芦が久保の氷柱。氷の世界

さあ、お出かけ

西武線の風物詩と言えば、
春は羊山丘陵の芝桜
秋は巾着田の曼珠沙華
そして、冬は
芦が久保の氷柱

大々的に宣伝しますので
いつも気になっておりましたが
いよいよ行ってみましょう。
地図
氷の世界と言えば
我々の世代であれば、井上陽水の最高傑作のアルバム
「氷の世界」

♪誰か指切りしようよ
僕と指切りしようよ
軽い嘘でもいいから
今日は一日張り詰めた気持ちでいたい

そして、今はアナと雪の女王ですね

♪ありのままの姿見せるの

道の駅果樹公園あしがくぼ
駅のすぐ横が、道の駅果樹公園あしがくぼ
寄ってみました。
地元の野菜がいっぱい売られています。
かなり新しい感じです。
ビックリしたのは超満員だという事
何があるんでしょう
よっぽど安いのか

ねぎ味噌饅頭っての美味しそうだなあ
買って見ようかな
と思って横を見ると
みそぽてと

埼玉B級グルメ王決定戦優勝
ちょっとちょっと
早く言ってよ

氷柱までの間頬張りながら
お行儀悪いですね。すみません

うまいっ
これ、優勝!
そうですね。優勝でした。
分かります。おすすめです。

氷柱
遠目には見えておりましたが
ちっちゃなトンネル潜ると、そこに

おおおおっ

これは予想以上です。
こんなに大規模だとは。

これは、見ないと死んじゃいけないレベルです

夜行くとライトアップもされるそうですよ

上の広場では甘酒ないしは紅茶を無料でいただけます。
ドラム缶のストーブもあってあったかーい。

ああ良かった

さあ、どうしようか
もうちょっと時間がありそうだぞ

ではこの続きは明日。

どこ行こう、そうだ!おでかけマップ

[百人一首]82 思ひわび

思ひわび さても命は あるものを
憂きにたへぬは 涙なりけり

つれない人を想い悩んで、それでもやっと命だけは繋いでいるのに
そのつらさに耐えきらないで、涙ばかりあふれでる事だなあ

鑑賞
「思いわび」というのは、恋歌に良く出てくる表現
思い続けて、思う事自体に疲れきってしまった状態

さても=それでも
それでも、命だけは繋いでいるのに

もう、その時の感覚を思い出すのも難しいですけど
こんな私でもありました。
「思ひわび」たこと

中学2年の時だった
好きな女の子がいて
思い続けて、息が出来なくなった。
日常の呼吸動作そのものがつらくなった。
常に苦しくて、肩で息している感じ

同じクラスにいるんだけど
会話なんてもってのほか
近づくだけで息苦しいから
できるだけ距離をとる導線を考えて動く

もうそこまで行くと、
恋の成就なんてどうでも良くなる。

相手の子からすると
常に自分を避けている男性がいるわけですから

何あの人
私のどこが気に入らないのかしら
になるよね

好意を持たれることは100%ない

考えることはひとつだけ
この状況を脱したい
息がまともに出来るようになりたい

全く勉強が手につかなくなり
坂道を転げ落ちるように
落ちこぼれになっちゃうんですけどね。

あの時の状況なら
これってあり得たかも知れない

「憂きにたへぬは 涙なりけり」

もう、疲れはてて何の気力も残っていないのに
どうしたんだ俺
何なんだこれ
なんで自然と涙だけが流れるんだ。

藤原敦頼
藤原敦頼(あつより)。出家したときの名前が、道因法師(どういんほうし)

かなり長生きで、
歳とってから特に、歌の世界に異常なまでに執着した人

とても激しい性格で
言葉を変えると、めんどくさい人

歌会に出席して、自分が負けたとき
判者のところに行き、涙を流したという

ああ、めんどくさい

住吉明神に、毎月願かけ、「歌がうまくなりますように」

90歳を越えて耳が遠くなっても歌会に参加し
講師(こうじ)の座のそばまで分け入って、その脇に寄り添い、
耳をそばだてて聞いていた

死んだあともすごい
千載集(せんざいしゅう)という歌集に、敦頼の死後
18首の歌を選んでもらえた

すると、撰者の、藤原俊成の夢枕に、敦頼が表れ
18首も選んでくれてありがとう

涙を流して喜んだ

藤原俊成、2首追加して、20首入れちゃったらしい。

私は中2の時と比べて
今も、感情の振れ幅はそれほど変わっていない自信があるけれど
大きく違うことがある

あの時は、ただただ辛かった
今は、ただただ楽しい。

そんな私だから
老いてなお、若い頃を思い出して、こんな歌を作れる敦頼を
気になって仕方ない

感情の振れ幅を
「楽しい」に使えたろうか

えらいこっちゃ。くうちゃんのお腹に卵がくっついた

セキセイインコのくうちゃんが、長い間頑張って卵を温めました。
良く頑張りました。

それでも頑張るくうちゃん

今朝
最後の一個の卵が下に落っこちていました。

ああ、残念。
良く観察するとひび割れ

他の2個のように乾いて干からびちゃっているのかな

ちょっとほじってみよう

あっ
失敗した。
中から液体が!

干からびていなかった、ってことか
えらいことしてもうた

あわてて巣箱に戻した

日中
その後、日中は会社なので、カミさんから聞いた話ね

また、卵を落としちゃっていた

ああ、もうダメって分かっちゃったのかも

卵を捨てるべきか
もう一度、くうちゃんに聞いてみよう。

卵をスプーンに乗せて、くうちゃんの目の前に

すると、くうちゃん
嬉しそうにくちばしで、卵を自分の元に持ってこようとする。

分かったよ
卵を巣箱に入れてあげよう

夕方
夕方、カミさんがふと気づくと、くうちゃんの下腹部に卵がくっついている

巣箱の中を見ると、卵がない

という事は
新たに卵を産んだ訳じゃなく
最後の一個の卵

あら、くっつけてるのね
おしゃれっ

割り箸で取ってあげようとしても、すぐには取れず
卵を取られると思うのか、猛攻撃

自分では、一生懸命、つついて何とかしようとする。

もしかして、中で雛がモゾモゾ動き出して
つついて孵してあげようとしている?

その後、巣箱には一切入ろうとせず
卵をお腹につけたまま、動き回っている

替わりと言ってはなんですが
今度はシャケちゃんが巣箱の中へ行ったり来たり

私と娘
そうこうしているうちに、私と娘が帰宅

そりゃまた、なんで卵をくっつけているの?

大笑い

朝、ちょっとほじっちゃって、中から白身が染み出してきたから
それが糊のような役目をはたして
くっついちゃったのかも知れません。

どうすりゃ良いのかね

「セキセイインコ 卵 お腹 くっつく 取れない」
で検索してみたら?

そんなのある訳ないでしょう

いやあ、良い時代になったもんです。

冗談のつもりで言ったのに
実際に娘が検索してみたら、出てきました。

インターネットは無敵ですね

「セキセイインコのお腹に卵がくっついてしまっています。
どうすればいいでしょう」

「布にぬるま湯を含ませ
ふやかしながら、取ってあげましょう」

なるほどっ

早速やってみましょう。

以前、くうちゃんが風邪ひいた時、ガシッと捕まえて、毎日くちばしのところに薬を飲ませていた
あの時のテクニックが役にたちそうです。

痛っいててて
くうちゃんも必死で抵抗し、指に噛みつきまくります。
布で卵をつかんで

ゆっくりゆっくり

よっしゃあ
取れたっ


卵は
もう卵は無理でしょう

ほじってみましょう

こんな風になっていました

もうここから雛が孵る事はないでしょう

さようなら

くうちゃん、シャケちゃん
長い間、よくがんばりました。

君たちの頑張りはみんな良く分かっているからね

ご褒美たんとあげたいな
何が良いかな

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和算の関孝和、世界的数学者

江戸の理系力

いよいよ、日本を代表する世界的数学者、関孝和(せきたかかず)です。

吉田光吉が大ベストセラーの「塵劫記」を書き
日本中が、数学に親しんだ。
和算はここから始まった。吉田光由

名酒が生まれる前に麹がプツプツ音をたてているような
日本全体が数学のスーパースターを生むだけの
ポテンシャルの高まりを持っていたんだと思う。

日本舞踊や茶道や華道に流派がありますよね
あんな感じで、数学(=和算)にも流派が出来たというんだから
数学はもう、庶民に根付いた文化になっていたんです。

関孝和
せきたかかず 数学者 1640~1708

そんな中で、生まれるべくして生まれた
数学界のスーパーヒーロー

ニュートンやライプニッツと並んで
17世紀に活躍した大数学者と言われている

円周率を12桁まで正確に算出

筆算による代数の計算方法を発明
代数。x y zってやつですね
関孝和は、甲 乙 丙
さすが和算ですね
西洋より70年も早かったんですって

世界で初めて、行列式というものを開発

出ました、行列
高校の時、やりましたねえ
当時、落ちこぼれていたので、何が何やら、何の事やら

大人になってから
数学ってこんなに面白くて役立つ、みたいな本を読んで
行列というものが、いかにすごいものかというのを知った。
かといって解けるようになった訳じゃないけれど
あの時、行列ってすごく便利で役に立つものなんだというところまでは分かった

まさか、その行列を世界で初めて考えたのが関孝和だったとは

生い立ち
寛永17年(1640年)内山七兵衛永明(ながあき)の次男として生まれる。
永明は徳川忠長(2代将軍秀忠の三男)の家臣
いやあ、とんでもない人の家臣になっちゃいましたね

色々やらかして、兄弟の3代家光に死においやられた人。

永明も職を失い、浪人となって江戸に出る
孝和は、親戚の関家の養子になり甲府へ。

徳川綱重(つなしげ)とその子綱豊(つなとよ)に仕える

アンラッキーのあとの超ラッキー

綱豊とは、その後5代綱吉に子供が出来なかったために
甥っ子であった綱豊が養子に入り、6代将軍家宣(いえのぶ)となったその人です。

家宣はものすごく人間が出来た人で
極端なほどの学問好き

浪人で身分が何もない学者、新井白石を生涯師と仰いで重用した人

家宣が将軍になるにともない
関孝和も一緒に江戸に出て
幕臣となります。

幕臣として仕事をしながら、学問を極めていきます。
家宣だから許されたんだろうなと思います。

次々と先程説明した代数や行列などを発明していきます。

関流
関孝和の優れたところは、
自分自身が優れていたことに加え
弟子を育てることに優れていたこと

先程お話しした「流派」の関流というのを立ち上げ
流派の中では一番門人を集めることになる。

直接の弟子としては、建部賢弘(たけべかたひろ)、荒木村英(あらきむらひで)、松永良弼(まつながよしすけ)
その後も優秀な数学者を排出し、
数学は、関流を中心に動いていきます。

そのあたりの事を、次回、中根元圭(なかねげんけい)を中心にお話していきます

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