる。

どうやったら、より多くの人を飢饉から救えるか。

田沼意次のとき、田舎から都会に出てきた農民たちを
田舎に帰ってまた農業をするように促す。
米をいざというときのために備蓄しておく。
米だけでなくお米も積み立てておく。
無職の人に職を与えるために職業訓練所みたいなのを作るなど。

正直、この時にやった改革の中で成果を上げたものはそれほどなかった。
最初
「田や沼や 濁れる御世をあらためて清く澄ませ 白河の水」
と、クリーンな政治に期待を持った庶民たちも

「白河の 清きに魚も 住みかねてもとの濁りの 田沼恋しき」
と、あまりのクリーンさに、田沼意次を懐かしがる。

でもね。
私はこの川柳で逆に定信に好感を持ちました。
今まで、クリーンすぎるという理由でみんなに嫌われた政治家がいましたか?
私には記憶ないです。
おそらく今生きていて、職場にいたら、私は仲良くはならないかもしれないけど
尊敬は出来る人だと思う。
何とか、都知事選に立候補してもらえないかな。
街頭演説聴きに行きたい。

宇下の人言
100冊以上も本を書いているんだけど、
その中に自叙伝があり、宇下の人言(うげのひとこと)、という題名。

定信の漢字を分解してみると、
ウ、下、人、ニンベンでもう一個人、言、になるでしょ。
これ、冗談ですよね。
あの松平定信が冗談言ってる。
なんか嬉しくなりません?

うちの父さんはとても無口で真面目だったんだけど
関西人なので、ほんとに時々冗談を言いました。
その時は緊張するんだと思うんだけど、
大平首相のように、あー、っていってから冗談を言う。
家族全員、あー、を聞くと、よし何としても笑うぞと待ち構えていました。
あの時を思い出しちゃった。

いいぞっ、松平定信。

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