[歳時記]12/3 奇術の日。古代エジプトでも

12/3
12月3日は、日本奇術協会が正統派奇術のPRを目的に制定した「奇術の日」。

よおく見ておいてくださいね
「ワン、ツー、スリー」

という事で123の12月3日

手先を使う奇術の中でもっとも有名なひとつに「カップと玉」がある。

カップの中から玉を消したり出したり、
あるいはほかのカップに移動させたり、
玉を大きくしたりするもので、
誰でも一度は目にしたことがあるポピュラーな奇術。

この奇術はとても長い歴史を持っていて、
すでにエジプト時代の奇術の発祥とともに行なわれていた。

中部エジプトのベニハッサン村にある第12王朝以来の墳墓は、洞窟になっている。
その洞窟の壁画に「カップと玉」の奇術を行なっていると思われる絵が見つかっている。

この洞窟は、紀元前二千数百年前にできたと推定されており、
世界最古の奇術をあらわした絵と考えられる。

また、そのほかの文明の発祥地であるインドや中国でも、
カップの代わりにお椀を使って「カップと玉」に似た奇術が古くから行なわれていたらしい。

ギリシャ・ローマ時代になると、「カップと玉」は奇術の中心になる。
この時代には奇術師のことをラテン語で「カルクラリウス」、
ギリシャ語 で「プセフォパイクテス」と呼んでいた。
これはどちらも「小石使い」という意味だ。
当時はカップと玉ではなく、小皿と小石を使っていたので、
そこから生まれた言葉だと思われる。

一方、日本では仏教とともに中国から伝わったといわれている。
そして、江戸時代に なると「しな玉」と呼ばれ、一般の人びとにも知られるようになった。
当時の奇術の解説書にも図解入りで、詳しい説明が載っている。

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池上の七福神巡りに行ってきました。の続き

池上の七福神に行ってきました。
の続きです。

池上本門寺の途中でした。

でかい梵鐘
池上本門寺は何もかもがスケールが違います。

写真じゃ大きさが分かりづらいかも知れませんが、まあでかい

池上本門寺と言えば五重の塔

江戸広しと言えど、ありそうでないのが五重の塔
東京23区の中で、五重の塔があるのは
上野と浅草とここだけなんです。

前回来た時、探しきれなかったのが、力道山の墓
今度こそ
あったあ

この場所はかなり人だかりでした。

この多宝塔がまた良いのよね

池上本門寺の隣、大坊本行寺
ここが、日蓮聖人ご臨終の場所となります。

日蓮聖人は病気になり、山梨の身延山から、静養のため茨城に向かいます。
当時、日蓮聖人の命を狙う者がいっぱいいたため
直線距離ではなく、危なそうな場所は迂回しています

途中でどうにも辛くなり、この場池上宗仲公のお屋敷に身を寄せます
ここでも説法を続けますが、力尽き、61歳の波瀾の生涯を閉じます

弁財天
とは言っても、子院なので、本門寺の敷地内とも言えるのですが。
厳定院(ごんじょういん)

この弁天さんも、何とも良い表情

池上梅園

急斜面に梅なので、これは梅の時期に来るとすごいことになりそうです。
ネットを見るとこんな感じ

その時期にまた来ねば

有料だったので、その時の楽しみに取っておいて今日はスルー
ここは、歴史的に意味のある場所だったので来てみたかったのです。

この中に藤山愛一郎の茶室「聴雨庵」があります。

戦時中の昭和19年、ここに岡田啓介・米内光政・末次信正らが集まり、東条内閣打倒密議が行われました。
藤山愛一郎は歴史検定の勉強の中でも出てきた戦後岸信介内閣の外務大臣として
日米安保の改訂にも関わりました。

ぐるっと回ってまた本門寺へ
次は勝海舟と西郷隆盛の会談の地
と思ったのですが、松濤園という立派な庭園の中
料亭の今半があります。
ダメもとで聞いてみましたがやっぱり入れないとの事でした。

ネットでみるとこんな碑があるようです。

樹老人
妙見堂
本門寺の中です。

寿老人ではなく、樹老人というのがミソ
この中におられたのですが、写真では撮れませんでした

伊豆から一人の若い僧が檀林にやって来ました。
本門寺の大法要で大感激
将来自分もこのような法要の中心に座りたい
彼は一人妙見堂に籠もり、一週間の断食の行に入りました。

学問を修めていつかは貫首となりたいと一心に祈りました。
行を終えて、朦朧としながら妙見堂の参道に立つと、大樹のもとに一人の老人がいました。
老人がいいました。

「仏道の修行は猊座に上って高価な法衣を着るためではない、
地に降りて人々のかたくなな心の衣(ころも)をはがすためだ。」
僧がはっとするともう老人はいませんでした。

数年して、学成った彼は故郷に帰りました。
後年、再び妙見堂を訪れた時、あの大樹は大風で倒れていました。

彼はその木で老人の姿を彫らせ妙見堂に納めました。
それが樹老人です。

そこから急な階段を降ります。

恵比寿
養源寺

銀杏が素晴らしかった

恵比寿様

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池上の七福神に行ってきました。

日曜日。午前中に歴史検定のテストを受け、喫茶店で答合わせをして12:30
ひょっとして、午後時間があるんではなかろうか

池上に行くとすると
乗換え案内で調べ、乗換え駅が東京駅だと分かったので
昨日お話しした東京駅の首相殺害現場の話になったのです。

七福神巡り
毎年、ウォーキング同好会で正月は七福神巡りのイベントをやっているんですが
来年正月は曜日の巡りが最も悪い
七福神巡りって色んなコースがありますが
大体、正月7日までだけ七福神の像を御開帳してくれる
来年正月は1日が土曜日、2日が日曜日。
週末は元旦と2日のみということになります。

たまに、七福神巡りで通年御開帳してくれているのがあり
それが池上

ファイト!
午後の短い時間で七福神を巡らねば。


布袋尊
曹禅寺

ここの面白いところは、橋の欄干柱
東海道五十三次目の三条大橋のものです。
昭和9年室戸台風で橋が決壊
残った東側の柱が巡り巡ってここへ
歴史の迫力を感じます。

布袋さんだ
良い顔してはる

曹禅寺だけが東急池上線の南側
このあと、線路を越えて北側に参ります。

毘沙門天
微妙庵
微妙と書いてみみょうあん

毘沙門天、可愛い。
こんな可愛い毘沙門天は初めて見ました。

大黒天
馬頭観音堂

最初に調べたネットでは、大黒天は、馬頭観音として出ていたんですが
手前の門が閉まっちゃっています。
さらに、さっきあげた可愛い地図は微妙庵に置いてあったものですが
そこでは本光寺とある
短時間で回るとあっては、ちょっと遠目かなあ
この馬頭観音堂ってことにいたしましょう

福禄寿
本成院(ほんじょういん)

残念。
ここはどこに福禄寿がおられるのか分かりませんでした。

池上本門寺
本成院は、池上本門寺のすぐ前
池上本門寺の子院ということになります。
池上本門寺はこの前来ましたが
池上本門寺に行きました。
ここまで来て、こんな大物に寄らないってどうなんでしょう。

この門の扁額の文字は本阿弥光悦の書いた字を彫ったもの

本阿弥光悦、歴史検定の記述式で出ましたよ
「徳川家康から洛北鷹ヶ峰に土地を与えられ、芸術村をつくったことで知られる寛文化期の文化人の名前を、漢字5字で記せ」
なかなか思い出せなくて苦労しました。

長い階段を登って、右側に日蓮聖人

カーツッ

おっとこんなところに大黒天ののぼり

大黒天を祀ってあるという事ですね
こりゃ好都合。
池上本門寺が大黒天担当という事にいたしましょう。

どでかい仁王門

もっとでかい大堂(祖師堂)

本殿は他にあり、お釈迦様を祀っていますが
鎌倉以降の仏教は、本堂や金堂と呼ばれる本尊の仏像をおさめたところより
祖師堂の方が重要視されている
池上本門寺は日連宗なので、日蓮聖人です

まだ、池上本門寺の途中ですが
長くなりそうなので一旦区切って続きは明日にさせてください。

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