謎解きで荒川歩き
の続きです
■浮間公園
堤防側から見ただけ
とても大きな池があり、風車もあったりします
寄りたかったのですが、このペースだと終わりそうもないのでパス
いつか、ここは行ってみたい

これなんだろう
テトラポットがやたらいっぱい
テトラポット販売店の在庫置き場かな

荒川防災ステーション
謎3の答えがここ


さっきのテトラポットは堤防が決壊したときに補修するために使うようです
謎4の場所は電車が3つも通っている


新河岸川がすぐ隣まできました
新河岸川川の堤防の緑地をしばし歩きましょう
色んな種類の桜が植わっているので、桜の時期は楽しみ

川面まで降りてみました

■岩淵の渡船場
謎5です

ここの浮世絵は歌川広重
荒川知水資料館AMOA
謎6です。
岩淵水門のすぐ近く
今回のコースの中で一番行ってみたかったところ

江戸時代の利根川東遷については、かなり興味があったのですが
江戸を土地にした男
荒川の方はあまり分かっていなかった
入ってすぐ岩淵水門の役割

荒川の水を平常時は、隅田川の方にも水を流すが
増水時は水門を閉じ、荒川より細い隅田川の方に水を流さないようにして洪水を防ぐ


床が川の地図になっているんですが、向こうの方でお客さんにスタッフさんが指さしながら説明している
これは、ぜひ横で説明を聞かねば
元のお客さんはいつの間にかいなくなっちゃったんですが
ここから、例によって至高のハッピータイムが始まります。
20分ほど独占してあれやこれやを話し込む
今の荒川は明治のほぼ終わりまでは存在していなくて
明治44年から20年をかけて人間が掘ったもの
そもそも、私はその事を知らなかった
利根川東遷などと知った風な事を言っておきながら、お恥ずかしい限り
えっ、無茶苦茶広いですよね
今日ずっと歩いてきたんですが、向こう岸ははるか向こう
人間が掘ったんですか
この衝撃の事実に始まり
昔荒川と呼ばれていた川は実は隅田川の上流
利根川東遷のように、荒川西遷が行われた
ところがその副作用で、やっぱり東京の洪水がおさまらない
いっそのこと、隅田川とは別に、人間がもっと巨大な川を作っちゃおうよ
荒川放水路という名前で、どでかい川を作った
その時点では岩淵水門から上流が荒川で、水門から下が隅田川と荒川放水路
その後、荒川放水路が荒川と名前を変える
今、荒川区には荒川はなく、隅田川しかないのはそういう経緯
色んな展示物で、へえそんなことがと驚く

吉原のところに続く日本堤って何のためにあるのか違和感があったんだけど
やっと謎が解けた




結局行き着くのは防災
洪水にどう備え、洪水が起きたらどうするか

こっちも先週、池袋防災館に行っているので大盛り上がり
このあとスタッフさんと別れて屋上に行き、模型で実際に水を流しつつ
水門を上げ下げ

あまりに感動したもので
すぐにネットで荒川の歴史と治水の本を買い
さらに図書館でも本を借りてきました
感動と衝撃のエピソードが色々
すみません
展示内容について、全部説明すると紙面が足りないので
今日はこれくらいにさせていただいて
本を読み終えたとき、また補足で書かせてください
岩淵水門(赤門)
最初に作られた水門
さっきの青山さんが主導して作った門
今は、入口の流路自体変えて、もっと大規模な岩淵水門(青門)に変わっていますが
赤門も歴史的建造物として残してあります


その先は小さな島になっています

ここでえらいことに気づきます
タブレットの電池残量があと7%
通常ならどうってことない
大容量の予備電池を持ち歩いているので、それに繋げれば良い
ところが、バードサンクチュアリのところで気づいたように
今日は会社用のバッグで来ちゃった
予備電池がないので、もうすぐ完全に切れる
謎はまだ半分残っているけど
ネットにアクセスできなくなるから、謎も分からないし
当然答えようもない
ここで謎解きは断念
岩淵水門(青門)
大急ぎで青門へ



こんなすごいもの良く作ったなあ
GoogleMapも見れなくなるので、地図がない
すなわち、帰れない
荒川土手にはコンビニもない
ああ、あと3%
必死で最寄の駅(南北線の志茂駅)までの道筋を頭に叩き込む
3%を持たせるため、一旦電源off
この辺だと思うけどどこで曲がる?
その時だけ電源on
ああ、あと2%
ギリギリセーフ
助かったあ
いつか、謎の続きと浮間公園に行くことにいたしましょう