磯田道史先生第三弾。皇后陛下の東京行幸の日記。

磯田道史先生のTBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」出演時の話、第三弾

これは、骨董屋さんが、屋外のマーケットイベントで出展していたもの

明治天皇が、昭憲皇后と一緒に明治維新後、東京へお引っ越し
東京行幸ってやつですね

その時に、皇后陛下にお付きの人が日記をつけていた。
その日記を入手したということです。

日記
皇后が東に遠出した、というのは資料を見る限り、無きに等しい極めてまれな事です。
天武天皇の皇后、後の持統天皇が伊豆に行ったという記録があるくらい。

歴史的な一大イベントということになります。

面白いのがトイレ。
男性三人で持っていったと書いてあります。
どれだけすごいおトイレだったんでしょうね。

複雑な気持ちだったでしょうね

基本的には、ようやく長い間幕府に虐げられていた天皇の世の中が来るわけで
わくわく感の方が強いとは思いますが
住み慣れた京都を離れるというのはね。
京都からすると、下品な人ばかりが住む、ど田舎と思っているでしょう。

でも、実は目先の旅行気分でウキウキ、っていうのが一番強かったんじゃないかと
日記を見ると分かってくる。

今まで、いわゆる歌枕で、和歌の中に出てくる景色
一度も見たことはないんです。

最短距離をまっすぐ行ったら勿体ない。
あそこ寄りましょうよ
こっちも寄りましょうよ

野立て、と言うんですが
籠を止めて、
景色をのんびりゆったり満喫。

10箇所以上で、楽しんでいます。

特に富士山は大感激

そりゃそうでしょうね
ずっと見たかったに違いないけど
私も最初に見たときはビックリしましたもんね
想像を遥かに超えていた。

首都
[安住紳一郎アナ]
東京が首都って法律的にはちゃんと決まってないらしいですね

[磯田道史先生]
そうなんですよね
法律でちゃんと決めちゃうと問題が大きくなるので
東の京都、みたいな、首都が二つ、みたいな曖昧な感じでずっと行った。

関東大震災の時に、東京が壊滅的な被害にあって
天皇陛下は、京都に帰らざるを得ないんじゃないかという空気になったんです。
その時に御触れを出しちゃった。
大丈夫ですよ。ずっと東京にいますから。って
東京が首都である根拠は、おそらくこの時の御触れだけだと思います。

[安住紳一郎アナ]
いまだに陛下は京都に帰ってくる筈だからと
京都でずっと待っている老舗のお店もあるって聞きました。

[磯田道史先生]
今回も、譲位後、上皇となって京都に帰ってくるという期待感は大きいですね
京都市長もそういう発言をされています。

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