奇才天才、平賀源内はスーパーマルチな人気者

江戸の理系力シリーズ

出ましたっ、超有名人、平賀源内

この人どう捉えれば良いんでしょうね
芸術家で学者で発明家でプロデューサー
人生何倍ぐらいで生きてるんでしょう

江戸の全ての粋を凝縮したような人ですね。

平賀源内
ひらがげんない 機械工学等々 1728~1779

高松藩の下級武士の家に三男として産まれます。
子供の頃から神童と呼ばれます。
13歳にして本草学を習得。薬草の学問です。

藩主、松平頼恭(よりたか)から

薬草園は任したぞ
長崎にも勉強に行って良いよ

長崎で色んな事に触れた源内は
溢れ出る好奇心を押さえられなくなります。

すみません、松平頼恭さん
辞めさせてもらいますわ

家督を継いでいたんですが
それも妹に無理矢理養子を取らせて、そのお婿さんに譲っちゃいます。

大阪へ、そして京都へ

28歳で江戸に出て
田村藍水(らんすい)の弟子になります。
朝鮮人参の栽培に成功した偉い人

田村藍水と一緒に「東都薬品会」(とうとやくひんえ)を開く
諸国物産展のような大博覧会
これが大成功で、その後6年間で5回開催しています。

よっしゃ、いけるぞ

今まで見聞きし、学んだことが繋がってきて
開花期を迎えます。

今までこのシリーズで紹介した学者さんは
学問の事が好きで好きで
どちらかと言えば、生き方が下手って感じがありました。
一徹っみたいな

平賀源内は、ちょっとイメージが違っていて
超天才なんだけど、人付き合いもうまい
当時の有名人と人脈が広く

良いね良いね
じゃあ、今度こういう面白い人紹介するから
一緒にこんなことしない?

本草学者、地質学者、蘭学者、医者、殖産事業家、戯作者、浄瑠璃作者、俳人、蘭画家、発明家
理系文系何でも来い

2回目に長崎に行ったとき
洋画にも触れ
こんなのも書いちゃっています

焼き物での良いのがあるんだけど
これなんか、世界地図風で楽しいね

科学的な分野では何をしたんだっけ

はい、エレキテル

でも、実は平賀源内の発明品って訳じゃないんです。
長崎で既にあったエレキテルで壊れていたのを修理しただけ
そのあと、それを元にオリジナルでエレキテルはいくつか作っているんですけどね

あと有名なのが、
土用の丑の日に鰻を食べるというのは
平賀源内が言い出して、大々的に広めたという話

元々、土用の丑の日と限定したものでなく
夏の季節の変わり目に鰻を食べるというのは
ある程度の共通認識があったと思う。

奈良時代の大伴家持の歌にこんなのがある
石麻呂に 吾れもの申す夏痩せに よしといふものぞ むなぎとり召せ
(石麻呂さんよ 夏痩せには 鰻が良いらしいよ)

それを年中行事として広めるためには
土用の丑の日と限定する必要があると思ったんでしょうね
ずっと上方の品物の方が上等だったのに
醤油に関しては江戸周辺で良い醤油が出来るようになり
江戸前寿司、そば、鰻の蒲焼きと
江戸庶民の食べ物の幅がグッと広まった時期を
敏感に感じ取ったんでしょう。

あと、面白いのが
竹トンボは平賀源内が発明したという説
そんな訳はなく、昔から竹トンボはあったけど
そう思わせるということは
当時から名の知れた人気者だったんだと思う。

ちょっとした竹トンボの改良みたいのがあって
それをきっかけに、広く流行したかも知れませんね
そんな事があったら何でもかんでも
平賀源内がやったことにすれば
みんなが、そうかも知れんなあ、と思えるような存在。

杉田玄白も平賀源内の事が大好きだったようです。

高松藩主、松平頼恭からは
もう一回、来てくれない?

良いっすよ

でも、2年で、やっぱり嫌と辞めちゃった

これには怒ったね
もう二度と源内を雇うべからず、という御触れを
全国諸藩に通達

全然めげない源内さん
やったー、これで自由だ!

老中。田沼意次にまで気に入られちゃって
陰日向に応援してもらえます。

終り
とても幸せな人生に思えるけど
何があったんでしょう
急に、晩年おかしなことになります。

大名屋敷の修理を請け負うんだけど
酔っぱらったとき、
修理の計画書を大工の棟梁二人に盗まれたと勘違い
二人を殺しちゃうという暴挙に出ます。

当時、殺人犯はうんもすんもなく死刑
どんなに人気者であってもどうしようもありません。
情状酌量みたいなことは、死刑の執行方法とか、
そのあとの墓をどうするかみたいなことには考慮されますが
死刑自体は免れられません。

死刑執行を待っている期間
おそらく揉み合ったときの傷に菌が入ったんでしょうね
破傷風で獄中で死んでしまいます。

墓の隣に、友達の杉田玄白が、彼を称える碑を建てています。
玄白自身の字で

「嗟非常人、好非常事、行是非常、何死非常」
(ああ非常の人、非常のことを好み、行いこれ非常、何ぞ非常に死するや)
〔貴方は常識とは違う人で、常識とは違うものを好み、常識とは違うことをする、しかし、死ぬときぐらいは畳の上で普通に死んで欲しかった。

索引はこちら
[江戸の理系力]シリーズはこちら(少し下げてね)


サルビア

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