島秋人の手紙その1

心にひびく日本語の手紙シリーズとしては最終回になります。

とても一回じゃ無理なので2回に分けます。

手紙
前坂和子様
十一月十四日
昨日の朝日新聞に村田めぐみちゃんの詩のことが「天声人語」にのっていた。
「手足の不自由な子供を育てる運動」月間のための記事ですが。
君の眼力?には感心したり、驚いたりです。
六百の詩と三年十一カ月の生命。
ベストセラーづくものは何となくキライな僕は
読んでいてもだまされているみたいになってしまう。
読まずギライだなあ。僕がいいたいのは上手なものはきらいなんだ。
少し欠点のあるものの方が親しみを感じる。
絵葉書、美しいなあと思った。
草の色と水の色とが美しくとけあっていて気に入った。
来週か、その次の週に洗礼を受ける事になります。
本当は川の中に入れられるのだそうですが頭を濡らすだけですむそうです。
冬もやのこもった空を見て来たら何となくものうくなってしまって、
さっきまで活力のあった体がもさーっとしている。
いちおくの人間の中のひとりの僕がひそうな思いで過ごす、いちにち。
ちっぽけなもの。100000000の中の1。
考えてみれば虫けらみたいなもんだ。
蟻がいっぴき踏まれて死んだよりなんでもないことだろう。
僕のひとつのいのちはひとつしかない。
いちにちがいとしいと思う。死刑囚だから。
  秋人

島秋人
島秋人は、本名中村覚
強盗殺人の罪を犯し逮捕され
最高裁にて死刑を言い渡される。
その時、27歳になります。

獄中で一冊の本と出会います。
開高健の「裸の王様」

絵を書くことによって、暗い孤独感の少年が少しずつ開かれていくという筋がありました。

絵を書きたい

自分の心の中にある童心を呼び覚ましたい
子供の書いた絵を見たい

中学の恩師、吉田好道先生に手紙を書きます。
思いに至った経緯と、子供の書いた絵をおくってもらえないかという内容

彼は子どもの頃から病弱で、さまざまな障害を持っていました。
家も貧しく、他人からバカにされて少年時代を過ごします。

新聞配達の仕事につきますが、集金の金を盗んで、家出し、東京で放浪の生活を始め、
窃盗・強盗未遂で少年院に入ります。
以降、出所しては犯罪を犯し、の繰り返し
少年院と強制入院させられる精神病院を行ったり来たり
そして、とうとう強盗殺人を犯してしまいます。

送られた手紙は、吉田先生のみならず、その奥さんの目にも止まります。

(以下、島秋人を特集したテレビ番組をまとめたWebサイトからの引用)

吉田:それは彼岸のお中日でしたの、秋の。
そして、主人が部屋で手紙を広げて読んでおりましたけれど、だんだん、だんだんこう下を向きまして、
ほんとにジッと下を向いて動かないんですね。
私もちょっとどんな手紙がきたんだろうと心配になりまして、そして主人に、「何の手紙ですか?」と訊きましたの。
そうしたら、黙って、私に寄越しましたのでね、
私、読まして頂きましたら、
「私は、中村覚と言って、昔、先生に教えて頂いた生徒だ。今、死刑囚になって、東京の拘置所にいる」と書いてありましてね。
そして、開高健の『裸の王様』という本を読みまして、そして非常に先生の絵が見たくなった」と言うんですね。
で、「自分のことを振り返りますと、人の誉められたとかということは全然なくって、いつも底能だ、バカだ、と言われて、過ごしてきたんですけど、先生にたった一度だけ誉められた思い出がある」というんですね。
それは、「自分の一生のうちに、その一度だけだった」というんです、「誉められた」ということ、「先生の絵が是非みたい」という手紙でしたの。
主人はそれを読みましてね、ほんとにその生徒のことをちょっと忘れていたんです、十何年も経ちましたし。
でも、胸に応えたらしいんですね。
私もそれを読まして頂いて、ほんとに胸がつぶれる思いがしましてね。

その後、吉田先生は急いで海に行き、海の絵を自分で書き
奥さんは自分の子供の絵を選ぶ
吉田先生の丁寧な手紙、絵、さらに奥さんも手紙を書いて同封する。

まさか、奥さんからまで手紙をもらえると思っていなかったので大感激
すぐに返信

その返信の中で、最後に俳句を書いたのが
奥さんの心に強く届きます。
奥さんは、短歌をやられているんです。

短歌をやってみられたらどうかしら

自分の人生で考えて
短歌を詠っているということで
随分救われた事があったそうです。

短歌を作って奥さんに送る

こんな風に変えてみれば、より良くなるわよ
って送り返す

短歌を詠う時の名前は
「島秋人」ってどうかしら

素敵ですね

秋人はしゅうじんとも読めますから

そういう日々を経て
世間様に発表出来るレベルに達したと
今度は毎日新聞の歌壇に投稿することを勧める

採用される事もちらほら出てきて
少しずつ、死刑囚の詠んだ歌は世の中の知るところとなります。

その読者の中に、高校生がいました。
名前は前坂和子

特段短歌に興味もなかった前坂が、最初に島秋人の短歌を目にしたのは
本当にたまたまだったようです
それから、とても気になる短歌となります。

後に、文通が始まることになり
その手紙の一つを先程紹介させていただきました。

なぜ文通が始まることになったのか、
明日、続きをお話しすることにします。

握手さへはばむ金網(あみ)目に師が妻の
手のひら添へばわれも押し添ふ
 
うす赤き夕日が壁をはふ
死刑に耐へて一日生きたり

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