深川を歩く

毎年、1月のウォーキングイベントは七福神巡り
これやらないと正月は開けません

来年はとても曜日の巡りが良くて、土曜日が1/7
七福神のご開帳って1/7までが多いんだけど
ウォーキングイベントは土曜日がありがたいので
ピッタシ

色んなところやったなあ
今度は深川だっ


森川駅を降りるとこんな地図もあり
勉強になりますっ

前から行きたかった第六校発祥の地に行ってみましょう

長慶寺です

明治の三大改革、学制、税制、兵制
学制って明治5年に始まるんですが
実はそれより前に、テスト的にと言いますか
お寺の建物を借りつつ
明治3年には6つの小学校が出来ているんです。
すなわち、日本の近代教育発祥の地でもあります。

第一校 芝 増上寺源流院 (のちの鞆絵小学校)
第二校 市ヶ谷 洞雲寺 (番町小学校)
第三校 牛込 万昌院 (愛日小学校)
第四校 本郷 本妙寺 (湯島小学校)
第五校 浅草 西福治 (育英小学校)
第六校 深川 長慶寺 (深川小学校)

6つしかないとなると全部行ってみたくなります。
ちょこちょこ行っておりまして
一二四は行きました。
さあ、四つ目です。

深川神明宮

可愛い女の子。
七五三?

寿老人です

立派な銀杏の木がありました

深川神明宮と言えばお祭り
12町の御輿が勢揃い
沿道からは豪快に水が掛けられる


さっきの第六校
いつまでも、お寺に居候しているわけにはいきません
ちょっと移動して今の深川小学校
はい、こっちも行きました

明治4年に始まった鉄道が150年
そうか。こっちは移転前の長慶寺にいたときの明治3年の第六校からのカウントではなく
こちらに引っ越ししてきてからのカウントで149年なんですね
控え目で奥ゆかしいです。

小名木川
家康が作らせ、小名木四郎兵衛が作った運河です。
すごいよなあ。
都市計画を考えて江戸を作っていったんだもんね

おおっでっかい魚

小名木川を歩くことにしましょう

橋の下から

水門かっこ良いっ

深川稲荷神社
布袋尊です

まだまだ続きます。
続きは改めて

[お出掛け]シリーズはこちら(少し下げてね)

[迷信] 幽霊は両手をだらりと下げた姿で現れる

死んだ人の霊が現世にとどまり、生きている人間の前に現れたり、
乗り移ったりするという話は古今東西で語られている。

日本ではざっくりと「幽霊」という言葉でくくられるが、実際に見たことがあるという人、 気配すら感じたことがないという人、そもそも信じないという人と、立場はさまざまだろう。

幽霊を主役にした怪談話は数えきれないほどあるし、
信じないという人でも幽霊に対するイメージはあるのではないだろうか。

着物姿の女性が両手をだらりと下げている姿。

うーらーめーしーやー

この手の形状は医学的には「下垂手」と呼ばれる。

具体的には手の甲を反らせたり、
手指の付け根の関節を伸ばすことができなくなったもので、
手首と指が下がった状態になってしまうのだ。

これは、手の甲の感覚を伝える橈骨(とうこつ)神経が
上腕の中央部で傷つく「神経麻痺」から起こる症状のことで、
現代ではケガやスポーツが原因であることが多い。

だが、昔は別の原因でもこの症状 を引き起こすことがあった。
鉛中毒。

鉛中毒には貧血や腹痛のほか、手の麻痺などの症状がある。

鉛は古代から寺の資材に使用されていたが、
時折、職人たちが中毒に悩まされていた。

もっとも、それが鉛中毒だとわかったのは後の研究からで、
鉛を扱う職業の人には今でも見られることがある。

かつては女性が使うおしろいにも含まれていた。
含有量は 少なくとも、おしろいは日常的に使用するものである。

本人が気づかないうちに中毒状態になり、
重篤な症状を招いてしまう。

1887(明治20)年には、歌舞伎役者で女形の中村福助が、
演技中に足の震えが止まらなくなり、倒れてしまう事件が発生した。
その後、原因が顔に塗っていたおしろいの成分であるであることが世に知れ渡り、
社会問題化したという歴史もある

『推論』
手をだらりと下げた幽霊の正体は、鉛中毒で死んだ女性

ちなみに、鉛入りの化粧品が禁止になったのは1934年と比較的最近のこと

鉛が入ることでより美白になれたというから
特に江戸時代の幽霊画などで描かれる幽霊がなんとなくみな美しく見えるのは
そのせいかもしれない。