赤穂浪士シリーズ二人目はやっぱり、この人
大石主税(ちから)
裏門組 大将 部屋住み 16歳
ご存知、大石内蔵助の息子
部屋住みとは、嫡男であるが、まだ家督を相続していない者のことを言います。
義士の中では最年少。
内蔵助は小柄ですが、主税は五尺七寸(171cm)と、当時では大柄な体格です。
お母さんが大柄なのでお母さんに似たんでしょう。
幼少時代
幼名は松之丞。
利発な子どもで、子のなかった浅野内匠頭からも可愛がられていました。
元服
実は、刃傷事件の時、まだ元服していません。
即ち、子供であり、武士でもない。
従って、その後の城の中での大会議にも参加はしていないし、義盟にも加わっていません。
内蔵助としても、加えるつもりはありませんでした。
内蔵助としては、妻や子供には、咎めが及ばぬよう、妻を離婚するわけですが
そのお母さんの方と行動を共にします。
でも本人としては悩むわけです。
自分は長男で跡取りです。
元服していないからということならば
元服すればいい。
元服というのはとてもアバウトな制度なので
だいたい11歳ぐらいから16歳ぐらいのどこかですれば大丈夫。
元服して、大石主税良金(ちから)と名乗り
父のいる山科へと向かいます。
御一緒させてください。
それがどういう事を意味するのか分かっているのか
勿論です。
(目を見れば、真剣な事は分かる
分かるが、何のために離婚したのか。
生かす道があるのに、15歳の可愛い息子をなぜ道添えにせねばならんのか)
どうしてもか
どうしてもでございます。
お家再興の道が完全に絶たれた後、討ち入りを正式決定した丸山会議には出席。
この時点で、幼い命が露と消えることが決まったことになります。
江戸急進派を納得させる目的もあり、内蔵助より先に江戸に入ります。
大将
大石親子以外にも、親子での参加は数多くいます。兄弟での参加もあります。
そういった場合は、原則、表門から討ち入る表門組と、裏門の裏門組とは分かれるようにしています。
従って、大石主税は裏門組です。
大将。
城の明け渡し後の元服なので、武士としての仕事の経験はゼロです。
最年少。
実質何らかの指示が出来るはずもありません。
補佐役、吉田忠左衛門。
これで、みんな納得です。
吉田忠左衛門は長老で、ナンバーツー
位的にも、みんなからの信頼という点でも完璧なナンバーツー
実質裏門組の大将は吉田忠左衛門でしょ、と
それは分かっているにしても
任命した内蔵助と、引き受けた主税は偉いなあ、と思う。
はっきり言って、5代将軍の時代、泰平の世の中です。
人を斬った経験があるのは、堀部安兵衛ただひとり。
仕事経験ゼロがなんぼのもんじゃい、と
素人集団なんだから、結局気持ちの問題だと。
はい。やります。やらせて下さい。
とはいえ、悩んだでしょうね
ホントに何一つ分からない訳ですから。
当日
大将ですから、「采配」ってやつを振りながら指示するんですが
なぜか、吉田忠左衛門が家から自分の「采配」を持ってきちゃってます。
まあ、良いじゃないですか
四の五の言っている場合じゃありません。
出来る人にやってもらった方が良い。
主税と吉田忠左衛門は、門のところにいる役目
門から逃げようとする敵や
上杉家等の応援に来るであろう敵との対決役。
ただ、想定よりその敵が少ない。
中に応援に行こうとする主税
吉田忠左衛門は
まだ、まだ早うございます。
大将でございますから。
もう少したって、中の様子が落ち着いてきた。
よし中へ。
圧倒しているが、肝心の吉良上野介がいない。
抜け穴らしきものが見つかった。
でも、入っていくかみんな躊躇していた。
こんな時こそ、私のような少年の役回り!
自らその穴に入っていった。
一堂、おおーっ
良い大将になれたね。
松平邸で
切腹までの間、松平邸にお預けになっていたとき、隠岐守が母の事を聞いた。
昨年来、その事ばかりを存じつめておりましたが、思い出して懐かしい気がします
と、声を曇らせた。
以来、隠岐守は家臣たちに、母の話は絶対にするなと注意した。
切腹の時は、落ち着きはらって、とても16歳とは思えなかったという。
辞世の句
あふ時はかたりつくすとおもへども別れとなればのこる言の葉